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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
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【8】怠惰な彼の覚悟

 ユウが目を覚ますと、そこは小さな丘だった。辺り一面は花畑が広がっており、白や黄色の小さな花が咲き乱れている、空は晴れ渡り、心地よい風が吹き抜けていく、夢のような世界だった。


「ここは、あの世か……」


 ユウは辺りを見回すと、目の前に一人の女性が立って居た。見覚えのない、少し長い茶色い髪を風になびかせて、少し大人の女性だった。そんな彼女は微笑んで、ユウを見ていた。


「やっと、話が出来る様になったのね」


 そう一言ささやくと、彼女はユウに話しかける。


「初めまして、ではないのだけれど。 ごきげんよう黒双の子、いえ違うわね、優羽・唐澤さん」


 ユウがそんな光景を目の当たりにしているころ、王城内の戦いは佳境を迎えていた。


 ハイート達を倒していたキースやハオだったが、悪魔の姿が一瞬大きく膨れ上がったと思うと、右手が大岩の如く肥大して、そして灰色を殴りつけるのを目撃した。


 そして、灰色は力なく崩れ落ち、ピクリとも動かずに前のめりに倒れ込んだ。割れた仮面から彼の顔が半分露見していたが、その正体を見てハオは驚くのだった。


「まさか、騎士学校の学生が……」


 その様子を見て、ハイートを殴り伏せたキースは灰色を睨み付ける。


「なるほど、やはりマクベスの所の、帝国の間者ですか……」


 そんなやりとりを無視して、悪魔はその肥大した右手を灰色に、いやユウに伸ばす、そして片腕をつまんで掴みあげた。


「おい、灰色の! しっかりしろ! くっそ、力よ、我が身に集まれ、燃え盛る……」


 彼を助けようと、数名の騎士達と赤色が悪魔に迫るが、未だ多数残っているハイートがそれを邪魔する。


 そんな中、ゴミでも扱うようにユウを摘まみ上げている悪魔は、意地悪く笑う、その歪な大きな口を開けて笑うのだった。


「あぁ、ほら見せてやれよ、お前の正体をさぁ!知っているか、こいつの正体は、俺らと同じ悪魔なんだゼ。滑稽だよな、人間のフリをして、馬鹿な奴だゼ!」


 その声に、周りの騎士達がざわめき出す。キースは一瞬だけ目を見開くと、再び鋭い眼差しで、ユウと悪魔を睨み付ける。


「それは、どういう意味ですかな?」

「ああん? 言葉通りの意味だゼ、こいつも悪魔なんだよ、俺らと同じなぁ。正義の味方でも気取ってんだろ、くだらねえ、自分の欲望を解放できない、出来損ないの悪魔だ!」


 そう言って、悪魔はぷらぷらと遊ぶようにユウを弄んでいる……。


「ハオ騎士団長、悪魔が増えました。このまま、あの猿の悪魔ごと灰色も殺しますよ」

「キースさん!」


 ハオは怒鳴るようにキースの名前を呼ぶが、当の彼は冷たい表情でハオを見返す。


「情でも沸きましたか、悪魔風情に?」

「冷静になってください、彼は学生だ、子供ですよ!」


「いい加減にしなさい、疑わしきは罰する、悪魔は王国の敵です、大人も子供も関係ない。いちいち情に流されて、御身の悲願を、我々の希望を失うつもりですか」


 その緊迫した状況に、二人のやり取りも相まって、周りの騎士達は動けずにいたのだったが。たった一人、悪魔に向かって行く者がいた。それは若い騎士だった。


 その剣はハイールに阻まれ、悪魔には届かない、だが必死になってユウを助けようと戦っていた。


「悪いが、ここで彼を見殺しにしたら。僕は、僕の子に、どんな顔をして笑えばいいのか、分からなくなってしまうのでね!」


 彼の叫びを、つまらなそうに悪魔は一瞥すると、空いた左腕でハイールに指示を出す。すぐさま、三匹のハイールがその騎士に襲いかかろうとする。


「頼むぞ、リンダ!」

「分かりましたよゼール隊長、こうなれば最後までお付き合いします! 力よ、我が身に集まれ、悪しき者を阻む盾よ、かの者を守れ」


 そうして若い騎士の目の前に結界を張ったのは、それは、町を警備していたはずの小隊の二人だった。


 そして、また新たに助っ人が加わっていく。


「力よ、我が身に集まれ、凍てつく炎よ、眼前の敵を焼き尽くせ!」


 青い色をした炎が、ハイール達を包み込んで動きを止めている。炎に焼かれたはずの、ハイールの体が凍っていくのだ。


「そこの筋肉馬鹿、いえ失礼、赤色さん。 呆けてないで、彼を助けますよ!」


 細身の男、青色と呼ばれている彼は、手に持った細身の長剣を悪魔に向けると、そのまま走り出していく。


「青色の、あぁ、そうだな!」


 そんな彼らを見て、騎士達も自分を取り戻したのか、剣を握る手に力を込めるとハイール達と戦いを始めるのだった。


 その頃、ユウは未だその夢の様な世界にいた。どこか遠くでは、誰かが戦っている様な、怒号や鉄と鉄がぶつかり合う様な音、そして勇ましい声が聞こえる。

 

「気になるの?」


 そう目の前の女性は、ユウの顔をのぞき込んで質問をした。


「あぁ、だが、ここは一体……」

「ここは、あなたの心の中よ。そして私は、残留思念とでも言うのかしらね」


 パチンと両手を合わせて、その女性はユウににっこりと微笑む。


「私は、そうね、聖女様とでも言えば分かってもらえるかしら。あなたの、その黒双を作った聖女よ、もう五百年くらい前になってしまうけれども」

「それが? こんな悪魔に何の様だ? それに、黒双剣を作った?」


「まったく、近頃の子供は可愛くないわね。その聖剣、黒双を作ったの、そして私の意識の一部を封印したの。覚えていないだろうけど、あなたに奇跡の使い方を教えたのも私よ、ちょっと本来の趣旨とは違った使い方をしているけどね、あなた!」


「まさか、あの時の声みたいなものは……」

「そうよ、それが、あんな無茶な使い方して。あなたの魂けっこうボロボロよ、分かってるの? お爺ちゃんのお守りを持ってなかったら、あなた、そろそろ死んでるわよ?」


 その女性、聖女は呆れた表情でユウを見つめていたが、ユウはその言葉にハッと右腕を見た。そこには、トリニティーからもらった腕輪が、しっかりと右腕にはまっていた。


「いいかしら、誰しも悲しい事、辛い事の一つや二つは持っているものよ。ただ、その思いが強すぎると、こうやって別の世界に生まれ変わっても、過去の記憶や傷を思い出すの」


「あぁ、そうなんだろうな……。この世界は、本当にろくでもないよ……」


 うつむくユウをみて、聖女はさらに呆れた様にため息をつくと、こう言う。


「まったく、当たり前じゃない、世界はあなたのために作られていないの、もちろん私のためにもね。泣きたきゃ泣きなさい、泣いて、泣いて、泣き終わったら、それでも、最後は立ち上がりなさい」


「あんた、母さんみたいな事言うな……」


「なに、あなたマザコンなの?」

「かもな……。大切な人だった、世界で一番大好きな人だったよ」


 聖女は指をたてて、ユウに詰め寄る。


「はぁ……。 まったく、せっかくのボーイ・ミーツ・ガールが台無しじゃない!」

「何だよ、それ」


 ユウは半笑いで答える。


「私、そう言う小説が好きなの、いいじゃないファンタジー! それよりも、あなた強いんだから、あんな悪魔さっさとやっつけちゃいなさいよ! 待ってるんじゃないの、あの子!」


「本当に、そう思うか?」


「本当に、人って土壇場にならないと、自覚しない生き物よね。 もういいわ、最後に言っておくけど、後悔も絶望も、全部あなたの内側にあるの!」


 聖女の言葉に、ユウは、ただ黙って耳を傾ける。


「それは、誰にも手の届かない所に、たった一人の誰か以外にはね!」

「それって……」


「あとは自分で考えなさい、少なくとも黒双はあなたを選んだの。いくら怠惰な人間だったとしても、それくらいの甲斐性は見せなさいよ!」


「あんた、本当に聖女なのか?」


「旦那には、よく言われたはね。 そんな事どうでもいいわよ!」


 そう言って、聖女はニヤリと笑う。


 それが、夢だったのかどうか、ユウにも分からない。ただ、だんだんと目の前の光景が光に包まれ、そして、ゆっくりと消えてゆく。そうして、最後に視界の向こうで、確かにこう聞こえたと思った。


「気張ってきなさい!」


 その言葉に、ユウは体の奥が温かくなっていくのを、確かに感じたのだった。


 そんな夢が覚める頃、悪魔との戦いは最終局面に移っていた。


 おおよそハイート達を倒したハオとキース、そして騎士団は、本命の悪魔との戦いに手こずっていた。ユウを右手で持ち、片手しか使っていないにもかかわらず、彼らの攻撃は悪魔に通っていない。


 騎士達も負傷した者が辺りに多く倒れており、中には死んでいる者もいるようだった。リンダやその他の騎士達が必死に手当をしているが、悪魔が左手を振るう度に、騎士達が一人、また一人と倒れていく。


 魔法を軽々握り潰し、剣もその拳に防がれる。次第に状況は悪化していくのだった。


「はぁ、つまんねえ。 言っただろう、死ぬまで殴り合おうゼってな」


 そう言って、右手に掴んでいるユウを見る。


「こいつも起きねえし、もう殺すか。それに、あの目障りな儀式も潰さないとな、塔の上に誰かいるんだろ、そいつを殺せば一件落着だゼ!」


「いいですが、ハオ騎士団長、私は魔剣の力を使います。あなたは灰色が生きていたら、トドメを指しなさい!」


 そう言って、キースは握っていた短剣を持ち直し、力を込めようとするが。


「誰を殺すって?」


 そう酷く冷たい声がした、それは、悪魔の右手から聞こえてくる。


「ああん?」


 不機嫌そうに顔をゆがめ、悪魔がユウを掴んでいる手に力を込めた瞬間だった。ボトリとその異常なまでに大きく肥大した手の、その指が地面に落ちた。


 そして、悪魔が掴んでいたはずのユウは、その悪魔の目の前に立っていた。


「土壇場ね、確かにそうだ。師匠も言っていたよ、相手の土俵で戦うなってな、確かにお前と殴り合う趣味は、俺にはない……」


 そう言って、半分に割れた仮面を捨てると、ユウはローブのフードを脱いで顔を完全にさらした。


「おお、開き直ったか、クソガキ! いいゼ、それでこそ、この俺の拳が唸るってもんだゼ!」


 そんな悪魔を無視して、ユウはキース達に向かって告げるのだった。


「あの塔の上にアリスがいるんだろ? 悪いが、あいつは俺が助け出す、邪魔をするなら覚悟しておけ!」


「面白いことを言いますね、灰色さん。いや、ただの悪魔が、つけあがるなよ!」


 そんなやり取りをしながらユウは、辺りを見回す。すると、見覚えのある若い騎士やゼール隊長が倒れているのが目に入った。


「助けられたみたいだな……」


 そう言って、ユウは悪魔の方に向き直すと黒双を構え直した。


「舞え、黒双!」


 ユウはそう唱えてから、思い切り双剣を振り抜くと、まるでブーメランの様に放物線を描いて黒い残像が飛んでいった。だが、悪魔はその隙に距離を詰めると、落ちた指を気にすることもなく、その右腕でユウを殴りつける。


 ブワッと衝撃波が巻き起こり、破裂音が辺りにビリビリと響く。人間に当たれば、木っ端みじんに四散するような衝撃に、騎士達は身構えた。


 だが、悪魔の腕の先にユウの姿は無かった……。


「言っただろう、殴り合いをする趣味はないってな。 それに、だいぶ夜も更けてきた……」


 その刹那、悪魔の背中が切り裂かれ、低いうなり声を発する。


「ぐっうぅ、てめえ、どこだ、どこにいる?」

「お前の目の前だよ」


 そう言って、悪魔の影からユウが飛び出すと、片腕の剣で顔面を切りつける。堪らず、体勢を崩した悪魔はむちゃくちゃに腕を振り回して逃げようとするが、反対の死角から黒い残像が飛んできたかと思うと、その足を切り裂いた。


「このやろおおお!」


 悪魔はユウに殴りかかるが、それを片手の剣でいなす。ギリギリとした金属がこすれ合う様な音と、火花がその間に散った。だが、拳を避けたユウは反撃に転じると思わせて、逆に距離を取る。


 怒り狂った様に暴れ走ってくる悪魔に、ユウは地面から黒い槍の様な刃を多数伸ばして、迎え撃つ。その黒い刃を振るった腕でバリバリを折りながら、悪魔は走ってくるが、またユウに殴りかかろうとして、その姿を見失った。


 だが休む暇もなく、黒い残双が悪魔の四肢を切り裂いた。


「はぁ、はぁ、何故だ、それだけの力があって、なぜ自分の欲望を解放しない!」


 悪魔は地面に手を着いて叫ぶが、ユウは少し離れた場所に立ち、こう答えたのだった。


「当たり前だ、ここは俺のための世界じゃない、だからだろうな……。 面倒くさいのは嫌いなんだ、俺はただ、のんびり暮らしたい、それだけだ」


「はっ、お前、言ってることと、やってることが違うじゃねえかよ」


「あぁ、それよく言われるな……」


 すると、ユウの姿はふっと消えて、悪魔の横に立った。


 そして、次の瞬間には、ずるっと悪魔の首が地面に落ちていった。


 それは、あっけのないものだった……。


「はぁ……。 はぁ……」


 息も絶え絶えに、ユウは肩で呼吸をしながら、悪魔の最後を看取っていた。そして、唖然とユウを見つめている騎士達を置いて、塔に向かおうと足を一歩出した瞬間、その背に鈍い衝撃を受ける。


「これで終わりだ、悪魔」


 それは、キースの声だった、とても酷く暗く、低い声だった。


 鈍い痛みが背中に走り、ユウは力なく膝を崩すが、もう一度だけ衝撃を受けると、そのままキースに蹴り飛ばされて地面に転がる。


 騎士達が見守る中、ユウが倒れた地面には、ゆっくりと血溜りが広がっていく……。


 その時、ハオが叫んだ!


「キースさん! あなた何を!」

「黙りなさい、ハオ騎士団長、これはただの悪魔だ」


 キースの冷たい目が、横たわったユウを鋭く射貫いていた。


「あなたに刺した魔剣は、その命を徐々に食い破っていくものです。さしもの悪魔も、二本も刺されば立ち上がれないでしょうね」


 そして、キースはユウに近づくと、もう一度蹴り飛ばした。


「そこで見ていなさい、御身の悲願を、これで王国の大結界が完成するのですよ。今まで犠牲になった者達も、これで報われるのですから」


「はぁ、はぁ、はぁ……。 それが、あんたの後悔か……」

「口が減りませんね、この悪魔は」


 忌まわしげに、ユウを見つめていたキースは、今度こそトドメを刺そうと近づいて行くが……。


「その後悔も俺が持って行くさ……。 頼む、黒双」


 そうユウがつぶやいて、そして、王城の庭は瞬く間に真っ黒な霧に包まれていった。その場に居た誰もが、一瞬にして視覚を失ってしまっていた。


 そんな中、一つの影が、ゆらゆらと歩いていた。


 それは灰色のローブをまとったユウだった……。


 彼は背中に刺さった短剣を抜くと、そのまま血を流しながら、フラフラと等に向かって歩いて行く。灰色のローブはあちこち破け、そして、ドス黒いシミが背中に広がっているのだった。


 ユウはふらつく足を押さえながら塔に入ると、そこには見張りもおらず、ただ長いらせん階段が上に伸びていた。


 果たして、間に合うのか、そんな不安に駆られながらも、ユウは壁に血の跡を残しながら階段を上っていく。何度も膝が折れそうになりながら、何度も階段から転げ落ちそうになりながら、それでも、その階段を上っていく。


 どれだけ歩いたのだろうか、上り切った階段の踊り場には、一つの大きな扉があった。


 ユウが、その扉を開けると、室内には複雑な魔方陣が淡く光っており。そして、その大きな魔方陣の中心に、女の子が一人ぺたりと座り込んでいた。


 そんな彼女を見つめて、ユウは、こう優しく語りかけるのだった。


「遅くなったな、アリス。 忘れ物、届に来たよ」


 その声に、アリスは顔を上げる。彼女の顔は真っ青になり、精気を失いかけている様に見える。


 そして、その彼女の目は大粒の涙を流していた。


 だが困った様に、そして優しく、ユウに笑いかけるのだった。

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