第44話 六人で過ごす日曜日と、海まであと三日。
夏休み九日目。
日曜日。
午前九時十二分。
「…………」
目が覚める。
カーテン。
隙間から差し込む日差し。
蝉の声。
そして。
スマホ。
震える。
「…………」
画面を見る。
由香。
『由香:おはよう、湊!』
『由香:今日は六人で会えるね!』
『由香:楽しみ!』
「…………」
思わず笑う。
昨日。
デートしたばかり。
映画。
昼食。
買い物。
そして。
帰り際。
明日も会えるね。
そう言って。
由香は嬉しそうに笑っていた。
その明日。
今日がもう来てしまった。
『湊:おはよう』
送信。
すぐに既読。
『由香:起きた!』
『湊:今起きた』
『由香:あはは!』
『由香:今日は十四時集合だよ!』
『湊:覚えてる』
『由香:よかった!』
「…………」
まるで。
俺が忘れると思っているみたいだ。
まあ。
昔の俺だったら。
日曜日に友達と集まる予定なんて。
そもそもなかったけど。
『由香:ねえ湊』
『湊:何?』
『由香:今日、ちょっと早く会えない?』
「…………」
早く。
集合は十四時。
『湊:何時?』
『由香:十三時半くらい!』
『湊:いいよ』
『由香:やった!』
『由香:じゃあ駅前で待ってるね!』
「…………」
スマホを置く。
天井。
見上げる。
昨日も会った。
今日も会う。
それなのに。
由香は。
まだ会いたいと思ってくれる。
……俺もだけど。
◇
午前十時。
自分の部屋。
参考書。
開く。
数学。
問題集。
「…………」
今日は。
午後から予定がある。
だから。
午前中。
勉強。
集中。
一問目。
二問目。
三問目。
順調。
そのとき。
スマホ。
震える。
「…………」
グループチャット。
『放課後』
『陽斗:お前ら!!』
『陽斗:今日の会議の議題を発表する!!』
『莉央:また会議なの?』
『玲司:昨日も言ったが、現地で決めればいいことが多いぞ』
『陽斗:甘いな玲司!』
『玲司:何が』
『陽斗:準備が大事なんだよ!』
『琴葉:確かに持ち物は確認しておきたいね』
『陽斗:そう!!』
『陽斗:琴葉は分かってる!!』
『莉央:琴葉を巻き込まないで』
「…………」
笑う。
陽斗。
今日も元気。
そのあと。
『玲司:海水浴場の候補は確認したか?』
『陽斗:もちろん!』
『玲司:どこがよかった?』
『陽斗:…………』
『莉央:見てないでしょ』
『陽斗:今から見る!!』
「…………」
予想通り。
玲司。
大変そうだ。
俺も。
候補を確認する。
電車で行ける海水浴場。
駅からの距離。
更衣室。
シャワー。
売店。
遊泳区域。
玲司。
ちゃんと調べてくれている。
「…………」
こういうところ。
本当に頼りになる。
『湊:玲司が送ってくれた一番目の場所、よさそう』
『玲司:俺もそこが第一候補』
『琴葉:私もそこがいいと思う』
『莉央:じゃあそこにしよっか』
『由香:賛成!』
『陽斗:俺も!!』
『玲司:お前は今確認したんだろ』
『陽斗:細かいことは気にするな!』
「…………」
場所。
決定。
案外。
早かった。
……陽斗が余計なことを言わなければ。
◇
午後一時二十分。
駅前。
待ち合わせ場所。
「…………」
少し早い。
由香との約束。
十三時半。
あと十分。
スマホ。
確認。
『由香:もうすぐ着く!』
『湊:俺も着いた』
『由香:早い!』
「…………」
いつものやり取り。
そして。
少しして。
「湊ー!」
声。
振り返る。
由香。
小走りで近づいてくる。
白い半袖のトップス。
淡いブルーのロングスカート。
小さなショルダーバッグ。
今日は。
髪をゆるくまとめている。
「おはよう!」
「おはよう」
「待った?」
「今来たところ」
「本当?」
「うん」
「…………」
由香。
嬉しそうに笑う。
「よかった!」
「…………」
昨日も思ったけど。
私服の由香。
まだ。
見慣れない。
学校では。
いつも制服。
それが当たり前だった。
でも。
夏休み。
会うたび。
違う服。
違う髪型。
そのたび。
少しだけ。
どきっとする。
「湊?」
「何?」
「どうしたの?」
「……いや」
「…………」
由香。
顔を覗き込む。
「また何か考えてた?」
「……今日も似合ってるなって」
「…………」
由香。
固まる。
そして。
顔。
赤くなる。
「……ありがと」
「うん」
「…………」
少しの沈黙。
由香。
小さく笑う。
「湊もかっこいいよ」
「…………」
今度は。
俺が黙る。
「ふふ」
由香。
楽しそう。
「今日もお返し!」
「…………」
最近。
このやり取り。
定番になりつつある。
◇
「ねえ、湊」
「何?」
「ちょっと歩こ!」
「いいよ」
集合まで。
まだ三十分。
駅前。
商店街。
並んで歩く。
日曜日。
人が多い。
家族連れ。
学生。
買い物客。
「…………」
由香。
俺の隣。
少し近い。
そして。
そっと。
手を差し出す。
「…………」
俺。
その手を見る。
由香。
少し照れたように笑う。
「……繋いでもいい?」
「うん」
手。
握る。
温かい。
柔らかい。
由香。
嬉しそうに笑う。
「…………」
昨日。
映画館でも繋いだ。
でも。
こうして。
普通に街を歩きながら。
手を繋ぐ。
まだ。
少し恥ずかしい。
それでも。
離したいとは思わなかった。
「湊」
「何?」
「今日も会えて嬉しい」
「……昨日も会っただろ」
「うん!」
「…………」
由香。
笑う。
「でも、今日も嬉しいの!」
「…………」
俺も。
同じだった。
◇
午後一時五十五分。
駅前。
集合場所に戻る。
すると。
「おーい!!」
陽斗。
遠くから。
手を振る。
その隣。
玲司。
「お前ら早いな!」
「陽斗もな」
「俺はいつも早いぞ!」
「前回は最後の方だったけどな」
玲司。
冷静。
「…………」
陽斗。
少し黙る。
「……細かいことは気にするな!」
「…………」
俺。
笑う。
すると。
陽斗。
俺たちの手を見る。
「…………」
視線。
下。
俺の手。
由香の手。
「おお?」
「…………」
由香。
気づく。
顔。
赤くなる。
でも。
手。
離さない。
「湊!」
「何?」
「お前ら、もう普通に手繋ぐんだな!」
「…………」
俺。
少し困る。
「……まあ」
「うおお!」
「うるさい」
玲司。
ため息。
「恋人同士なんだから普通だろ」
「いや、分かるけどさ!」
「…………」
陽斗。
嬉しそうに笑う。
「何か、いいな!」
「…………」
その言葉。
少し意外だった。
からかわれると思っていた。
でも。
陽斗。
本当に嬉しそうだった。
「……ありがとう」
「おう!」
陽斗。
俺の肩を叩く。
「幸せになれよ!」
「…………」
大げさ。
まだ。
付き合い始めたばかりなのに。
でも。
嬉しかった。
◇
「ちょっとー!」
声。
振り返る。
莉央。
琴葉。
到着。
「陽斗君、声大きい!」
「おお! 来たか!」
「来たかじゃないよ!」
莉央。
呆れる。
琴葉。
小さく笑う。
「みんな早いね」
「うん」
由香。
頷く。
そして。
莉央。
俺たちを見る。
「…………」
視線。
手。
「…………」
にやり。
「へえー?」
「莉央!」
由香。
すぐ反応。
「まだ何も言ってないよ?」
「絶対何か言おうとした!」
「ふふ」
莉央。
笑う。
「仲良しだねー」
「…………」
由香。
顔。
赤い。
俺も。
多分。
同じ。
「よし!」
陽斗。
両手を叩く。
「全員揃ったな!」
「うん」
「それじゃあ!」
陽斗。
大きく息を吸う。
「第二回! 六人思い出作り会議を――」
「早く入ろう」
玲司。
遮る。
「…………」
全員。
笑う。
◇
午後二時十分。
ファミレス。
前回と同じ店。
六人掛け。
テーブル。
陽斗。
スマホを置く。
「よし! 今日こそちゃんと会議するぞ!」
「前回もちゃんとしてたよ」
琴葉。
笑う。
「そうだよね!」
由香。
頷く。
「海も決まったし!」
「…………」
玲司。
陽斗を見る。
「今日は何を決めるんだ?」
「まずは持ち物!」
「それなら必要だな」
「だろ!」
陽斗。
得意そう。
スマホ。
メモを開く。
「水着!」
「うん」
「タオル!」
「うん」
「サンダル!」
「うん」
「浮き輪!」
「…………」
玲司。
少し考える。
「それは必要な人だけでいいだろ」
「俺は持っていく!」
「分かった」
「あと!」
陽斗。
勢いよく続ける。
「ビーチボール!」
「いいね!」
莉央。
笑う。
「六人で遊べそう!」
「だろ!」
琴葉。
手を挙げる。
「日焼け止めも忘れないようにしないと」
「確かに!」
由香。
頷く。
「あと帽子!」
「飲み物もな」
玲司。
「現地でも買えるだろうけど、最初から持っておいた方がいい」
「うん」
俺。
頷く。
そして。
玲司。
スマホを操作する。
「あと、海水浴場の設備は確認した」
「おお!」
陽斗。
「更衣室、シャワー、売店はある。ただ、混む可能性はあるから早めに行った方がいい」
「じゃあ朝集合?」
莉央。
「そうだな」
玲司。
「九時くらいには現地に着きたい」
「…………」
朝。
早い。
でも。
夏休み。
海。
それくらい。
普通なのかもしれない。
「湊、大丈夫?」
由香。
俺を見る。
「うん」
「よかった!」
由香。
笑う。
「私、早起き頑張る!」
「…………」
普段。
由香。
朝が少し弱い。
以前。
ゲームで夜更かしした翌日。
眠そうにしていたこともある。
「寝坊するなよ」
「しないよ!」
「本当?」
「…………」
由香。
少し考える。
「……多分!」
「…………」
俺。
笑う。
「じゃあ朝連絡する」
「本当!?」
「うん」
「やった!」
由香。
嬉しそうに笑う。
その横。
莉央。
にやり。
「彼氏が起こしてくれるんだー?」
「莉央!」
「いいなー!」
「もう!」
「…………」
いつもの光景。
俺。
少し笑う。
◇
午後二時四十分。
会議。
続く。
「じゃあ海で何する?」
陽斗。
「泳ぐ!」
莉央。
「ビーチボール!」
由香。
「砂浜で遊ぶのも楽しそう」
琴葉。
「写真も撮りたい!」
莉央。
「いいね!」
由香。
頷く。
「六人でいっぱい撮ろう!」
「…………」
写真。
そういえば。
修学旅行。
六人で撮った写真。
今もスマホに残っている。
あのとき。
初めて。
自分から写真を撮りたいと思った。
今度は海。
六人。
また新しい思い出。
「湊?」
由香。
俺を見る。
「写真、いっぱい撮ろうね!」
「うん」
「二人でも!」
「…………」
少し。
照れる。
「……うん」
由香。
嬉しそうに笑う。
すると。
陽斗。
身を乗り出す。
「俺とも撮れよ!」
「…………」
俺。
陽斗を見る。
「もちろん」
「おお!」
陽斗。
嬉しそう。
「約束な!」
「うん」
玲司。
小さく笑う。
「俺も一枚くらいは写るか」
「一枚だけ!?」
莉央。
驚く。
「もっと撮ろうよ!」
「…………」
玲司。
少し困った顔。
「……分かった」
「やった!」
琴葉。
笑う。
「みんなで撮ろうね」
「…………」
六人。
また笑った。
◇
午後三時。
注文したデザート到着。
由香。
チョコレートパフェ。
莉央。
いちごパフェ。
琴葉。
チーズケーキ。
陽斗。
大きなパンケーキ。
玲司。
アイスコーヒー。
俺。
バニラアイス。
「いただきます!」
由香。
嬉しそう。
「…………」
会議。
また食事会になった。
まあ。
予想通り。
「ねえ、由香」
莉央。
パフェを食べながら。
「水着、結局どれにしたの?」
「…………」
由香。
スプーン。
止まる。
「……内緒!」
「えー!」
莉央。
笑う。
「私たち一緒に買いに行ったじゃん!」
「そうだけど!」
「湊君に見せるまで秘密なんでしょ?」
「…………」
由香。
顔。
赤くなる。
「莉央!」
「ふふ」
莉央。
楽しそう。
「可愛いの選んでたもんねー」
「…………」
俺。
アイスを食べる。
なるべく普通に。
聞いていないふり。
でも。
耳が勝手に反応する。
「湊君」
莉央。
俺を見る。
「楽しみ?」
「…………」
逃げられない。
「……まあ」
「まあ?」
「……楽しみだよ」
「…………」
由香。
固まる。
そして。
顔。
真っ赤。
「……湊」
「何?」
「…………」
由香。
小さな声。
「……ありがと」
「…………」
何で。
お礼言われたんだろう。
でも。
由香。
嬉しそうだった。
その横。
陽斗。
大きく頷く。
「いやー! 青春だな!」
「お前も高校生だろ」
玲司。
冷静。
「そうだった!」
「…………」
全員。
笑う。
◇
午後三時半。
会議。
ようやく終了。
決まったこと。
海水浴場。
集合時間。
持ち物。
当日の大まかな予定。
そして。
天気が悪い場合。
延期。
「よし!」
陽斗。
スマホを閉じる。
「完璧!」
「今回はちゃんと決まったね」
莉央。
笑う。
「だろ!」
「玲司君のおかげだけど」
「…………」
陽斗。
少し黙る。
「……それは認める!」
「珍しいな」
玲司。
「…………」
また笑う。
すると。
琴葉。
窓の外を見る。
「まだ時間あるね」
「そうだね」
由香。
頷く。
「このあとどうする?」
莉央。
少し考える。
「せっかく六人揃ってるし、何かしたいよね」
「…………」
陽斗。
突然。
立ち上がる。
「よし!」
「何?」
「ゲームセンター行こうぜ!」
「…………」
俺。
少し笑う。
ゲームセンター。
陽斗。
好きだな。
「いいね!」
由香。
即答。
「私も行きたい!」
莉央。
「楽しそう」
琴葉。
頷く。
玲司。
ため息。
「……まあ、いいか」
「決まり!」
陽斗。
嬉しそうに笑う。
◇
午後四時。
ゲームセンター。
店内。
音と光。
人が多い。
「うおお!」
陽斗。
テンション。
高い。
「まず何する!?」
「落ち着いて」
莉央。
笑う。
「…………」
由香。
俺の隣。
「湊」
「何?」
「今日は何で勝負する?」
「…………」
勝負。
前回。
リズムゲーム。
五回。
俺。
三勝。
由香。
二勝。
「またリズムゲーム?」
「うん!」
由香。
笑う。
「リベンジ!」
「…………」
そういえば。
約束していた。
次は勝つ。
そう言っていた。
「いいよ」
「やった!」
由香。
嬉しそう。
すると。
陽斗。
割り込んでくる。
「俺もやる!」
「…………」
玲司。
小さく笑う。
「お前、前にボロ負けしてなかったか?」
「今回は違う!」
「何が?」
「練習した!」
「…………」
俺。
陽斗を見る。
「本当?」
「……動画見た!」
「…………」
練習してない。
全員。
笑う。
◇
リズムゲーム。
一回戦。
陽斗。
俺。
対戦。
「いくぞ湊!」
「うん」
曲。
開始。
画面。
流れるノーツ。
陽斗。
必死。
俺。
集中。
結果。
俺。
勝利。
「うわああ!」
陽斗。
頭を抱える。
「何でだよ!」
「…………」
玲司。
笑う。
「動画を見るだけじゃ上手くならないだろ」
「くそー!」
莉央。
笑う。
「陽斗君、最後めちゃくちゃだったよ!」
「分かってる!」
「…………」
由香。
俺を見る。
「次、私!」
「うん」
二回戦。
由香。
俺。
対戦。
「今日は負けないからね!」
「俺も」
曲。
開始。
難易度。
少し高い。
由香。
真剣。
俺も集中。
結果。
僅差。
由香。
勝利。
「やったー!!」
由香。
両手を上げる。
「…………」
俺。
画面を見る。
負けた。
普通に。
「湊!」
「何?」
「勝った!」
「うん」
「ふふ!」
由香。
嬉しそう。
「リベンジ成功!」
「…………」
悔しい。
少し。
でも。
由香。
本当に嬉しそう。
それを見ると。
まあいいかと思ってしまう。
「朝倉君、顔緩んでるよ?」
莉央。
にやり。
「…………」
俺。
顔を戻す。
「……そんなことない」
「あるある!」
「…………」
由香。
俺を見る。
「湊?」
「何?」
「もう一回やる?」
「…………」
俺。
少し笑う。
「もちろん」
「…………!」
由香。
嬉しそうに笑った。
◇
午後四時四十分。
ゲームセンター。
クレーンゲーム。
「…………」
琴葉。
ぬいぐるみを見つめている。
小さな。
白いウサギ。
「可愛いね」
由香。
「うん」
琴葉。
頷く。
「でも、難しそう」
「…………」
陽斗。
前に出る。
「任せろ!」
「え?」
「俺が取ってやる!」
「…………」
玲司。
小さくため息。
「大丈夫か?」
「余裕!」
陽斗。
百円。
投入。
アーム。
動く。
降りる。
掴む。
少し持ち上がる。
落ちる。
「…………」
陽斗。
固まる。
「……惜しい!」
「そうかな?」
莉央。
笑う。
「もう一回!」
百円。
投入。
結果。
失敗。
三回目。
失敗。
四回目。
失敗。
「…………」
玲司。
陽斗の肩を叩く。
「そろそろやめとけ」
「いや! あと一回!」
「…………」
俺。
景品を見る。
位置。
少しずれている。
あと一回。
上手くいけば。
取れそう。
「陽斗」
「何?」
「少し右を狙った方がいいと思う」
「右?」
「うん」
「よし!」
陽斗。
アームを動かす。
右に少し。
降下。
掴む。
持ち上がる。
そして。
落下口。
「…………」
ころん。
ぬいぐるみが落ちる。
「おおお!!」
陽斗。
叫ぶ。
「取れた!!」
「すごい!」
琴葉。
驚く。
「やったじゃん!」
莉央。
笑う。
陽斗。
景品を取り出す。
そして。
琴葉に差し出す。
「ほら!」
「え?」
「欲しかったんだろ?」
「…………」
琴葉。
目を丸くする。
「……いいの?」
「もちろん!」
「…………」
琴葉。
少し照れたように笑う。
「ありがとう、橘君」
「おう!」
陽斗。
嬉しそう。
「…………」
俺。
その光景を見る。
何だかいいな。
そう思った。
すると。
由香。
俺の袖を引く。
「湊」
「何?」
「…………」
由香。
小さく笑う。
「一昨日の猫、思い出した」
「…………」
花火大会。
射的。
猫のぬいぐるみ。
俺が取った。
由香。
今も大切にしてくれている。
「まだ持ってる?」
「もちろん!」
由香。
即答。
「ベッドのところに置いてる!」
「…………」
嬉しい。
素直に。
「そっか」
「うん!」
由香。
笑う。
「毎日見てるよ」
「…………」
少し。
照れる。
でも。
嬉しかった。
◇
午後五時十分。
ゲームセンターを出る。
夕方。
日差し。
少し弱くなっている。
「いやー! 楽しかった!」
陽斗。
大きく伸びをする。
「負けてばっかりだったけどね」
莉央。
笑う。
「最後に取っただろ!」
「そうだね」
琴葉。
嬉しそうに笑う。
手には。
白いウサギのぬいぐるみ。
「ありがとう、橘君」
「おう!」
陽斗。
少し照れたように笑う。
「…………」
玲司。
俺の隣に来る。
「湊」
「何?」
「海、楽しみだな」
「うん」
「…………」
玲司。
少し笑う。
「六人でこういうことするの、何だか当たり前になったな」
「…………」
当たり前。
その言葉。
少しだけ。
胸に残る。
昔。
俺には。
友達がいなかった。
放課後。
一人。
休日。
一人。
夏休み。
一人。
それが。
当たり前だった。
でも。
今は違う。
六人で集まる。
遊ぶ。
笑う。
次の予定を決める。
それが。
当たり前になっている。
「……そうだな」
俺。
小さく笑う。
「本当に」
玲司。
頷く。
「いいことだな」
「うん」
◇
午後五時半。
駅前。
解散。
「じゃあ水曜日!」
陽斗。
手を振る。
「寝坊するなよ!」
玲司。
「お前こそ!」
「…………」
莉央。
笑う。
「じゃあまたね!」
「またね」
琴葉。
手を振る。
四人。
それぞれ帰っていく。
残ったのは。
俺と由香。
「…………」
由香。
俺を見る。
「湊」
「何?」
「今日も楽しかったね」
「うん」
「…………」
少しの沈黙。
由香。
笑う。
「六人でいると、ずっと笑ってる気がする」
「そうだな」
「…………」
由香。
俺の手を握る。
「湊」
「うん?」
「高校最後の夏休み、いっぱい思い出作ろうね」
「…………」
何度も。
聞いた言葉。
でも。
そのたび。
嬉しい。
「うん」
俺。
握り返す。
「絶対」
由香。
嬉しそうに笑った。
◇
午後九時。
自分の部屋。
スマホ。
震える。
グループチャット。
『放課後』
『陽斗:海まであと三日!!』
『莉央:カウントダウン好きだね』
『琴葉:楽しみだね』
『玲司:天気予報は今のところ問題なさそう』
『由香:やったー!』
『陽斗:全員遅刻するなよ!!』
『玲司:お前が一番心配だ』
『陽斗:何で!?』
「…………」
笑う。
そして。
個人チャット。
由香。
『由香:湊!』
『湊:何?』
『由香:今日もありがとう!』
『湊:こちらこそ』
『由香:楽しかった!』
『湊:うん』
『由香:ねえ』
『湊:何?』
『由香:水曜日、楽しみにしててね』
「…………」
また。
水着の話だろうか。
『湊:楽しみにしてる』
『由香:本当?』
『湊:うん』
『由香:…………』
『由香:可愛いって思ってくれるかな』
「…………」
画面。
見つめる。
少し考える。
そして。
返信。
『湊:由香なら何着ても可愛いと思う』
送信。
数秒。
『由香:…………』
『由香:もう!!』
『湊:何?』
『由香:そういうこと言うのずるい!!』
「…………」
思わず笑う。
また。
ずるい。
『湊:本当のことだけど』
『由香:…………』
『由香:大好き!』
「…………」
俺。
小さく笑う。
『湊:俺も大好き』
送信。
すぐに既読。
『由香:…………』
『由香:水曜日、いっぱい一緒に遊ぼうね!』
『湊:約束』
『由香:約束!』
「…………」
スマホ。
置く。
ベッド。
横になる。
天井。
見上げる。
海まで。
あと三日。
六人で。
初めての海。
由香と。
初めての海。
そして。
付き合ってから。
初めての夏。
「…………」
楽しみ。
それだけじゃない。
少し。
緊張もする。
でも。
きっと。
楽しい一日になる。
そう思える。
今の俺には。
一緒に笑ってくれる友達がいる。
そして。
大好きな彼女がいる。
高校最後の夏休み。
まだ始まったばかり。
でも。
もう。
忘れられない思い出が。
たくさん増えている。
「…………」
水曜日。
早く来ないかな。
そんなことを考えながら。
目を閉じる。
……ちなみに。
その夜。
なかなか眠れなかった。
原因は。
多分。
由香の水着。
……いや。
絶対。
それだけじゃない。
六人で海に行く。
そのことが。
本当に。
楽しみだった。




