【6】その夜を越えて
丘の上の騒ぎの後、王都は騎士達の警備がより一層厳重になった。
帰りを待っていたロキたちだったが、ユウはその日は戻らず、そして騎士達の動向から何かがあったのだろうと推測していた。そんな中、次の日の夜になってユウは孤児院に戻っては来たのだが。
「ロキ、今戻った」
「ユウ、遅かったじゃないか。 それに、町の騒ぎは、何かあったの?」
その様子から、ユウたちに良くないことが起こったと、辛そうに話を続けるユウに、ロキは心配そうな顔を向けた。
「あぁ、アリスはやっぱり王家の人間だった、それに儀式にも関わってる」
「それじゃあ……」
「時間があまりない、でも、できる限りの事はしてみるつもりだ」
「そっか。 ねぇ、それはユウが決めた事なの?」
「あぁ、そうだ」
「なら、全力で応援するよ。 でもさ、死んだらだめだからね!」
ロキはそう言って、ユウの肩をバンバンと強く叩いた。そんな彼を見て、ユウは少しだけ表情を崩すと、肩の力を抜いて少し笑うのだった。そうして、こう続けるのだった。
「なぁ、ロキ。 祭りの晩に一つ頼みがあるんだ……」
その頃、アリスの誘拐に王城はひっくり返ったかの様な騒ぎになっていた。結局アリスは無事に帰ってきたが、以来、一切何も語ろうとしない。
マリーアは説得の限りを尽くしたが、それも無駄であった。特に、彼女はアリスが悪魔に騙されていると伝えたのだが、その時だけアリスはギッとマリーアを酷く辛そうに睨んだのだった。
そして、それはマリーアには致命的だった。今まで反抗した事のないアリスが、たった一度だけ姉に背いたのだ、それ以来マリーアは肩を落とし、じっとソファーに座ったまま動かなくなってしまった。
その様子をギー陛下、ウィリアム殿下、そしてマルシュ大臣が見守るも、それ以上この場の進展はなかった……。
そんな気まずい部屋に、一つの足音が近づいてくる。
「あなたたち、何ですか、そのだらしのない態度は!」
そう言いながら入ってきたのは、上品そうな白いドレスを見にまっとった長い髪の女性であった。おそらくユウが見れば、少し目元がアリスに似ている、そう思っただろう。
だが、アリスに比べてキリッとした顔立ちに、その姿から溢れ出る気品は、まさにシビーユ・ド・リジニャン女王その人であったのだが。
「シビーユ、それがだな……」
ギーは力なく返事をするが、また彼女にピシャッと一蹴されてしまう。
「それからマリーア、あなたが見たと言う男は本当に悪魔だったのですか?」
マリーアはシビーユを力なく見つめると、静かにうなずいた。
「お母様。あの男は、悪魔だと、思います……。 一瞬だけでしたが、奴の禍々しい気配を感じました。あれは人間ではありません……」
「それで、アリスはその悪魔に騙されていると? 当の本人は何と言っているのですか?」
「それが、何も……。 アリスは何も言わないんです……。 儀式は行うと、だから彼に手を出すなと、そう言ったきり黙ってしまって」
マリーアはそう言ってソファーにうずくまると、泣き出してしまった。
「では、マルシュ、アリスは何かの魔法や力で操られている様子はないのですか?」
「はい、シビーユ様。 魔術師長の話では、その気配はないと……。 ですが……」
「分かりました、では、私が直接アリスと話をします!」
そう息巻いたシビーユに、ギーは狼狽えながら詰め寄るのだった。
「待て、待つんだ、シビーユ。 お前は、お前はアリスと……」
言いかけたギーを、シビーユは手を払うかの様に制止した。
「あなたたちが、私からアリスを遠ざけたい気持ちは分かります。自分のお腹を痛めてまで生んだ我が子を、これから結界の生け贄にするのですからね、ですが、それでも私はアリスの母親です! 母親として、今悲しみの淵にいる我が子を助けなくて、いったい何をすれば良いのですか!」
そう言って、シビーユは部屋を出て行くのだった。そんな彼女を力なく見つめていたマリーアは、誰に言うまでもなく、泣くのを我慢しながらこう言ったのだった。
「うっ……。 きっと、アリスは、好きだったんだ……。 私は、私は何てことを……」
アリスは独り、暗い部屋の中で膝を抱えて座っていた。あの日から一日経ってしまった、彼は、ユウは逃げることが出来たのだろうか……。
どうすれば良かったのか、どうすれば、こんなに悲しい気持ちにならずに済んだのか、そう彼女の心は後悔でいっぱいだった。
もっと上手く、さよならが出来る方法があったのではないか。あの時に、もう少しだけユウと一緒に居たいと思わなければ良かったのだと、そう思っていた。
そんな真っ暗な誰も居ない部屋の中、扉が開く音が聞こえると、優しい声がアリスを包み込むのだった。
「アリス……」
ハッとして、声の方を振り向くと、懐かしい匂いがした。それは、シビーユの、母の甘い匂いだった。
「お、お母様……。 どうして? もう会えないんじゃ……」
そう言いかけて、アリスは泣いていた。
すると、そんなアリスを優しい、温かい感触が包む。その瞬間、アリスの感情はどっと溢れ出し、ただただ小さい子供の様に泣きじゃくるのだった。
「ごめんなさい、ごめんなさいね、アリス」
シビーユはそう言って、アリスの頭を優しくなでる。
「あなたを独りにして、ごめんなさい……」
アリスは一頻り泣くと、そのままシビーユの胸に顔を埋めて、彼女を抱きしめていた。
「お母様、私、私は……」
「ねぇ、アリス、今から話す事は秘密よ。 私とあなただけの秘密……」
「お母様?」
「いいアリス、あなたが生きたいと思うのなら、その彼と一緒に逃げなさい」
その一言に、アリスは酷く狼狽える。
「そっ、そんな、お母様! そんなこと……」
「いいのよ、アリス、全ての責任は私が持つから。 だから、あなたは、あなたの思うように生きなさい」
「出来ません、そっ、そんなこと出来ません……」
「マリーアから、ずっとアリスの話を聞いていたの。 きっと、好きになっちゃったのよね、その彼のこと」
「私は、私は……」
「私の娘だもの、分かるは、そのくらいのこと」
「うっ……。 でも、ユウさんは、ユウさんは……」
「人ではないのね?」
そう言われて、アリスの手はぎゅっとシビーユを掴む。
「ねぇ、アリス。 その子はどんな子なの?」
アリスはシビーユに抱きかかえられると、そのまま彼女に身を預ける。アリスは優しい彼女の温もりを感じながら、そして、彼の、ユウの話をしていくのだった。
「最初は、少し怖かったです。 でも、話していく内に、優しい人なんだと分かっていきました」
そして、またシビーユはアリスの頭を優しく撫でる。
「最初は興味本位でした、同じ年頃の子と話が出来て楽しかったんです。 でも、ちょっとずつ、本当にちょっとずつ、ユウさんのこと考える時間が増えていって……。 さよならを、きちんと、さよならをしようと思ったんです、でも、でも!」
「アリス、マリーアも悪気があってしたことではないのよ……」
「はい……。 分かっています。でも、ユウさんはきっと来てしまいます。忘れ物を持ってくると、私の麦わら帽子を、きっと……」
「そう、その子は優しい子なのね。アリス、先ほどの話、忘れてはダメよ。あなたは私の娘なの、愛しているはアリス、愛してる」
そうシビーユに優しく抱きしめられ、アリスはゆっくりと眠りに落ちていく。そのまま眠ってしまったアリスを、優しく抱き上げた彼女は、そっとベットに寝かしつけると、静かに部屋を出て行った。
部屋の前にはギーが立って居た、彼はシビーユを見ると、思わず声をかけようとするが。
彼女はそれを、シーっと唇に指を当てて、すかさず止めてしまった。その後、シビーユはギー達に問い詰められたのだが、アリスとの秘密は最後まで守り通したのだった。
アリスの部屋から見えた、町の夜空に、小さな花火が上がっていく。
そんなお祭り騒ぎの町の喧噪に、彼女の寝息はかき消され。
そして小さな花火の咲く音に、彼のため息もかき消され。
日々は忙しなく過ぎていく、止めることも、止まることも出来ずに。
そして二人はついに、祭りの夜の当日を同じ王城で迎えるのだった。




