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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
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【11】遠方からの手紙

 祭りが終わると、季節は次第に秋の装いに変わっていった。次第に空気は涼しくなり、夏の暑さもどこへ行ったのか、夜は肌寒くなる日が多くなった。


 騎士学校の制服も衣替えとなり、厚手のブレザーを着込む男子生徒達が目に付く、女子生徒は黒いタイツをはいて登校する者も多くなっていった。


 秋空の中、二人の生徒が並んで登校している。一人は背が低く、華奢な体格で、誰もが振り向くほどの美少女、ではなく青年と思われる……。もう一人は背が高い、男らしい見た目の青年であった。


 ふと、背の低い青年が曇った空を見上げ、こうつぶやいた。


「ユウは、どうしちゃったんだろう……」


 隣にいた背の高い青年は、そんな彼を見ながら、元気づけるように肩を叩いていた。そんな二人の元へ、一人の女子生徒が小走りに向かって行くのが見えた。


 所は変わり、どこか暗い地下室の様な場所に、ベッドが一つ置いてある。壁は石積みで出来ているのか、少し湿った空気が漂っている。壁には小さなランプが掛けられ、辺りを淡く照らしていた。


 ベッドには一人の青年が静かに寝ていた、まるで死んだように顔面は蒼白で、息をしているのか胸の動きが僅かで分からない。ピクリとも動かず、ただ死んだように眠っていた。


 音も聞こえないシーンとした、その小さな部屋だったのだが。


 唐突に、間抜けな声が響いていくのだった。


「痛てて……。 ここは?ロキ? なんだ、この部屋?」


 その青年は辺りを見回すと、自分が暗い部屋の中でベッドに寝かされているのが分かった。どういうことだろうか、閉じ込められているのか、まさか王国の騎士団に捕まったのか。


 焦った彼は、とっさにベッドから降りようとするが足に力が入らずに、そのままゴロンとベッドから落っこちてしまう。打ち所が悪かったのか、もんどり打って、しばらくもがいていると上から足音が聞こえて来る。


 部屋の隅には小さな石の階段が見える、その先は扉になっているようだったが、青年の目にも隙間に光りが一つも見えない。だが、確かに誰かが向かってくる様だった。


 青年はどこからか黒い剣を片手に取り出すと、しゃがんだまま、その扉に向けて構えた。


 足音はどんどん近づいてくる、そして、ギーっと音を立てて扉が開くと。その先には、彼には信じられない人物が立って居るのだった。


「おばちゃん!? 何でここに……。いや、あんた誰だ?」


 すぐさま気を取り直した青年は、ベッドの毛布を左手に取り、そして右手の剣を彼女に向けるのだが。


「ユウちゃん、おはよう? ようやく起きたのね、まずは一安心。その説明は後できちんとしますから、少し待っていてね」


 そう敵意なさげに、彼女は笑顔で答えると、少し待っていてと手を振って扉の向こうへ戻っていくのだった。


 しばらくすると、おばちゃんはコップに水を一杯、お盆の上に乗せて持ってきた。彼女は警戒を解こうとしないユウに向かって笑顔を見せると、そこに座るように目線で促したのだった。


 だが、ユウはベッドには座らずに、立ったまま剣を構えている。


「仕方ありませんね……」


「ここは、どこだ? お前の目的は何なんだ?」


 相手を射貫くような鋭い目つきで、ユウは彼女を問い詰める。だが、次に彼女から発せられる言葉に、ユウは酷く驚いてしまったのだ。


「キプロス王・ジャック三世の名代で参りました。 ユウ・カラサワ様、あなた様をお救いするために、我々は帝国より使わされた間者でございます……」


 そう言って、彼女はお盆を置いてユウの前にひざまずく。すると、扉の向こうから数名の男女が降りてくる、そして同様にユウの前にひざまずくのだった。


「こちらを、お確かめ下さい。皇帝陛下よりの書簡でございます」


 そう一人の男は、顔を上げずにユウに向かって一通の封筒を手渡した。ユウは一度はためらったものの、ため息をついて受け取り、その中身を確認する事にしたのだった。


 その内容は、こうだった。


 ユウ元気? リジニャンで何やってんの? 何てね、冗談だけどさ。


 相変わらず馬鹿だよね、自分から面倒ごとに突っ込んでいくの、いい加減にやめたら? あっ、一回は死んでるんだから、それでも治ってないって事か、馬鹿だよね、君本当に!


 お姫様とロマンスしているところ悪いんだけどさ、いい加減に帝国に返って来ない? リックも心配しているし、リッカなんて落ち込んでいたよ。本当にハクソウの双子を泣かすなんて、いい度胸だよね。


 あとさ、君の姉さん来たけど、凄い美人だね。羨ましい限りだよ!でも、ちょっと弟愛が深すぎて怖いよ、君そのうち刺されるね、あの剣も凄かったし!でも本当にそうなったら、その時はハクソウが止めに入るから安心して!


 さて本題だけど、君が眠っている間の事は隣の彼らから聞いてみて。それで今後どうするか、一度ゆっくり考えてみると良いよ、僕たちは待っているから。


 あとね、これは冗談ではないけどさ。もし君に何かあったら王国は潰させてもらうよ。僕の権限でも止められそうにないからね、君の隣にいる彼らもだけど。


 健闘を祈るよ。                                     


 追伸、いつか約束は守るってさ。


                                  君の友達、ジャックより


 ユウは、内容を読み終えると、頭を抱えてうなるのだった。


「馬鹿ジャックが……」


 そんなユウを、彼女は見つめて笑うのだった。どことなくマザー・クラリスを思わせる体格に、彼女の年季の入った顔のシワは、少しだけユウに安心感を与えていた。


「皇帝陛下を馬鹿呼ばわりとは、流石ですねカラサワ様」


「よしてくれよ、はぁ……。毒気が抜かれた気分だよ、おばちゃん」


「なによりです。では、早速ですが。カラサワ様が眠っている間の事について、いくつかご説明させて頂きます」


 そう彼女に促されて、ユウはコップを受け取ると、ベットに腰掛けて話を聞き始めるのだった。


 祭りの夜、ロキ達からユウを引き取ると、この地下室にユウを潜ませて騎士団の調査から隠していた。ロキ達は一度だけ騎士団に捕まったが数日で解放され、孤児院への調査も乱暴なことはなく、ミー達も全員無事であると話を聞くと、ユウは一先ずは安心する。


 そして、王国の動きだったが、ユウも驚くような話がいくつかされた。ギー陛下は一週間後に儀式の成功を民に伝えた。だが、魔術師長とアリスの兄であるウィリアムは各地を回り、未だに結界の状態を調査している。ユウを庇った騎士達やマクベス先生も尋問を受けたそうだが、彼らも一週間ほどで解放されている。


 だが、肝心のアリスの動向は不明であった。葬儀などが行われた気配はなく、存命の可能性はある。しかし、彼らも血眼で状況を探っても、そこだけは完全に隠匿されている状態が、この一ヶ月続いているとのこと。


 話を一頻り聞いたユウは、目をつむって天を仰ぐ。そして、ゆっくり鼻から息を吐き出すと、そろっと立ち上がって彼らに告げるのだった。


「ありがとう、助かったよ。 とりあえず、これは俺が出て行かないと話が進まなそうだな。ロキ達には迷惑をかけるが、まぁ一度相談してみるよ。 それと、頼みがあるんだけど、良いかな?」

 

 その言葉に、彼らは黙って、もう一度頭を垂れる。


「そんな畏まらなくてよいよ、おばちゃん。 もし何かったら、ロキ達を守って欲しい、それだけだよ」


 そう言って、ユウは部屋を出て行こうとするが、彼らは引き留める事なく、ただ一度だけ頷くのだった。ユウは扉の前で一度立ち止まっては、こう振り返る。


「それからさ、おばちゃん! お肉美味しかったよ、おばちゃん特製の燻製で作ったスープ、皆に大好評だった……」


 その夜、ユウは孤児院に帰ると、大騒ぎになった。ロキやミー達は大泣きしてユウに飛びかかり、心配したんだと怒られた。マザー・クラリスは少し目尻に涙を浮かべて、お帰りなさいと言うだけだった。


 そんな騒ぎを落ち着かせて、久しぶりに帰って来たからと、止める皆を無視してユウは夕食を作り始めた。手土産の鶏肉の燻製でスープを作り、いつもの様に火を見つめてパンを温める。


 それが、酷く懐かしく感じ、ユウは誰も見ていない台所の中で少し涙を流した。


 その夜の食堂は、まるでお祭りの様な騒ぎになり、子供達のはしゃぐ楽しそうな声は遅くまで聞こえていたと言う。それは、隣の病院からでも聞こえていたそうだ。


 しばらくして、はしゃぎ疲れたミー達を部屋に送っていくと、最後にロキが紅茶を煎れてユウを待っていた。マザー・クラリスは気を利かせて、先に退出していたのだろう。


 食堂の中で、二人は少しばかり話をした、これまでの事とこれからの事を。


 そして、ユウはロキにこう言ったのだった。


「ただいま、遅くなったよ……」


 少し申し訳なさそうに言うユウを見て、ロキは笑いながら答える。


「おかえり。まぁ、ユウらしいよね」

「恰好が付かないな、まったく。そう言えば、ロキ達に変わりはないか?」


「うん、あれ以来ね。それと不思議なんだけど、ユウは騎士学校に在籍している事になってるんだ、実家に帰っているってマクベス先生が皆の前で話してさ」


「それは、出て来いってことなんだろうな……」


 そんな会話が続く孤児院を、物陰から伺っている不吉な黒い影が二つあった。


「今すぐ王城へ走れ、灰色が帰って来たと伝えるんだ」


 そう小さな声が聞こえると、影の一つが夜の町に消えていく。それは誰にも気がつかれず、ユウにさえも気取られず、その不吉な影は走り去っていくのだった。

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