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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
27/51

【5】丘の上の告白

 もう祭りまで、一週間となった。


 その日の朝も、ユウは孤児院の食堂で朝ご飯の準備をしていたが、いつもより手早く済ませると、すぐさま出かける準備を始めていたのだった。


「ユウ、おはよう。 今朝は一段と早いよね?」

「あぁ、おはよう。 行ってくるよ」


「行ってらっしゃい、今日は、学校はどうするの?」

「今日は……。 戻らないかもしれない」


「分かった、マクベス先生には言っておくよ、マザー・クラリスにもね。 それじゃあ、男を見せてきなよ!」


 ロキは笑いながら、そうユウを見送ったのだった。


 いつもより早く騎士学校に着いたユウだったが、アリスも同じくいつもより早く裏庭に着いていた。少し驚いたユウは、手に何かを抱えた彼女を見て、意を決した様に向かっていくのだった。


「おはよう、用務員さん、今朝も早いな」

「まったく、もう! アリスです、私の名前はアリスですよ。 ふふふっ」


 そう言って、アリスは笑っている。


「その手に持ってるのは何だ?」

「これは、その、喜んでもらえるか分からないのですが……。 クッキーを焼いてきたんです、皆で食べてください」


「あぁ、ありがとう。 いや、意外だったな、アリスが料理出来るなんて」

「なっ、何ですか、その言い方は! 私だって料理の一つくらい出来るんですよ」


 少し怒った様に、口をむっと曲げてアリスはユウを睨んでいる。


「いや、いや、悪かったよ。 てっきり、どこかの国のお姫様だと思ってたからさ、料理なんてしたことないと思ってたよ」


 その言葉に、アリスはハッとした表情を浮かべるが、ユウはさらに畳みかける様に続けた。


「それじゃあ、クッキーはありがたくもらっておくとして。 何かお礼でもしないとな」

「えっ、いいんですよ。 これは、その、今までのお礼と言うか……」


 一瞬たじろいたアリスを無視して、ユウは彼女に詰め寄ると。そのまま、抱きかかえるのだった。


「きゃ、なっ、何するんですか!」


 ユウの腕の中でモゾモゾと体を動かすアリスを無視して、そのままユウは走り出す。


「待って、待ってください。 ダメです、こんな事をしては!」

「いいか、アリス。 少し口をつぐんでおけよ、舌噛むぞ!」


 そう言って、ユウは一気に騎士学校を飛び越えると、そのまま辺りの建物の屋根伝いにアリスを連れ去って行くのだった……。


 しばらく屋根を渡って、騎士学校から離れると、そのまま王都の外周まで着いてしまった。まだ追っ手の気配はない、ユウは少し安堵した。


 だが腕の中のアリスは、ただ黙ったまま、少し体を震わせていたが。


「こっ、こんな事をしてはいけません。 捕まってしまいます、お願いです、私を戻して下さい」


 少し涙を浮かべて、必死にユウに向かって言ってくる。


「捕まる? 何でだよ、用務員一人連れ出して学校をサボっても、大事にはならないだろ」

「ちが、違います、私は、私は!」


「はぁ、知ってるよ、アリスさんだろ? それに、いつも裏庭だけじゃ面白くないだろ、たまには出かけようぜ」

「なっ!」


 そんなユウに、アリスは驚愕の表情を浮かべている。


「そうだな、まず、一息つくか」


 そう言って、アリスを抱えたまま、孤児院に向かって行くのだった。


 孤児院に着くと、辺りを見回して、そっと屋根から降りて入り口から入っていく。そのまま食堂に着くと、アリスをそっと下ろして、椅子に座らせるのだった。


「ちょっと待っててくれ」


 そう言って、アリスを一人残してユウは自分の部屋へ戻っていく。すると、一人残されて呆然としているアリスに、小さな声がかけられるのだった。


「お姉ちゃん、だれー?」

「えっ、えっと?」


 キョロキョロと辺りをうかがうアリスだったが、その声の主が目の前に歩いてきたのだった。


「お客さーん? 何持ってるの?」

「あっ、えっと、これはクッキーです、クッキーですよ。 たっ、食べますか?」


「わーい、お姉ちゃん、ありがとう!」


 アリスはそっと包みを開けて、一枚クッキーを取り出すと、その声の主に渡す。サクサクと音が聞こえてくると、その声は喜びの声を上げるのだった。


「あまーい、すごく、美味しいよ!」

「そっ、そうですか、良かったです」


 そうこうしている内に、ユウは食堂に戻ってくるのだった。


「なんだ、ミー。 クッキーもらったのか? 良かったな」

「うん、ユー。 これ、とっても美味しいよ」

「ユー?」


 そのやり取りに、アリスは首をかしげる。


「ねぇ、ユー。 このお姉ちゃん誰?」

「あぁ、お客さんだよ。 だけど、秘密だぞ、誰にも言っちゃダメだからな」

「うん、分かったー」


 そう言って、ユウもクッキーを一枚とって口に入れる。


「美味しいなこれ、意外と料理上手いんだな」

「なっ! 一生懸命作ったんです!」


「ははは、悪い悪い。 さてと、アリスちょっと来てくれ。 ミー、クッキーは皆で大事に食べるんだぞ」


 ユウはアリスの手を取ると、そのまま奥に導いて行くのだった。


「待ってください、どこに、どこに行くんですか?」

「あぁ、俺の部屋だよ」


 そう聞いて、アリスは顔を真っ赤にすると、ワナワナと体を震わせる。


「まっ、ダメです、部屋はダメです!」

「いや、たいした所じゃないけど、都合が良いんだよ」


 そのままアリスを引っ張って、ユウは自分の部屋に入って行くのだったが。部屋に入ったアリスは、さらに顔を真っ赤にして、辺りをキョロキョロとうかがう。


「だっ、ダメですよ、その、えっと……」

「アリス、本当にどうしたんだ?」


「男の人が女の人を自分の部屋に連れて行くのは、その、子供を作るときだって! おっ、お姉様が!」


 両手を顔に当てて、そのままへたり込んでしまうアリスだったが。そんなアリスを見て、ユウはため息一つつくと、こう返す。


「いや、勘違いさせたのは謝るが、するか! そんな事!」

「えっ?」


「あのなぁ、どうして偏った知識しか持ってないんだよ、お前は」

「その……」


「まぁ、いいか。 そういうのは恋人になったらするんだよ、お互い好きでないとしないんだ」

「それは、その……」


 そう言って、またアリスはモジモジとしだす。


「まだ朝は早いからな、とりあえず俺は制服を着替えたけど目立つだろ。 もう少ししたら出かけるぞ!」

「待ってください、本当に、本当に……」


「とりあえず、今日一日は遊ぶからな。 いいだろう、そのくらいしても、罰は当たらないさ」


 しばらく二人は無言で過ごしていたが、そろそろ店も開く頃だろうと思い、ユウはおもむろに立ち上がった。


「なぁ、アリスは、抱えられるのと、おんぶされるの、どっちが良いんだ?」

「はっ、それは、その……。 抱えられる方が、その、お姫様みたいで……」


 そして、ユウたちは町に繰り出していくのだった。


 始めに、ユウたちは服屋に来ていた。あまり来ない貴族街の商店だったが、綺麗な服が並んでいるショーケースを覗きながら、一軒の店の前で立ち止まったのだった。


 そして店に入ると、店主の女性がグイグイと迫ってくるのだった。


「いらっしゃいませ、お客様! 本日はどのようなお洋服をお探しですか?」

「あっ、あぁ、この子に似合う物を一着欲しいんだがな。 上下セット全部だ!」


「かしこまりましたぁ! では、お嬢様こちらへどうぞ」


 麦わら帽子にオーバーオールの女の子に対して、その店主はグイグイと洋服を選び出す。少しは不審に思わないのかと、ユウは不安になったが、そんな心配もなく離れて待っているようにと伝えられた。


「お嬢様、本日はどのようなお洋服がよろしいですか? あぁ、こんなに可愛らしいお顔で、肌もお綺麗ですし、スタイルも良いです。 大変良い素材ですわぁ!」

「えっ、あっ、はい!」


「ふふふっ、可愛らしい反応ですね。 一緒にいらっしゃった殿方とは、良いご関係なのですか?」

「その、それは……」


 そう力なく答えるアリスに、店主のやる気は上がっていく。


「ではでは、見返して差し上げないといけませんね! でしたら、この黒のハイウエストのスカートと白いブラウスで胸元を強調して。 帽子はこのまま、靴はそうですね、この薄いピンク色にしましょうか。 どうぞ、そちらの部屋でお着替えくださいませ!」


 そうして、着替えて出てきたアリスを見て、また店主が褒め称えた。


「これは、これは、素晴らしい。 あの方も、あなたの魅力にイチコロですよぉ」

「そうでしょうか……」


 先ほどまで不安でいっぱいだったアリスだが、この店主のテンションに乗せられて、すっかり気分が変わっていた。そうして、またモジモジとしながらアリスはユウの方へ向かって行くのだった。


 着替えたアリスを見て、ユウは絶句していた。これは、目の毒だと……。


 初めて会った時の様に、アリスはまるでどこかの貴族のご令嬢の様に見えた。毎朝オーバーオールで隠されているボディーラインは、スカートとブラウスで強調されている、特にその胸元が。


 可愛らしいピンク色の靴に、男を殺しかねない組み合わせの洋服、そして麦わら帽子がその可憐さを引き立てている。ベタすぎるが、そのベタすぎる組み合わせにユウの心はわしづかみにされていた……。


「いや、何と言うか、可愛いぞアリス」

「なっ!」


 ユウの褒め言葉に、またアリスは顔を真っ赤にして両手で顔を隠す。そんなやり取りを店主は横目で見ながらも、しっかりと代金をユウに見せて支払わせるのだった。


「さっ、さてとだ……。 気を取り直して、次はどこに行くかな、そうだ祭りで賑わってる場所があるんだ、ちょっと行ってみるか!」


 そう言って、照れながらもユウはアリスの手を引いて、また町中を歩いて行くのだった。


 二人は露天を回りながら買い食いをして、その町の喧噪を楽しいでいた。アリスが興味を持っていたサーカスは昼間は公演をしていないが、近くまで行くと動物たちの声が聞こえてくる。


 初めて聞く様な動物の声にアリスは少し興奮していた、それからも歩き続けて、色々な所を一緒に回っていった。昼を過ぎると、流石に疲れたのか、二人はケーキ屋に腰を下ろしていたのだった。


「ここは、今年出来たケーキ屋らしいけど。 評判らしいぞ」

「そっ、そうなんですね」


 まだ少しぎこちないアリスを横目に、ユウは新作のケーキと紅茶のセットを店員に頼む。出てきたケーキを一口食べたアリスは、口元を綻ばせて舌鼓をうっていた。


「美味しいか?」

「はい、凄く美味しいです、とっても美味しいですよ」


 そうして、ケーキを食べ終わる頃には、アリスの表情もだいぶ緩んで来ていた。


「なぁ、アリス。 この後はどうする? どこか行きたい場所はあるのか?」

 そう聞くユウに、アリスはじっと顔を一頻り向けたあとで、こう答えた。


「丘の上の公園に、行きたいです。 ダメですか?」

「公園か、分かったよ。 そこに行こう」


 そうして、二人はケーキ屋を出ると、手をつないで丘に向かって行ったのだった。


 公園に着くと辺りに人影はなく、二人はベンチに腰掛ける、その二人の手はつないだままだった。


 丘の上にある、この公園からは王都の町並みがよく見える、そして王城も。王城には大きな塔が一本立っており、この町のシンボルとなっている、そうロキが言っていたのを思い出した。


 昼下がりであったが、まだ季節は暑い時期だ、アリスを見ると少し汗をかいていた。ブラウスが肌に張りついているのか、薄く肌色が透けて見える、その姿に少しユウの鼓動が早くなった。


 しばらく無言が続いたが、ふうとアリスがため息を一つつくと、話を始めるのだった。


「あと一週間で結界祭です。 知ってますか、その日は大切な儀式があるんです」

「知ってるよ、友達に聞いた」


「その儀式は弱まった結界を張り直す作業なんです、でも、王都の魔術師だけでは作業が出来ないんです。 その儀式には聖女様の血筋の女性の力が必要なんですよ。 王家の女性は例外なくその力を持っているんですけどね」

「そうか」


「年々ですが、その結界の力は弱まってきています、このままでは結界自体が維持できないかもしれない、そのくらいまで……」

「それで?」


「今までも五十年に一度は、王家の女性がその力を使って維持していました。 ただし、その儀式には莫大な魔力を使います、命を落とす者や、生き残っても長くは生き存えなかったと言います」

「いやな話だな」


 アリスは、そっと肩をユウに寄せた。


「王族は考えました、様々な調査も行いました。 そして、結界の力が弱まるのは元々の結界に不具合が、欠陥があると分かったんです。 ですが、それを直すのも大変難しい事だとも分かりました」

「困ったもんだな」


「今まで以上に聖女の血筋の力が求められました、結界に親和性の高い子供が生まれるのを待ちました。 そして、ある年に生まれた一人の皇女に、その力があると分かりました」

「面倒くさい話だ」


 アリスはそっとユウから手を離すと、そして、立ち上がってユウに振り向き、こう続けた……。


「私の名前はアリスです、アリス・ド・リジニャン、第二皇女です。 そして、その力があると分かった、一人の皇女です」


 そんなアリスを見つめながら、ユウはゆっくりと立ち上がる。丘の上に吹いた風が、彼女の麦わら帽子をふわっと飛ばす、それをユウは掴むと、そっと自分の胸の前に置いた。


「俺の名前は、ユウ、ユウ・カラサワ。 もう一つ付け加えるとすれば、悪魔だよ、お前達が言うところのな」


 今度は二人の間を、風が強く吹き抜けていく。アリスは一瞬だけ、風から顔を背けると、次にユウを見つめた、確かにその時のアリスの目はユウを見つめていたのだった。


「お姉様の結界を破って入って来るので、ただ者ではないと思っていましたけどね。 最初は凄く怖かったんですよ、何者なんだろうって」


 そうアリスは言って、笑っていた。


「なぁ、アリス、お前は奇跡を信じるか?」

「はい、信じます。 最後に、あなたに、ユウさんに出会えましたから」


「なら、何か望みはないのか?」

「ありません、ありませんよ。 ただ、私はユウさんや、皆さんが住むこの国を守りたい、そう思っています」


「死ぬ可能性があるんだろう?」

「はい、生き残る可能性は無いと断言されましたから」


「それで、いいのか?」

「はい、そう私自身が決めました、決めましたから」


「強いな、アリスは。 俺とは違って……」


 そうユウがつぶやくと、アリスは少し悲しそうな顔をした……。


「もうすぐ、お姉様達がここに来ると思います。 この丘の上の公園が、万が一、私が迷子になった時の待ち合わせ場所なんです。 きっと、私の気配を察知して、向かって来ている頃だと思います」

「まぁ、そんな事だろうとは思ったよ」


「ユウさんは、これからどうするんですか?」

「どうって、どうもしないよ。 この国を滅ぼすとか、怠惰な俺に、そんな甲斐性はないさ」

「ふふふっ、そうですね。 私も、そう思います」


 そうしてアリスは笑い、ユウはそっと麦わら帽子で顔を隠す。


 すると、後ろから酷く狼狽した声がアリスを突然呼んだのだった。


「アリス、アリス、今すぐ、その男から離れて! 力よ、我が身に集まれ、悪しき者の自由を奪う戒めよ、眼前の悪魔を縛る壁となれ!」


 瞬く間に、ユウを閉じ込めるかの様に透明な壁がみるみる構築されていく。そして、さらには公園に勢いよく騎士達がなだれ込んでくるのだった。


「待ってください、マリーアお姉様!」


 慌てるアリスを横目に、その透明な壁はユウを押しつぶすかの様に迫っていく。


「なぁ、アリス。 流石の俺も、拾った帽子を届けるくらいの甲斐性は持ってるよ」


「ダメ、ダメです! 来てはいけません、必ず殺されます!」


 ユウは黒い剣を取り出したかと思えば、閉じ込められていた結界の中が一瞬にして真っ黒に染まっていく。そして、その黒いモヤが晴れた頃には、もう中に誰もいなかった。


「ユウさん……」


 そんな騒ぎの中、最後にアリスは悲しそうに、そう一言つぶやいたのだった。



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