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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
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【9】孤独な悪魔の友達

「こんばんは、マザー・クラリス。 どうしたんですか? こんな夜更けに教会で。 それも、ロキにトリニティーも一緒なんて」


 マザー・クラリスはその声に一瞬ピクッと反応すると、すぐさま教会の扉に向き直った。その先には灰色のローブをまとった少年が目に入ったからだった。


「まったく、人には夜更かしも大概にとか言いながら。 何してるんですか、こんな嵐の晩に」


 その少年は、ゆっくりと教会の中へ入ってくると、ロキ達の横まで歩いてきた。そして、座っている二人を見つめて一度優しく笑う。


「ユ、ユウ……」


 ロキは精一杯の力で、その少年の名前を言うと、彼は一度トリニティーに目配せをした後でマザー・クラリスに向き直った。


「どうしたんですか、その小瓶? レックスもシンイも倒れてますが、大丈夫なんですか?」


 とぼけた様に言うユウに、マザー・クラリスは先ほどとは異なり表情を鈍らせていく。っそいて、ひどく冷たく低い口調で答えた。


「何なんだ……。 どうしてお前みたいなのが、ここにいる?」


 そうマザー・クラリスが言った瞬間、ユウの姿は消えた。


 そして、一瞬でマザー・クラリスの前まで距離を詰めたユウは、左手を下から振り抜く。途端に鈍い音がしたかと思うと、小瓶を持っていたマザー・クラリスの腕が中に舞っていた。


 すかさず、ユウは右手をマザー・クラリスの顔目掛けて振り抜く。そのまま一刀両断しようとしたのだろうが、ガキンと音がした。


 ユウが持っていた黒い剣をマザー・クラリスの大きな口が受け止めていたからだ。


 その口には明らかに人の歯ではない、チグハグに並んだ鋭い牙が並び。ガキガキと音を立てて剣に噛みついていた。


「それが、お前の本性か?」


「ガガガガバガガガバ!」


 鋭い目つきでマザー・クラリスはユウを睨む。すると、首をあり得ない方向に曲げてユウの体ごと天に振りかぶったのだ。


ユウは剣と一緒には教会の天井に吹き飛ばされてしまったのだが。勢いを殺すように天井に足をつけて着地すると、逆に反動を付けて地上に向かって勢いよく飛ぶ。


 そのまま上方から二振の黒い剣を振りかぶるが、しかし、その剣はマザー・クラリスを切り裂く事はできない。マザー・クラリスの背中から生えた黒い緑色をした六本の何かが、その剣を受け止めたのだ。


 すぐさまユウは体勢を横に切り返すと、体をかかがめて踏み出しては距離を詰める。


 そして、両手を横凪に振り抜くと、マザー・クラリスは周囲の椅子を威勢良くぶち壊しながら、教会の後ろまで吹っ飛んでいったのだった。


「さしずめ、お前は毒の悪魔ってところか。 まったく面倒くさい奴だよ、よりにもよって人の家に侵入するとはな」


 ユウはそう言いながら、右手の剣を一瞬くるっと回して刃を上に持ち替える。そして、左手の剣を素早く振り抜き、飛んでいったマザー・クラリスに投げつけた。


「ガガガッ」


 異様なうめき声が協会内に響き渡ると、椅子の瓦礫の下から奇妙な形の生き物がズルズルと這い出てきた。


 その姿は人の顔に凶悪な牙を取り付け、背中からは六本の醜い触手の様なモノが飛び出している。体は歪に膨れ上がり、元々は人の形をつくっていた面影は今や見る影もない。


 そして、六本の触手を器用に動かし、まるで足のように操っていた。その人と蜘蛛を混ぜたような悪趣味な造形をした何か、それが、その悪魔の正体だった


 その悪魔の中心にユウが投げつけた黒い剣が突き刺さっている、そして黒く濁った緑色の液体を滴らせては、ポタポタと床に血だまりの様なものをつくっていた。


 ユウはその姿を見つめ、一瞬だけ苦い顔をすると、そして悪魔の方へゆっくりと向かっていくのだった。


「ガガバッ、お前ガッ、何でお前ガァ! お前も同郷なんだろう、クソぉ、この同族殺しがっ! あっ、あぁ聞いたことがあるッ、さるが、猿が言ってた奴だ、悪魔のくせに人間に味方するバガガいるッっでなぁ」


 その口からは、緑色の液体を垂れ流しながらは、汚い声で喚き散らしていた。


「ぜっガく、新しいすガダに変えダのに、じガんガかかるんダぞクソやろう! わたジが、この病院のいんジョウに、なるはズダッダのにぃ……。 裏切りぃ、うらぎりぃいいいい者がぁ!」


 そう恨みがましく叫ぶ、喚き散らす悪魔をユウは冷めた表情で見つめている。そして、一歩一歩、また少しずつ距離を詰めていく。


「いつから、俺はお前の味方になったんだ」


 そう一言返すユウに、また悪魔は叫ぶ。


「そこの人間どもは知っているのがぁ? この裏切り野郎、てめも、その皮の下に、どんな……」


「うるせえ、この蜘蛛野郎!」


 ユウはピタッと立ち止まると、その言葉を遮るように叫び、そして激高した。


瞬く間に、再び一瞬で悪魔の懐に潜り込んだユウは、とどめを指すため右手に持った剣を突き刺そうとして……。


 そして、動きを止めてしまったのだった。


「ガガガバッ、バガガ!」


 そう笑う悪魔の一本の触手が、死角を突く様に後ろから伸び、その先端がユウの背中に刺さっていたのだ。


そして、すぐさま残りの触手もユウに襲いかかる。


「ガガババッ、バガガ、ゴいつは効くぞ。 猿のいうどおり、ガキだなてめえば! はぁ~、多少は持ちこたえるだろうが、その前に喰っちまえばいいんダッ!」



 そんな緊迫したやり取りの中、ロキは少しずつ体の自由を取り戻していた。そして、首だけを横に向けてユウと悪魔の戦いを見守っていたのだ。


 だが、悪魔の言った裏切り者と言う言葉に、完全に思考も体も止まってしまっていた。ユウが悪魔、あの化け物と同じ。そう考えると、どうしょうもない不安に駆られるのだ。


 今まさにユウは、悪魔の毒にやられて身動きがとれない、絶体絶命の状況と言うのに。


 助けたいと思っているはずなのに、ロキの両手には力が入らない。


 それは悪魔に盛られた毒が原因でもあったが、それに加え、自身の内側からにじみ出てくる、ユウへの恐怖心からだと自覚していた。


 だがユウに食い込んだ悪魔の六本の触手が、さらに、さらに体の奥へと食い込んでいく。苦しそうなユウの表情が、ロキ達がいる位置からでもうかがえた。


 すると、トリニティーがロキの手を離した、とっさの事にロキは目を向ける。


 そして、トリニティーはゆっくり立ち上がると、ユウの方を真っ直ぐ見つめて言うのだった。


「まさかなぁ、こんなかたちで、ねがいがかなうとはなぁ……」


 そう一言だけ、寂しそうにつぶやいた。そして振り返らず、ロキに語りかけ始めた。


「ロキ君、ユウは君の友達かい?」


 そのトリニティーの口調は、いつものんびりとした話し方とは異なり明瞭なものだった。それを聞いたロキは、驚いた様子で声も出ない……。


「私はね、初めて彼に会ったとき、彼を殺そうとしたんだよ。 一目見て悪魔だと気がついたからね、これでも昔は悪魔退治の専門家だったんだ」


 トリニティーはそのまま、おぼつかない足取りで、ゆっくりと悪魔へ向かって歩いて行く。


「彼を見て、次の瞬間には、この両手は彼の首を絞めていた」


 ユウはハッとした表情を浮かべると、体を震わせ、すぐさまトリニティーに向かって痺れた唇を動かして声をかける。


「トリ、トリニティー、今は、早く、逃げろ……」


 そんなユウを優しい表情で見つめながら、またトリニティーは話し始める。


「だがね、年はとりたくないものだ……。 途中で発作が起きて、そのまま倒れてしまったんだよ」


 また一歩、トリニティーは少し肩をすくめて、足を進める。


「その時、彼はどうしたと思う、そんな私を救ったんだ……。 悪魔は特殊な力を持っているのは知っているかい? それは魔法とは違う別の力、能力。 例えば、この悪魔は毒を作ったり、操るんだろうか」


 ロキは、そう言うトリニティーの背を見つめたままだった。


「その時のユウは、私にこう聞いたんだ。 奇跡を信じるかと、そして望みはあるのかとね……。 そして、彼は私の命を助けた……。 まったく驚いたよ」


 また一歩、トリニティーは今度は少し寂しそうに足を進める。


「私は、私は今まで沢山の悪魔を殺してきた。 復讐のために、私の家族を奪った奴らを根絶やしにするために。 人生の最後の最後で、また一匹悪魔を殺せる、道連れにしてやる、そう思っていた」


 また一歩、トリニティーは覚悟を決めるように足を進める。


「ユウはね、私を助けた後、とても悲しそうに笑ったんだ、とても悲しそうに……。 その瞬間に、私の抱いていた憎悪が一瞬にして霧散してしまった。 そう……。 こんな優しくて、悲しそうな悪魔を、私は見たことがなかったんだ……」


 さらに一歩、トリニティーは足を進める。


「どうか、年寄りの戯れ言だと思わないでくれ。 だが、どうか、この優しい悪魔を独りにしないでやってくれ……」


「ガガガバッ、バガガ、助ける? 命を? そんなバガガな悪魔ガいるかッ! てめらも死ねッ!」


 悪魔はそう吐き捨てると、歪な笑みを浮かべたまま、顔だけをトリニティーに向けた。触手はユウを抑えているため自由には動けていない、だが毒を操るのだ、何か他に攻撃する手段も持っているかもしれないだろう。


 だが気にする素振りもなく、トリニティーは歩みを止めて、つぶやいた。


「私には、もう時間がないからね……」


 その差し迫った雰囲気に、ユウは声を振り絞って叫ぶ!


「トリニティー…… ロキ…… 逃げろ、こいつは何とかする!」


 ユウは苦しい表情をしながら、必死に体を動かそうともがいているが、やはり体に力が入っていない。


「ユウ、大丈夫だ。 これでも私は専門家だからね。 それに、そいつは、殴り合いには向かない手合いだろう?」


 トリニティーはユウに向かって微笑みかけると、右手を悪魔に向けた。トリニティの右手にはめた細いブレスレットが淡く光ると、彼はこう唱えたのだった。


「力よ我が身に集まれ! 戒めよ、この眼前の敵を縛る鎖よ、邪悪なるモノの自由を縛れ!」


 トリニティーを中心に強烈な光をまとった魔方陣が形成されると、そこから光る鎖が無数に伸びて悪魔を縛っていく。


 驚いた表情を浮かべた悪魔は、そして、たまらずに悲鳴を上げたのだった。


「ガガガガバッ」


 光の鎖はユウに刺さっている触手を解こうと、悪魔を締め付けていく。


 ギリギリと軋みをあげる鎖によって、一本ずつ触手が引き剥がされていくのだった。一本、また一本と縛られていく触手は、しかし、なかなか全ての触手は離れてはくれない。


 トリニティーは次第に苦痛の表情を浮かべ、ついには胸を押さえて魔法の発動を維持していた。


 だがこれではいつまでも保たないだろう、トリニティーを見る悪魔の表情は苦しくも、その口元にはいやらしい笑みを浮かべていたのだった。


「ユウ!」


 思わずそう叫んで、ロキは立ち上がったのだった。


 彼はよろけそうになりながら、急いで駆け出した。


 無我夢中で、祭壇の後ろにある一際大きな蝋燭台を手に取ると、そして、ユウに向かってがむしゃらに走り出した。


 ロキは怖かった、初めて目の当たりにする悪魔の異形さに、底の見えないような真っ黒な不気味さに。


 そして、今まで一緒に暮らしていたユウが、悪魔だと知ってしまったから……。


 怖かった、ただ怖かったのだ、今にもここから逃げ出してしまいそうなくらいに。


 だがトリニティーの言葉は、それ以上にロキの心に深く突き刺さった。そうだ、ユウを友達だと、自分は確かに言ったのだ。


 いつも面倒くさそうにしてるのに、無駄な厄介ごとを勝手に引き受けて、知らない顔をして僕たちを助けて。僕が今まで一緒に暮らしてきたユウは、そんな奴なんだ、今も僕たちを助けるために、あの悪魔と戦っている。


 十分だった、ロキの心を奮い立たせるには、それで十分だった。


「ユウを、ユウを離せよぉ!」


 ロキはそう叫ぶと、思い切り食いしばって手に持っていた蝋燭台を思い切り振りかぶる。見開いた目は、ユウに刺さっている触手に狙いを定めると、勢いよく振り下ろされたのだった。


 ガキンと鈍い音とたてて、少しだけ触手が動く。


「離せよ、僕の友達を離せよぉ!」


 ロキはもう一度、思い切り蝋燭台を降りかぶり、そして触手に叩き付け、ユウの体から触手が抜ける。すぐさま光の鎖が、それを絡め取っていったのだった。


 そして、触手から解放されたユウは前に倒れながらも、片足を踏ん張るとガラ空きになった悪魔の胴体を見据えた。


「貫け! 黒双!」


 ユウは右手の剣に左手を添えて、そのまま倒れる様に、深く悪魔の心臓に突き刺したのだった。


 グズリと悪魔の体に剣が突き刺さると、次の瞬間には悪魔の体内から黒い刃が無数に咲いていった。


 そして、悪魔の体は心臓からジワジワと灰色に染まっていき、最後には砂のように崩れ去ってしまった。


 ユウは体を起こすとふっと体から力が抜けるのを感じ、思わず倒れそうになるが、不思議なことに体が止まった。ロキがユウを震える両手で、一生懸命に支えていたのだった。


 少しばつが悪そうにユウは顔を背けると、ロキに対してこう言った。


「すまん」

「何を言ってるんだよ、僕たち友達だろう」


 そうロキは笑いながら答え。


「あぁ……。そうだな……」


 そうユウは返すのだった。


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