第45話 彼女の水着姿は、想像以上に反則だった。
水曜日。
午前六時十二分。
「…………」
目が覚める。
目覚ましが鳴る前。
珍しい。
普段なら。
あと十分。
いや。
あと三十分は寝ていたい。
でも今日は違う。
今日は。
六人で海に行く日。
「…………」
ベッドから起き上がる。
カーテンを開ける。
空。
青い。
雲。
少ない。
晴れ。
「……よし」
思わず小さく呟く。
スマホ。
確認。
通知。
グループチャット。
『放課後』
『陽斗:起きたあああ!!』
送信時刻。
午前五時五十八分。
「…………」
早い。
陽斗。
本当に楽しみにしていたらしい。
『玲司:起きたなら二度寝するなよ』
『陽斗:しねえよ!!』
『琴葉:おはようございます』
『莉央:おはよー。眠い』
『由香:おはよう!!』
「…………」
全員。
起きている。
俺も。
返信。
『湊:おはよう』
すると。
由香から。
個人チャット。
『由香:湊!』
『湊:何?』
『由香:ちゃんと起きられた!』
「…………」
思わず笑う。
『湊:よかったな』
『由香:うん!』
『由香:今日いっぱい遊ぼうね!』
『湊:もちろん』
『由香:楽しみ!!』
「…………」
俺も。
楽しみだった。
◇
午前七時五分。
駅。
中央改札前。
「…………」
集合時間。
七時十分。
少し早く着いた。
でも。
すでに見慣れた顔。
二人。
「おっ! 湊!」
陽斗。
手を振る。
隣。
玲司。
「おはよう」
「おはよう」
「早いな!」
「陽斗こそ」
「当たり前だろ!」
陽斗。
得意そう。
「今日は絶対遅刻しないって決めてたからな!」
「いつもそうしてくれ」
玲司。
冷静。
「…………」
俺。
笑う。
陽斗。
今日は。
黒いTシャツ。
ハーフパンツ。
大きなスポーツバッグ。
完全に。
海へ行く格好。
玲司。
白いTシャツ。
薄いグレーのパンツ。
肩掛けバッグ。
いつも通り。
落ち着いている。
「女子たちは?」
俺。
聞く。
「もうすぐ来るって!」
陽斗。
スマホを見せる。
そのとき。
「おはよー!」
声。
振り返る。
莉央。
琴葉。
そして。
由香。
三人。
並んで歩いてくる。
「おはよう!」
由香。
手を振る。
「おはよう」
俺。
返す。
由香。
今日は。
白い半袖のトップス。
淡いブルーのショートパンツ。
スニーカー。
髪。
後ろで一つにまとめている。
肩には大きめのバッグ。
そして。
そのバッグに。
小さな青い猫のキーホルダー。
「…………」
俺のバッグ。
黒い猫。
お揃い。
由香。
気づく。
俺のバッグを見る。
そして。
嬉しそうに笑った。
「湊!」
「何?」
「一緒だね!」
「うん」
由香。
自分のキーホルダーを指差す。
「ちゃんとつけてきた!」
「俺も」
「ふふ!」
由香。
嬉しそう。
すると。
莉央。
俺たちを見る。
「朝から仲良しだねー」
「莉央!」
「まだ何も言ってないよ?」
「絶対言おうとしてた!」
「…………」
いつものやり取り。
俺。
笑う。
そして。
陽斗。
両手を上げる。
「よっしゃあ!!」
「…………」
全員。
陽斗を見る。
「六人揃った!!」
「そうだね」
琴葉。
笑う。
「じゃあ行くか」
玲司。
スマホを確認する。
「電車、あと八分」
「よし!」
陽斗。
改札へ向かう。
「海だあああ!!」
「声大きい!」
莉央。
「…………」
俺たち。
笑いながら。
改札を通った。
◇
午前七時二十分。
電車。
車内。
六人。
向かい合うように座る。
陽斗。
窓の外を見る。
「いやー、楽しみだな!」
「それ、今日何回目?」
莉央。
笑う。
「まだ三回くらいだろ!」
「もっと言ってるよ」
琴葉。
小さく笑う。
「…………」
玲司。
スマホで乗り換えを確認している。
俺。
窓の外を眺める。
街が少しずつ流れていく。
普段。
電車に乗るとき。
一人でイヤホンつけて。
スマホを触る。
それが普通だった。
でも。
今日は六人。
「湊」
隣。
由香。
「何?」
「楽しみ?」
「うん」
「ふふ」
由香。
嬉しそうに笑う。
「私も!」
「…………」
由香。
少しだけ。
声を小さくする。
「……ねえ」
「うん?」
「水着、楽しみにしてる?」
「…………」
いきなり。
その話。
「……してるよ」
「本当?」
「うん」
「…………」
由香。
顔。
少し赤い。
「……そっか」
「…………」
俺。
窓の外を見る。
心臓。
少し速い。
すると。
向かいの席。
莉央。
にやり。
「二人とも何話してるのー?」
「何でもない!」
由香。
即答。
「ふーん?」
「莉央!」
「ふふ」
莉央。
楽しそう。
……聞こえていたらしい。
◇
午前八時五十分。
海水浴場。
「…………」
海。
広い。
青い。
水平線がどこまでも続いている。
砂浜。
白い。
波。
寄せては返す。
潮の匂い。
風。
少し強い。
「うおおおお!!」
陽斗。
両手を広げる。
「海だあああ!!」
「分かってるって!」
莉央。
笑う。
「…………」
由香。
目を輝かせる。
「すごーい!」
「綺麗だね」
琴葉。
笑う。
「思ったより広いな」
玲司。
周囲を見渡す。
「…………」
俺も。
海を見る。
久しぶり。
最後に来たのは。
いつだっただろう。
小学生。
そのくらい。
家族で来た記憶。
少しだけ残っている。
でも。
友達と来るのは。
初めて。
「湊!」
由香。
俺を見る。
「海だよ!」
「うん」
「すっごく綺麗!」
「そうだな」
由香。
笑う。
「早く入りたい!」
「…………」
その言葉。
聞いた瞬間。
少しだけ。
緊張した。
……そうだった。
水着。
まだ。
見ていない。
◇
午前九時十分。
更衣室前。
「じゃあ着替えてくるね!」
由香。
手を振る。
「うん」
「あとでね!」
莉央。
「またあとで」
琴葉。
三人。
女子更衣室へ。
残ったのは。
俺。
陽斗。
玲司。
「よし!」
陽斗。
大きく頷く。
「俺たちも行くか!」
「そうだな」
玲司。
「…………」
俺。
男子更衣室へ向かう。
すると。
陽斗。
突然。
俺の肩を組む。
「なあ湊」
「何?」
「緊張してる?」
「…………」
俺。
陽斗を見る。
「……何が?」
「由香の水着!」
「…………」
直球すぎる。
「……別に」
「嘘つけ!」
「…………」
陽斗。
にやにや。
「楽しみだろ?」
「…………」
俺。
少し考える。
「……まあ」
「ほらな!」
陽斗。
笑う。
すると。
玲司。
ため息。
「陽斗」
「何?」
「お前も少しは落ち着け」
「何でだよ!」
「声が大きい」
「…………」
俺。
思わず笑う。
……助かった。
◇
午前九時二十五分。
砂浜。
男子三人。
着替え終了。
俺。
黒いサーフパンツ。
上は薄いグレーのラッシュガード。
陽斗。
青いサーフパンツ。
玲司。
紺色のサーフパンツ。
白いラッシュガード。
「…………」
陽斗。
海を見る。
「早く入りてえ!」
「女子待ちだろ」
玲司。
「分かってるって!」
「…………」
俺。
バッグを置く。
タオルを準備。
そして。
少しして。
「お待たせー!」
声。
振り返る。
莉央。
琴葉。
そして。
由香。
「…………」
俺。
固まる。
由香。
水着。
淡い水色。
白いラインの入ったセパレートタイプ。
上には。
薄手の白いシアーシャツ。
ショートパンツ風のボトム。
いつもの制服とも。
私服とも。
違う。
夏らしい。
爽やかな色。
由香の雰囲気に。
すごく似合っている。
「…………」
何て言えばいいんだろう。
可愛い。
それは間違いない。
でも。
その一言が。
なかなか出てこない。
「湊!」
由香。
近づいてくる。
「…………」
少し。
緊張した顔。
「……どう?」
「…………」
俺。
由香を見る。
由香。
俺を見る。
少し。
不安そう。
「……変じゃない?」
「…………」
俺。
首を横に振る。
「全然」
「……本当?」
「うん」
そして。
少しだけ。
勇気を出す。
「……すごく似合ってる」
「…………」
由香。
目を丸くする。
「……ほんと?」
「うん」
「…………」
俺。
続ける。
「……可愛いと思う」
「…………」
由香。
顔。
真っ赤。
「……ありがと」
「うん」
「…………」
少しの沈黙。
由香。
小さく笑う。
「……よかった」
「…………」
その笑顔。
見た瞬間。
俺も。
少し安心した。
すると。
「はいはい!」
莉央。
手を叩く。
「お二人さん!」
「…………」
俺たち。
莉央を見る。
「感想会はそこまで!」
「莉央!」
由香。
顔。
赤いまま。
「海入るよー!」
「…………」
陽斗。
大きく頷く。
「よっしゃ!!」
玲司。
笑う。
「やっと行けるな」
「…………」
俺。
由香を見る。
由香。
小さく笑う。
「……湊」
「何?」
「ありがと」
「…………」
俺。
頷く。
「うん」
◇
午前九時四十分。
海。
波打ち際。
「冷たっ!」
莉央。
足を入れた瞬間。
声を上げる。
「気持ちいい!」
由香。
笑う。
「本当だね」
琴葉。
足元の波を見る。
「…………」
陽斗。
すでに。
膝まで海に入っている。
「お前ら早く来いよ!」
「待って!」
莉央。
「…………」
玲司。
ゆっくり海に入る。
俺も。
足をつける。
冷たい。
でも。
気持ちいい。
由香。
隣。
「湊!」
「何?」
「競争しよ!」
「競争?」
「うん!」
由香。
沖の方を指差す。
遊泳区域の中。
少し先。
「どっちが早くあそこまで行けるか!」
「…………」
俺。
由香を見る。
「泳げる?」
「泳げるよ!」
「本当?」
「もう!」
由香。
頬を膨らませる。
「湊、私のこと何だと思ってるの!」
「……数学が苦手な人」
「それ関係ない!」
「…………」
俺。
笑う。
由香。
少し怒った顔。
でも。
すぐに笑う。
「絶対負けないからね!」
「分かった」
そのとき。
「俺もやる!!」
陽斗。
割り込んでくる。
「…………」
由香。
陽斗を見る。
「えー!」
「何だよ!」
「湊と勝負するつもりだったのに!」
「…………」
陽斗。
固まる。
そして。
にやり。
「おお?」
「…………」
由香。
自分の発言に気づく。
「……あ」
「二人で勝負したかったんだなー?」
「陽斗君!」
「…………」
玲司。
呆れた顔。
「いいから安全なところで遊べよ」
「分かってる!」
陽斗。
笑う。
結局六人で。
浅い場所を移動する競争になった。
◇
午前十時。
「よーい!」
陽斗。
声。
「スタート!!」
水しぶき。
上がる。
全員。
一斉に進む。
「きゃっ!」
由香。
笑う。
「冷たい!」
「由香、頑張れー!」
莉央。
後ろから声をかける。
「莉央も頑張って!」
琴葉。
笑う。
「…………」
俺。
水の中。
進む。
隣。
由香。
必死。
でも。
楽しそう。
「湊!」
「何?」
「負けないからね!」
「俺も」
「…………」
由香。
笑う。
その瞬間。
少し大きめの波。
来る。
「わっ!」
由香。
バランスを崩す。
「由香!」
俺。
手を伸ばす。
由香の腕。
支える。
「大丈夫?」
「…………」
由香。
少し驚いた顔。
そして。
笑う。
「……うん!」
「よかった」
「ありがと!」
由香。
俺の手を握る。
「…………」
そのまま。
少しだけ。
手を繋ぐ。
波。
足元で揺れる。
由香。
笑う。
「……湊」
「何?」
「約束、覚えてた?」
「…………」
約束。
昨日のチャット。
手を繋いで海を歩こう。
「……覚えてる」
「ふふ」
由香。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ、今叶ったね!」
「…………」
俺。
少し笑う。
「そうだな」
すると。
遠くから。
「おーい!!」
陽斗。
手を振る。
「二人とも何してんだー!!」
「…………」
莉央。
隣で笑っている。
「デートしてるんじゃない?」
「海の中で!?」
「そういうこともあるでしょ!」
「…………」
由香。
顔。
赤くなる。
「もう!」
俺。
笑う。
……六人で来ている以上。
二人きりには。
なかなかなれないらしい。
◇
午前十時半。
砂浜。
ビーチボール。
陽斗。
持参。
「よし!」
陽斗。
ボールを掲げる。
「次はこれだ!」
「やっと出番だね」
莉央。
笑う。
「そう!」
陽斗。
嬉しそう。
「六人でビーチバレー!」
「…………」
玲司。
ボールを見る。
「本格的な試合じゃなくて、落とさず続けるくらいにしよう」
「いいね!」
琴葉。
頷く。
「楽しそう!」
由香。
笑う。
「じゃあみんなで円になろ!」
「…………」
六人。
砂浜で円になる。
陽斗。
ボールを上げる。
「いくぞー!」
ぽん。
由香。
ぽん。
莉央。
ぽん。
玲司。
ぽん。
琴葉。
ぽん。
俺。
ぽん。
「おお!」
陽斗。
「続いてる!」
「まだ五回だよ!」
莉央。
笑う。
六回。
七回。
八回。
そして。
九回目。
陽斗。
強く打ちすぎる。
ボールが遠くへ。
「…………」
全員。
陽斗を見る。
「……悪い!」
「陽斗君!」
莉央。
笑う。
「力強すぎ!」
「つい!」
「…………」
俺。
ボールを取りに行く。
砂浜を走る。
ボールを拾う。
戻る。
そのとき。
由香。
駆け寄ってくる。
「湊!」
「何?」
「私も行く!」
「もう拾ったよ」
「…………」
由香。
少し笑う。
「……じゃあ一緒に戻ろ!」
「うん」
並んで歩く。
砂浜。
足元。
少し歩きにくい。
でも。
楽しい。
「湊」
「何?」
「海、楽しいね!」
「うん」
「六人で来られてよかった!」
「そうだな」
由香。
笑う。
「また来たいね!」
「うん」
「来年も!」
「…………」
来年。
その言葉。
少しだけ胸に残る。
来年。
俺たちは高校生じゃない。
大学。
進路。
それぞれ違う道。
進んでいるかもしれない。
でも。
「……来年も来よう」
俺。
言う。
由香。
目を丸くする。
そして。
嬉しそうに笑った。
「……うん!」
◇
午前十一時四十分。
海の家。
昼食。
「腹減ったー!」
陽斗。
椅子に座る。
「泳ぎすぎなんだよ」
玲司。
笑う。
「だって楽しいだろ!」
「まあな」
「…………」
由香。
メニューを見る。
「何食べようかなー」
「焼きそば!」
莉央。
即答。
「海といえば焼きそばでしょ!」
「分かる!」
陽斗。
頷く。
「俺も焼きそば!」
「私はカレーにしようかな」
琴葉。
笑う。
「じゃあ私もカレー!」
由香。
メニューを指差す。
「湊は?」
「俺も焼きそばかな」
「そっか!」
由香。
笑う。
「じゃあ一口交換しよ!」
「うん」
「…………」
莉央。
にやり。
「仲良しー」
「莉央!」
「ふふ」
俺。
少し笑う。
最近。
由香。
俺と何かを分けたがる。
アイス。
ハンバーガー。
そして。
今日はカレー。
でも。
それが何だか嬉しい。
◇
午後零時十五分。
昼食終了。
少し休憩。
海の家の日陰。
六人。
冷たい飲み物。
飲む。
「いやー!」
陽斗。
椅子にもたれる。
「最高だな!」
「まだ午後もあるよ」
莉央。
笑う。
「分かってる!」
陽斗。
すぐに起き上がる。
「午後はもっと遊ぶぞ!」
「少し休んでからな」
玲司。
「分かってるって!」
「…………」
琴葉。
スマホを取り出す。
「ねえ、写真撮らない?」
「いいね!」
由香。
即答。
「六人で!」
「よし!」
陽斗。
立ち上がる。
「撮ろうぜ!」
「…………」
店員さんにお願いして。
六人。
並ぶ。
陽斗。
玲司。
俺。
由香。
莉央。
琴葉。
「はい、撮りますよー!」
店員さん。
声。
「せーの!」
カシャ。
「…………」
写真。
確認。
六人。
笑っている。
後ろは青い海。
空。
夏。
「…………」
俺。
画面を見る。
何だか不思議。
昔。
集合写真。
苦手だった。
自分がそこにいていいのか。
分からなかった。
でも。
今は違う。
六人。
並んでいる。
俺も。
笑っている。
「湊!」
由香。
画面を覗き込む。
「いい写真だね!」
「うん」
「ふふ」
由香。
嬉しそう。
「これ、ずっと残しておこうね!」
「…………」
俺。
頷く。
「うん」
◇
午後一時十分。
再び砂浜。
「よし!」
陽斗。
ビーチボールを持つ。
「午後の部、開始!」
「元気だねー」
莉央。
笑う。
「当たり前だろ!」
「…………」
玲司。
空を見上げる。
「暑いから、適度に休憩しろよ」
「分かってる!」
「…………」
陽斗。
本当に。
分かっているんだろうか。
少し心配。
でも。
みんな楽しそう。
俺も自然と笑っていた。
◇
午後二時。
砂浜。
少し離れた場所。
由香。
俺の隣。
「湊」
「何?」
「ちょっと歩かない?」
「うん」
「…………」
由香。
少し離れた場所にいる四人を見る。
陽斗。
莉央。
玲司。
琴葉。
ビーチボール。
まだ遊んでいる。
「みんなに言ってくるね!」
「うん」
由香。
莉央たちのところへ。
少し話す。
すると。
莉央。
にやり。
何か言っている。
由香。
顔。
赤い。
「…………」
大体。
想像できる。
少しして。
由香。
戻ってくる。
「いいって!」
「そっか」
「うん!」
由香。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ行こ!」
◇
午後二時十分。
波打ち際。
人の少し少ない場所。
海は青い。
波は静か。
由香。
俺の隣。
歩く。
「…………」
しばらく。
何も話さない。
でも。
気まずくない。
波の音。
風。
由香の足音。
それだけ。
少しして。
「湊」
「何?」
「今日、楽しい?」
「うん」
「本当?」
「本当」
「…………」
由香。
嬉しそうに笑う。
「よかった」
「…………」
俺。
由香を見る。
「由香は?」
「もちろん!」
由香。
即答。
「すっごく楽しい!」
「そっか」
「うん!」
少しの沈黙。
由香。
海を見る。
「……ねえ」
「何?」
「私ね」
「うん」
「今日、ちょっと緊張してたんだ」
「…………」
緊張。
「水着?」
「…………」
由香。
顔。
赤くなる。
「……うん」
「…………」
由香。
小さく笑う。
「湊にどう思われるかなって」
「うん」
「変じゃないかなって」
「…………」
俺。
少し考える。
「……すごく似合ってるよ」
「…………」
由香。
俺を見る。
「……ほんと?」
「うん」
「…………」
少しだけ。
勇気を出す。
「……今日、最初に見たとき」
「うん」
「……可愛いと思った」
「…………」
由香。
固まる。
そして。
顔。
真っ赤。
「……もう」
「…………」
由香。
小さく笑う。
「……湊、ずるい」
「…………」
また。
ずるい。
でも。
今日は少し違う。
由香。
俺の手を握る。
「……ありがと」
「うん」
波。
足元に寄せる。
俺たち。
並んで歩く。
手繋いだまま。
「…………」
昨日。
約束した。
手を繋いで海を歩こう。
その約束。
今ちゃんと叶ってる。
◇
午後二時二十分。
砂浜。
少し大きな岩の近くの日陰。
由香。
立ち止まる。
「湊」
「何?」
「写真撮ろ!」
「いいよ」
由香。
スマホ。
取り出す。
俺の隣。
近づく。
「もっとこっち!」
「……近くない?」
「近くない!」
「…………」
由香。
笑う。
「恋人同士なんだから!」
「…………」
その言葉。
まだ少し恥ずかしい。
でも。
俺。
由香に近づく。
肩。
触れる。
由香。
スマホを構える。
「はい、チーズ!」
カシャ。
「…………」
画面。
確認。
由香。
笑顔。
俺。
少し照れた顔。
でも。
笑っている。
「ふふ!」
由香。
嬉しそう。
「いい写真!」
「うん」
「…………」
由香。
画面を見つめる。
そして。
少し小さな声。
「……ねえ、湊」
「何?」
「これ、待ち受けにしてもいい?」
「…………」
待ち受け。
すでに初デートの写真。
設定している。
でも。
「いいよ」
「本当!?」
「うん」
「…………」
由香。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ変えちゃお!」
スマホを操作。
少しして。
「できた!」
画面を見せてくる。
青い海。
俺たち。
二人の笑顔。
「…………」
俺。
少し笑う。
「いいな」
「でしょ!」
「…………」
由香。
俺を見る。
「湊も変える?」
「うん」
「やった!」
写真。
送ってもらう。
スマホ。
設定完了。
「…………」
またお揃い。
由香。
嬉しそうに笑う。
◇
午後二時四十分。
波打ち際。
帰ろうとしたとき。
由香。
立ち止まる。
「……湊」
「何?」
「…………」
由香。
少し。
真面目な顔。
「今日、来てよかったね」
「うん」
「…………」
由香。
海を見る。
「私ね」
「うん」
「高校二年生のとき、湊とこんなふうになるなんて思ってなかった」
「…………」
俺も。
そうだった。
いや。
俺の場合。
もっと前から。
想像できなかった。
クラスで一番人気の女子。
黒瀬由香。
そんな人と。
友達になることすら。
考えられなかった。
「……俺も」
俺。
答える。
由香。
笑う。
「でも、今はこうして一緒にいる」
「うん」
「…………」
由香。
俺の手を。
少し強く握る。
「……嬉しい」
「…………」
俺。
由香を見る。
「……俺も」
少しの沈黙。
波が寄せる。
風が吹く。
由香の髪が揺れる。
「…………」
由香。
俺を見る。
目が合う。
少し近い。
いつもより近い。
「……湊」
「何?」
「…………」
由香。
何か言いかける。
でも。
言わない。
俺も。
何も言えない。
ただ。
目が離せない。
そのとき。
「おーーーい!!」
「…………」
遠くから。
声。
陽斗。
「そろそろ戻ってこーい!!」
「…………」
俺たち。
同時に振り返る。
陽斗。
大きく手を振っている。
その隣。
莉央。
笑っている。
「…………」
由香。
俺を見る。
そして。
小さく笑う。
「……戻ろっか」
「……うん」
俺。
頷く。
何だか。
少しだけ惜しい気がした。
でも。
由香。
手。
離さない。
そのまま二人で。
みんなのところへ戻った。
◇
午後三時半。
海水浴場。
更衣室。
着替え終了。
砂浜に六人集合。
「いやー!」
陽斗。
大きく伸びをする。
「楽しかった!!」
「まだ帰ってないけどね」
莉央。
笑う。
「でも楽しかっただろ!」
「うん!」
由香。
頷く。
「すっごく!」
「…………」
琴葉。
スマホの写真。
確認。
「いっぱい撮れたね」
「見せて!」
莉央。
覗き込む。
「わー! これいい!」
「…………」
玲司。
時計を見る。
「そろそろ駅に向かうか」
「そうだな」
俺。
頷く。
そして。
由香。
俺の隣。
「湊」
「何?」
「……また来ようね」
「うん」
「六人で!」
「もちろん」
「…………」
由香。
少し照れたように笑う。
「……二人でも」
「…………」
俺。
由香を見る。
「……うん」
由香。
嬉しそうに笑った。
◇
午後四時二十分。
帰りの電車。
六人。
座席に並ぶ。
陽斗。
窓際。
すでに少し眠そう。
玲司。
スマホの写真。
確認。
莉央。
琴葉。
小さな声で話している。
そして。
俺の隣。
由香。
「…………」
少し静か。
行きの電車とは。
全然違う。
みんな疲れたらしい。
由香。
俺の肩。
少しだけ寄りかかる。
「……湊」
「何?」
「……眠い」
「寝てもいいよ」
「…………」
由香。
小さく笑う。
「……いいの?」
「うん」
「……ありがと」
そして。
そっと。
頭を預ける。
「…………」
俺。
動けない。
いや。
動きたくない。
由香。
目を閉じる。
少しして寝息。
小さい。
「…………」
寝た。
早い。
俺。
窓の外を見る。
夕方。
街並み。
流れていく。
肩には由香の重み。
少しだけ温かい。
「…………」
そのとき。
向かいの席。
莉央。
俺たちを見る。
にやり。
スマホ。
取り出す。
カシャ。
「…………」
俺。
莉央を見る。
莉央。
口元に指を当てる。
しー。
そんな仕草。
そして。
小さく笑う。
「…………」
俺。
少しだけ。
笑う。
まあ。
いいか。
由香がこんなに安心して眠っている。
そのことが嬉しかった。
◇
午後六時十分。
駅前。
解散。
「じゃあまたな!」
陽斗。
手を振る。
「今日は楽しかった!」
莉央。
笑う。
「また六人で行こうね」
琴葉。
頷く。
「写真、あとで共有する」
玲司。
「よろしく!」
陽斗。
元気。
さっきまで寝ていたのに。
「…………」
俺。
笑う。
そして。
四人が帰っていく。
残ったのは。
俺。
由香。
「…………」
由香。
少し眠そう。
「大丈夫?」
「うん!」
由香。
笑う。
「ちょっと疲れただけ!」
「そっか」
「…………」
少しの沈黙。
由香。
俺を見る。
「湊」
「何?」
「今日、ありがとう」
「…………」
俺。
首を傾げる。
「何が?」
「いろいろ!」
「…………」
由香。
笑う。
「一緒に遊んでくれたし」
「うん」
「写真も撮ってくれたし」
「うん」
「手も繋いでくれたし」
「…………」
少し。
照れる。
「……それは俺も嬉しかったから」
「…………」
由香。
顔。
赤くなる。
「……もう」
「何?」
「……湊、ずるい」
「…………」
また。
ずるい。
今日も。
何回目だろう。
由香。
小さく笑う。
「……大好き」
「…………」
俺。
由香を見る。
「……俺も」
そして。
少し考える。
「……大好き」
「…………」
由香。
目を丸くする。
そして。
満面の笑顔。
「……うん!」
◇
午後九時半。
自分の部屋。
ベッドで横になる。
スマホ。
確認。
グループチャット。
『放課後』
大量の写真。
六人で撮った写真。
海。
砂浜。
ビーチボール。
昼食。
笑顔。
そして。
帰りの電車。
由香。
俺の肩で眠っている写真。
「…………」
莉央。
やっぱり。
送ってきた。
『莉央:今日のベストショット!』
『陽斗:うおお!!』
『琴葉:可愛いね』
『玲司:よく撮れたな』
『由香:…………』
『由香:莉央!!』
『莉央:ふふ』
「…………」
俺。
笑う。
由香。
恥ずかしかったらしい。
そして。
個人チャット。
由香。
『由香:湊』
『湊:何?』
『由香:今日の写真見た?』
『湊:見た』
『由香:…………』
『由香:恥ずかしい』
「…………」
俺。
少し考える。
『湊:可愛かったよ』
送信。
すぐに既読。
『由香:…………』
『由香:もう!!』
『湊:何?』
『由香:またそういうこと言う!』
「…………」
思わず笑う。
『湊:本当のことだけど』
『由香:…………』
『由香:大好き!』
『湊:俺も大好き』
「…………」
少しして。
『由香:ねえ湊』
『湊:何?』
『由香:今日、海で言いかけたことがあるんだけど』
「…………」
海。
波打ち際。
由香。
何か言いかけていた。
あのとき。
陽斗に呼ばれた。
『湊:うん』
『由香:…………』
『由香:やっぱり、今度会ったときに言う!』
「…………」
今度。
『湊:分かった』
『由香:ふふ』
『由香:楽しみにしててね』
「…………」
何だろう。
少し気になる。
でも。
無理に聞くことじゃない。
由香が話したくなったとき。
聞けばいい。
『湊:楽しみにしてる』
『由香:うん!』
スマホ。
置く。
天井を見上げる。
今日。
六人で海に行った。
笑った。
遊んだ。
写真を撮った。
そして。
由香と。
手を繋いで歩いた。
「…………」
少し前の俺なら。
絶対に想像できなかった一日。
でも。
今日。
確かに。
そこにいた。
六人の中に。
俺も。
ちゃんといた。
そして。
由香の隣に。
俺がいた。
「…………」
スマホ。
もう一度。
手に取る。
待ち受け画面。
青い海。
由香。
俺。
二人とも笑っている。
「…………」
思わず。
笑う。
高校最後の夏休み。
まだ。
始まったばかり。
でも。
今日のことは。
きっと。
ずっと。
一生忘れない。
そう思った。




