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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
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【8】悪魔の本性

  ユウは息を少しあげながら走り、今までの事を必死に考えていた。


 どちらも陽動じゃないか、レーレと呼ばれる女性がレックスとシンイの知り合い、そんなわけないだろう、さっき助けた女性だぞ。


 組合の爺さんにもらった資料にも書いてあった、不審な女性、被害者と会話していた、おそらく姿を変えられるのか。そいつ、姿を変えてこの農村周辺で潜んでいたんだろう。


 ならなんで、そのまま王都に向かわなかった。姿を変えられるなら簡単に王都に忍び込めるはず。理由があるのか、くそ分からない。


 それに苦しんだ様子で死んでいた被害者、おそらく毒を使う奴だ。さっきの雨に混ざっていた魔法も、おそらく人間にじわじわと作用する毒の類い。そんな奴が王都に忍び込んだらどうなるか。


「面倒くさいよ、まったく」


 どこに向かう、王都に運ばれているレックスとシンイは病院に向かうはずか。どこが狙われる、大きい病院か、まさか、うちじゃないだろうな、ロキ達もいるんだぞ。


 隣町に向かう途中で馬車とすれ違っていない、おそらく舗装された方の道を通ったはず、それなら多少は遠回りをしているはず。間に合うかどうか、かなりギリギリの状況だ。


 さっき本当の事を伝えていれば、もしかしたら王都の騎士達を動員できたかもしれない、しかし……。


 そんな後悔にさいなまれつつも、再び降り始めた雨は、また次第に強さを増していく。まるで、ユウの不安を煽るように。


「くそっ、後悔、執念、ここまでこだわるなら、今回の悪魔は病院の関係者か。 行くぞ、黒双!」


 そうユウはそうさけび、ただひたすら王都へとつながる道を独り駆けていくのだった・


 その頃、王都も嵐のまっただ中であった。正門の門番達は、土砂降りの外を窓越しに眺めながら、会話をして時間を潰していた。


「こんな日に登板なんてついてねぇよな」

「まぁ、そう言うなって、手当は出るんだからさ。 こんな日は誰も来ねえよ」


がしかし、そんな期待を裏切るかの様に正門に一台の馬車が到着した、慌てて馬車から一名の騎士が降りてくると門番と話し始めるのだった。


「我々は遠征に出ていた者だが、騎士学校の生徒が負傷した、急いで病院に向かいたい」

「わっ、分かったすぐに人を呼ぶ、今門を開けるから待っていてくれ。 一番近い病院は、ここからなら、そうだクラカタ医院だ。 外周の居住区だ、商店街の通りからすぐのはずだ」


「すまない、恩に着るよ」


 そんな会話を馬車の中から眺めていた一人の女がいる、その女の口元が異様に曲がっている事に気がついた者は、その時は誰もいない……



 ドンドンと入り口を激しく叩く音でロキは目を覚ました、何事なのかと思い慌てて上着を羽織ると、入り口へ向かっていくのだった。すると、入り口に向かう途中でマザー・クラリスと出会ったのだった。


「こんばんはマザー・クラリス。それにしても、どうしたんでしょう、こんな時間に」

「もしかしたら、この嵐で怪我をした方がいるのかもしれませんね」


「今日は、先生はご自宅に戻られていますよね」

「ええ、急いで呼ばないといけないかもしれません」


 そう会話をしながら、二人は入り口へ向かっていった。


「待ってください、もう少しで開けますから」


 そう言って、ロキは扉を開けると土砂降りの中で一人の女が立っていた。


そこで彼の意識は途絶えたのだった……。


 次にロキが目を覚ますと、そこは敷地内にある教会であった。頭が重い、ズキズキとする額を押さえながら辺りを見回すと、不思議な光景が広がっている。


 祭壇にはマザー・クラリスが立っている、その脇に演習に行っていたはずのレックスとシンイが横たわっているのだ。二人はずぶ濡れで意識を失っている、マザー・クラリスはそんな二人をニヤニヤと笑顔で見つめていた。


「マッ、マザー……」


「おやぁ、目が覚めましたか。 少し早いですねぇ、ふふふっ」


 そう彼女は、マザー・クラリスは怪しく笑う。


 ロキはその笑い顔にブルッと身震いをした、決して寒いわけではない、何か得体の知れない恐怖を彼女から感じたのだった。そして慌ててロキは立ち上がろうとするが、何故か力が入らない、言葉もうまく発する事ができない。


「ロキさん? でしたね。 動きませんか? あなたの体」


 まだ雨は激しく降っているのだろう、教会の壁や天井に雨が強く打ち付けられる音が聞こえる。時折鳴り響く雷が、教会の小さな窓から一筋の閃光を差し込む。


 教会の中にはたくさんの蝋燭に火が灯り、ゆらゆらと揺れている。薄暗いなか、ただ何故かハッキリとロキはマザー・クラリスの姿が見えていた。


 「凄いでしょ、私の作った薬は。 凄くよく効くんですよ、人間には、あははははは」


 口を大きく、いや、明らかにおかしな大きさの口を開けながらマザー・クラリスは笑い声を上げる。何が起きたのだろうか、頭の中は真っ白になっていく。


 そんな中、教会の入り口がトントンとノックされたのだった。


「お~い、こんなよなかに、だれかいるのか~?」


 間の抜けた声が、雨の音に混じって聞こえてくると、そのままギイーと音を立てて扉が開けられる。その向こうに立っていたのは、病院に居るはずのトリニティーであった。


「うーん? 誰ですか、このボケたじいさんは?」


 マザー・クラリスは首をかしげてトリニティーを見つめる。


「おやぁ~、まざーくらりすではないかぁ、こんなよふけに、みさでもやるのか~」


 そして、マザー・クラリスはトリニティーを一瞬不思議そうに見つめると、こう切り返した。


「あははははは、とんだ乱入者ですね。 じいさん、そこにロキさんが座っているでしょう、早く貴方も隣に座りなさいな、これから大切なセレモニーが始まるのですよ」


「お~、そうかそうかぁ~、わかったわかった」


 そう聞いたトリニティーは疑うこともなく、ゆっくりと教会の中に一歩足を踏み入れた。


 ロキは何とかトリニティーに異常な状況を伝えようとするが、体に力が入らずにブルブルとその身を震わす今年か出来ない。


 そして、しばしの静寂の後に、マザー・クラリスはトリニティーが座った事を確認すると、おもむろに話し始めるのだった。


「それでは、始めましょうか、今宵は記念すべき日ですから。 だって、私がこの病院の院長となって、そして王都の人々を癒やすのですよ」


 マザー・クラリスは両手を挙げて、満面の笑みで微笑む。その恍惚とした表情には、明らかな異常さを浮かんでいた。


 ロキは震えが止まらなかった、目の前にいるマザー・クラリスは確実に本人ではないのだ。


 なら、その正体は一体何なのか。


 異常なまでの不気味な圧力、このマザー・クラリスの姿をした何かは、これから何を行おうとしているのか。


 悪魔……。 


 ひどく痛む頭を無理矢理まわしていたロキは、そう思い当たった。


 人の形をし、そして人ではないもの、彼ら悪魔とは様々な憎悪の塊だと昔聞いたことがある。


 何かに固執し、執着し、人や生き物の命を歯牙にもかけず、ただ己の欲望のままに生きているモノだと。


 魔獣に近い性質を持っており、王都の大結界によって付近の村や町を含め侵入を阻んでいるが。大結界を張り直すための儀式の近くになると、その動きは活発になる、そう両親から聞かされた覚えがあったのだった。


 孤児院の子供達は、病院にいる患者達は、どうなったのか。そして、僕たちも全員殺される。


 あり得ない、だがその想像に、体の底から冷えていく恐怖を感じていた。


 しかし、そっと何かがロキの手を温かく包んだ。


 それはトリニティーの手だった。


 しわくちゃの手でロキの手を優しくつかむと、優しい目をして、こうつぶやいた。


「だいじょうぶだ……」


「トッ、トリ……」


 ロキは何とか動く首から上をトリニティーに向け、おぼつかない舌で、そうつぶやくのが精一杯だった。


 そうしていると恍惚に浸っていたマザー・クラリスは、ゆっくりと歩き出し、レックスとシンイに近づいていく……


「この二人はねぇ、ロキさんと同じ薬ですけど強めにしているので眠っているんですよ。 少し別の薬も使っているので、もう少しすると心臓が止まってしまうのですけれどねぇ」


 横たわっているレックスとシンイをマザー・クラリスは見下ろしてニヤニヤと眺めている、そうして次に恐ろしい事を言い放ったのだった。


「このままでは死んでしまいますからね、治療が必要なのですよ」


 そう言って懐から緑色の液体が入った小瓶を取り出すと、にわかに頬ずりを始めた。


「この薬はねぇ、生き物に使うとその力を何倍にも高めるんですよ、生き物を魔獣に変えてしまう薬なんです。 凄いですよね、私こんな素晴らしい薬を作れてしまうんです」


 マザー・クラリスは小瓶の栓を開けると、中の液体の匂いを嗅ぎ出し、また恍惚とした表情を浮かべている。そして、気味の悪い笑みをロキ達に向けた。


「犬や狼には試したんですけどねぇ、魔獣と同じくらい強くなったんですよぉ。 私って眷属を作るのが苦手なので、だって殺しちゃうからぁ。 でもこれを使うと、とても強くなって、私の言うことは何だって聞いてくれるようになるんです」


 その言葉を聞いてロキは絶望したのだった、本当に今目の前にいるマザー・クラリスは悪魔なのではないかと。


 ロキは全身から急激に熱が奪われる様な感覚を感じたのだった。


「人間に使うのは初めてですが、ここにはサンプルが多いですからねぇ。 子供に使ったらどうなるのか、あははははは! 私の好奇心が、あふれ出してしまいそうです!」


 そう言って、マザー・クラリスは小瓶を手にしゃがみ込むと、ゆっくりとレックスの口元へそれを運ぼうとしていた。


 もうダメだと、ロキは直視できずに、目をつむってしまったのだったのだが……。


 次の瞬間に聞き慣れた声が後ろから聞こえてくるのだった。


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