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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
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【7】拳と双剣

 夜の町に太鼓や楽器の楽しそうな音色が鳴り響いている。大きな通りをほろ酔いで歩く大人達、家族と手をつなぎ嬉しそうにはしゃぐ子供達、彼らの祭りを楽しむ声が響いている。


 所々には明かりが灯され、まるで昼間の様な賑わいが町の中で起きていた。


 そんな中、鎧を着込んだ騎士達が、激を飛ばし、楽しそうな人々とは逆に走り抜けていくのだった。


「急げ、そろそろ儀式が始まる! おい、他の班は配置についたのか!」


 一際立派な鎧を着込んだ騎士が大声で叫んでいる、きっと彼が隊長だろう。


 人々の歓喜の声に混じり、愉快な笛の音が鳴り響く、周りにいた騎士達は少しだけ安堵の表情を浮かべる。だが彼らの、その額には、緊張からかびっしりと汗をかいているのだった。


「隊長、報告します! 今のところ獣や魔獣の気配はなし、怪しい人間も見かけてはおりません。酔っ払いどもの喧嘩は多数報告されておりますが、昨年と変わらない程の数とのことです!」


「分かった、我々の班はここから王城の左右に広がりつつ、侵入した悪魔や魔獣がいなか巡回を始める! 一班は各隊と連携をとりつつ、異常があればすぐに念話の魔法で王城へ知らせるんだ!」


「了解しました!」


「行くぞ、我らの剣は王国と民のために!」


 隊長の号令と同時に、騎士達が剣を高々と上げると、すぐさま彼らは駆け出して行ったのだった。


 彼らが恐れているモノ、それは魔獣や獣とは異なる悪魔と呼ばれる存在である。異常な身体能力を有することもあれば、高度な知性や能力を持ち、人のみでは有り得ない魔法の類いを行使する個体も存在しているのだ。


 人とは、姿は似ていても全く異なる生き物であると言われていた。


 そして、例外なく悪魔は人間や他の生き物達に対して強い憎悪を宿しているのだ。

 

 そんな危険な悪魔が王都に侵入してしまったら、ただでは済まない。王国の騎士達は、五十年に一度の結界祭に必ず現れると言われていた悪魔に、その襲撃に備えていたのだった。


 さて、緊張と歓喜を極める王都の中、その一際大きい王城の壁の上に一つの人影があった。


 薄らと照らされて見えたその姿は、大きな灰色のローブを被り、真っ白な仮面を付けた人影だった。


 まるで物語に出てくる悪い魔法使いの様だ、真っ白な仮面には小さな目抜き穴が二つ、不気味に月明かりに照らされている。


 辺りを見渡している様にも思えたが、しかし、その仮面に空いた真っ黒な穴は、何処を見ているのか分からない。


 そんな無防備な姿は悪魔にとっては好都合だろう、気配を殺しながら、その背後に一つの人影が忍び寄っていた。


 黒い燕尾服に、真っ白なシャツ、髪には白髪が交じり初老の紳士といった風貌だ。だが、その両手には歪な形の短剣が握られていた、その薄暗い刀身に月明かりが僅かに滲む。


 そしてジリジリと歩み寄る彼は、その研ぎ澄まされた刃の射程まで詰めると、一思いにローブの男の首筋に短剣を振り抜いていったが……。


「まったく、面倒くさい」


 刃が首筋に届くのが先か、その男の一言が先か。


 男は一気に振り返り身を交わすと、どこからともなく取り出した黒い剣を白髪交じりに男の首筋に当てる。


「お見事ですね、お若いのに。 さすがは組合の灰色と言ったところでしょうか」

「大概な言い草だな、キース……。 それと、俺の年を伝えた事はあったか?」


「いいえ、その仮面で偽っていても、分かる者には分かるのですよ……。 あなたの、その腹の底までは、私には分かりませんがね」

「まったく、あんたも面倒くさい奴だな」


 そう言い合って、二人はさっと距離を取る。そんな壁の上の二つのシルエットに気がついた者は、三人ほどいた。一人はハオ・エンテ、この国の騎士団長を務める男だ、その隣には騎士団長と同じくらい体格の良い男、そしてもう一人、細身の男だ。


「なぁ、騎士団長。 灰色は本当に悪魔なのか?」

「分からんがな、ただし、普通ではないのは確かだ。 あいつが関わった事件で、何人かの騎士達の様子がおかしくなった者がいる」


「おかしくとは?」

「ある村の魔獣の襲撃で重傷者が出たとの目撃証言があった、だが結果せいぜいけが人が数人。その事を問いただしたのだが、何故か誰も、何も話そうとしなかったとな……」


「灰色が何かしたと?」

「分からんと言っているだろう、俺にも分からんのだ。 だが、あいつが何かおかしな事をしたら、赤色、青色あんたら二人にも協力してもらうからな」


 そんな会話を知ってか、知らずか、壁の上の二人の会話も続いている。


「今晩は私に付き合ってもらいます、もし勝手な行動をしたら、その時はこの手で殺します……」


 キースは鋭い目つきで灰色のローブを睨むと、両手の短剣を改めて持ち直す。そんなキースを見て、灰色のローブは、ユウは両手を挙げると、こう返した。


「やめてくれよ、俺にそんな趣味はない。 それに、俺は俺の仕事をするまでだ、悪魔だろうが何だろうが、何が来ようとも守り切って見せるさ」


 その回答に、キースは一瞬だけ眉をひそめる。


「何を守るのですか、あなたは?」

「何って、そうだな……。 守るんだよ、大事な者をな……」


 ユウは自身に満ちた声で、そう言い切った。そんな張り詰めた状況の中、辺りから、おかしな声が聞こえてくる。


「ウキ、ウキキキキ!」


 一匹の猿だった、服を着た猿が、王城の庭を歩いているのだ。


「なんだ、サーカスの猿でも紛れ込んだのか? ほれ、あっちいってろ!」


 一人の騎士が、猿に向かって歩いて行く、追い払おうとしているのだろう。猿は首をかしげ、からかうように、ぴょんぴょんと跳びはねている。そんな様子に、ユウもキースも気がついた、そして、二人はすぐさま壁を飛び降りて猿に向かって行く。


「おい、その猿から離れろ!」


 ユウは力いっぱいで叫ぶが、しかし、間に合わなかった。


「えっ?」


 そう言いかけた騎士は、次の瞬間にはあさっての方向へ吹き飛ばされていった。そして、キースは王城内にいる騎士達に大声で叫ぶ!


「全員剣を取れえええええ! 悪魔の襲撃だ!」


 こうして、町の楽しそうな歓声とは裏腹に、悲鳴と怒号が混じり合う、王城内での戦いの火蓋が切って落とされたのだった。


 ユウは双剣を上手に持ち直すと、駆けていく勢いそのまま両手を猿に向かって振り抜く。ガキンとまるで金属がぶつかり合う様な音がすると、その猿は拳で剣を受け止めているのだった。


「くそ、以前より堅いな」


 そのまま、左右に上下に剣を振るうも、ことごとく猿の拳に双剣が跳ね返される。いったん距離を取ったユウだったが、すぐさま隣を黒い影が走り抜けていく、それはキースだった。


 キースは短剣を下手に持つと、そのまま拳を強く握り、猿に向かって肉薄する。まるで初老の男とは思えない軽快な動きで、猿を翻弄しては、その顔面に拳を叩き付けるのだ。


 だが、猿は一声なくと、まるで効いていないとでも言うように自分の尻を叩いて挑発した。そんな猿の死角から、ユウは再び黒い双剣で切りつける!


「切り裂け、黒双!」


 その一声で、黒双から伸びた無数の影が刃となって、猿に襲いかかる。避けきれないだろう、四方からの無数の刃は、一瞬にして猿を血祭りに上げていく。


周りに居た騎士達は、キースと灰色の一瞬の連携にあっけに取られていたが、串刺しになった猿の魔獣を見て安堵していた。


「気を抜くな!」


 キースが、その雰囲気を一喝すると、騎士達は慌てて剣を握り直し周囲を警戒する。


「おい、キース! おかしいぞ、この猿、以前の相手じゃない!」


 ユウがそう言うと、黒い刃に刻まれたはずの猿の手が僅かに動いた、その手はそのまま刃を掴むと、ギリギリと音を立ててねじ曲げてしまった。


 そして猿の目が、月明かりに怪しく光った、その瞬間だった。体がバキバキと音を立てながら膨張していき、体中の毛が酷くドス黒い焦げ茶色に濁っていく。その身は人間の一回りは大きいだろうか、両手は身長より長く伸びていく、拳は大人の男の頭よりも大きく、骨張っていた。


 黒い刃はボロボロになり、辺りに散らばっている。黒双の刃が完全に、この猿の腕力に負けてしまっていたのだ。


 そんな中、後ろの方で、騎士の一人が言った。


「魔獣ハイートだ……」


「ご明察だよ、諸君! さぁ、楽しい殴り合いを始めようゼ!」


 そんな陽気な声が城内の庭に響いた、すると、ユウは横から凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされた。そのまま地面に穴を開けながら、ユウは庭の端まで転げ回っていく。


「おい、どうした、どうした~? この前の威勢はどうなった、俺はお前に一番期待してるんだ! 今宵は死ぬまで殴り明かそうゼ!」


 ユウが居た場所に立って居たのは、エキゾチックな異国の服装をした褐色の男だった。白い歯を月明かりに煌めかせ、端正な顔立ちは異国の王子の様にも見える。


 だが異常だったのは、その両手だった。まるで別の生き物の様に、その腕は血管が浮き上がり、脈動している。その異様な雰囲気が、周りに居た者達に否応もなしに直感させる、こいつが悪魔だと。


 周囲の同様とは異なり、キースは一瞬ユウが吹き飛んでいった方を見ると、すぐに振り返って先ほどと同じ構えをする。そして、そのまま素早く悪魔に肉薄しようとするが、邪魔をするかの様にハイートが割って入ってくるのだった。


「お前は、お呼びじゃないんだ」


 悪魔は侮蔑するかの様にキースを一度睨むが、その隙を突くかの様に、後ろから灰色の影が飛び出してくる、それはユウだった。悪魔の背中目掛けて双剣を振るが、気がついていたのか、それを裏拳で払う。火花が散った、拳と剣がぶつかり合い、鈍い音が響く。


「おい、この前みたいに本気出せよ! 俺はあの蜘蛛女とはひと味も、ふた味も違うゼ! お前も少しは、らしくなったみたいだしなぁ!」


 にやりと気持ち悪く笑う悪魔に、ユウは攻撃を続ける。ギリギリまで肉薄して双剣を振るい、一瞬にして影に隠れたと思えば、男の死角から一撃を与える。


 しかし、やはり男の拳にはじかれるのだった。


 そして、キースもハイートと死闘を繰り広げていた。猿の化け物と殴り合いを演じるなど正気の沙汰ではないが、怯むこともなくハイートの拳を避けては殴りつけは、さらに短剣を突き立てていく。


 だが一瞬の隙をついて、ハイートが手をよこなぎに振るうと、キースは避けようとしてバランスを崩す。その隙を突いてハイートが両手でキースを潰そうとしたが、その手は大剣によって止められるのだった。


「キースさん、無茶しないで下さい!」


 キースの危機から庇ったのは、ハオだった。ハオはハイートとつばぜり合いを行い、そして、その怪力でハイートを押し返す。


「すみませんね、ハオ騎士団長。 少し熱くなりました……」

「大丈夫ですよ、キースさん。 よし、全員陣形を取れ、まずはハイートを抑えるぞ! 力よ、我が身と剣に集まれ! 今悪しき者を裁くため、この手に力を!」


 ハオが唱えると、剣に膨大な力が集まっていく、そして大剣が強く光り輝くのだった。その光に続き、騎士達がハイートを囲むように、その距離を詰めていく。


「人間達も割と頑張るようだな、いいな、その熱い魂を見せてくれ!」


 そして、悪魔がその異常な拳を振り上げると、わらわらと猿達が壁を昇って王城内へ侵入してくるのだった。その数は二十から三十はいると思われたが、それらは庭に着くと、先ほどの猿と同様に体を変化させていく。


「さてと、それじゃあ、こちらもウォーミングアップといこうゼ!」


 すると、今までユウの攻撃を防ぐだけだった悪魔の雰囲気がガラッと変わった。そして、ユウが反応するまでもなく、その顔面を殴りつける。さらに、怯むユウを逃がすまいと、目に見えない程の早さで無数の拳をたたき込んでいく。


「ほら、どうした、どうした! そんなもんじゃないだろう、もうと盛り上がろうゼ!」


 そう言いながら一発大きく振りかぶった拳が、ユウの顔面に直撃して、体ごと地面に勢いよく叩き付ける。低いうなり声が聞こえたかと思うと、ズドンと地面に大きく陥没した。


 そして悪魔は両手を一つに握ると、またニヤリと気持ち悪く笑い飛び上がった、そして落ちてくる勢いを利用して、両手をハンマーの様にユウに叩き付ける。さらにドカンと大きい音と振動が辺りに伝わる、その様子を見ていた騎士達は悪魔の力に戦慄したのだが、当の悪魔も驚きの表情を浮かべていたのだった。


「調子に乗るなよ、このクソ悪魔」


 ユウは悪魔の一撃をギリギリで避けると、双剣の先端を槍の様にして悪魔の右腕に突き立てていた。そして、こう唱える。


「爆ぜろ、黒双!」


 すると、悪魔の手に突き立てられていた剣が膨張し、そして、無数の破片となって吹き飛んでいく。その衝撃で、悪魔の右腕は皮一枚までボロボロになっていた。


 すぐさま反撃に転じたユウは、左を上手に、右を下手に双剣を持ち替えると、体を回転させながら連続で切りつける。回転の勢いを乗せ、上下左右前後から襲いかかる剣に、悪魔は左手だけで防いでいたのだが、みるみる体に切り傷が増えていった。


 だが、悪魔は未だに余裕の表情を見せる。


「はっ、はっ、は! どうやら儀式が始まったみたいだな、なら俺も本気を出すか!」


 その言葉に一瞬動揺したユウだった、悪魔の目線の先を見ると、王城の一際大きな塔が薄く光っている。感じる魔力は膨大であり、おそらく、儀式が行われている場所だと思われた。


 キースもハオも善戦していたが、相手が多い。組合の赤色も青色もハイートに連携して立ち向かっているが、人間と魔獣、それも悪魔の眷属相手に状況は拮抗していた。


「力よ、我が身に集まれ、燃え盛る炎よ、我が剣に集え!」


 組合の赤色がそう叫ぶと、彼の持っている大剣が赤熱を帯びていく。その大剣はハイートの拳を焦がしながら、競り合っている。


 そんな彼らを余所に、悪魔はさして気にしていなさそうに目線をユウに戻すと、左手で懐を探り、一本の瓶を取り出した。その瓶には見覚えがあったのだ、そう毒の悪魔が持っていた瓶に、それは似ていた。


「させるか!」


 ユウは瓶を奪い取ろうと悪魔に駆け出していくが、ハイート達が行く手を邪魔する。騎士団はハイートの集団攻撃に苦戦していたのだ。


 数の理を生かして、悪魔の後ろに控えていたハイート達がユウに襲いかかる。ユウは、ハイートの拳をギリギリで避けると、そのまま悪魔に斬りかかろうとして……。


 そして大きな壁にぶつかった、だが、それは壁ではなかった。


 それは、悪魔の肥大した拳だった。


 その拳にぶつかり、パリンと仮面が割れる音がして、ユウの意識は刈り取られた……。

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