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『クラスでほとんど誰とも話さない俺の、人生で初めてできた友達は――クラスで一番人気の女子だった。』  作者: 湊


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第7話 少しずつ、変わっていく


 変化というものは、もっと分かりやすいものだと思っていた。


 何か大きな出来事があって。


 昨日までできなかったことが、今日突然できるようになる。


 そんなものだと。


 でも実際は違うらしい。


「朝倉、おはよ!」


「……おはよう」


 たった、それだけ。


 教室に入って。


 席に着く前に橘から挨拶されて。


 俺も返す。


 昨日までと違うのは、それだけだった。


 でも。


「…………」


 俺は自分の席に座る。


 いつものように机に突っ伏そうとして――。


 やめた。


 スマホを取り出す。


 適当にニュースを眺める。


 周りではクラスメイトたちが話している。


 朝練の話。


 昨日のテレビ。


 今日の授業。


 そんな声を聞きながら。


 ふと思った。


 俺。


 昨日、クラスメイトと寄り道したんだよな。


 今さらながら、不思議な感じがする。


「朝倉」


「……ん?」


 顔を上げる。


 藤堂玲司が立っていた。


「昨日言ってたやつ」


「何?」


「ゲーム」


「ああ」


 藤堂がスマホを出す。


「ID教えて」


「今?」


「忘れそうだから」


「……分かった」


 俺もスマホを出す。


 ゲームのIDを表示する。


 藤堂が入力。


 数秒後。


 スマホに通知が来た。


 フレンド申請が届きました。


「送った」


「うん」


 承認する。


 フレンド一覧に新しい名前が増えた。


「…………」


 Yuu。


 そして。


 藤堂。


 ゲームを始めてから長いけど。


 フレンド欄に知っている人間が二人も並んでいるのは、初めてだった。


「今日できる?」


 藤堂が聞く。


「今日は……」


 予定を考える。


 バイトはない。


 Yuuとは特に約束していない。


「できる」


「九時くらい」


「分かった」


「じゃ」


 藤堂はそれだけ言って戻っていく。


「…………」


 淡泊だな。


 でも。


 俺にはこのくらいの方がありがたい。


「玲司ー!」


 今度は橘が藤堂を呼ぶ。


「朝倉と何話してた?」


「ゲーム」


「また俺の分からん話!」


「陽斗もやれば」


「だからFPS無理なんだって!」


「教える」


「マジ?」


「朝倉が」


「俺?」


 突然こっちへ振るな。


「朝倉、俺でもできる?」


 橘が聞いてくる。


「……できるんじゃない」


「その間なんだよ」


「最初は死ぬと思うけど」


「やっぱ無理じゃん!」


 教室の何人かがこちらを見る。


「声でかい」


「朝倉が怖いこと言うからだろ!」


「事実」


「玲司! こいつ昨日より俺への当たり強くない?」


「慣れたんだろ」


「一日で!?」


「…………」


 俺は思わず笑った。


 橘がそれを見て。


「ほら、また笑った」


「何」


「いや。学校でも普通に笑うんだなと思って」


「…………」


「だから失礼」


「悪い悪い」


 橘が笑う。


 そのまま二人は戻っていった。


 俺はスマホを見る。


 ゲームのフレンド一覧。


 新しく追加された名前。


「……藤堂もゲームするんだな」


 同じクラスになって二か月近く。


 知らなかった。


 いや。


 考えてみれば当然だ。


 俺はクラスメイトのことをほとんど知らない。


 話したことがないのだから。


 もしかすると。


 知らないだけで。


 話してみれば、共通点のある奴は他にもいるのかもしれない。


 そんなことを考えた自分に。


 少しだけ驚いた。


     ◇


 昼休み。


「朝倉」


「……何?」


 弁当を食べていると、橘がやってきた。


「今日ここいい?」


「…………」


 何を言っているんだ?


「ここ」


 橘が俺の前の席を指す。


 席の持ち主は購買へ行っている。


「なんで?」


「一人で食ってるから」


「橘が?」


「お前が」


「…………」


「玲司部活のミーティング行ったし、あいつら購買混んでるし」


 橘が教室の入口を指す。


「だからここで食う」


「……好きにすれば」


「おう」


 本当に座った。


「…………」


 俺の向かいで、橘がパンの袋を開ける。


 何だこれ。


 落ち着かない。


 俺は弁当を食べる。


 橘もパンを食べる。


「…………」


「…………」


 沈黙。


 ほら。


 こうなる。


 だから誰かと飯を食うのは苦手なんだ。


 何か喋った方がいいのか?


 昨日の話?


 授業?


 サッカー?


 分からない。


「朝倉」


「何?」


「その唐揚げうまそう」


「…………」


「何?」


「いや」


 そんなのでいいのか。


「母さんが作ったやつ」


「弁当毎日作ってもらってんの?」


「だいたい」


「いいな。俺今日寝坊してパン」


「自分で作れば?」


「朝倉、お前朝から弁当作れる?」


「無理」


「じゃあ言うなよ」


「…………」


「…………」


 少しだけ。


 二人で笑った。


 なるほど。


 別に。


 無理して面白い話をしなくてもいいのか。


 唐揚げの話でも。


 寝坊した話でも。


 会話になる。


「陽斗ー!」


 教室の向こうから声がする。


「こっち空いたぞ!」


「おー!」


 橘が返事をする。


「じゃ、行くわ」


「うん」


 立ち上がって。


 二歩進んで。


 橘が振り返った。


「あ、朝倉も来る?」


「…………」


 教室の向こう。


 男子が三人。


 俺がほとんど話したことのない奴もいる。


「いや」


「そっか」


「……ごめん」


「なんで謝んの?」


「…………」


 橘が笑う。


「気が向いたら来いよ」


「……うん」


「じゃ」


 橘は戻っていった。


「…………」


 断った。


 でも。


 嫌だったからではない。


 まだ。


 怖かった。


 それだけだ。


 それに気づけただけでも。


 少し前の俺とは違うのかもしれない。


 ブブッ。


 スマホが震える。


「…………」


 Yuu。


『お昼!』


 思わず口元が緩んだ。


『昼』


『今日何食べてる?』


『またそれ聞くの?』


『気になる』


『弁当』


『知ってる』


『じゃあ聞くな』


『中身!』


 俺は弁当を見る。


『唐揚げ』


『また!?』


『悪い?』


『好きすぎ笑』


『俺が決めてるわけじゃない』


『お母さん?』


 指が止まる。


『そう』


『いいなー』


「…………」


 母さん。


 Yuuとの会話で、家族の話が出たのは初めてかもしれない。


『Yuuは?』


『今日は友達と購買!』


 俺は何となく教室を見る。


 購買から戻ってきた女子たちが、いくつかのグループに分かれて昼食を食べている。


 黒瀬たちもその一つ。


 水瀬。


 小宮山。


 そして黒瀬。


 三人でパンや飲み物を机に広げている。


「…………」


 前に疑ったことを思い出す。


 でも。


 違う。


 この前、黒瀬がスマホを触っていないときにYuuからメッセージが来た。


 だから。


 偶然だ。


 そう思ったとき。


『メロンパン買えた!』


 Yuuから届く。


「…………」


 俺は何となく黒瀬を見る。


 黒瀬が袋から取り出したのは――。


 焼きそばパン。


「…………」


 ほら。


 違う。


 俺はなぜか少し安心して、スマホへ視線を戻した。


『よかったな』


『最後の1個だった!』


『運使い果たしたな』


『やめて!今日ゲームするのに!』


『じゃあ負けるな』


『Nagiが頑張って』


『人任せ』


 また笑ってしまった。


「朝倉君」


「っ」


 顔を上げる。


 小宮山琴葉がこちらを見ていた。


「……何?」


「あ、ごめん」


 小宮山が少し困ったように笑う。


「楽しそうだったから」


「…………」


 スマホを見る。


「別に」


「そっか」


 それだけ言って戻ろうとする。


「あ」


 思わず声が出た。


 小宮山が振り返る。


「何?」


「……何でもない」


「うん?」


 少し首を傾げて。


 小宮山は黒瀬たちのところへ戻っていった。


「…………」


 今。


 俺から呼び止めた?


 結局何も言えなかったけど。


 自分でも意味が分からない。


     ◇


 午後九時。


『朝倉?』


 ヘッドセットから声――。


 ではなく。


 チャットが飛んでくる。


 藤堂だ。


『いる』


『招待送る』


 数秒後。


 パーティーに入る。


 当然、VCはOFF。


 藤堂とは学校で話せる。


 でもゲームでいきなりVCをするのは、なんとなく恥ずかしい。


『VCしない?』


 藤堂から来た。


「…………」


 来た。


『なしでもいい?』


『いいよ』


 あっさり。


「……助かる」


 一試合目。


 藤堂は強かった。


 撃ち合いだけなら俺より上かもしれない。


 特に近距離。


 敵を見つけた瞬間の判断も速い。


 でも。


「そっち行くのか」


 俺が右へ回ろうとする。


 藤堂は正面。


 俺が一度引こうとする。


 藤堂は前へ。


 弱いわけじゃない。


 むしろ強い。


 ただ。


 合わない。


 いや。


 正確には――。


「Yuuが合いすぎるのか」


 気づけば比較していた。


 藤堂が悪いわけじゃない。


 普通は、こうなのだ。


 何度か一緒にやって。


 相手の癖を覚えて。


 徐々に合わせていく。


 最初から何となく動きが分かったYuuの方がおかしい。


 一試合目。


 四位。


 二試合目。


 二位。


 三試合目。


 ようやく一位。


『ナイス』


 藤堂から。


『ナイス』


 返す。


『朝倉カバーうまいな』


「…………」


『そう?』


『やりやすい』


 少し嬉しい。


『藤堂撃ち合い強い』


『玲司でいい』


「…………」


 その文章を見つめた。


 玲司。


 下の名前。


 クラスメイトを名前で呼ぶことなんて、ほとんどない。


『じゃあ俺も湊でいい』


 送ってから。


「…………」


 恥ずかしい。


 何を言ってるんだ俺。


 数秒。


『了解、湊』


「…………」


 画面に自分の名前。


 たったそれだけなのに。


 妙な感じがした。


『またやろ』


『うん』


 藤堂――玲司がオフラインになる。


 時計を見る。


 午後十時三十七分。


 フレンド欄。


 Yuu。


 オンライン。


「…………」


 誘おうか。


 でも。


 もう遅い。


 今日は玲司と結構やった。


 Yuuだって誰かとやっているかもしれない。


 そう思った瞬間。


 ピコン。


『終わった?』


「…………」


 Yuu。


『何が』


『別の人とやってたでしょ』


「見えるのか」


 フレンド欄にはパーティー状態が表示される。


『クラスの奴』


『この前の!?』


『そう』


『友達じゃん!』


『またそれ』


『だってゲームもしてるじゃん』


「…………」


 俺は少し考えて。


『玲司っていう』


 送る。


『名前教えてくれるんだ』


『ダメだった?』


『全然!』


 続けて。


『なんか嬉しい』


「…………」


『なんで』


『Nagiが学校の話してくれるようになったから』


 俺はその文章を見つめた。


 そういえば。


 最初は何も話さなかった。


 学校のことも。


 バイトのことも。


 家のことも。


 Yuuに聞かれても、最低限しか答えなかった。


 今は。


 今日あったことを、自分から話している。


『今日昼もクラスの奴と食べた』


 送る。


『え!?』


『少しだけ』


『すごいじゃん!』


『何がすごい』


『成長してる!』


『子供扱いするな』


『友達練習の先生なので』


『いつ先生になった』


『最初から』


「…………」


 笑う。


『Yuu』


『ん?』


『今日ゲームは?』


 数秒。


『もう遅いから1試合だけ!』


『了解』


 パーティーを組む。


 マッチング。


 試合開始。


 そして。


「…………」


 やっぱり。


 Yuuが左へ動いた瞬間。


 俺は何も考えず右へ回っていた。


 Yuuが一歩引く。


 俺が前へ。


 俺の体力が減る。


 Yuuがカバー。


「……やりやすい」


 思わず呟く。


 さっきまで玲司とやっていたから、余計に分かる。


 強いとか。


 弱いとか。


 そういう話ではない。


 単純に。


 合う。


 試合結果。


 一位。


『やった!』


『一発で取ったな』


『さすが私たち』


『今日玲司と取るの3試合かかった』


『え』


 少し間。


『私たちの方が相性いい?』


「…………」


 何だ、その質問。


『多分』


 送る。


 返事が来ない。


「?」


 十秒。


『やった』


「…………」


『何が』


『別にー』


「なんなんだ」


 よく分からない。


     ◇


『じゃあ寝る!』


『おやすみ』


『おやすみ!』


 Yuuがオフラインになる。


 俺もゲームを終了。


 ベッドへ入る。


 スマホを充電器につなぐ。


「…………」


 今日も色々あった。


 橘と昼飯を食べた。


 玲司とゲームをした。


 初めて下の名前で呼び合った。


 Yuuともゲームをした。


 たった数週間前まで。


 学校から帰って。


 一人でゲームをして。


 寝る。


 それだけだった。


 今は。


 少し違う。


 スマホの画面が光る。


「ん?」


 Yuu。


『そういえば』


『明日も話そーね』


「…………」


 ゲームをしよう。


 ではなく。


 話そう。


 俺はその違いに気づいた。


 そして。


 少し考えて。


『うん』


 送る。


 数秒後。


『今度こそおやすみ!笑』


『おやすみ』


 画面を閉じる。


「…………」


 明日も。


 その言葉が。


 少し嬉しかった。


     ◇


 翌朝。


「おはよ、湊」


「…………」


 教室に入った瞬間。


 声をかけられた。


 玲司だった。


 昨日のゲームでのやり取りを思い出す。


『玲司でいい』


『じゃあ俺も湊でいい』


「……おはよう、玲司」


 自分の口から出た名前に、まだ少し違和感がある。


「昨日ありがと」


「こっちこそ」


「またやろ」


「うん」


 それだけ。


 玲司は自分の席へ戻る。


 俺も席へ向かう。


「…………」


 橘がこっちを見ていた。


「何?」


「いや」


 ニヤニヤしている。


「昨日まで藤堂って呼んでなかった?」


「ゲームしたから」


「何その理屈!」


「玲司がそう呼べって」


「じゃあ俺は?」


「橘」


「なんで!?」


「うるさい」


「差別だ!」


 朝から騒ぐ橘。


 その向こう。


 黒瀬たちが笑っている。


「陽斗、朝からうるさすぎ」


 水瀬が言う。


「朝倉が俺だけ名字で呼ぶ!」


「知らないよ!」


 黒瀬も笑う。


 その視線が。


 一瞬だけ。


 俺と合った。


「…………」


「…………」


 ほんの一秒。


 黒瀬が少しだけ目を丸くする。


 俺は反射的に視線を逸らした。


 心臓が跳ねる。


「…………なんだ?」


 別に。


 何もない。


 ただ目が合っただけ。


 黒瀬とは、まともに話したことすらない。


 なのに。


 なぜか。


 ほんの一瞬だけ。


 昨夜まで話していた誰かの雰囲気を――。


 思い出したような気がした。


 でも。


 ……そんなわけがない。

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