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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
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【4.5】甘い匂いと涙の訳

 キースは王城の中をトボトボと歩いていた。先ほどまでマルシュ大臣と打ち合わせをしていたのだが、その内容はアリスにとってあまり良い内容ではなかったのだ。


 どうして、彼女たちにこんな辛い試練をお与えになるのか。聖女は、どうしてこんな無慈悲なことをしたのかと……。


 そう考えていると、向こうから楽しそうな声が聞こえてくるのだった。それは懐かしい、優しい声だった。その声の主はアリス・ド・リジニャン皇女だった、そして、その隣には彼女と仲の良い中年のメイドが一緒に歩いていた。


 キースはアリスに向かって歩き直すと、こう彼女に声をかけたのだ。


「アリス様、お久しゅうございます」

「あっ、キースおじさまですね、お久しぶりでございます。 本日はお仕事ですか?」


「はい、左様でございます。 アリス様は、こんなお時間にどうなされたのでしょうか?」


 キースは普段とは人が変わったかの様な表情で、優しくアリスを見つめながら質問をする。


「今日は、その、クッキーを作ろうと。 今からメリルと一緒にキッチンに行って、教えてもらいながら作るんです!」

「そうですか、それは良かったですね、アリス様。 どうか美味しいクッキーが焼けると良いですね」


「もし上手く焼けたら、キースおじさまにも少しお分けしますね」


 そう言ってパタパタと去って行くアリスを見て、キースはふうと大きいため息をつくのだった。


 アリスは王城のキッチンに着くと、コック達に驚かれながらも、メリルと一緒にクッキーを作り始めた。


「アリス様、差し出がましい様ですが、どうしてクッキーを作ろうと思ったのですか?」


 メリルは小麦粉を振るいながら、優しい声で彼女に語りかける。メリルもメイドながらアリスの一番の付き人であっため、彼女の境遇は知っている。


 そんな彼女が急にクッキーを作りたいと言い始めた時は驚いたが、それを止める気にはなれなかったのだ。そうして、マリーア皇女に協力を頼み、今こうしてクッキー作りを教えているのだったが、どうしても気になっていた。


「その感謝の気持ちと言いますか、ええっと、その様な気分だったので……」


 何となく歯切れの悪いアリスだったが、メリルはあえて追求せずに、そのままアリスにクッキー作りを教えていったのだった。


「そう言えば、アリス様。 クッキーの形はどうなされますか?」

「形ですか?」


「はい、この伸ばしているクッキー生地を、型などで切り抜いてからオーブンで焼き上げるのですが。何かご希望の形などはありますでしょうか?」

「そうですね……」


 アリスはそう言うと、しばらく考え込んでから、こう答えた。


「丸い形にします、そこに絵を描いても良いですか?」

「はいアリス様、大丈夫です。 木のへらなどで溝を掘って、クッキーに模様を描いたりしますから」


「それじゃあ、丸い形に顔を描きたいです。 笑顔が良いです、笑顔の模様にしますね!」


 そのアリスの言葉に、思わずメリルはうっと涙を堪え、そのまま二人はクッキー作りを進めるのだった。


 沢山焼き上がったクッキーを両手に、アリスは王城内の様々な人達に手渡して行く。もちろんメリルも数枚ほどもらったのだったが、二人で焼き上げたクッキーの枚数と手渡した枚数に大きな差があった事には、彼女はさして気をまわす事はなかった。


 そうしてアリスは一頻り場内を回った後、残ったクッキーを抱えて一人部屋に戻って来ていた。


 アリスの部屋にはクッキーの甘い匂いが広がっていった。


 さて、明日は騎士学校に行く事が出来る、最後の日なのだ。


「きっと、これだけあれば大丈夫ですよね、孤児院に住んでいると言ってましたし」


 そう言って、もう一度クッキーを大事そうに抱える。


 お姉様の文献にも、男の子は女の子の手作り物をもらうと喜ぶと書いてある、そう聞いている。


 それに、もし渡すなら形に残らないものが良い、もう会えなくなるのだから……。


 食べたらお終い、それで良いのだと……。


 そう思うと、アリスの目元から一筋の涙がこぼれた。


「ぐすっ、もう泣かないと決めていたのですが」


 そう一言、そっと、つぶやいた。

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