【10】孤児院の探し人
悪魔を倒し、ユウもロキもお互い満身創痍であった。ロキはユウから手を離すとその場にへたり込んでしまったのだ。
そんなロキを気にしつつも、ユウはトリニティーに目を向ける。
さっきまで辺りに張り巡らされていた光の鎖は消えさっていた、そして、トリニティーは近くの長椅子に腰を落としていたのだった。
「トリニティー、体は大丈夫か?」
「あぁ、ゆうかぁ。 ちょっと、よこになりたいなぁ」
そう言うトリニティーを介抱し、そのまま長椅子に寝そべらせる。この体で悪魔を縛るほどの魔法を使ったのだ、体力の消耗も激しいのだろう。
ユウは心配そうな顔をしながらトリニティーを見つめると、右手を出そうとするが、そしてトリニティーに止められた。
奇跡を使おうとしたユウを、トリニティーは強い口調で止めたのだった。
「もう私に、奇跡は不要だよ……」
真剣な表情のトリニティーに、ユウは返す言葉がなく、またロキもその様子を後ろから見守っていた。そして、ユウはトリニティーをひとまず長椅子に寝かせたのだった。
次にロキに肩を貸しながら、悪魔の毒にやられたレックスとシンイの所まで二人で歩いていったが。教壇の横に寝かされた二人は、共に呼吸は小さく、顔色も悪い、このまま意識が戻らなければ衰弱して死んでしまう様に思えた。
「なぁ、ロキって解毒薬とか詳しいか?」
「多少の知識はあるけど、悪魔の毒の正体が分からないと何とも言えない。 草木や動物の毒なのか、それとも魔法で作ったりも出来るのかな? それだと、僕にはどうにも出来ないよ……」
そう答えるロキをいったん一人で立たせると、ユウはそのまま床に膝をついた。
「いつもなら、ここで起きたことは誰にも言うなとか、もし口外すれば全員命が無いと思えとか、言うんだけどな……」
そう言いながら、頭をかいたユウは、ふとため息をつくと。
そして、いつもの様に奇跡を使うための質問を始めた。
「なぁ、レックス、シンイ、お前達は奇跡を信じるか?」
その様子をロキは不思議そうに見つめている。
「なら、お前達の望みはあるのか? 何だそれ、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぞ」
そう言って、ユウは右手を自分の胸の前に置く。
「まぁいいさ。 力よ、かの者らに集え、その傷ついた魂に安らぎを、傷ついた肉体に癒やしを。 我が魂を代償に、今ここに一握りの奇跡を!」
そんな様子をロキは固唾をのんで見守っていたが、そうして光に包まれる二人を見て本当に驚いていた。光がゆっくりと収束すると、二人の表情は先ほどとは比べものにならない程に安らかなものになっている。
そんな二人を見つめて、ユウは小さく、そっとつぶやいた。
「それ、叶うといいな……」
ふぅと、またユウはため息をつくと、隣にいたロキが慌ててユウに話しかけてきた。
「ユウ、これ、これって……」
「どうした?」
「二人とも治ったの? だって、あっ、トリニティーが言ってたのって。 えっ、こんな魔法を使える人なんて王都にはいないよ……」
ロキは目を見開いて、慌てた様にユウを見つめている。
「そうか? 神殿とかに行けば出来るだろう?」
「無理だよ、神殿以外の場所でこんな凄い回復魔法、どうやって魔力をかき集めるのさ……。 それに、悪魔が作ったよく分からない毒だよ! それもトリニティーさんが言ってたけど、病気も治せるんでしょ?」
「まぁ、制限はあるけどな、対象は選ばないはず……。 けど死んだ者は生き返らせることは出来ないし、問いかけに答えてくれない者も無理なんだ、誰でも助けられるものでもない」
「待って、それにさっきの。 魂を代償にって……」
「あぁ、たぶん。 そう言うことだ……」
「そんな、まさか自分の寿命を削ってるの?」
にわかにロキの表情が曇り始める。
「ほら、悪魔って人間より長生きだって言うしさ。 そこら辺はよく分からないけど、まぁ、大丈夫だって」
「良くないよ、ユウ! そんな……。 だからトリニティーさんも……」
泣きそうな顔で、ロキはそう言うとうつむいてしまったのだった。
「それに、ユウの怪我は? 大丈夫なの?」
「あぁ、そこまで深くはなかったし。 このローブ以外と丈夫なんだよ」
そう言って、羽織っていた灰色のローブをヒラヒラとさせると、特に穴は空いていないように見える。
ただし、触手がめり込んでいた場所には、小さな黒い点が出来ていた。おそらくは毒を流し込んだ痕なのだろう、こういうときは自身が悪魔で良かったとユウは思った。おそらく普通の人間ならば、即死に違いなかっただろうと。
そんな中、ロキにユウが気をとられていると、横になっていたレックスとシンイの目がゆっくりと開いた。
ユウとロキは二人と目が合ったが、何となく気まずい表情を浮かべている。二人は少し痛そうに上体を起こすと、レックスがまず話し始めたのだった。
「そのな、ロキ、ありがとうな。トリニティーさんか、彼にも助けられたし。 それから、ユウは命の恩人だ、だから、その……」
二人はどうも意識はあったのか、おそらく会話や事の成り行きをある程度把握しているようだった。そのため、何とも言えない空気が四人の間に流れ、沈黙が訪れる。
そして業を煮やしたのか、その煮え切らない空気を両断する様に、シンイが鋭く言い放ったのだった。
「……。 私たちの秘密ばらさないで、命の恩人の秘密もばらさないから、だから、ありがとう」
ユウはシンイが会話をした所を初めて見た、そしてジトッとした目つきとは裏腹に可愛い声だと、どうでも良い事を思っていたが。その他三人の、その場の空気は、その一言で片付けられてしまったのだった。
ユウは気を取り直すと、立ち上がってロキ達にこう告げるのだった。
「それじゃぁロキ、トリニティーとレックス達を頼むよ。 孤児院と病院を見てくるから」
「えっ、皆は大丈夫なの?」
「分からない。 最悪の状況は想定していた、だから一番最初に教会に来たんだ」
そうユウが言うと、三人とも表情を暗くした。
「すぐに確認して戻ってくるから、待っててくれ」
そう言ってユウは小走りに教会を出て行く。
まだ暗い夜の中、嵐はすでに去り、真っ黒な空は小雨に変わっていたのだった。
ユウは気配を伺いつつ、孤児院の入り口から中に入ると、騎士達が昏倒して床に倒れているのが目に入った。気を失ってはいるものの、表情は普通であり、単に眠らされていると思われた。
おそらくは、あの悪魔が後で実験台にしようと考えていたのだろう、そう考えると子供達も無事ではないかと考えられた。
そのまま、ミー達が寝ている部屋まで歩いて行くと、ゆっくりと扉を開けて部屋の中に入っていく。静かに部屋の中を確認すると、女の子達はすやすやと安らかな表情で眠っていた。
ユウは額を抑え、一つ安堵のため息をついた。何事もなくて良かった、そう心の中でつぶやいてから部屋を出て行こうとしたが。
「ユー? どうしたの?」
そう後ろからかけられた優しい声に、足を止められてしまった。
「シーッ、他の子が起きちゃうよ」
ユウは寝ぼけ眼になっているミーの側まで歩いて行くと、膝を折ってミーに笑いかける。
「ユーはお仕事?」
「あぁ、そうだね、夜の見回りかな」
「そっかぁ、ユーは偉いね」
そう言うと、ミーの小さな手が伸びてきた。目をシパシパさせながら、寝そうになりながらも、頑張ってユウの頭を優しく撫でるのだった。
「ありがとう、ミー。 でも、もうおやすみ、また明日ね」
「うん、おやすみぃ」
そう言って、またミーは眠りに落ちていくのだった。
ユウはケントやオックス達の部屋も確認するが、男の子達はベットから足を放り投げて元気に眠っていた。そうして、子供達の部屋を全て確認し終え、そんな彼らの姿に安堵しながらも、一人だけ見つからないマザー・クラリスの姿を孤児院の中で探し迷っていたのだった。
最後に残ったのは院長室であったが、その扉を開けるとユウはハッとした表情を浮かべ、急いで中に入っていった。
「大丈夫ですか、マザー・クラリス!」
マザー・クラリスはだいぶ痛めつけられていたのか、体中から血を流して床に倒れていた。姿を奪うために拘束したのだろうか、足の骨も折られていた様子に見えた。
目も開けないほどに瞼が腫れ上がり、口元からもわずかに血をにじませている。そんな息も絶え絶えな状態であったが、マザー・クラリスはユウの声を聞いて反応したのだった。
「ユウさん……。 あっ、あなたは、大丈夫……。 女が、気をつけて、子供達と、逃げて、ください……」
「大丈夫です、あの悪魔は倒しました。 子供達も無事ですから」
そう答えると、マザー・クラリスは口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと体から力が抜けていくのだった。
「マザー・クラリス! しっかり!」
マザー・クラリスが深刻な状態であることはユウにも分かっていたが、今日は悪魔の力を使いすぎている。このままでは、自分も倒れるかもしれない。
それでも、今この状況を打開できるのは、この力しかないと、そう自分自身に言い聞かせるのだった。
「いいですか、マザー・クラリス。 心の中でかまいません、私の問いに答えてください!」
そう大きく、力強い声でユウは話し始めた。
そんな中、マザー・クラリスはまるで夢の中にいるようであった。
嵐の夜に、訪ねてきた謎の女に孤児院が押し入られると、あっという間に一緒にいた騎士達とロキが意識を刈り取られ、なすすべもなく女は院長室に私を引きずって行った。
そして、私を見下ろす女は少しずつ姿を変え、私の姿になりかわっていった。そんな女に恐怖を覚え、子供達を逃がそうと抵抗を試みるも、あっけなく倒されてしまった。
それでも、少しは時間が稼げただろうか。だが自分の無力さに打ちひしがれ、ここに横たわっていたのだった。
体は動かず、目も開かない、ただ雨が孤児院の屋根にバラバラと強く当たる音だけを、ずっと聞いていた。体の痛みは次第に感じなくなり、体も麻痺してきたのか、もう雨音も聞こえない。
子供達は、病院の患者達は、ロキ、そして出かけていったユウはどうなったのか、もう自分にはどうにも出来ない……。
そう思っていた所に、聞き覚えのある声が聞こえてきた、ユウの声だった。
彼は無事だったのだ、良かった。
だが意外な事を言う、あの女を倒したと言う、あんな悪魔の様な女を……。
そして彼は、私にこう問いかけたのだった。
「マザー・クラリス、あなたは奇跡を信じますか?」
「えぇ、信じますとも、ここで、あなたやロキさん、ケントやミー達に出会えました。潰れそうになった孤児院も、あなたに奇跡の様に救っていただけましたから」
体も口も動かないマザー・クライスは、ユウの問いかけに、そう答えた。
「なら、何か、他には望みはありませんか?」
「望み、これ以上に……。 そうですね、願わくば、これから育っていくあなたたちを最後まで見守りたかった……。 そう思いました……」
それが、死の淵に立った彼女の、たった一つの願いだった。
「そうですか。 では、あなたはまだ死ぬべきではない!」
そう力強く断言したユウの声が聞こえた。
これは夢なのか、それとも天国へ行くための神の問いなのだろうか……。
そして、最後にこう聞こえてくるのだった。
「……。 我が魂を代償に、今ここに一握りの奇跡を!」
マザー・クラリスは閉じられた瞼の向こうから、温かく力強い光を感じた。それが全身を優しく包み込んでいく、まるで春の日に、丘の上で日向ぼっこをしているかの様に、そんな温かいものだった。
そして、体がふっと軽くなると、重かった瞼が開かれ、そして目の前には灰色のローブをまとった青年が息を切らし、苦しそうに胸を押さえているのが見えた。
そう、それは、先ほどまで夢の中で話していたユウだった。
「マザー・クラリス、すいません、私はもう動けそうにない。 子供達は無事です、確認しました。 あと悪魔は殺しました、今のところ危険はないと思います。 それと、教会にロキやレックスとシンイ達がいます、呼んできてください。 あとトリニティーがっ、くっ……」
そう言いかけて、彼は倒れ込んでしまった。
「ユウさん、あなたは!」
「いいから、急いで!」
深刻な表情で告げるユウを見て、マザー・クラリスはその意図を理解したのか、すぐさま立ち上がった。
「分かりました、ユウさん。 待っていてください」
マザー・クラリスはそう言うと、さっきまで重傷を負っていたのを忘れたかの様に、慌てて院長室を出て行くのだった。




