124 シュバルツデーモン
シュバルツデーモンが蛇腹の鉄っぽい物に覆われた尻尾でドシンと地面を穿った。
その音を合図に俺とミハエルはシュバルツデーモンへと走った。
シュバルツデーモンはそんな俺たちを見たまま動かない。
俺はほんの僅かに速度を落とし、ミハエルが先行して上段から切りかかり、その直後に俺は下から切り上げる。
しかしミハエルの上段からの切りかかりは左腕で受け止められ、俺の切り上げは右腕で流された。
俺とミハエルはそのまま止まらずに走り抜け、できるだけフィーネたちのいる場所から離すように動く。
俺たちが少し離れたところで、その場に立っていたままだったシュバルツデーモンがぐっと足に力をいれると弾けるようにこちらへ向けて走り出した。
その速度は速く、すぐに俺たちに追い付く。
俺たちの間に入り込んだシュバルツデーモンを見て、俺もミハエルもすぐに剣を横にして防御する。
直後、シュバルツデーモンが腕を俺たちに繰り出し、強烈な衝撃が俺とミハエルの剣に伝わった。
俺もミハエルもその強烈な衝撃に吹き飛ばされる。
俺のかけていたシールドはあっさりと割れた。
吹き飛ばされながらも俺はシュバルツデーモンにイラプションを撃ち込む。
爆発は確認できたが背中に受ける木々の衝撃に耐えるのでそれ以降確認はできなかった。
二本ほど細い木をへし折り、大きな木にぶつかって勢いは止まった。
木にぶつかった衝撃で肺から空気が押し出される。
「ガハッ」
だがのんびりとしていれられない、俺はすぐに起き上がり空気を吸い込むとシュバルツデーモンへ向けて走り始めた。
ないよりはマシと多重にシールドを張りながらまだ立ち尽くしたままのシュバルツデーモンへ連続してアイスジャベリンを撃ち込む。
あっさりと避けられはしたが、目的はこちらに意識を向けさせることだ。
シュバルツデーモンが避けた直後、その背後からミハエルが切りかかる。
だがそれは尻尾で防がれ、押し返された。
俺とミハエルはそのまま木々の中をさらに走る。
この少し先にもう少し開けた場所がある。
ここでは戦うには狭すぎるし、フィーネたちに近すぎる。
走り出した俺たちをシュバルツデーモンはじっと見つめ、俺たちの少しあとを並走するように走り始めた。
どうやら俺たちの意図を読んだらしい。
知能はかなり高いようだ。
シュバルツデーモンはかなりの重量がありそうなのに、足音が一切しない。
これは本気で厳しい戦いになりそうだ。
しばらく走ると開けた場所にでた。
俺たちはそのまま走るが、シュバルツデーモンは開けた場所に出たところで速度を落とした。
俺たちも少し走ってから止まり、シュバルツデーモンを見る。
シュバルツデーモンは尻尾を持ち上げゆらゆらと揺らしている。
「こりゃやべーな」
「ああ。死ぬことはないから、あとは体力勝負になるかもな」
「へっ 望むとこだ。死ぬこたねーんだからやってやるさ」
「そうだな。あのときとは違う」
「おう、いくぜ、ルカ」
「ああ、いこう、ミハエル」
俺たちは同時に走り出し、シュバルツデーモンへ向かう。
俺は走りながら複数のジャベリンを撃ちだし、インフェルノも発動する。
シュバルツデーモンは魔法の発動を感じたのか、後方に飛んだ。
しかしそこにはすでに俺がイラプションを発動させていたので、後方に飛んだ瞬間イラプションが炸裂した。
だが土煙の中から多少汚れてはいるが傷一つないシュバルツデーモンが爆発的に飛び出してきて俺へと拳を撃ち込んできた。
その攻撃は俺のシールドを全て一瞬で破壊して勢いも衰えずに俺へと到達する。
咄嗟に腕を交差させてオーラバーンを発動し、シュバルツデーモンへの指向性の爆発で俺への攻撃を弱めた。
しかし弱めたとはいえ、その攻撃力は計り知れず、俺の腕が軋み悲鳴をあげた。
もし完全無効化魔法をかけていなければ俺の腕は弾け飛び、胸には風穴が開いていただろう。
これはシュタルクドラッヘよりも格上のモンスターに思える。
明らかに強い。
吹き飛びながらも、シュバルツデーモンにアイスバレットと氷結槍を複数打ち込む。
シュバルツデーモンが尻尾でアイスバレットをを叩き落とし、氷結槍も叩き落そうとした瞬間、それを止め横に跳躍した。
どうやらバレたらしい。
勘もいいようだ。
俺はそこまで確認して体を丸め、地面にぶつかるとそのまま転がる。
すぐに体勢を整え、立ち上がり走る。
さらに俺に向かってこようとしていたシュバルツデーモンにミハエルが攻撃し、それを止めていた。
俺はリジェネでは補いきれないダメージを負った自身にハイヒールをかけ、再び攻撃をしかける。
――完全無効化魔法は外からの衝撃には問題ないが、内部からの自身による攻撃は防げない。
多くの魔法を重ね掛けしているため、俺の筋肉は激しい戦闘で何度も断裂してはリジェネで修復されている。
だが先ほどからのシュバルツデーモンの攻撃を受けるたびにリジェネでの修復が追いつかずハイヒールをかけているのだ――
前後から俺とミハエルが攻撃を絶え間なく仕掛けるが、手足尻尾を使って見事に攻撃を捌いてくる。
氷結槍を撃ちたいがこれだけ近いと避けられたときにミハエルに当たるので難しい。
それでも当たらない位置に移動しようとするとそちらへ尻尾による強力な攻撃がきて移動できないようにされる。
一瞬ミハエルと視線が交差し、俺はその場を蹴って右後ろへ跳躍しながらインフェルノを左に展開する。
すぐにシュバルツデーモンに氷結槍を混ぜたジャベリンを複数撃ち込み、イラプションを発動させる。
ミハエルも俺の魔法発動を視認してから腕をクロスさせて後方に飛ぶ。
ミハエルがギリギリまで戦ってくれていたおかげでシュバルツデーモンは左に跳躍した。
地面に足をつける直前、インフェルノが発動し、シュバルツデーモンは炎の柱に飲み込まれた。
そこへ向かって俺は何発もイラプションや氷結槍を撃ち込んだが、氷結槍が到達する直前に炎の柱からシュバルツデーモンが勢いよく飛び出し地面を転がって止まった。
止まったときにはすでに立ち上がりこちらを見ている。
しかしさすがにインフェルノが直撃したおかげか、シュバルツデーモンからはプスプスと煙が立ち上っている。
シュバルツデーモンから視線をはずさないまま、ゆっくりとミハエルの方へ移動する。
ミハエルと合流するころにはシュバルツデーモンから立ち上っていた煙が収まった。
「ありゃルカがかけてくれたリジェネっぽいのがあるんじゃねぇか?」
「そのようだな。これは手を止めてたらどうにもならないか。きついな」
「そうだな、こっからは休憩なしであいつが死ぬまでやらないとだな。俺らが死ぬか、あいつが死ぬかだ」
「ああ。だが俺らは死なない、あいつだけが死ぬ。いこうか、ミハエル」
「おう、あいつを殺そう。ルカ、気にせず魔法を使え。俺はお前の魔法は避けてみせる」
「……わかった」
再び俺とミハエルがゆっくりと離れ始めると、シュバルツデーモンが足に力をいれた。
咄嗟に俺もミハエルも左右に跳躍する。
直後、俺たちがいた場所に砂煙が起こった。
土煙が風で流されたあとには大きな穴が開いた場所にシュバルツデーモンがいた。
両腕を突き出し地面をえぐっていた状態からゆっくりと立ち上がる。
が、そんなものをゆっくり待ってやるつもりはない。
俺はシュバルツデーモンに大量のジャベリンを撃ち込みながら突っ込んでいく。
シュバルツデーモンがジャベリンを避けながら移動する先にどんどん魔法を撃ち込みながら追いかける。
ミハエルも反対側から追いかけている。
ある程度撃ち込んだところでシュバルツデーモンの次の移動先へとインフェルノを発動させ行き場を止める。
炎の柱が立ち昇り、一瞬動きが止まった。
それを見逃すはずもなく、俺もミハエルも切りかかる。
ミハエルの剣の方が若干早く到達し、シュバルツデーモンの鉄っぽい部分へ当たりガインと弾かれる音がした。
俺へも同じタイミングでシュバルツデーモンが腕をかざしていたので、俺は鉄っぽい部分ではない部分へ無理やり剣の軌道をずらした。
無理やり軌道をずらしたことによって威力はかなり落ちたが、黒っぽい肌部分へと僅かに当たった。
しかし、すぐにシュバルツデーモンが腕を引いたので一瞬でしかなかったが、その部分からは黒い血のようなものが出た。
予想通りではあったものの、そもそも当てること自体が難しい。
今のは無理やり軌道を変えたからこそ当たっただけだ。
それでも休ませるわけにはいかないのでそのままジャベリンを撃ちながら再び切りかかる。
俺とミハエルは休みなく攻撃をし続けた。
だけど決め手がない。
このままではこちらの体力が先につきる。
再び俺とミハエルで挟み込み切りかかった。
今度はしっかりと俺の剣に合わせてきた。
ギリギリとシュバルツデーモンと鍔迫り合いをしていると、突然シュバルツデーモンの胸部と肩の隙間に青緑色に淡く光る矢が二本突き刺さり、その突然の攻撃にシュバルツデーモンが怯んだ瞬間、ミハエルが声をあげて強く切りかかった。
それに対応が遅れたシュバルツデーモンの意識が完全にミハエルに向いたところで氷結槍をシュバルツデーモンに撃ち込む。
それをシュバルツデーモンは尻尾で受け、そのまま凍りついていく。
自らの手で尻尾を引きちぎり、シュバルツデーモンはかなり大きく跳躍した。
そこで俺はすぐさまに、半径三メートルの氷の剣山を出す範囲魔法、アイスゾイレをシュバルツデーモンの着地点に展開した。
シュバルツデーモンが着地した瞬間、さらに跳躍しようとしたが、そこに俺のアイスゾイレが発動した。
尻尾を自らちぎっていたことで尻尾による素早い跳躍ができなかったシュバルツデーモンは何ヶ所かアイスゾイレの氷の剣山に貫かれた。
動きが止まった瞬間ミハエルが飛び込み鉄っぽいもので覆われていない黒い皮膚の場所、関節部分に剣を突き立てる。
それと同時に俺の氷結槍が腕と腹部に当たる。
ミハエルが俺の氷結槍が当たったのを見てすぐにシュバルツデーモンに蹴りをいれて離れた。
ビキビキと凍り付く音を立ててシュバルツデーモンは氷像と化した。
そのまま数分見つめていたが動く気配はないので、俺とミハエルはその場に崩れるように座り込み、肩で大きく息をついた。
そこに遠くからフィーネが歩いてきた。
「ルカもミハエルも無事?」
俺は重たい首を持ち上げフィーネを見た。
「ああ、ありがとうフィーネ。君のおかげで決定打がつけられた」
「いいえ、馬車を守っててくれって言われたのに、それを破ってごめんなさい」
「いや、本当に助かった。ただ、フィーネを呼べばエルナも来てしまうから、呼びにいけなかったんだ」
「そうだったのね。そうね、あれ相手にエルナがいたら守れないわね」
「ああ、彼女も重要な火力だが、アレの相手をしながら守るのは今の俺たちにはできないからな」
「ああ、情けねぇ話だがな。まだ守りながら戦うってのはSランク相手にゃ無理らしい。あー疲れた」
「正直、あれは以前俺とミハエルとギルドマスターで倒したシュタルクドラッヘより強かった気がする」
「あーかもしんねぇ。今ならシュタルクドラッヘならなんとかやれる気はするが、シュバルツデーモンだっけ? そいつは無理だな。まじで決定打がなかった。フィーネが来てなかったら俺たちの体力が先に尽きてたかもな」
ミハエルは地面の上に転がり大きく息をついている。
俺もそれを見ながら地面に転がった。
「本気でしんどかった。俺はしばらく動ける気がしないぞ」
息はだいぶ落ち着いてきたが疲れが半端ない。
それに何度も筋肉が断裂しては治癒してを繰り返していたので、痛みの残滓が残っていて辛い。
「俺もしばらく無理だ。フィーネ、わりぃが、エルナと一緒にここまで馬車で迎えにきてくれね?」
「わかったわ。しばらく休んでいて頂戴」
そう言うとフィーネは馬車のある方へと走っていった。
俺は自身にかけている魔法の一部を解除し、転がったまま周辺をみる。
周囲は焼け野原になっている場所やあちこちに大きな穴が開いていたり、地面がボコボコとえぐれていたり、凍り付いていたりと、激しい戦闘の跡が残っている。
「あー……。せめて街道部分だけでも整地しないとだなぁ……」
「エルナに頼めばいいんじゃね?」
「そうだな……」
持ち上げていた頭を地面に再び下ろし、空を眺める。
冒険者になってもうすぐ一年が経つ。
長いようで短い、しかし濃密な一年だった。
そんなことを思い出していると、ガラガラと馬車を引く音がしてきた。
首を少し動かしそちらを見ると、エルナとフィーネが御者席に座っていた。
俺は軽く手をあげ転がったまま来るのを待った。
馬車がついてすぐエルナはミハエルのもとへ走り、俺のところへはフィーネがやってきた。
「お待たせ」
「いや、ありがとう。ちょっと悪いんだが、肩を貸してくれるか?シュバルツデーモンの死骸と尻尾の回収をしておきたい」
「ええ」
俺はフィーネに肩を貸してもらいながらシュバルツデーモンの尻尾と死骸をアイテムボックスに回収した。
そのあとは、ミハエルも俺もエルナにちょびっと叱られながら馬車の中に詰め込まれ、寝てるように言い渡された。
俺もミハエルも放り込まれた中でお互いに目を合わせて苦笑しつつも、今は疲れて何もできないので大人しく寝転がっていることにした。
それでも別に眠いわけではないので俺は自身の魔法について考える。
正直シールドが弱すぎる。
もっと強固なシールドを作らないとならない。
そもそも怠慢だった、レオンと戦ったときにあっさり切り裂かれたのだから作り直しておくべきだったのだ。
そうだ、時間停止魔法なんかできないだろうか?
それができれば周りが止まっている間に魔法を撃ち込めるんじゃないか?
ああ、無理だな。
これは創れない、いや、創れるけど、俺の時間も止まる。
俺だけ動けるというのは無理か。
結局時間を止めれば俺も止まるから意味がない。
一部の空間だけ止めるというのはどうだ?
無理か……。
アイテムボックスのように別空間であれば可能だが、同じ空間だと無理のようだ。
時間停止ができれば俺も最強だったんだが、そう上手くいかないようだ。
俺は思わず苦笑してしまう。
だがとりあえず、無理ならばシールドの改良がいるな。
破壊されるのは仕方ないとしても、もう少し強固にできないか。
あれでは何十枚重ねても簡単に割られてしまう。
この際魔力消費などどうでもいい。
Sランク、せめて下位のシュタルクドラッヘ程度なら一枚で防げるほどの強いシールドがほしい。
ああ、そうだ。思い出した。
とあるゲームにあった、シールドの強化版、ヴァールシールド。
ボス戦でも一回は必ず防げていた。
あのゲームでは連続で出せない魔法だったけど、俺には関係ない。
イメージさえつかめればいい。
重ね掛けはできないが、どんなに強力な敵の攻撃も必ず一度は守れる強固なシールド。
代わりに、一度強い攻撃を受けると壊れる。
シュバルツデーモンでもそれよりももっと強い敵でも、だ。
うん、これで強くイメージできる。
俺は目を閉じ魔法を組み上げる。
……よし、完成した。
馬車内だし一度試してみるか。
ヴァールシールドを発動すると、俺の前面に半透明で光る大きな盾が生まれた。
「うお、なんだそれ」
隣で転がっているミハエルから声があがった。
「ああ、すまん。ちょっと新しい魔法を創ってた」
「ほーん。なんか盾っぽい形してるけど、シールドの強いやつか?」
「ああ、正解だ。ヴァールシールド、どんな敵の攻撃も一度だけ確実に防ぐシールドだ。その代わり強い攻撃を受けたら壊れる」
「なるほどな、Sランク対策か」
「そうだな。レオンのときも簡単に切り裂かれたのに放置してた俺の怠慢だ。それに完全無効化魔法だって完璧じゃないからな。死にはしないしダメージだって受けないが、衝撃は通るし地面や木に叩きつけられたら空気が肺から出るのを押さえられない。疲労っていうダメージが蓄積していくしな」
「あー確かにな。ダメージは受けねぇけど逆にそれで疲労が突然くるんだよな」
「そうだな、そういうデメリットがある」
「でもあれがなかったら今回何度死んでたかわかんねぇな」
「ああ。俺はミハエルの倍は死んでたと思うぞ」
そう言って俺は少し苦笑する。
「できるだけルカにヘイト向かねぇようにしてたけど、あんまり効果はなかったな。ていうか、あいつのせいでせっかくできたばっかの皮鎧ちょっと壊れたんだが……」
「安心しろ。俺も腕部分が壊れた」
「安心できねーよ」
「ミハエルはどこだ?」
「俺も腕だな。あいつにぶち抜かれてそのときに壊れた」
「ああ、俺と同じか」
「でもどーするよ? 修理に戻るか?」
ミハエルの声に答えたのは御者席にいるフィーネからだった。
「戻ってるわよ」
「え?」
「あなたたちの腕装備が壊れてるのが分かったから、もう戻ってるわ。まだ一週間程度だし、ヒュドラの鱗皮も余ってたでしょ?」
「ああ、そうだな。ありがとう、フィーネ」
「いいえ」
フィーネに礼を述べてからミハエルに声をかける。
「というわけでクレンベルにとんぼ返りだな」
「ま、仕方ねぇよな」
こうして俺たちはクレンベルの街へと戻ることになった。
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