【12】闘技場の詰問
「ねぇ、ユウ? 本当に学校に行くの?」
朝から心配そうな顔をして、ロキはユウに問いかける。祭りから一ヶ月以上は経過しているとは言え、騎士団がユウを探していない訳がない。
ハオ騎士団長に顔を見られているのだ、まず灰色の正体はバレている。それに猿の悪魔がユウを悪魔と呼んで蔑んだのだ、王国から正体を疑われている可能性しかない。
それにアリスには自分が悪魔だと言った、彼女の性格からして誰かに触れ回る様な事はしないと思うが、それでも可能性はないと言えないのだ。
そんな心配を余所に、ユウは笑って答えた。
「だからだよ、このまま膠着状態が続いても解決する方法がない。最悪の場合、王城からアリスを助け出す必要もあるしな」
「まったく、麗しの君にここまで入れ込むんだからさ。何に惚れたのさ?」
ユウは孤児院の扉を開け、外に出る。そして、少し冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと、少し照れながら言うのだった。
「何となくな、懐かしい感じがしたんだよ。少し昔を思い出した、それだけだよ」
「そっか」
そんな彼の後ろで、ロキは相づち一つ打つと、少し遅れてついて行くのだった。
学校に着くと、レックスがいの一番で迫って来ては、なだめるのに時間が掛かってしまった。とりあえず、学校が終わったらロキから説明する様にして、あまり直接的な会話は避けるように説得した。
納得がいっていないレックスの頭を途中でシンイが叩いた時は、周りに居る全員が絶句したが、それでひとまずは落ち着きを取り戻していく。
そんな光景が、酷くユウの心を締め付けていた。決着が着けば、ここから自分は居なくなるのだろうと、そんな寂しさを感じては、ただ少し優しく笑みを浮かべていた。
しばらくすると、教室にはマクベスが入って来る。彼はユウを見ても表情一つ変えずに、普段通りに振る舞っていた。
だが、またしても彼の一言が教室を騒ぎに巻き込む。
「お久しぶりですね、ユウさん。ご実家に帰っていたとの事ですが、もう用は済みましたか?」
「はい、マクベス先生、問題ありません」
眉毛一つ動かさずに、マクベスはこう続ける。
「それではユウさん。今日の授業が終わったら、少し教員課に顔を出して頂けますか?」
「はい、構いませんよ」
そう答えたユウに、教室の生徒達がざわめいたのだが。マクベスは気にもせずに、さらにこう続ける。
「それから、皆さん。急なお話ですが、明日は朝から王国の闘技場で騎士団との合同訓練があります。ギー国王陛下もご覧になるそうですので、皆気を引き締めて訓練を受けるようにして下さい」
その一言で、教室のテンションは最高潮に達した!
「まじかよ、皇帝陛下がいらっしゃるのか。もしかして、そこで俺の剣技が認められて!」
「マリーア皇女様来ないかな、あぁ、お美しいお姿をもう一度この目で」
「ウィリアム王子に見初められれば、私も玉の輿に!」
皆、思い思いの欲望を口からこぼし始めるのだが、そんな中でロキとレックス達の表情は暗い。彼らが見つめる先には、興味なさげにクラスの会話を聞いているユウが目に入る。
どう考えても、急な話だった、そもそも今まで合同訓練など騎士学校が行った事はない。実力を認められた生徒ならレックス達のように訓練に参加することがあっても、全員が参加するなど前例すらない。
そして、これは恐らくユウを誘い出す罠なのだろうと、そう彼らは考えていた。
その日の授業は問題なく終わり、途中でエドワードがクラスに乱入する事があっても、普段通りであった。一つ違う事があったとすれば、それはユウがマクベスの誘いに乗った事だ。
ユウはロキ達に先に帰るように促すと、一人教員課まで歩いて行くが、校舎には人影がまばらであった。夕暮れのオレンジ色が廊下の窓から差し込んでは、廊下に影を落とす。
そして、そのオレンジと黒のコントラストの先に、マクベスは立っていた。彼は真っ直ぐにユウを見つめては、誰も居ない一室に入るようにユウを促した。
部屋に入ると、二人は椅子にも座らずに少し距離を取って立つ。ユウは部屋の窓から外を眺め、マクベスは側にあった机に手をついて、彼に向かって唐突に話を始めるのだ。
「ユウさん、明日の訓練ですが、あなたは参加をしない方が良い」
そんな彼に、ユウは振り向きもせずに答える。
「どうして?」
「それは、あたなが一番分かっている事だと思いますが?」
そんな問答が続く。
「確かに、そうですね。ですが、私にもやらなければならない事がありまして」
「アリス皇女殿下の件ですね」
「よくご存じで」
ユウは振り返ってマクベスを一瞥すると、驚いた。いつもは無表情な彼が、酷く悲しそうな顔をしていたからだった。
「マクベス先生、色々とお世話になりました。あなたに……。この学校に入学させてもらえなければ、彼女には会えませんでしたから」
「そんなつもりはありませんでした、そして結果的に良かった事かどうか、私には分かりません……」
そう、ユウはマクベスに精一杯笑って答える。
「それでもですよ。ありがとうございます……」
その後、少しの間だけ無言が続いた。だがマクベスは、まだユウに伝えたりない様子だった。
「キースさん、と言う方をご存じですか?」
「あぁ、あの白髪混じりの爺さんの事ですね、変な短剣を使う」
「彼は、彼には気をつけて下さい……。彼は前回の儀式で、ある皇女殿下の護衛として仕えた方です。その儀式の後で、少しずつ、少しずつ心が変わっていってしまったと聞いています」
ユウは少し黙り込むと、また窓の外を見つめた。
「そんな事だろうとは、思ってましたけどね……」
「キースさんの儀式に賭ける執念は人のそれを超えています、あなたは、まず確実に殺され……」
そう言いかけるマクベスを、ユウはその手のひらで制止する。
「これでも私は悪魔ですから、人のそれはとっくに超えてますよ。それに、今更ここで負けるわけにはいきませんからね……」
「ユウさん、あなたは本当に……。五年前から変わっていませんね?」
マクベスは少し笑うと、その後、二人は昔話に花を咲かせたのだった。
次の日の朝、ユウはいつも通りに朝ご飯の支度を済ませると、一人で孤児院を出て行った。彼が目指す先は王国の闘技場、いつもとは違う道を、何を思いながら歩いたのか。
ただ僅かな焦燥が、彼の足を早めていくのだった。
いつもの予鈴より少し早い時間、闘技場には騎士学校の一年~三年までの学生達で溢れていた。見たこともない顔が揃っている、中には相当な実力者も混じっていたが、ユウは今まで通りやる気なさげに、少し遠くから彼らを見つめていた。
そして、闘技場の対岸には大勢の騎士団が整列している。そのさらに後ろの客席に、一際立派な場所があった。そこには赤い大剣を携えた大きな男が座っていた、彼がギー国王陛下だった。
隣には、綺麗な女性が動きやすそうなドレスを着て座っている。どことなくアリスに似ていると、ユウは一目見て思った。あれがアリスのお母さんか、そう思ったが、一瞬だけだが彼女と目が合ったように思えた。
その前にはアリスがアリーアと呼んでいた女性が座っている、彼女の姉なのだろう。確かに美人だが、目元のクマが酷い、まるで何日も徹夜した様な顔をしていた。
その隣には見たこともない男性が座っている。ロキに聞くと、それがアリスの兄であると教えられた。彼の視線は隠す事なくユウに向けられている、それは酷く怒っている様な様子だ。
だが、その周囲を見回してもアリスの姿は見つけられない。それがユウにとって、とても残念だった。
せめて、最後に一目だけ無事な姿を見られれば、心置きなく王国から去ることが出来た。そう彼は思い、落胆していた。
しばらくして全体に号令がかかると、訓練が始まる。騎士団と騎士学校の生徒達が混じって剣の訓練を始めるのだ。
ユウはそれを眺めていた、まるで自分には関係のない事の様に。
しかし、彼に声をかける人物がいた。
それは、ハオ騎士団長だった。彼は少し緊張した面持ちで、ユウに話しかけると剣を取るように指示を出した。ロキとレックスは離れた位置から様子を伺っていたが、ユウは心配ないと目配せをしてハオの申し出を受けたのだった。
単調な剣の交錯、それでもハオの剣技は十分にユウへ伝わった。力強く、真っ直ぐな彼の太刀筋を、ユウはただ黙って受け続けた。
次第に時間は過ぎていき、日は真っ直ぐ昇っていく。少し冷たい秋の風が闘技場を吹き抜け、周りの騎士と元気の良い生徒達の声が辺りに木霊している。
ハオからは一切の殺気を感じない、ユウには、それが不思議な気分だった。
そして何事も起きることなく、訓練は昼前に終わりを迎えた。生徒達は訓練の相手、騎士団、最後に国王に向かって礼をすると、そして、皆思い思いに闘技場を出て行く。
ユウは生徒達に紛れると、この状況を不審に感じながらも、ロキ達と合流しようと足を踏み出していた。
しかし、一人の騎士に呼び止められたのだった。
「そこの君、訓練で使った剣を片付けたいのだが、手伝ってくれないか?」
何の悪意もなく、そう声をかけて来た騎士を見つめ、ユウは一つため息をつくと生徒達とは逆に歩き出して行った。そして、彼の指示で訓練に使った剣を木箱に入れて、一度闘技場の倉庫に仕舞いに行く。
ユウは片付けを終えて来た道を振り返ると、そこには先ほどの騎士は居なかった。
そして、彼はゆっくりと今来た道を戻っていった、その闘技場へ続く道を。
扉の前まで着くと、そして意を決した様に一度深呼吸して、両手で目の前の扉を開ける。すると、目の前に見覚えのある白髪交じりの男がいた、彼は両手に短剣を持って立っていた。
隣には、それも見覚えのある男達が居た、彼らは組合の色付きだった……。二人は沈痛な面持ちで、こちらを見つめている。
そのさらに後ろに、大きな大剣を持った男が立っていた。それは、聖剣を持ったギーだった。そして、ハオ騎士団長が脇に控えている。
「五対一か……。それも真っ昼間とは、流石に影を潰すには最善の手だな」
ユウがそうつぶやくと、後ろの扉が勢いよく閉まる。そして、周囲に違和感を感じていく、それは良く知った気配、毎朝アリスを守っていた人払いの結界だった。
だが気にする様子もなく、ユウはそのまま闘技場の中心まで歩いて行くと、そこで立ち止まった。
「いい度胸ですね、灰色の悪魔! この状況では、あなたの魔剣も用をなさないでしょうに」
キースはユウを眼前に見据えて、冷たく言い放った。そんな彼を見返して、ユウはこう切り返す。
「上出来だよ、俺を殺すには十分な策だな。それで今日はどうした、雁首揃えて?」
「あなたを殺す為ですよ……」
「そうだろうな、付き合ってやるよ。だがその前に、あの子はどうした?」
「あの子、アリス様ですね。それは……」
そうキースが言いかけたが、後ろから太い声が闘技場に響き渡った。
「悪魔のお前が何故アリスを気にかける? 私の娘に何をした?」
それはギーの声だった、その目は怒りを滲ませ、僅かに大剣からは小さな火の粉が舞い上がっている。そんなギーを今度は見返して、ユウは答える。
「あぁ、毎朝飽きもせず俺のサボりに付き合ってもらったよ、なんせ俺は怠惰なんでね」
両手を挙げてふっと笑うユウの回答に、ギーの持つ大剣がさらに火の粉を舞いあげる。
「はぐらかすな、あの儀式の夜に、お前は何をした!!!」
怒号が、それは闘技場全体を震わせる程のものだった、確かな怒りがユウに伝わってくる。それが合図だった……。
一瞬で間合いを詰めたキースが、ユウの懐に飛び込むと、短剣で切りつけてきた。とっさに避けるユウだったが、青色の炎が足下に広がると、その足を止めさせる。
瞬く間に黒双を取り出すと、その凍った炎を切り裂くが、今度は後ろから赤熱を帯びた剣がユウに襲いかかる。体をひねり、一撃を片手で弾くと、そのままユウはギーに向かって走り出す。
「アリスをどうした、何故ここに居ない!」
距離を詰めようとしたユウだったが、ハオが眼前に立ちはだかると、強烈な袈裟切りを双剣で受け止める。ギリギリと音を立てて、交差させた黒双と光り輝く大剣がぶつかり合う。
だが、ユウは身をかがめて左に剣を交わすと、そのままハオを蹴り飛ばしてギーに肉薄する。ユウはアリスの親父を一発殴ってやると、そう考えていた、考えたいたのだが。
その目の前には大きな炎があった、人の身では起こすことが出来ない程の業火が、聖剣にまとわりついていたのだった。
ユウは避けられるはずだった、いったん距離を取ってもう一度隙をみて近づけば良かった、だが彼の体は僅かに硬直して、その機会を失っていた。
そのままの勢いで振り下ろされる赤い大剣を、ユウは僅かに避けたのだが。その炎が彼の左腕に巻き付くと、勢いよく爆炎をあげて闘技場の端まで吹き飛び、大きな衝撃と共に壁が砕け散っていった。
その目の前の様子を、剣を振り下ろしたギーは驚いた表情で見つめていたのだった。
そして砂煙が晴れ、砕け散った壁の真ん中には、左腕を酷く焼かれたユウが血を吐いて倒れていたのだった。その瞬間、その場に居た四人は息を飲んだ、殺したのかと……。
だが、一人キースだけは、無言でユウに近づいて行くのだった。
意識を持って行かれそうな痛みが左腕と胸に広がっていく、最悪は左の肺も焼かれたのだろうか、自分が吐いたユウは必死になって考えていた。
そんなユウを無視するように、冷たい声が前から聞こえてくるのだった。
「無様ですね、悪魔も聖剣の業火には勝てませんか。それとも、手加減でもしていたのですか?」
僅かに吸える右胸で息を吸い、ユウは額から脂汗を流しながら、キースを睨み付けた。
「はっ……。 聖剣の業火ね、確かに俺には忌々しいモノでしかないな」
「悪魔は過去の怨嗟に捕らわれた愚か者だと聞くが、お前は何故悪魔になった?」
キースはすでにユウを剣の間合いに納めていた、そして、ふっと両手を構えて距離を詰める姿勢を取る。
「アッ、アリスは……。 アリスはどうした、彼女は俺とは関係ない、俺はただ自分の欲望を満たしただけだ……」
「そんな事は聞いていないのですよ。答えなさい、お前は何故悪魔になった?」
「はっ……。はっ……。そんなに知りたいのか、どうして俺が悪魔になったのか?」
ユウは観念したかの様に体から力を抜くと、真っ直ぐに上がった太陽を見つめ、ついに話を始めるのだった。




