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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
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【4】広場のサーカス

 王都は目前に迫った結界祭の雰囲気一色となっていた。


 そう、今日は一足先に孤児院の皆と祭り見物に来ているのだ。その町中の祭り気分の喧噪に、ユウは囲まれながら、ふと今までの事を思い返していた。


 祭りの当日は人混みで混雑する、子ども達がはぐれたり迷子になる可能性がある、また人攫いが起きる危険性もあるので一足先に訪れていが、それはユウにも好都合であった。


 祭りの当日は組合の、灰色としての仕事があるのだ。


 組合にしばらく顔を出していなかったユウだったが、ロキとの会話の後、意を決してキースと再び話しをするため組合に向かうと、彼は新しい依頼を出してきた。


 その仕事は、祭りの当日の王城と王族の警備だった。これで、城の中に入る口実が出来る、そこまでは良かったのだが、当日はキースと一緒に行動する事になった。


 話の最中、キースの眼光は鋭くユウを捕らえ、一時も目をそらす事がなかった。一体、腹の中で何を思案しているのか分からなかったが、だが最後に一言だけ、彼は力なくこうつぶやいた。


「我々は何としても守らなくてはいけないのだ、御身の、御身の悲願のために……」


 その声は、いつものキースとは比べものにならないほど、酷く弱々しかったのだった。


 そして、アリスの方は一向に進展がなく、毎朝毎朝同じような会話と作業を続けていた。やはり、どうしても自身の出自の話になると、彼女は話しをはぐらかす。


 嵐の後から、アリスとの距離は今まで以上に近くなっていったと感じている。流石に自分の胸を触れと言われた時は狼狽したが、その時の彼女の言葉はユウの心に突き刺さっていた。


「母が恋しいか……」


 ふと漏れたそれは、祭りの喧噪に消えていく。


 それにしても、最近はちょっとした事でもアリスは良く笑っていた。毎朝毎朝飽きもせずに、せっせと裏庭の掃除をしながら、ユウとの会話にパッと笑顔を咲かせているのだ。


 相変わらず人の事は聞くくせに、自分の事は一向に話したがらないが。そう言えば、自分も未だに名前を名乗っていなかった、よくアリスはその質問をするようになっていた。


 しかし、ふと我に返ると、目の前のアリスが皇女で祭りの最中に儀式で命を落とす、そんな滑稽な話があるわけがない、そう思ってしまう。


 だが、ユウの心は酷く焦燥感に満ちていた、それが悪魔の力から来るものなのか分からないが。


 あの嵐の夜もそうだった、何かを失う恐怖、それがユウを孤児院へ走らせた。今も漠然としてはいるが、その恐怖がユウを支配していた。


 すると右手から強い力を感じ、ぐいっと引っ張られた。ユウは先ほどから、右手をミーに占拠されていたが、その力にふと我に返るのだった。


「ユー! 凄いねー あー、あの飴美味しそうだよー」


 キャッキャとはしゃぐミーを横目に、すっと肩の力をぬく。そして、後ろにいたマザー・クラリスとロキに話しかけるのだった。


「そういえば、次はサーカスを見に行くんですよね?」

「えぇ、ユウさん。 この先の広場にテントがありますから、このまま行きましょうか」


「わーい! サーカスだよー! ユーは見たことあるの?」

「ミーはサーカス楽しみなんだな。 サーカスか、そうだな、昔に一度だけ母さんと行ったことがあるよ」


 ミーはにっこり笑って、ブンブンと手を振っている。


「そうなんだー そうだ、ユーのお母さんはどんな人なの?」

「あぁ、とても優しい人だったよ……。 ほら行こう、ミー! あの飴買って、皆でなめながらサーカスでも見ようか」


 ユウがそう言うと、子供達はワーイと歓声をあげる。そうこしながら、広場まで歩いて行くのだった。


 ユウたちが広場まで着くと、大きなテントが立てられており、中ではサーカースが開催されている。辺りには動物の声が響き渡っていた。


 入り口で券を買うと、ちょうど次の公演が始まるところだったのだ。券を渡すと子供達は夢中になって席に走って行く。


 テントの中はかなり広く、段上に椅子が並べられており、中央には大きなステージがあった。辺りに吊されているランプには淡い火が灯り、テントの内幕には異国の柄模様が描かれている、エキゾチックと言えば良いのか、そんな雰囲気であった。


 ユウが席に着くと、隣にはロキ、反対にはミーが座った。ミーは先ほど買った飴を握りして、その眼差しは中央のステージに釘付けになっている。


 しばらくすると、ステージに一人の男が出てきて、そしてこう告げた。


「さあ、ご来場の王都の紳士淑女の皆様、今宵も我らがコッケトル・サーカス団の妙技をお楽しみください!」


 そのサーカスの演目は多岐に渡った、アクロバットな演目から、火噴き男に軟体男、串刺しからの脱出マジックなどもあった。


 そして、この世界で初めて見た、像の様な生き物の玉乗り、ライオンの様な生き物は火の輪をくぐり。小さな猿が玉でジャグリングをしては、猿使いの命令を無視して遊び出す、隣のミーはお腹を抱えて笑っていた。


 その後、一度ステージが空になり、一番最初に出てきた司会の男が出てきてこう告げた。


「さあ、次は観客の皆様にもお手伝い頂きましての演目でございます!」


 すると、ぴょんぴょんと一匹の猿がユウの前まで歩いて来た。そして、ユウとミーの手を掴んでは立たせる。


「どうぞ、そこのお二人様、ご協力頂けませんでしょうか!」


 そんな二人を見て、隣にいたロキは笑っている。


「行ってきなよ、ユウ」


 そうして、ユウとミーはステージに上がっていくのだった。ステージには一枚の壁が立てかけられ、ユウはそのまま猿に導かれると、壁についている紐で両手両足を縛られてしまう。


 おろおろとしているミーを置いて、司会の男はこう続ける。


「では、お次は猿のナイフ投げでございます!」


 鳴り響くドラムロールに紛れて、司会の男はユウにこう囁く。


「ご安心ください、どうぞ動かないでくださいね、あの猿達は皆訓練されておりますので」


 ふと横を見ると、少し離れてミーが心配そうにこちらを見ている。向こうには体格の良い男が猿に耳打ちをする芝居をしていた。


 そして、ドラムロールが止まると、猿はあさっての方向にナイフを投げ、会場は爆笑に包まれる。


ふうと、ユウも安堵していたが。次の瞬間、ぞっとするような殺気を会場内から感じた。


 そして、タンと首筋のすぐ横にナイフが刺さると、一瞬で会場が静まりかえる。そのまま、目の前にいた猿は次々とユウの体をかすめるギリギリにナイフを投げていった。


 ミーは見ていられないのか、両手で顔を覆って泣いてしまっている。そうして、最後のナイフを猿が投げ終わると、会場は拍手と歓声に包まれた


 手足の拘束を外されると、ミーが泣きながらがばっとユウに飛び込んできた。そんなミーを先ほどの猿が慰めるかの様に頭を撫でている。


「さあ、この勇気ある青年に今一度拍手を!」


 そんな歓声の中、ミーを抱っこしてユウはステージを降りていくのだった。


 それからも様々な演目は続いていく、そしてクライマックスは空中ブランコだ、露出の多いヒラヒラとした服を着た女性が、次々にブランコを渡っていき。最後に二人がかりの空中での連携に、観客達は息をのみ、成功するとまた拍手が沸き起こったのだった。


 サーカスが終わると、人々はざわざわとテントを出て行く。ユウたちは迷子にならないように最後まで待つと、それからゆっくりとテントを出て行くのだった。


 ミーは先ほど泣いて疲れてしまったのか、ぐったりとユウの背中で寝息を立てていた。そうしながら、皆で孤児院まで歩いて帰っていく。


「それにしても、ユウ兄ちゃん格好よかったよな、ナイフがあんなに刺さっても驚きもせずに」


 そうケントが隣で興奮しながら話していると、横でオックスもウンウンとうなずいていた。


「ユウは慣れてるよね、あんなのさ」


 後ろでロキが笑っている。


 しかし、そんな会話もユウの耳には入っては来なかった。先ほどサーカスの中で感じた殺気に、一抹の不安を感じていたのだった。


 だがそんな不安も、全員が孤児院に着く頃には薄れていった。


 次の日の朝、相も変わらずに騎士学校の裏庭に着くと、一仕事終えては、ユウはアリスとサーカスの会話で盛り上がっていた。


「サーカスですか、サーカス! 私見たことないです、お姉様とお兄様から聞いたことはありますよ! あっ、その見ることは出来ませんが、行ったことないですよ」

「そっか、まぁ、色々な演目があったぞ、動物が芸をしたり、人が空を飛んだりな」


 アリスは興味津々に話を聞いている。


「飛ぶんですか! 人が空を飛ぶんですか?」

「飛ぶって言っても、高い所にあるロープを人がつたって行くんだよ。 そうだな、祭りまで二週間だし、今度行くか?」


 ユウは、そう言ったのだが。


「その、それは、ちょっと難しいです……」


 そうアリスは、力なく答える……。


「忙しいのか?」

「その、えっと、忙しくなると言うか……。 あと一週間くらいすると、たぶん忙しくなると言うか……。 その、あえ、会えなく……」


 アリスはうつむくと、それ以上は会話を続けることが出来なくなってしまった。彼女が被っている麦わら帽子で、その表情は見えない。


 ロキに相談してから、色々な事を調べてはみたが進捗は思わしくない。


 ただ、王都の騎士団は悪魔の襲撃に備えていると言うのは確かだった。それは、組合での話とも符号していた、五十年の節目の祭りでは必ず悪魔の襲撃があるのだそうだ。


 そんなユウの焦りとは裏腹に、アリスは何も言わない。そんな彼女を見てユウは顔を少ししかめるが、また会話を続けていく。


「なぁ、アリス。 何かないのか、見たいものとか、行きたい場所とかさ?」


 その声に、アリスはピクっと反応する。


「見たいものですか……。 もし一つ見たいものがあるとすれば、そうですね、あなたの顔が見てみたいです」


 その答えに、ユウは顔を真っ赤にしてしまうが。


「なっ、何言ってんだよ」

「だって、触っても何となくしか分からないですし……」


「お前、そう言えば、前に人の顔を撫で回してたよな」

「あっ、あの時は顔に虫がっ……。 そうだ、あの時は寝てたんじゃないんですか!」


 そう言って、狼狽えてしまう、お互い黙り込む。だが、その雰囲気を打ち破ったのは、ユウだった。


「そう言えば、さっき一週間がどうのこうのって言ってたよな?」

「はい……」


「一週間経ったら、もう会えないのか?」

「はい……」


「なら、残り一週間は会えるんだな」

「はい……」


「分かった……」


 そう言うと、キーン・コーンと鐘の音が聞こえてくる。そうして、ユウは立ち上がると、また校舎へ向かっていく。


「それじゃあ、その、今日もがんば……。 いえ、いってらっしゃい」


 その後ろでアリスは、また、こう声をかけるのだった。


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