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『クラスでほとんど誰とも話さない俺の、人生で初めてできた友達は――クラスで一番人気の女子だった。』  作者: 湊


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第5話 知らない君のことを、少しだけ



 秘密というものは、もっと大げさなものだと思っていた。


 誰にも言えない過去とか。


 絶対に知られてはいけないこととか。


 そういうものを打ち明けて初めて、「秘密を共有した」と言えるのだと。


 でも。


『私も秘密にしとく』


 昨日、Yuuから送られてきたその一言が、なぜかずっと頭に残っていた。


 冷静に考えれば、おかしな話だ。


 Yuuは俺の本名を知らない。


 学校も知らない。


 住んでいる場所だって知らない。


 俺が学校に隠れてバイトしていると知ったところで、誰かに言えるはずもない。


 なのに。


「秘密にしとく、か……」


 翌朝。


 学校へ向かう途中、俺はそんなことを考えていた。


 少しだけ嬉しかった。


 たぶん。


 俺は誰かに秘密を話したかったんじゃない。


 秘密を話しても大丈夫だと思える相手ができたことが、嬉しかったんだ。


     ◇


「おはよー!」


 教室に入ると、いつもの声が飛び交っていた。


「陽斗、昨日の試合勝った?」


「勝った勝った。俺一点決めたから」


「はいはい」


「なんだよ、その反応!」


 朝から騒がしい。


 俺はその横を通り抜け、自分の席へ向かう。


 鞄を置く。


 椅子を引く。


 そしていつものように机へ突っ伏そうとして――。


「朝倉」


「……ん?」


 顔を上げる。


 橘陽斗がいた。


「昨日の数学さ」


「……また?」


「その言い方ひどくない?」


「いや」


 別に嫌という意味ではない。


 単純に、また来たことに驚いただけだ。


「ここなんだけど」


 陽斗がノートを開く。


「なんで答えこうなる?」


「これは……」


 俺は問題を見る。


「ここの式、間違ってる」


「え?」


「マイナス」


「あ」


 陽斗が目を見開く。


「マジじゃん」


「だから後ろ全部ずれてる」


「うわー……最悪」


「ここ直せばいけると思う」


「なるほどな」


 陽斗がその場で書き直す。


「……おお」


「できた?」


「できた!」


 なぜか嬉しそうだ。


「やっぱ朝倉に聞くのが一番早いわ」


「先生に聞けば?」


「先生に聞いたら説明長いんだよ」


「…………」


 教師に聞け。


 とは思ったけれど、口には出さなかった。


「ありがとな」


「うん」


 陽斗は自分の席へ戻っていった。


 俺はその背中を見送る。


 最近、あいつに話しかけられることが増えた。


 と言っても、まだ数回。


 内容もほとんど勉強のことだけだ。


 それでも。


 今までの俺なら、クラスメイトから一週間に二度も三度も話しかけられることなんてほとんどなかった。


「…………」


 なんなんだろうな、あいつ。


「湊ー!」


「…………」


 また反応しそうになった。


 声の方を見る。


「だから俺は奏太だって!似てるの漢字だけだろ!」


「あ、悪い悪い!笑」


「何回間違えんだよ!わざとだろ!」


「…………」


 俺じゃない。


 分かっている。


 俺は静かに机へ突っ伏した。


     ◇


 昼休み。


 いつものように弁当箱を開ける。


 スマホを見る。


 Yuuからのメッセージは――。


 ない。


「…………」


 別に毎日来るわけじゃない。


 昨日だって夜遅くまで話した。


 今日くらい何もなくて普通だ。


 動画アプリを開く。


 適当な動画を再生。


 一口食べる。


 スマホを見る。


 当然、何もない。


「…………」


 もう一口。


 また見る。


「何やってんだ、俺」


 スマホを伏せた。


 待っているみたいじゃないか。


 というか。


 待っているのか?


「…………」


 認めたくない。


 俺は唐揚げを口へ放り込んだ。


「由香ー」


 少し離れたところから水瀬の声が聞こえる。


「なに?」


「スマホ見すぎじゃない?」


「見てないけど?」


「さっきからずっと見てるじゃん」


「莉央も見てるでしょ」


「私はSNS」


「私も似たようなもん」


「何見てんの?」


「別に」


「見せて」


「やだ」


「怪しい!」


「怪しくないって!」


 また始まった。


 俺は動画の音量を上げる。


「もしかして男?」


「は!?」


 黒瀬の声が一段大きくなった。


「声でか」


「莉央が変なこと言うからでしょ!」


「その反応が怪しいんだけど」


「違うから!」


「じゃあ何?」


「ゲームの……」


 そこで黒瀬の声が小さくなる。


「ゲーム?」


「……フレンド」


「この前言ってた人?」


「まあ」


「へえー」


 水瀬の声が、明らかに面白がっている。


「何よ」


「別にー?」


「その顔やめて」


「どんな人?」


「知らないって。前も言ったじゃん」


「毎日話してるのに?」


「毎日じゃないし」


「昨日は?」


「……話した」


「一昨日は?」


「…………話した」


「ほぼ毎日じゃん」


「ゲームしてるだけ!」


「はいはい」


「ほんとだから!」


「分かった分かった」


「絶対分かってない!」


 楽しそうな声。


「…………」


 俺はスマホを見た。


 通知はない。


 黒瀬もゲームのフレンドと話している。


 それ自体は前に聞いた。


 高校二年。


 帰宅部。


 最近仲のいいゲーム仲間がいる。


 そこまでYuuと一致している。


 でも。


「…………」


 俺は黒瀬を見る。


 水瀬にからかわれて、少し顔を赤くしながら否定している。


 クラスの中心にいて。


 いつも誰かに囲まれて。


 男女問わず話しかけられて。


 見た目も――まあ。


 かなり整っている。


 そんな黒瀬と。


『Nagi最近言い方ひどくない?笑』


『友達の練習すればいいじゃん』


『私も秘密にしとく』


 頭の中のYuuが重なる。


「…………ないな」


 やっぱり違う。


 というより。


 違っていてほしい。


 もしYuuが黒瀬だったら。


 明日からどんな顔をして学校に来ればいいのか分からない。


 まあ、そんな偶然があるはずないけど。


 そう思った瞬間。


 ブブッ。


「!」


 スマホが震えた。


 ゲームアプリからの通知。


 Yuu。


『今日できそう?』


「…………」


 俺は無意識に、黒瀬を見る。


 黒瀬は水瀬と話している。


 スマホは――。


 机の上。


「…………ほら」


 違う。


 当然だ。


 黒瀬は今スマホを触っていない。


 なのにYuuからメッセージが届いた。


 これで疑う必要もない。


 少しだけ安心した。


『できる』


 返信する。


 数秒後。


『何時?』


『今日はバイトないから早め』


『おっけー!』


「…………」


 俺はスマホを閉じた。


 黒瀬を見る。


 まだ水瀬と話している。


 やっぱり違う。


 ……当たり前だ。


     ◇


 その日の放課後。


「朝倉!」


 帰ろうとしていたところで声をかけられた。


「……何?」


 陽斗だ。


「今日暇?」


「え」


 予想していなかった質問。


「なんで」


「いや、玲司と駅前寄るんだけど」


 陽斗が少し離れたところを指す。


 そこには藤堂玲司がいた。


 背が高く、落ち着いた雰囲気の男子。


 バスケ部だったはずだ。


「朝倉も来る?」


「…………」


 一瞬。


 本当に何を言われているのか分からなかった。


 俺が?


 橘と藤堂と?


 駅前?


「なんで?」


 思わず聞いてしまった。


「なんでって……」


 陽斗が困った顔をする。


「別に理由なくない?」


「…………」


「なんか食って帰ろうぜって話してただけ」


 理由なくない。


 その言葉が妙に引っかかった。


 俺の中では。


 誰かと一緒に帰るには、理由が必要だと思っていた。


 仲がいいから。


 同じ部活だから。


 昔からの友達だから。


 そういう何かが。


「……ごめん」


「用事?」


「うん」


 嘘ではない。


 今日はYuuとゲームする。


 約束というほどではないけれど。


「そっか。じゃあまた今度な」


「…………うん」


「じゃーな!」


 陽斗が玲司のところへ走っていく。


 二人で教室を出ていった。


 俺はその背中を見つめる。


「…………また今度、か」


 また。


 あるのだろうか。


 俺は鞄を肩に掛けた。


     ◇


 家に帰る。


 制服を脱ぐ。


 PCを起動。


 最近、この一連の動作がやたら速くなった。


 ゲームを開く。


 Yuuはすでにオンラインだった。


『早いね』


 向こうから来る。


『今日は何もない』


『バイトは?』


『休み』


『じゃあいっぱいできる!』


「…………」


 当たり前のようにバイトのことを覚えている。


 少し不思議な感じだ。


『そうだな』


『今日は4連勝ね』


『増えてない?』


『目標は高く』


『昨日3連勝すらできなかっただろ』


『過去は振り返らないタイプなので』


『反省しろ』


『ひどい笑』


 ゲーム開始。


     ◇


 二時間後。


『もう無理』


 Yuuからメッセージ。


『弱すぎ』


『Nagiも死んでたじゃん!』


『Yuuが突っ込んだから助けに行った』


『それは……』


『事実』


『…………』


『反論は?』


『ありません』


「…………」


 笑う。


 結局、四連勝どころか一度も勝てていない。


『休憩する?』


『する』


 ロビーへ戻る。


 俺は麦茶を飲む。


 Yuuからメッセージ。


『そういえば』


『バイト何してるの?』


「…………」


 前にバイトしていることは話した。


 仕事内容までは言っていない。


『接客』


『コンビニ?』


『違う』


『飲食?』


『まあ』


『ファミレス?』


『違う』


『居酒屋』


『焼肉』


『違う』


『ラーメン』


『違う』


『何なの笑』


「…………」


 別に隠す必要もないか。


『カフェ』


 送信。


 数秒。


『え』


『何』


『意外』


『なんで』


『Nagiがカフェ』


『悪い?』


『悪くない笑』


『でもなんか』


 少し間が空く。


『似合わなそう』


「…………」


『喧嘩売ってる?』


『ごめんごめん笑』


『絶対接客無愛想でしょ』


『仕事なら普通にやる』


『いらっしゃいませとか言うの?』


『言う』


『想像できない』


『俺の何を知ってるんだよ』


 送信して。


 ふと。


 手が止まった。


 俺の何を知ってるんだよ。


 その通りだ。


 Yuuは俺の顔を知らない。


 声も知らない。


 本名も知らない。


 俺だってYuuのことを何も知らない。


 なのに。


『確かに』


 返事。


『私、Nagiのこと全然知らないね』


「…………」


 なんとなく。


 空気が変わった気がした。


『俺もYuuのこと知らない』


『だよね』


 少し間が空く。


『じゃあ質問大会する?』


「……何それ」


『質問大会?』


『お互い1個ずつ質問する』


『なんでも?』


『個人情報以外なら!』


 悪くない。


『いいよ』


『じゃあ私から』


 数秒。


『好きな食べ物は?』


「…………」


 思ったより普通だった。


『オムライス』


『かわいい』


『何が』


『なんとなく』


『じゃあYuuは?』


『甘いもの!』


『広い』


『じゃあケーキ』


『何ケーキ』


『それ2個目の質問だからダメ』


「…………」


 妙なところでルールに厳しい。


『次Nagi』


 質問。


 何を聞く。


 住んでいるところ。


 学校。


 本名。


 そういうものは禁止。


 なら。


『好きなゲームは?』


『今やってるやつ』


『俺も』


『質問無駄にしたね笑』


『うるさい』


 そこから。


 質問は続いた。


『犬と猫なら?』


『猫』


『私も!』


『朝型?夜型?』


『夜』


『私も』


『好きな季節』


『秋』


『私は冬』


『寒いだろ』


『暑いよりマシ』


『夏』


『絶対無理』


 どうでもいいことばかり。


 でも。


 知らなかったYuuのことが、一つずつ分かっていく。


 甘いものが好き。


 猫派。


 夜型。


 冬が好き。


 ホラー映画は苦手。


 英語は得意。


 数学は苦手。


 音楽を聴きながら勉強する。


 辛いものはあまり得意じゃない。


 そして。


『じゃあ次』


 Yuuから。


『学校でどんな感じ?』


「…………」


 少しだけ迷った。


『どんな感じって?』


『明るいとか静かとか』


『静か』


『やっぱり』


『なんで分かる』


『なんとなく笑』


『Yuuは?』


 返事は早かった。


『普通!』


「…………」


 絶対普通じゃない奴が言うやつだ。


『友達多い?』


『まあまあ』


『じゃあ普通じゃない』


『偏見!』


 俺は笑う。


『Nagiは本当に学校であんまり喋らないの?』


『喋らない』


『一日どれくらい?』


『ゼロの日もある』


 少しの間…


『マジで?』


『マジ』


『つらくない?』


「…………」


 つらい。


 そう答えようとして。


 止まった。


 以前なら。


 別に。


 と答えていただろう。


 一人の方が楽だから。


 友達なんて必要ないから。


 でも。


 今は。


『前は別に』


 送信。


『前は?』


「…………」


 俺は画面を見つめた。


 自分でも気づいていなかった。


 前は。


 ということは。


 今は違うのか。


『最近は』


 そこまで打つ。


 止める。


 少し考えて。


『最近は、ちょっとだけ暇』


 送った。


『暇?』


『学校で話す相手いないから』


『なるほど』


 数秒後。


『じゃあ学校でも私とチャットする?笑』


「…………」


『授業中は無理』


『休み時間!』


『先生に見つかる』


『真面目か』


『普通』


『じゃあ昼休み』


「…………」


『暇だったら』


『よし』


 何が「よし」なのか。


 でも。


 嫌ではなかった。


     ◇


 翌日。


 昼休み。


 いつもの席。


 いつもの弁当。


 周りではいつものように友達同士で集まっている。


 俺は一人。


 ――だった。


 ブブッ。


 スマホが震える。


 Yuu。


『お昼ー』


「…………」


『昼』


『今日何食べてる?』


 俺は弁当を見る。


『弁当』


『中身』


『卵焼き、唐揚げ』


『いいなー』


『Yuuは』


 ……


『パン』


『購買?』


『そう』


『ちゃんと食べろ』


『お母さんみたい笑』


『うるさい』


 俺は弁当を食べながら、スマホを見る。


 口元が少し緩む。


 そのとき。


「由香、何ニヤニヤしてんの?」


「してないって!」


「最近そればっかじゃん!」


 少し離れた席。


 黒瀬由香が慌ててスマホを伏せる。


「…………」


 俺は一瞬だけそちらを見る。


 黒瀬もスマホを見ていた。


 でも。


 昨日、黒瀬がスマホを触っていないときにYuuからメッセージが来た。


 だから違う。


 たまたまだ。


 そう思って、スマホへ視線を戻す。


 新しいメッセージ。


『そういえばNagi』


『何』


『今日の卵焼き甘い?しょっぱい?』


「…………」


 どうでもよすぎる。


 でも。


 俺は卵焼きを一口食べた。


『甘い』


『いいな!私甘い派!』


『聞いてどうするんだよ』


『知りたかっただけ笑』


「…………」


 笑ってしまう。


 周りには誰もいない。


 俺は今日も、一人で昼飯を食べている。


 見た目だけなら、昨日までと何も変わらない。


 でも。


 今は。


 一人でいることと、誰とも繋がっていないことは、同じじゃない。


 そんなことを。


 俺は少しずつ知り始めていた。


     ◇


 放課後。


 帰ろうと鞄を持つ。


「朝倉!」


 また橘だ。


「……何?」


「今日さ」


 その瞬間。


 昨日の言葉を思い出した。


『また今度な』


「玲司と駅前行くけど、来る?」


「…………」


 また誘われた。


 昨日だけじゃなかった。


「今日は……」


 バイトはない。


 Yuuとも時間を決めていない。


 断る理由はない。


 でも。


 怖い。


 橘と藤堂。


 俺。


 何を話せばいい。


 沈黙したら?


 つまらない奴だと思われたら?


 やっぱり誘わなければよかったと思われたら?


 だったら。


 最初から断った方が楽だ。


「…………」


 いつもの俺なら。


『ごめん。用事ある』


 それで終わり。


 でも。


 ふと。


 昨夜のYuuの言葉を思い出した。


『私で練習すればいいじゃん』


 友達の練習。


「…………」


 少しくらい。


 やってみてもいいのだろうか。


「あの」


「ん?」


「……一時間くらいなら」


 一瞬。


 陽斗が目を丸くした。


 そして。


「マジ? 行こうぜ!」


「……うん」


「玲司ー! 朝倉も来るって!」


 教室の外にいた藤堂がこちらを見る。


「分かった」


 それだけ言って、小さく手を上げた。


「…………」


 俺は鞄を持つ。


 心臓が妙に速い。


 ゲームで敵に囲まれたときより緊張しているかもしれない。


 たかが。


 クラスメイトと駅前へ行くだけ。


 普通の高校生なら、何でもないこと。


 でも俺にとっては。


 それは。


 高校に入って初めて、自分から踏み出した小さな一歩だった。


 そして俺はまだ知らない。


 ゲームの中でできた初めての友達が。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 現実の俺の世界まで変え始めていることを。

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