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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
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【9】祭りの夜の奇跡

 塔の上の大きな部屋、そこにアリスは居た。儀式の最中なのか、部屋には大きな魔方陣が強く光り輝いており、その中心で彼女は力なく座り込んでいるのだった。


 その姿を見つけたユウは、慌てて駆け寄ろうとして、足をくじくとゴロンと倒れてしまった。


「ははっはっ、まったく恰好がつかないよ」


 自嘲気味にユウは膝に手をついて立ち上がると、気を取り直してアリスの元へ向かって行った。アリスは黙ってユウに向かって顔を上げているが、何もしゃべりかけて来ない、いや、しゃべる力もないのだろうか。


 アリスの近くで膝を折ったユウは、そっと彼女が頭にかけているベールを脱がす。白いベールが、自分の血に染まってしまったのに気がつくと、ユウは慌てて灰色のローブで手の血を拭った。


 そして、そっと影から麦わら帽子を取り出すと、彼女の頭に被せる。


「こっちの方が、やっぱり似合うな」


 笑って話しかけるユウだったが、アリスはただ肩で大きく息をしながら、彼の方を向いているだけだった。


 すると、不意に彼女の体から力が抜けた。そのまま床に倒れそうになるアリスを、ユウは慌てて支えたが、彼女の体にはあまり力が入っていなかった。


 アリスはだらんと腕を床に垂らし、ユウにもたれかかった。目も虚ろだったが、それでも、ユウを真っ直ぐ見るように、しっかりとユウを向いている。


 ユウはそっとアリスの体を抱きしめると、こう言った。


「なぁ、アリス、このまま一緒に逃げるか?」


 だが、アリスはゆっくりと左右に首を振る。


「強いな、本当にお前は……」


 ふっと、アリスはまた微笑んだ。


「なら、お前は奇跡を信じるか?」


 すると今度は、アリスはゆっくりと上下に首を振る。だが、ユウにはアリスの声が聞こえてこない、いつもなら相手の心の声が聞こえてくるのにも関わらず。


「なぁ、アリス。 心の中でも良いから、答えてくれ。 望みはないか、何でも良いんだ」


 だが、アリスはゆっくりと左右に首を振る。そして、アリスの声が、思いがユウにそっと伝わって来るのだった。


 もう思い残す事はないと、最後にあなたに会えたから……。


 そして、アリスはユウにまた微笑みかける。


「違うだろ、なぁ、アリス。 頼むから、生きたいと願ってくれ!」


 ユウは必死になって叫ぶが、さらにアリスの体から力が抜けていく、もう上半身を支える力も残っていないのだろう。僅かにだが、瞼も閉じ始めてきた。


「なぁ、頼む、頼むから……。 お前に死んで欲しくないんだ!」


 そう必死に伝えるユウの言葉も、今のアリスにどこまで届いているのか分からなかった。


 アリスの意識は、真っ黒な闇の中に落ちかけていた。

 目の前にいる青年の事も、だんだんと朧気になっていく。


 何かを叫んでいる、アリスと、私の事だろうか?


 奇跡とは何だろうか、さっき青年の声を聞いたとき、私はそう思ったはずなのに。


 生きたい、どうして? 


 私はもう死んでしまうはずなのに、どうして彼は必死になっているのだろうか?


「力よ、かの者に集え、その傷ついた魂に安らぎを、傷ついた肉体に癒やしを。我が魂を代償に、今ここに一握りの奇跡を……」


 ユウは、そう唱えるが、何も起きない。その声だけが、塔の部屋の中に消えていく。


「何でだよ、何で、こんな時に。 アリス、頼む、アリス聞いてくれ、答えてくれ!」


 ユウは体の傷も痛みも忘れて、ただ必死にアリスに叫ぶが、答えはない。間に合わなかったのか、そうふと彼の脳裏に最悪の言葉が浮かぶ。


 間に合わなかったと……。


「こんな、ろくでもない世界……」


 ユウはそう言った、そして、彼は涙を流していた。


 ゆっくりとアリスを抱きしめていた手から、力が抜けていく。


 だが、ふと何かがユウの頬に触れた、それはアリスの手だった。


「はぁ……。 はぁ……」


 アリスの苦しそうな息遣いが聞こえる。


「ユウ、さ、ん……。 なか、ないで、くださ……」


「アリス……」


 ユウはアリスを見つめると、彼女は辛そうな表情を浮かべながら、それでもユウを向いて微笑んでいた。


「もう、あなた、は……。 あな、た、を……。 ゆるして、あげ、て……」


 その瞬間、ユウは自分の目頭が先ほどよりもさらに熱くなるのを感じた、そしてポタポタとアリスに涙が落ちて、彼女の頬を濡らしていった。


「何だよ、それ、そんな願い聞いたことないぞ……」


 そう言って、だがユウは何かに気がつくと、そっとアリスを床に寝かせて、少し黙り込んだ。


 そして、意を決するように、こう言った。


「あぁ、そうだな……。 後悔も絶望も自分の内側にあるとは、お前もよく言ったもんだよ」


 そして、ユウは右手をアリスの胸元に掲げて、こう続ける。


「力よ、かの者に集え、その傷ついた魂に安らぎを、傷ついた肉体に癒やしを」


 だが、何も起こらない……。


「我が魂を代償に、今ここに一握りの奇跡を……」


 それでも、何も起こらない。


 だが彼は、アリスを見つめて、さらにこう続けるのだった。


「そして……。 我が後悔に、一時の救済を!」


 その途端、魔方陣が直視できない程の光に輝くと、塔の窓から溢れ出した。その光は、塔を貫いて天高く昇っていく。


 町の人々は、それを目撃し、その神秘的な光景に息をのむと、儀式の成功を思った。


 そして、王城の庭で黒双の霧で足止めをくっていたキース達も、その光景を目撃していた。


 ギーやシビーユ達も大広間から光を目撃すると、急いで塔へ向かって行く。


 光は天高くまで昇っていくと、辺りに広がり、そして、ゆっくりと霧散して行くのだった。


 そして光を失った塔の部屋の中で、ユウは眠っているアリスを見つめて、こう話しかける。


「なぁ? 叶うかな、この願い……」


 すると、部屋の扉が勢いよく開いて、ギー達がなだれ込んでくる。彼らは剣を構えると、ユウを威嚇しながらじりじりと近づいてくるのだった。


「お前は、何者だ! 何をした!」


 ギーは大きな赤い剣を眼前に振り上げると、そうユウに言い放った。だが、ユウはあまり気に止めることもなく、穏やかな表情でアリスを見ながら答えるのだった。


「もう大丈夫だ……。 それから、すまないな、死んだ人間までは治せないんだよ……」


 ユウは黒双を取り出すと、ギー達が止める間もなく、そのまま部屋の反対まで走っていき、窓をぶち破っては夜の闇に消えていった。


 呆気にとられている彼らを余所に、シビーユはアリスに急いで駆けつけると、涙を流しながら、こう叫んだのだった。


「急いで、バーバ・ヤーガを、それから医師と治療師を呼んで! アリスが、アリスの息が……」


 こうして、祭りの夜は終わっていったのだった。


もう少しだけ、続きます

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