【10】消えた悪魔と黒い双剣
あの夜から数日経った日の事、円卓にはギー陛下、マルシュ大臣達が重々しい顔をして、その席に着いていた。
「それで、マルシュ。その後の進展は何かあったのか?」
憔悴した顔を上げ、ギーは深いため息と共にマルシュ大臣に目を向け、そして彼の発言を促す。マルシュ大臣以外の重鎮達も、またその発言で彼に目を向けたのだった。
「今のところは何もございません。儀式の夜、闇に消えていった灰色の、ここでは灰色の悪魔と呼びましょうか。彼は未だに行方不明のままです。潜伏していた先、クラカタ病院と併設している孤児院ですが、騎士団の調査が入りましたが何も発見出来ず、また警備についている騎士達からは目撃情報もありません」
その発言に、一同は揃って難しい顔をする。儀式がユウの介入により、成功したのか、失敗したのか未だ状況ははっきりせず、バーバ・ヤーガたち王国の魔術師は必死になって調査を続けていた。
そして、逃げたユウを、灰色の悪魔を王国中の騎士達が探していたのだが、その足取りも、痕跡すら見つけられないまま三日も経っていたのだった。
「陛下、ひとまず現状の状況をご説明致します。王城の被害は警備、壊された壁などの補修は残り数日で完了致します。騎士団ですが、王城内にいた団長筆頭の百名の内、死者は十五名、負傷者はなし。王城周辺の警備に当たっていた騎士二名の死亡も確認されております。おそらくは、その隙を突いて猿の悪魔は王城内へ侵入したと思われます」
マルシュ大臣の説明に誰もが黙り込んだままであった、ギーも眉間にしわを寄せ、肩を落としている。
「王城周辺と町の警備に当たっていた騎士は二百人程だったな、三百の内、十七名が犠牲となったか。マルシュよ、亡くなった騎士達の遺族には少なくない手当と、そして勲章を授与する様に手配を……」
「かしこまりました陛下。それから悪魔、ここでは猿の悪魔と呼びますが、死体は灰となって消えました。猿の魔獣ハイートの死体は郊外で処分の最中でございます。」
「分かった。それで、捕らえた者達の尋問は進んでいるのか?」
そのギーの発言により、円卓はさらに重い空気に包まれていくのだった。
それは、あの夜まで遡る。ユウは塔を飛び出し、騎士達の頭上を越えて夜の町を疾走していった。息を切らし、血を吐き、むせながらも、ある場所を目指していた。
視界がかすむ、気を抜くと崩れ落ちそうになる体を最後の気力だけで保たせ、屋根を飛び越えて進んでいく。すると、王都外周の小さな裏路地に一台の馬車を見つけるのだった。
「なぁ、ロキ。祭りもそろそろ終わる頃だろう?」
レックスは隣に眠そうに座っているシンイを横目に、荷台にいたロキに声をかけた。彼らは今、ユウに頼まれて馬車を調達して、祭りの間、人気の無い裏路地に息をひそめていた。
「そうだね、そろそろだと思う。さっき王城の方で見えた光、あれがユウの仕業なら、戻って来ても良いはずなんだけど……」
ロキは少し弱気に答えた。先ほど見えた光の柱、あれは嵐の夜に見たユウの魔法、悪魔の力に似ていた。もし、ユウがアリスを助けたなら、ここで落ち合う予定なのだ。
そんな会話をしていると、突如ドカンともの凄い音がロキの目の前で起き、血だらけのローブを身にまとったユウが空から落っこちてきた。天井の帆は破れ、そこから夜空がのぞいている、そして辺りはシーンと静まりかえったままだった。
慌てたレックス達が、御者台から後ろに入って来て、彼らもユウのボロボロの姿に驚いては口をパクパクとさせていた。
「ユウ、ユウってば、大丈夫なの!」
慌ててユウを抱き起こしたロキだったが、彼の体の冷たさに表情を険しくする。そして、急いで馬車を走らせる様にレックス達に叫んだのだった。
ガラガラと車輪が音を立てて、慌てた馬車が裏路地を疾走する。そんな、荷台の中でユウとロキは短い会話を続けた。
「ユウ、アリスさんは助けられた?」
「あぁ……。 たぶんな……」
真っ青な唇を震わせ、息も絶え絶えにユウは答えた。
「そう、良かった。僕たちはこれから宿に向かうよ、とりあえず名前は伏せて予約したから、すぐにはバレないと思うけど。ユウはそこで休んでて。あと、他に何かして欲しい事はある?」
そう問いかけるロキに、ユウは首だけ振って答える。苦しそうなユウをロキは黙った介抱しながら、少し彼は涙を滲ませていたのだった。
すると、馬車が突然停止した。荷台の外では馬が驚いた様に鳴く声が聞こえる。
「ロキ! ユウを連れて逃げろ!」
レックスは必死にそう叫んだ。驚いたロキは荷台の帆を開けて外を確認しようとするが、その手はピタリと止まる。なぜなら、中年の女性がにっこりと笑いながら、開けようとした帆の先から顔を覗かせていたからだった。
「こんばんは、はじめましてかしらね、ロキさん。このまま抵抗せずに降りて頂けると、我々も助かるのですが」
そう穏やかな声で、その女性はロキに伝えた。
ロキは緊張する手を押さえ、その声に促されるように荷台を降りた。すると、馬車の周りにはボロ布を被った十数名の人物に囲まれていた、数名は両手に剣を携えて、辺りを伺っている。
馬車の先ではレックスとシンイが膝をついて、地面に座らされている。彼らの表情は、酷く悔しそうであった。また、ロキも為す術なく地面に座らされたのだった。
すると先ほどの女性が荷台に入って行き、ユウを両手に抱いて降りてくる。彼女の表情は酷く穏やかで、優しそうにユウを見つめているが、ロキは内心穏やかではなかった。
「待て! ユウを、ユウをどうする気だ!」
ロキは慌てて叫ぶが、隣にいたボロ布の人物に制止される。女性は別の人物にユウを託すと、振り返ってロキたちに告げるのだった。
「このままでは、ユウさんは捕まります。あなた達の動向は、ある程度は騎士団に掴まれていますので。ここは、我々を信じて、彼を託して頂けませんか?」
その女性はマザー・クラリスより少し若いだろうか、恰幅の良い体型だが、その雰囲気はただの町人とは思えない何かを感じさせている。ロキはゴクリと唾を飲み込むと、レックスに一度だけ視線を向けると、意を決して答えるのだった。
「それは出来ません。誰とも知らない人達にユウを託すなんて出来ません!」
「そうですね、ですが詳しい事はお伝えできないんです。お伝えできる事は、我々は、この国の者ではありません。それから、我々は彼の事を悪魔とは思っていませんよ、彼は我々の大切な友人です」
ユウはぐったりとして、起きる気配もない、ロキはそんなユウに目線を向けた。焦りを感じながら、拳を握りしめて立ち上がろうとするが。
「一握りの奇跡を……」
女性が一言つぶやいた、そしてロキは驚きの表情で彼女を見返すのだった。
「我々も彼に助けられた者達です。その時は、彼に悲しい思いをさせてしまいましたがね……。もうすぐ騎士団が来ます、どうか信じて彼を託して頂けませんでしょうか」
そういって、女性は深く頭を下げ、ロキに懇願するのだった。
「わかりました……。ですが、もしユウに何かあれば、僕はあなた達を絶対に許さない!」
「はい、承知致しました……」
彼らはその一言で剣をしまうと、そのまま夜の闇にユウを抱えて消えていった。そんな彼らを見送り、ロキやレクスはガクッと肩を落とす。それから、ロキ達はシンイに孤児院へ行って事の成り行きをマザー・クラリスへ伝える様に頼むと、馬車を片付けるために歩き出したのだった。
彼は力なく呆けながら歩いていたが、しばらくすると騎士団が大勢やって来ては彼らを囲み、そして為す術なく連行されてしまった。
話は円卓に戻る。重い口を開き、マルシュ大臣が話しを続けていた。
「捕らえた者達ですが、明確な答えは返ってきておりません。孤児院の関係者は、灰色の悪魔の事など知らないと答えるだけです。悪魔と暮らしていたロキ、そして同学年のレックスと言う二名の学生ですが、あの夜に馬車を引いている所を連行しましたが、何も語らず。馬車には血痕が付着していましたが、悪魔の物か断定は出来ていません」
「他には、何もないのか?」
「あの夜、猿の悪魔が正体を明かした後、彼の助けに入った者が何人かおりました。若い騎士が一人、それから町の警備に当たっていた小隊の隊長と副隊長の計三名です。彼らは、灰色の悪魔は奇跡を起こす、決して邪悪なる者ではないと言う始末です」
ギーはマルシュ大臣から目を離し、そっと目をつむる。
「負傷者はなし……。光の柱か?」
「陛下、その考えは時期尚早かと。悪魔の考えは人間には理解出来るモノではありません、アリス様の事も同様です……」
「分かっている!」
ギーは部屋の窓が振るえるほどの大声で円卓を一喝した、その迫力に一同が身を震わせる。途端に頭に血が上ったギーだが、周囲を見渡してから気を落ち着かせると、また話しを続ける。
「あぁ……。それから、キースはどうした?」
「キースは、今は自室で謹慎中です。あれ以来、彼はどうにも様子が……」
「そうか、一先ず休ませてやれ。彼にとっては二度目の儀式だ、特に先代とは親しい間柄だったと聞いてはいたがな……」
「思うところもあるのでしょう、私もキースの話を聞いてやっていればと、今更ながらに後悔しております」
マルシュ大臣は目を細め、遠くを見つめながらつぶやくのだった。
そんな中、円卓の部屋の扉が勢いよく開け放たれると、マリーアが飛び込んで来たのだった。その後ろからハオが頭を下げながら続いて入って来る。
「お父様! お願いがございます!」
「何だマリーア、はしたない。今は大事な会議の最中だと知っているだろう!」
少し眉をひそめてマリーアを睨み付けるギーだったが、彼女は臆することもなく話を続ける。
「だからこそです、私に王国書庫の閲覧権限を頂きたく。聖女様そして悪魔の事を調べさせて下さい!」
「それは、すでに文官達に任せてあるだろう」
娘の我が儘に付き合い切れんとばかりに、ギーは一蹴するが、それでもマリーアは引き下がらない。
「私は、私の出来ることでアリスの力になりたいのです。ウィリアムお兄様は魔術師長様と結界の調査に向かわれました、私だけ何もせずに待っているだけなんて耐えられません!」
「それは、お前の我が儘だろう!」
ギーは立ち上がると、マリーアの前に立ちはだかった。そして、手のひらでマリーアの頬を叩いたのだったが、マリーアは涙を堪えてギーを真っ直ぐ見つめ返した。
「わっ、私なら、聖女様の事も、悪魔の事も。私は、私はあの書庫の本なら誰よりも読み込んでいます……。そっ、それに、あの悪魔が使っていたコクソウと言う剣、もしかしたら、ただの魔剣ではないかもしれません!」
「何のことだ?」
ギーは表情を崩さずに、ハオとマルシュ大臣に目を配る。すると、ハオがマリーアの横に立って、ギーに説明を始めた。
「国王陛下、ご説明致します。コクソウとは灰色の悪魔が使っていた双剣です。彼は帝国の騎士団に在籍していたと報告がありましたので、双剣を使う者との認識はありました。ですが、その双剣は姿形を変え、辺りを漆黒の霧に包む程の力を持った特殊な物です」
「それがどうしたのだ?」
マリーアは両手でスカートを握りしめ、ギーを睨み付けると言うのだった。
「僅かに記憶が残っています、昔の事ですが、一度だけ黒い双剣についての記載が何かの本に書かれていました。ハオから聞いて思い出したのですが、それが最後の聖剣かもしれません……」
その言葉に驚いた表情を浮かべたギーは、マリーアを叩いた手を見つめてから、ため息をつく。そして、彼女に向かって、こう返すのだった。
「分かった、お前に閲覧権限を与える。何か分かれば、すぐに知らせるように!」
「ありがとうございます」
そう言って、マリーアは踵を返して部屋を出て行く。
「それから、マリーア。すまなかったな……」
「かまいません、アリスのためですから!」
彼女は振り返らず、そう言い返して歩いて行くのだった。そんな微妙な雰囲気を払拭するように、見守っていたマルシュが話しを始める。
「セキギョク、セイギョク、リョクテン、オウテン、ハクソウ、聖女様がお造りになれた五聖剣、六番目の聖剣の話など私には聞いたことがありませんが……」
「黒い剣など聖剣には似つかわしくないとは思うがな……」
「確かに、陛下の仰るとおりです。ならば、なぜマリーア様に?」
「マリーアは本の虫だ、最近は大衆の、巷の本をよく読んでいたと聞いているがな。あいつは読んだ本の殆どの内容は覚えている、ほぼ間違いなくな、そのあいつが断言したのだぞ。それに、自分の娘を信じられなくてどうする」
マルシュ大臣は、そっと表情を崩して笑うと、そしてギーにこう進言するのだった。
「でしたら陛下、それはアリス様にも同じ事が言えるのでしょうか?」
だが、その言葉にギーは振り返らず、円卓の部屋を黙って出て行くのだった……。




