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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
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【7】小さな奇跡

 ユウは村の奥にあった一際大きい村長宅まで行くと、数名の騎士達が周りの家の影から飛び出してくる。全員、剣を片手に臨戦態勢であった。


「おい、終わったぞ」

「本当か?」

「あぁ、残りの四体もやったよ、注意して見てきてくれ。 それと雨には当たらないようにしてくれ」


そう伝えると、村長宅の軒下に立っていた騎士に話しかけた。


「とりあえず雨をしのぎたい、入らせてもらえるか」

「分かった、すまないが、中は混乱している」


 どうも、さっきからこの騎士の表情が険しい。ユウはそう思っていた。


そう促されて入ると、中は村人で埋め尽くされていた、子供達の鳴き声がこだましている。村長宅は集会場を兼ねているためか、大きな部屋が右手にあり、そこには治療を受けて寝かされている村人が数人いた。


「隊長はどこにいる?」

「少し待っていてくれ。 隊長、隊長、組合の方が戻られました」


 そう言って、奥の部屋の方に走っていった。少し待っていると、小さな男の子が近寄ってきた、目を真っ赤にして泣きはらしている。


「うっ、うっ、お兄ちゃん助けてよ、クーちゃんを助けてよぉ……」


 ユウはしゃがみ込むと、そっと頭を撫でてやる。すると、奥の部屋から隊長格の男が出てくると、こちらを見つけた様だった。


「おお、組合の! 問題はなかったか?」

「あぁ、仕事だからな、それよりも何かあったのか?」


「その、なぁ……」


 そう言って、隊長格の男は今出てきた部屋の方を振り返るが、すぐさま向き直ってこう言った。


「そうだ、私は今回の遠征で副隊長を務めるゼールという者だ。 あなたは何とお呼びすれば良いか」

「灰色で良い、それよりも奥に何がある?」


 そうユウが言うと、ゼールは苦い顔をして言った。


「もし回復薬があるなら頂きたい、せめて痛みだけでも……」


 首をかしげるユウをゼールは見つめ返すと、そのまま何も言わずに奥の部屋へユウを促すのだった。


 小さな部屋の中には女性と女の子が寝かされていた、隣には憔悴仕切った男が座り込んでいる。そして、一人の騎士が、懸命に回復魔法を寝かされている二人にかけ続けているのだった・


 寝かされた女性は右腕が無く、何かにえぐり取られた様な傷口であった、女の子の方は腹部に著しい出血が見受けられる。おそらくは狼、いやフェンリルにやられたのだろう、とどめを刺さなかったのは弄んだか。


「ゼール隊長、もう、もう脈が…… 体内の生命力もほとんど……。」


 回復魔法をかけている騎士は肩まで届く髪を振り乱し、沈痛な面持ちでこちらを見上げる。


「クー、レーレ、すまない、すまないっ」


 おそらくは、隣に座り込んでいる男が父親なのだろう、両手を血がにじむほど握りしめて見守っていた。そんな光景を見つめていたユウは、一つ大きく肩でため息をついた。そして、こう切り出す。


「この部屋にいるのは、俺を除いて五人か、いいか今から起きることは誰にも言うな、もし口外すれば全員命が無いと思え」


「灰色の、あんた何を」


 その声を無視して、ユウはクーと呼ばれる女の子の顔をのぞき込んだ。


「クーちゃんだったかな、君は奇跡を信じるかな?」


 その様子に周りの三人は唖然とした表情でユウを見つめている。


「そっか、それじゃあ何か望みはあるかな?」


 とても優しい声で、ユウは女の子に話しかける。


「なるほど、君はご両親思いなんだね、分かったよ」


 そう言い終えると、ユウはまっすぐ立ち上がって右手を自分の胸の前に置く。


「力よ、かの者らに集え、その傷ついた魂に安らぎを、傷ついた肉体に癒やしを……」


 唱え始めたユウとクー、レーレを包むように、強烈な光が辺りを包み込む。そして、ユウは右手をそっとクーの上に向けて、ぐっと握り込むと続けてこう言った。


「我が魂を代償に、今ここに一握りの奇跡を……」


 一瞬にして辺りの音はかき消え、強烈な光が部屋全体を飲み込むと、しばらくして、すっと消えていった。そして唖然としていた三人は驚愕することになる。クーの出血は消え、そしてレーレの右手も元に戻っていたのだった。


クーは目をパチパチとさせながら、ゆっくりと上体を起こすと、まるで寝ぼけたようにこう言った。


「うーん、あれ、お母さんは?」


 すると、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。レーレはクーを強く抱きしめると、大粒の涙を流しながら震えていた。そして、父親もそのまま二人を抱きしめて叫んでいた。


「クー、レーレ、本当に、本当に良かった。 ありがとうございます、ありがとうございます……」


 一瞬よろけそうになったユウだったが、体勢を騎士に支えられる。振り向いて問題ないと手で合図をすると、そのまま肩で息をしながら部屋を出て行くのだった。


「ちょっと、待ってくれ灰色の、あんた……」


 後ろから呼び止められるユウだったが、すぐさま別の騎士達が部屋へ駆けつけてくる。


「ゼール隊長、今の光は?」

「リンダ、何かあったんですか?」

「隊長報告します、フェンリル四体と狼四体の死亡を確認しました」


 もみくちゃになっている隊長を尻目に、そのままユウは村長宅を出て行こうとする。後ろで隊長が一喝する声が聞こえたが、そのまま扉を開けて外にでた。


嵐の前の静けさか、もう雨はもうすっかり止んでいた。


「待つんだ灰色の、あんた本当に何者なんだ?」

「うるさい、追いかけてくるな、これから次の村に行くんだ。 今回の襲撃、まだ何かある気がする、あんたらも気を抜くなよ」


「分かっている、早急に壊された柵を修理する。 おかげさまで、村人に一人も重傷者が出なかったからな」


 そんなゼールの言葉を無視して、ユウはすっかり日も暮れた闇の中に消えていったのだった。それを見つめていた隊長は後ろから声をかけられる。先ほどまで回復魔法をかけていた騎士だった。


「ゼール隊長、先ほどのは……」

「リンダか、少し向こうに行くか」


 そういって二人は村長宅から少し離れていく。


「隊長、死の淵にいる人間を、あれだけの致命傷を一瞬で治すなんて、神代の魔法ですよ」


 そうリンダが興奮気味に話し始める。回復魔法などを得意とする彼女にとっては、先ほどの魔法は奇跡の様なものに見えるのだろう。


「まったく、おとぎ話の世界だ。 そうだな、それでも呪文が、いや祝詞が正しいなら己の命を削るものだろう」


 対して、ゼールはしかめっ面でリンダに言い返す。


魔法とは現実を改変する力、それを発動させるための呪文も重要となる。言葉が力を持ち、そして現実をねじ曲げる、本来は周囲や自身の内にある魔力を消費して発動するため、できる限り代償を少なくするのが一般的だ。


その魔法に、魂を代償になどと言う言葉は本来はありえなかった。


そんな魔法は、大昔王国を建国した聖女の物語に出てくるくらいのもの。誰もが知っているが、誰も使えない、おとぎ話の魔法。それを、彼らは目にしてしまった。


「組合の灰色、あまり良い噂は聞いていません。 一瞬だけ見ましたが、あの飛び跳ねる様な双剣術は、かなり古典的です。 帝国の間者…… 騎士団も何名かは動向を調査していたと思いますが」


「動向調査の依頼は俺の所にも来ていたがな。 分からん、分からんが、あんなもん見せられたら何とも言えないだろう。 ためらいもなく使ったぞ、あいつ」


「そうですね、魔法を使った後、明らかに疲弊していましたが。 一瞬彼を支えた時に、体内の生命力の状態も悪いと感じました。 ただでは済まないのでしょうね」


「当たり前だ、何の代償もなく、あんなもん使えないだろう。」


 そうゼールが言うと、リンダも黙ってしまう。


「王国に本当の事を言えば聖女の再来と讃えられてもおかしくない、それを簡単な口止めだけして隠そうとする、やっていることがチグハグ過ぎる……」


「隊長、どうしますか。 本当の事を……」


「待てリンダ、仮にも命の恩人だ。 あいつが来なければフェンリルで少なくない犠牲は我々にも出ていた」


「ではどうしろと」


「少し調べるぞ、過去にも灰色が関わった事件がいくつかあったはずだ。 他の者にも伝えてくれ、さっきの光の事は口外無用だとな」


 そう話しを切り上げると、二人は村長宅に戻っていった。


「お前達、次の襲撃に備えろ、まだ残党が残っているとも限らない」

「はっ!」


 そんな会話をしている一団が村の中心にあった。その一団の中心に一際大きい男がいた、彼が今回の遠征の隊長だった。


「ラディック隊長、組合の担当者が村の入り口に来ています。 隣村から来る途中で数匹ハウンドを殺したとのこと、詳しい状況を説明したいそうです」

「分かった、通してくれ」


 隊長が伝えると、数分後に騎士とローブを着た男がやってきた。そして男は胸元の紋章を見せると、次にこう告げた。


「すまない、出遅れたみたいだな。 隣村でゼールと言う男にあった、狼とフェンリル四体ずつと抗戦、もう殺している、今のところ犠牲者はいない。 あと道中で三匹ハウンドを狩った」


「そうか、隣村が狙われたか…… おそらく、こちらは陽動だった様だな、それでもハウンドが二十数匹だろうか、この農村には驚異だが。 我々は、まだ警戒は続けるつもりだ。 それから協力感謝する」


「あぁ、こっちは他に変わった事はなかったか?」

「変わった事か。騎士学校から来ていた二人が怪我をした、すまないことをしたよ。ハウンドの中に毒を持った個体がいた様だ」


 ラディックは後悔の念を浮かべる。そして、ユウは一瞬動揺したが、気を落ち着かせるとラディックに質問を続けた。


「容体は? ここにいるのか?」

「まだ分からない、王都に戻るように手配をした、三十分前には出発しているはずだ」


「その他に、何かおかしいことはなかったのか?」

「いや特にはないと思うがな。 たまたま隣村のレーレと言う女性がいて二人と知り合いだったらしい、付き添いで一緒に王都へ向かっている。 騎士も生え抜きを三名付けているので問題はないと思うが」


 そう言い終わるかどうか、ユウは急いで立ち上がると隊長に慌てるようにこう伝えた。


「分かった、もう戻る、気をつけてくれ」


 それから、ユウは村を出ると踵を返して来た道を戻っていった。その後、ラディックはユウを見送った後で、すぐさま他の騎士を呼びつけたのだった。


「おい、誰か急いで隣村へ伝言を頼めないか、念話の魔法でも良い」


「ラディック隊長、どうも周囲の魔力がおかしく念話が届きません、私が直接向かいます。 それで内容は?」

「こちらの村で起こった事、そして隣村のレーレと言う女についてだ。向こうにはゼールがいる、必ず伝えてくれ」


 そして、ラディックは思っていた、これが杞憂であったら良いと。


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