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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第二章 祭りの夜に一握りの奇跡を
20/51

【序章】その早く起きた朝に

後半が始まります。

 その早く起きた朝、ユウは真新しい紺色の制服に身を包むと、その姿のまま食堂で朝ご飯の支度をしていた。すると、後ろから誰かが近づいてくる足音がパタパタと聞こえてくる。


「ユウ、おはよう。 いつも早起きだよね」

「あぁ、支度があるからな」


「制服姿も、けっこう似合ってるよ!」

「あぁ、ありがとう。 ロキは……。 スカートの方が似合ったんじゃないか?」


 ユウは振り向いてロキを一瞬見つめると、そう伝えたのだが。


「ユウ……。 朝から良い度胸だね……」


 そう言うユウの後ろで、ロキは右手を握りしめて睨みつけている。


「ははは、冗談だよ、冗談」


 朝からそんな冗談を交わしながら、食事の支度を終えたユウは、いそいそと食事をテーブルに運び始めたの。いつもの様に、質素なスープと軽く炙ったパンを並べ終わると、良い香りに誘われて子供たちが起き初めて来る。


 そんな様子をユウは眺めつつも、一息ため息をついて部屋へ戻っていこうとする。


「あれ、ユウの朝ご飯は?」

「今朝は食べないよ、あまりお腹も減ってないし」

「もしかして、ユウは学校に通う事、緊張してるの?」


 そうロキは心配そうな顔でユウに聞き返す。


「そういう訳じゃないけど、まぁ、あまり良い思い出もなくてな」

「えっ、ユウって昔どこかの学校に通ってたの? エルフの森でとか?」

「いや違うよ、そう事じゃないけど。 まぁ、ちょっと気分転換に散歩でもしてから行くから」


 不思議そうな表情を浮かべるロキを尻目に、ユウはそう言い残して部屋に戻る。そして部屋の中の机の脇、置いてあった小さな布の鞄を手に取ると、ため息をまたついて部屋を出て行くのだった。


 そして、孤児院を出て行こうとするユウを、またロキが後ろから声をかけてきた。


「ユウ! 今日は始業式があるから遅刻しちゃダメだよ」

「あぁ、分かってるよ」


 そう言って、ユウはまたため息をつくと、入り口の扉を開けて出て行く。学校の場所は以前ロキに教えてもらっている、迷う余地はなかった、だが騎士学校への道のりは重い、ユウ自身そう感じていた。


 十分ほど歩いて行くと商店街が見えてくるのだが、まだ朝は早く、商店街の店員たちが開店の準備をしていた。いつも買い物をする肉屋のおばちゃんも、せっせと店の前を箒で掃除していたのが、ユウを見かけると声をかけてきたのだった。


「あら、ユウちゃんおはよう! その綺麗な服はどうしたの?」

「おはよう、おばちゃん。 あぁ、これはね……。 今日から学校に通うようになってさ」


 そう聞いた肉屋のおばちゃんは、目を丸くして驚いている。


「ユウちゃんて、貴族様なの?」

「違うよ、そう言うんじゃないけど、色々あってね」


「そう、何だか大変そうね、あんまり無理しちゃダメよ。 苦しい時は親しい人に相談しなきゃ、そうね、昔の友達とか、親友とかね!」

「ありがとう、おばちゃん。 そうだ、帰りにまた買い物に来るから」


「本当に、あなたの帰りをずっと待っている人もいるのよ!」


 ユウは空元気な笑顔を浮かべて返事をしたが、おばちゃんは別れ際にそう大きな声で言っていたのだった。


 そのまま大きな病院の横を通り過ぎると、もう少し行けば組合が見えてきた。その組合の前には腰に剣を携えた男たち、依頼待ちの冒険者や傭兵がたむろしていた。


 少し前から、ユウは遅い時間に組合から依頼を受けていたのだが、いつもはこんなに人がいない。朝方はこんなに人がいるのかと、少し驚きながらも歩き続けていった。


 そうして商店街を抜けると、大通りの石畳に突き当たった……。


 少し遠くの向こうには騎士学校が見えている、このまま行っても時間は余るだけが、ユウは他に時間を潰す案もない。ユウはガックリと肩を落とすと、歩幅を狭め、また仕方なく歩き始めるのだった。


 騎士学校の門をくぐり抜けると、石とレンガでくみ上げられた大きな、立派な建物が目の前に立ちはだかる。これが騎士学校の校舎か、そう思いながらユウは避ける様に歩き始め、そうして校舎裏に回っていった。


 何か暇つぶしになる様なモノはないのだろうか、そう歩いていると校舎の裏側に裏庭がある、そこにベンチを見つけた。


 これはしめたものだ、そう思ったユウは裏庭に足を踏み入れようとして、異様な違和感を感じる。これ以上足を踏み入れるな、そういった強い圧力が裏庭に張り巡らされている。


「人避けの魔法か? なんで学校にこんなモノが張られているんだ」


 ユウは不審に思いながらも、その圧力をはねのけると、さらに足を一歩踏み入れたのだ。そうベンチのためだ、始業式が始まるまで寝ていよう、ユウの頭の中はその思考でいっぱいになっていた。


「全く、面倒くさいな……」


 そうつぶやきながらベンチに近づいて行ったユウは、その目の前に奇妙な光景を見つける。


 裏庭の奥の木下で、麦わら帽子をかぶり、白い綺麗なワンピースを着た一人の女の子が立っていた。そして、彼女は狼狽えていた。


「どうしよう、どうしたら……」


 その女の子は木の上を見上げながら、そう戸惑っている様に、そして泣いている様に見える。ユウは、そのままゆっくりと女の子に近づくと、こう声をかけた。


「おい、あんた何してるんだ?」

「えっ、わっ!」


 急に声をかけられた女の子は、驚いた様な声を出して足をつまずけ、そして倒れそうになる。慌てたユウは女の子を抱きとめると、麦わら帽子がポロッと地面に落ちていった。


 その瞬間、ユウは彼女の顔を見て息をのんだ。


 僅かに目元をぬらしている彼女の瞳には、光が宿っていなかったのだった……。


「あんた、見えてないのか?」


 女の子はユウの腕の中にすっぽりと収まり、少し体をモジモジさせる。そうして、ユウに対して伝えるのだ。


「その……。 そっ、そんな事よりも、木の上に小鳥が! 巣から落ちてしまっているみたいで!」


 ユウはそう聞いて上を見上げると、確かにもふっとした小鳥が枝に必死にしがみついて、ピーピィーと悲しそうに鳴いている。どうも上の方にある巣から落ちてしまった様だ、親鳥たちが小鳥を見つめながら励ます様に鳴いていた。


「はぁ、ちょっと待ってろよ」


 ユウは女の子を立たせると、そのまま木に登っていった。


「おーい、お前、怖がるなよ」


 木に登ったユウは、そっと小鳥に手を伸ばしてむぎゅっとつかむと、たちまちビービーと鳥たちが騒ぎ出す。そんな事はお構いなしに、さらに木を登ると、そっと小鳥を巣に戻した。下を見ると、女の子は涙を拭いて、安心したように笑みを浮かべている。


 そうして、木から下りたユウは、落ちていた麦わら帽子を拾い上げると、パンパンと帽子についた土を落とし、そして女の子に渡した。


「あの、あの、ありがとうございます!」

「あぁ、別にいいよ。 あんたが居なくても、助けていただろうからな」


「そんなこと……。 そっ、それと、私の名前はあんたじゃないです、アリスです、アリスですよ!」


 目元を少し赤く腫らしながら、その女の子、アリスは一生懸命に訂正している。ユウは彼女の瞳を見つめながら、こう聞き返すのだった。


「あぁ、そうか。 それよりも、こんなところで何してるんだ? 学生なのか?」


「えっ、えっと、違います……。 その、私は、そうだ、ここで働いているんです!」

「働いている? 教師なのか?」


「違います……。 違いますけど……」


 麦わら帽子を被り直したアリスは、両端をぎゅっと掴んで、また深く被り直す。


「ならなんだ、給仕か、それとも用務員でもやってるのか?」


 その言葉を聞いたアリスは、ハッと思いついたかのようにユウに返事をした。


「そうです、用務員です、今度働く事になったんです! でも初めて学校に来たので、まだよく分からなくて……」

「そうか、俺も今日が初めてだよ……。 今日から通うことになった、奇遇だな」


「そうですね、そうです!」

「あぁ、それじゃあ、仕事頑張れよ」


 そう言うと、ユウはアリスを気にする様子もなく裏庭のベンチに腰掛け、ため息をつくと目をつむってしまったのだが。


 しばらくすると、目の前に小さな気配を感じる。今度は何だと思って顔を上げると、アリスがじっとユウの方を向いて立っているのだ。


「なんだ、まだ何か用事があるのか?」

「あの、その、そうではないですが……。 えっと、隣に座っても良いですか?」


「ベンチなら他にもあるだろう」

「えっと……。 その少しお話でもしませんか?」


 アリスはモジモジと両手を目の前で合わせ、少し恥ずかしそうにしながらそう言った。


「面倒くさいな……」

「そんな、酷い、酷いですよ! その、私、同じ年頃の人とあまり話をした事がなくて……」


 そうアリスは消え入りそうな声で、ユウにつぶやく。その姿を見たユウは、仕方なくこう言い返した。


「分かったよ、分かったから……。 はぁ、座ってくれ」

「本当ですか、ありがとうございます!」


 そう聞いたアリスはパアっと表情を明るくして、すぐさま、すっとユウの横に座った。肩が触れあう程の近くに座られたユウは、驚いてアリスに伝える。


「おい、ぶつかるぞ。 大丈夫か、見えてないんだろう?」

「大丈夫です、その……。 目が見えなくても、周囲の状況はだいたい分かるんです!」


 それから、アリスはユウに色々な事を聞いてきたのだった。貴族ではなく、たまたま騎士学校に通う事になった事、孤児院で働きながら暮らしていること、以前は王国の隣にある帝国に行ったり、昔はエルフの森に暮らしていた事、その一つ一つの話をアリスは毎回驚きながら、楽しそうに聞いていた。


 あまりにも、この世界の常識に疎いのでは、少しユウは不審に感じた。そうして、会話は小鳥の話になったのだが、きちんと巣立つかどうか心配しているアリスに、用務員として働くのなら毎日見に来られるだろうと伝えると、アリスは口数が少なくなっていった。


 そして、アリスは自分の事はあまり語らず、質問をしても狼狽えながら誤魔化すだけであった。そうこうしていると、アリスはユウにこう聞いてきた。


「そう言えば、お名前は何と言うのですか?」

「お前なぁ、人の質問には答えないで聞くばっかりじゃなかい。 そうだな、秘密だ、教えてやらない」


 その時は意地悪をしたかった、ただそれだけだった。だが、アリスは悲しそうな表情を浮かべると、その後は黙ってしまった。


 しばらくすると、キーン・コーンと学校の予鈴が鳴る。ユウはそろそろ立ち上がって教室に向かおうとしたが、肩にコツンと重さを感じるた……。


「おい、アリス?」


 ユウはそう言って横を見ると、アリスは疲れてしまったのかスヤスヤと眠り、体を預けていた。


「ふぅ……」


 ユウはため息をつくと、顔を上げて空を見上げた。どうしてだろうか、その時のユウはアリスを起こそうとする気がどうしても起きなかった。


 裏庭を少し冷たい風が吹き抜けていき、ただただ優しい時間が、ゆっくりと過ぎていった。久しぶりだろうか、こんな時間もたまには良いかもしれない、ユウはそう思っていた。


 そうしていると、再びキーン・コーンと学校の鐘が鳴った。もう始業式も終わっているだろうか、そう考えているとピクッと肩に気配が伝わってきた。


「あっ、あれ?」


 アリスが体を預けたまま、寝ぼけ眼で喋っている。


「起きたか?」

「えっ、わっ、私もしかして寝ていましたか?」


「あぁ、グッスリとな」

「そんな、どのくらい経ちましたか? どうして起こしてくれなかったんですか!」


 アリスは急いで体を起こすと、ユウの方を向いてワタワタと抗議をしていたが。ユウは笑いながら、こう切り返す。


「もう始業式は終わっただろう、まぁサボりたい気分し。 それに、たまには可愛い女の子に肩を貸すのも、悪くはないだろ」


 そう聞いたアリスは、顔を真っ赤にして、また麦わら帽子を深く被り直した。そして、恥ずかしい事を言ったなとユウは思いながら、照れ隠しにさっさと立ち上がると、アリスを背に歩き始めた。


 すると、アリスは後ろから声をかけてきた。


「あの、あの、また会えますか?」

「あんたもここで働くんだろ? そうだな、この裏庭はサボるにはもってこいだし、たまには来るかもな」


 そう言って、ユウは教室に向かっていったのだが。その後、ロキに烈火の如く怒られたのは言うまでもなかった。


 ベンチに一人残されたアリスは、彼の気配が無くなるのを確認した後、そっと立ち上がって学校の裏手に歩いて行く。


 そのまま、裏門を抜けると、そこには立派な馬車が一台あったのだが、アリスはためらいも無く扉を開けて入っていく。


 中にはアリスより五・六歳は年上の女性が座っていた、彼女はアリスが入ってくると優しい微笑みを浮かべて、こう言うのだった。


「どうでしたか、アリス?」

「はい、マリーアお姉様。 楽しかったです、とても楽しかったです!」


 そう満面の笑みで、アリスはマリーアに答えた。


「そう、それは良かったは……。 それでアリス、次は、またどこか行きたい所はあるかしら?」

「えっと、お姉様。 もしもですが、また学校に来ても良いでしょうか……」


「あら、もしかして素敵な殿方にでも出会ったのかしら?」

「ちっ、違いますよ! その、小鳥が巣を作っていて、まだ幼くて……。 巣立つまで見守っていたいなと……」


「そう、優しいのね、アリスは。 いいわ、アリスが望むなら、協力してあげる」

「あの、ありがとうございます。 それと、動きやすい服装をしたいのですが良いでしょうか?」


「ええ、準備させるはね。 それじゃあ今日の散歩はここまで、帰りましょうか」

「はい、ありがとうございます! お姉様!」


 アリスは両手を合わせて、マリーアに向かって微笑んだ。そんな彼女を見つめ、マリーアは少しだけ悲しい顔を浮かべたが、その表情にアリスは気がつくことはなかった。


 そうして、馬車は王城へ帰って行ったのだった……。


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