120 殺意の結果
クレンベルに到着してから一ヶ月が経った。
今日は皮工房へ行く日だ。
一ヶ月あればフィーネとエルナ、俺かミハエルの一部まで作れているだろうという話ではある。
灰色のヒュドラの鱗皮がどんな鎧になっているか楽しみである。
皮工房へ向かっている最中にレオンの殺意を百倍に薄めて弱くした感じの視線が俺に向かって感じられた。
最初は気にせいかとも思ったが、どうもそうではないらしい。
ミハエルを見るとこちらに視線を向けており、フィーネも同様だった。
エルナは気づけていないようではあるが。
俺が軽く耳を叩くとフィーネもミハエルも頷いたので通話魔法を繋げる。
ザザっとノイズのような音がしてから繋がった。
『感じてるよな?』
俺の質問にフィーネもミハエルも答える。
『ええ、殺気? というには弱いけど、殺意は感じるわね』
『ああ、よえーけど俺も感じてる。んで、多分だけど四人かな』
『人数までは私はわからないわね』
『俺も人数まではわからなかったけど、四人か。もしかして以前のCランクのやつらか?』
『あるわね』
『あー、そんなのいたな。つーことは逆恨みか?』
『多分そうだろうな。ギルドから除名されただろうからな』
『さて、どうするか』
『街中で殺しはできねぇしなぁ。かといってダンジョンにはあいつら入れねぇし』
『というか、あいつら剣抜いたのに捕まってないんだな。冒険者同士のいざこざで処理されたか?』
『その可能性はあるわね。でも次は確実に捕まるわよ。彼らは冒険者じゃなくなってるもの』
『まぁそうだな。フィーネはすまないがエルナを連れて皮工房へ先に行っててくれるか?ミハエルは俺と一緒で。ただ、そっちに向かうようなら俺たちが後ろをつけていくよ』
『わかったわ』
『おう』
そこで通話を切り、俺はフィーネとエルナに告げる。
「フィーネ、エルナ、少し別の用事ができたから、先に二人で皮工房へ行ってもらえるか?」
「わかったわ」
エルナは少し首を傾げながらも頷いた。
「はいです」
俺は再びミハエルと通話を繋ぐ。
『さて、それじゃ人の少ないところへ向かうか』
『おう』
フィーネたちと別れて俺とミハエルだけ反対方向へと歩いていく。
少し離れたところでミハエルが言う。
『問題なく四人ともこっちへ向かってきてるな。んでもどうするよ?』
『さすがに街中で殺しはまずいしな……。でも四人ともきてるなら外、出てみるか?』
『ああ、悪くねぇな』
殺人はできることならしたくはない。
だけど、俺たちに殺意を向けるならあちらも覚悟あってのことだろう。
とはいえ、彼らが俺に殺意を向けたのは俺のせいでもあるだろう。
だからといってこのまま放置していればいつフィーネたちに牙が向くともしれないし、皮工房の奥さんに殺意を向けるかもしれない。
ならば俺が自分のミスのケツを持つしかない。
『別にお前だけのせいじゃねぇさ』
北門へ向けて歩いているとそうミハエルから言われた。
ミハエルはどこまでイケメンなんだろうな。
俺は思わず苦笑してしまう。
『お見通しか』
『そりゃお前、七歳からずっと友達やってりゃわかるだろ』
『そうか』
『おう、そうだ。あの時、あいつらへの挑発を俺も止めなかったし、フィーネたちも止めてねぇ。そのあともそうだ。だからお前だけのせいじゃねぇよ。それに、そもそもあの程度の挑発で剣を抜くあいつらがわりぃんだ。仮にあの時ルカがあいつらの冒険者タグをそのままにしてたらよ、あいつらはいずれ自分たちの感情任せに人を殺すだろ』
『そうかもな。まぁ、もう殺す決意はしてるし、そこはいい。付き合わせて悪いな、ミハエル。一緒に罪を背負ってくれ』
『おう。任せとけ。俺らは仲間だからな。きっとフィーネたちも手を下してなくても一緒に背負ってくれるさ』
『そうだな。俺はいい仲間に巡り合えたな』
北門を出てしばらく歩く。
ここの少し先に別の村へいく細い道がある。
その道は人通りはほぼなく、見通しも悪い。
彼らが俺たちを殺しにくるには絶好の場所だろう。
『バレバレのつけ方してるな、あいつら。あれで隠れてるつもりなのか』
ミハエルにはどうやら彼らの位置がわかるらしい。
俺にはさすがに漠然としかわからないのでミニマップで見ている。
とはいえ、俺も成長したものだ。
以前は気配も殺気もわからなかったのにわかるようになってきているのだから。
そんなことを考えながら歩いていると、ミニマップに動きがでた。
二人ずつに左右に別れ、木々に紛れていく。
なるほど、真正面からやらずにこっそり近づいて殺すつもりなわけか。
しかし彼らがCランクというのは事実なんだな……。
音も立てずにこちらへ近づいている。
俺たちを殺そうとしているという場面で知りたくはなかったものだ。
残念でならない。
『とりあえず俺が左に隠れてる二人、ミハエルは右の二人でいいか?』
『おう、任せとけ。まぁ、苦しませずに殺してやるさ』
『ああ、俺もそうする』
俺たちはその場に立ち止まる。
「さて、もういいだろう。隠れてないで出てこい」
俺の声に動いていた四つの光点が止まる。
「もーわかってっから出てこいよ」
ミハエルの声に左右の藪の中から彼らが出てきた。
彼らは無言のまま剣を抜く。
溜め息が出そうになるのを堪え、俺も黙って剣を抜く。
途端彼らの顔が歪む。
彼らの剣は全員が鉄の剣だ。
しかし、俺はミスリル、ミハエルはアダマンタイトの剣である。
「このまま大人しく引かないか?」
俺の言葉も虚しく、彼らは剣を構えなおした。
「そうか……」
俺は剣を構えた。
隣でもカチャリと剣を構える音がする。
引かないならば、せめて苦しませずに殺してやろう。
殺意を向けたならば覚悟をしなくてはいけないのだから。
数分後、そこには四つの死体ができていた。
結局彼らは最期まで口を開くことはなく、ただひたすらに俺たちへの殺意だけを灯らせていた。
彼らの遺体を見つめながら俺は深く溜め息をつく。
そんな俺の肩をミハエルが叩いた。
「仕方ねぇさ」
「ああ……。彼らを埋めようか」
「おう」
林の少し奥、人の目がつかない静かな場所に彼ら四人の遺体を埋めた。
彼らが突然消えたとしても誰も気にしない世界だということに少しだけ寂しさを覚える。
「帰ろうか、ミハエル」
俺の感傷の時間に付き合ってくれたミハエルに声をかける。
「おう」
人を殺すことに慣れたくはないが実際慣れている自分が少しだけ悲しい。
初めて殺したときのような手の震えもなければひどい罪悪感もないのだ。
それでも、どんな理由があっても殺人は殺人である。
後悔はしないが、罪だけは背負っていこう。
彼らが眠る場所を振り返ることもなく俺たちはシュルプの街へと戻った。
「さて、フィーネたちはまだ皮工房にいるかな?」
「あー、どうだろうな。そんな時間も経ってねぇし、まだいるかもな」
「一応向かってみるか」
「おう」
北門から皮工房のある場所へ向けて歩く。
工房につき中へ入って声をかける。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。フィーネさんたちはまだ中におられますよ」
奥さんがニコリと笑みを浮かべて言った。
「そうでしたか。お邪魔しても?」
「ええ、ご案内しますね」
そうして奥さんに中へと案内してもらうと、工房の奥でフィーネとエルナを見つけた。
エルナはローブをつけているのでわかりにくいが、フィーネは全身がシックなグレーで統一されていた。
どうやら今は関節の可動域のチェックをしたあとらしい。
「よし、問題ねぇな。どうだ?」
「はい、関節も動きますし、軽いのでとてもいいです」
「おう、そうか。お、来たか坊主ども」
「こんにちは。どうですか?」
「おう、いい感じにできたぞ。あとはそっちの黒髪の坊主の方の鎧も一部できてるが、完成してから全部調べるか?」
「そっすね。全部できてからで頼みます」
「わかった。そうだな、二週間後にまたこい。金髪の坊主の方はその二週間後だな」
「はい、わかりました」
「で、だ。嬢ちゃんたち、あとで気になる部分が出たら言えよ?」
「はい」
「はいです」
「あとだな――」
再び職人さん、ニルベルトさんがフィーネたちと話始めたので俺はなんとなしにフィーネの鎧を眺めた。
微調整はできるようになっているらしいが、皮鎧はかなり体のラインにそった形になっている。
硬そうに見えるのだが、関節付近や体の曲がる部分などは、フィーネが体を動かすと皮鎧がくにゃりと動くので柔らかくできているらしい。
ヒュドラの鱗皮は実に面白い構造のようだ。
重要器官部分は守るために厚くなってはいるが、基本的には薄く、動きやすくできていようで、ゲームなどでよくあるどこ守ってるの? という装備にはならないようで良かった。
いやまぁ、分かってはいたんだけども。
フィーネたちはそのまま装備を受け取って帰るようだ。
支払いは依頼した時点で払ってはいるのだが、払った分以上の足が出た場合は最後に清算となっている。
工房を出てから、俺たちは普通の酒場へと向かった。
昼間から酒を飲むわけではなく、食事と話をするためだ。
ここの酒場は二階席があって一席しかないのだが、大体は空いている。
人がいるときは基本あまり人に聞かせたくない話をしている場合が多いのだ。
二階席はどうやら誰もいないようで、酒場の犬耳のお姉さんにアルコールではない飲み物と食事を頼み、二階席へ上がった。
二階へ上って席に座り、飲み物がくるまでは普通に会話する。
「フィーネ、エルナ、鎧どうだ?」
「すごくいいわよ。薄くて軽いけど、とてもしっかりしているわ。加工の仕方によっては衝撃を与えても硬化しなくできるらしくて、関節部分や体を曲げる部分はその処理がされているらしいの」
「へぇ。さすがハインさんが紹介してくれた職人さんだけあるな」
「ええ、本当ね。それに皮鎧といっても茶色じゃないから結構そこも気に入ってるわ」
「ですです。私も色がとても好きです」
「あー確かにな、茶色はちょっとやぼってぇというか、なんというか」
「はは。そうだな。確かにそれはあるな」
そんな話をしていると、犬耳のお姉さんが飲み物をまず持ってきた。
「お待たせしましたー。食事もすぐにもってきますねー」
「ありがとう」
「はぁい」
犬耳のお姉さんが階段を降りていったところでまた普通の会話を続ける。
しばらくして犬耳お姉さんが再び上がってきて注文した食事を全て置いていった。
「まぁ、とりあえず食べ終えてから話そうか」
俺の言葉に全員が頷くのを見てから俺たちは食事をはじめた。
食事を終えたあと、俺から話し始める。
「あー、エルナはもう俺たちが離れた理由は知ってるよな?」
「はいです。以前の冒険者さんたちがついてきてたからですよね」
「ああ。ここから先はフィーネにも言ってなかったが、あのあと俺とミハエルは街の外へいった」
その言葉にフィーネの眉が少し動く。
「そう。そうね、エルナにも話すべきね。全員で負うべきものよ」
エルナが少し首を傾げたあと、何かに気づいたのか、真剣な顔になり頷いた。
「ありがとう、フィーネ。エルナもありがとう。気づいたと思うが、北門を出たあと、俺とミハエルは人気のない見晴らしの悪い場所まで彼らを誘導した。彼らがそこまでで引き返してくれればそれで良かったが、彼らの殺意は消えなかった」
俺は一息ついてから再び話始める。
「彼らに気づいていることを伝え、ここで引いてくれないかと言ったが無理だった。だから、俺とミハエルで四人を殺してきた。後悔はしていない。だけど罪は背負っていくつもりだ」
エルナは少し目を泳がせたあと、俺とミハエルを真っ直ぐに見た。
「その罪は私も背負います。あのとき、私は止めませんでした。だから、その罪は私も背負います。ルカさんとミハエルさんだけのものにはさせてあげません。私も背負います」
「……そうか。ありがとう、エルナ。だけど、これだけは覚えておいてくれ」
「はい」
「これから先、また殺すこともあるだろう。山賊がいるし、今日のようなやつらもいる。だけど、別にエルナが無理して殺すことはない。罪を一緒に背負っていってくれるだけでかまわない」
「はい。無理はしないです。ただ、そのときになってみないとわかりませんが、殺せると思えば私も殺します。」
「ああ、それでいい。これはフィーネも同じだからな?」
俺はフィーネに向けても言う。
しかし、フィーネはふわりと笑みを浮かべて言った。
「そうね、私も無理はしないわ。でも私は大丈夫よ。ルカこそ無理しないで頂戴ね」
その返しに俺は苦笑してしまう。
「ああ、そうだな。だけど、俺は罪を一緒に背負ってくれる仲間がいるからな。問題ないさ」
「おう、いくらでも背負ってやるよ。仲間だからな」
「そうね」
「はいです!」
こうして俺たちは酒場を出て街を適当にぶらついたあと宿屋へと戻った。
明日からはまた素材ダンジョンでの狩りになる。
気持ちを切り替えていこう。
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