【3】祭りの夜の噂話
ユウは先ほどから孤児院の裏手で、お風呂用の薪を割っていた……。いや、途中から面倒くさくなり、黒双で切断していたのだが。
「そう言えばさ、ユウのその黒い剣って魔剣なの?」
ロキはいつの間にか後ろに立っているかと思えば、その剣を不思議そうに見つめていた。そんな彼にユウはいったん動きを止めるが、再び手を動かしながら答えるのだった。
「これか? 何だろうな、多分魔剣だと思うけど」
「凄いよね、何にも無いところから出てきたり、形が色々と変わったり」
「あぁ、便利だな。 持ってると夜目も利くし、拾い物にしては上出来だよ」
「拾い物? 何か凄い遺跡とかで手に入れたんじゃないの?」
スパッとまた一つ、薪が綺麗に真っ二つになっていく。
そんな横で、ロキは壁に背を持たれ掛けながら残念そうな顔をしていた。
「何それ、ちょっとガッカリだよ……。 ハクソウみたいな名前だから、もしかして名のある剣だと思ったのに」
「ハクソウ? 白双の事か? あの帝国の聖剣だろ、確かにあれをもじったけどな」
「あっ、やっぱり、ユウってハクソウの事は知ってるんだね。 まぁ、男なら少しは憧れるよね、聖剣に選ばれし者とかさ」
「憧れるかどうかは知らないけどな。 帝国に居た時に、白双の持ち主に会って……? 今、やっぱりって言ったよな」
「うん。 今だから話すけど、マクベス先生がユウの事を知ってたんだよ、帝国騎士団にいたユウに助けられたことがあるって。 だから、騎士学校への推薦ももらえたんだよ」
その言葉に、ユウは僅かに驚いた表情を浮かべた。
「だからか。 なんか話が出来すぎてたとは、思ってたけどな……」
「そうだ、リジニャン王国にも聖剣ってあるんだよ、現国王が持ち主なんだけどね。 セキギョクって名前なんだけど知ってる?」
ユウは相変わらず聖剣の名前の付け方がおかしいとは思ったが、その事は口には出さずにいた。
「セキギョク、赤極ねぇ、あんまり興味は無いけどな……」
スパッともう一つ、薪が綺麗に真っ二つになっていく。
そろそろ、孤児院のお風呂を沸かさなければ、そんな事を考えながら。
「じゃあ、ユウはその剣術をどこで習ったの? それも帝国で?」
ロキは双剣術のマネでもしているかの様に、両手を振り回している。その言葉にユウは手を止めると、じっと自分の手を見つめた後、手の甲で額の汗を手で拭った。
「いたんだよ、師匠が……。 昔な」
「いた?」
「あぁ、もう亡くなっている。 その師匠も悪魔だった、って言えば分かるだろ?」
「そうなんだ……」
そして、またユウは薪を割り始めた。一瞬の気まずさに顔をしかめたロキだったが、それにも懲りず、ロキは話題を変えてくるのだった。
「そうだ、もう八月だね。 ユウはさ、来月の結界祭はどうするの?」
ロキは少し顔をニヤつかせながら、こちらを見ていたが。
「どうするって? あぁ、行商人とか露天商も増えてきたな、曲芸団も来るんだろう? 孤児院の皆で遊びにでも行くのか?」
「違うよ、それもあるけど……。 アリスさんと遊びにでも行ったらどうかなってさ」
「ごほっ、なっ! 急に何を言い出すんだよ」
その瞬間、ユウは薪割りをすかすと、慌てた様にロキに言い返す。
「いや、だってさ。 詳しくは知らないけど、ユウって、アリスさんの事が好きなんでしょ?」
「違う、ただの知り合いの用務員だ」
「そうっかな、そんな感じはしないけど。 ユウって、アリスさんの話題になると、露骨に慌てるからなぁ」
そう冷やかす様に、ロキはユウを見て笑っていた。
「なぁ、話は少しずれるけど。 結界祭って具体的には何をするんだ?」
「そうやって、はぐらかすし……。 そうだね、王都の大結界はユウも知ってるでしょ。 大昔に聖女様が作ったって言われてるけど、この大陸を守護するための、魔物の発生を抑えるためのものだって。 それが五十年くらいの周期で弱まっていくんだよ、それを王国の魔術師達が総掛かりで張り直すって儀式だよ」
「それ以外に何かないのか? 何でも良いんだ、おとぎ話でも、噂でも何でも」
ロキは腕を組んで、しばらく逡巡すると、こう話し始めた。
「そう言えばね、噂だけど。 結界祭の年は悪魔が王都に襲撃しに来るとか、過去に王都で激しい戦いが起きたとか記録が残っているらしい、この間も大変だったよね。 それと、皇女殿下が亡くなったりする事が大昔あったらしいよ、儀式の犠牲になったとか、悪魔と戦って命を落としたとかね、聖女様の呪いだとか、さすがに罰当たりな話だけど……」
そして、ユウは完全に手を止めて、その話を真剣な表情で聞いていた。
「ないない、噂話だよ。 現国王のギー陛下にはウィリアム王子、マリーア皇女殿下、アリス皇女殿下の三人のご子息がいらっしゃるけど、儀式に参加されるなんて話はないし」
「なぁ、アリスって名前の皇女がいるのか?」
「うん、そうだよ? あっ、アリスさんと同じ名前だよね」
「そうだな……」
「どうしたの、ユウ? まさか、アリスさんが皇女様だとか? ははは、そんな小説みたいな話……」
そうロキは笑いかけてから真面目な表情に戻ると、そして、しばらく黙り込んでしまう。
「ねぇ、ユウ? また何か裏でやってるの?」
「……。 いや、そのなぁ……」
「まったく、話してみてよ、僕達にさ。 何か手伝える事もあるかもしれないよ?」
そうして、アリスとの出会いから今までの事をユウはロキに話していった、それをロキは真面目な表情でうなずきながら聞いていた。一頻り話しをした所、アリスが人避けの結界に守られているのではとの話になると、ロキはユウの会話を遮ったのだった。
「ユウ、そんな結界なんて普通の人は作れないよ。 でもね、これも詳しい話を知ってる訳じゃないけど、マリーア皇女殿下は魔法が得意だって話がある、それも幻影を作る結界をね」
ユウは顎に手を当てて、ロキの話にうなずいている。
「ユウはアリスさんの事が気になってるんでしょ? もし彼女に何かあるなら、助けたいんでしょ?」
「あぁ、そうだな……」
「もういっその事、攫っちゃえば良いと思うけどね。 ははは、でも真面目な話だけど王国を相手にする事になったらどうする?」
「お前達に迷惑がかかる、それは避けたい。 でも、別に俺一人どうにかなるなら……」
深刻な顔をしてユウは答えるが……。
「まったく、本当にユウって怠惰な考え方しているよね」
そうため息一つついてから、ロキは一蹴した。
「なっ、何だよ。 これでも必死に、この世界で生きてきたつもりだぞ。 仕事だって真面目にやってるし、自分に出来る限りの事は何でもしてるつもりだ!」
ユウは少し怒った様に声を荒げるが、ロキは残念そうな顔をしてユウを見つめると、またため息をついていた。
「大昔、聖女様の伝説に大罪って話があるんだよ。 七つある大罪の一つが怠惰の罪って言われるんだ。 普通はね、怠けたり、やる気のなく生きているって意味だと思うよ、怠惰ってね。 でも、聖女様が話された怠惰って言うのは、休みもせず、働き続け、そして自分を見失う、自分を放棄してしまう事を説いたんだってさ」
「ロキ、お前……」
「トリニティーも言ってたでしょ、僕も心配だよ、ユウのその考え方。 どうせ言ったって聞かないんだから、せめて手伝わせてよ、僕たちにさ。 レックスやシンイさんなら騎士団の動向も少しは探れるかもしれないし、エドワードの家なら王国の情勢も少しは分かるかもしれない。 マザー・クラリスだって色々な人に顔が利くし、マクベス先生だってユウを騎士学校に入学させるなんて無理を通したんだ、何か協力してもらえるかもしれないよ」
ロキは笑って、そうユウを励ます。
「ロキ、お前、本当に……。 お前が女だったら、きっと惚れてるよ」
「何? 殴られたいの? やめてよ、僕さ、ユウみたいな人タイプじゃないし、こんな人と付き合ったら苦労が絶えないよね」
「酷い言い草だな、ははは」
そんな笑い話をしていると、建物の影から小さい影がぴょこっと飛び出した。
「ユー、ロキー? お風呂の準備はー?」
なかなか戻ってこないミーが心配したのか、二人の様子を見に来たのだった。
「あぁ、ごめんなミー、もう少しで終わるから待っててくれよ」
ユウは笑顔で手を振りながら、そう答えるが。
「ロキとお話してたの? 楽しそうだねー! ユーも、もっと楽しいことしたほうがいいよー いつも難しい顔してるしー ミーともっとあそぼー!」
「ははは、ほらね。 ミーも分かってるんだよ、君が怠惰だってさ」
ユウはそう言われて、返す言葉も無く、ただ困った様に頭をかいて誤魔化すしかなかったのだった。




