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『クラスでほとんど誰とも話さない俺の、人生で初めてできた友達は――クラスで一番人気の女子だった。』  作者: 湊


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42/45

第42話 彼女がいる夏休みは、思っていたより忙しい。


 夏休み四日目。


 火曜日。


 午後三時四十分。


「…………」


 暑い。


 とにかく。


 暑い。


 駅から少し離れた住宅街。


 その一角。


 小さなカフェ。


 俺のアルバイト先。


 店内。


 冷房。


 快適。


 ……のはずだった。


「朝倉君、三番テーブルお願い!」


「はい!」


 注文票を受け取る。


 アイスコーヒー。


 二つ。


 アイスカフェラテ。


 一つ。


 チーズケーキ。


 二つ。


「…………」


 夏休み。


 平日の午後。


 それなのに。


 お客さん。


 多い。


 普段なら。


 この時間帯。


 もう少し落ち着いている。


 でも。


 今日は違った。


「朝倉君、こっちもお願い!」


「はい!」


 注文。


 配膳。


 片付け。


 また注文。


「…………」


 忙しい。


 ただ。


 嫌いじゃない。


 この仕事。


 最初は。


 お金を稼ぐためだった。


 母さんに。


 少しでも負担をかけたくなくて。


 大学に行くための費用。


 少しでも貯めたくて。


 始めた。


 今もその気持ちは変わらない。


 でも。


 最近。


 少しだけ。


 違う理由もできた。


「朝倉君?」


「はい」


「何かいいことあった?」


「…………」


 顔を上げる。


 店長。


 カウンターの向こう。


 にこにこしている。


「……何でですか?」


「いや、最近ちょっと雰囲気変わったなって」


「…………」


 雰囲気。


「そうですか?」


「うん。前より表情が柔らかくなった」


「…………」


 そんなこと。


 自分では分からない。


「学校、楽しい?」


「……はい」


「そっか」


 店長。


 嬉しそうに笑う。


「それならよかった」


「…………」


 学校。


 楽しい。


 少し前なら。


 考えられない答えだった。


 でも。


 今は。


 本当にそう思う。


 ……まあ。


 今は夏休みだけど。



     ◇



 午後五時十分。


 アルバイト終了。


「お疲れさまでした」


「お疲れ! 気をつけて帰ってね」


「はい」


 更衣室。


 制服を脱ぐ。


 私服に着替える。


 スマホ。


 確認。


「…………」


 通知。


 十二件。


 多い。


 グループチャット。


『放課後』


『陽斗:海まであと八日!』


『莉央:カウントダウン始めたの?』


『陽斗:当然!』


『琴葉:楽しみだね』


『玲司:まだ場所を確定させてないけどな』


『陽斗:そこは頼んだ!』


『玲司:お前も調べろ』


『陽斗:了解!』


『莉央:絶対調べないやつだ』


「…………」


 相変わらず。


 賑やか。


 そして。


 個人チャット。


 由香。


『由香:湊!』


『由香:バイト頑張ってね!』


『由香:あ、返信は終わってからでいいからね!』


 返信しなくていい。


 そう言いながら。


 何通も送ってくる。


 由香らしい。


『湊:今終わった』


 送信。


 数秒。


『由香:お疲れさま!!』


「…………」


 早い。


『湊:ありがとう』


『由香:今帰るところ?』


『湊:うん』


『由香:そっか!』


『由香:今日も暑かったね』


『湊:暑かった』


『由香:ちゃんと水分取った?』


『湊:取ったよ』


『由香:よかった!』


「…………」


 何だか。


 母さんが二人になったみたいだ。


 ……いや。


 本人に言ったら怒られそうだから。


 黙っておこう。



     ◇



 帰り道。


 夕方。


 まだ明るい。


 空。


 青い。


 夏の雲。


 遠くから蝉の声。


「…………」


 スマホ。


 震える。


『由香:ねえ湊』


『湊:何?』


『由香:明日って予定ある?』


「…………」


 明日。


 水曜日。


 午前。


 勉強。


 午後。


 特に予定なし。


 バイトもない。


『湊:午後なら空いてる』


『由香:本当!?』


『湊:うん』


『由香:じゃあ……』


 少し間。


『由香:会いたい』


「…………」


 足が止まる。


 会いたい。


 たった四文字。


 それだけ。


 なのに。


 心臓。


 少し速くなる。


 昨日も会った。


 一昨日も。


 その前の日も。


 それでも。


 会いたい。


 そう思ってくれる。


「…………」


 嬉しい。


『湊:俺も会いたい』


 送信。


 既読。


 すぐ。


『由香:…………』


『由香:もう!』


『湊:何?』


『由香:湊、最近ずるい!』


「…………」


 また言われた。


『湊:そう?』


『由香:そう!』


『由香:でも嬉しい!』


「…………」


 思わず笑う。


『湊:じゃあ明日会おう』


『由香:うん!』


『由香:あ、でも』


『湊:何?』


『由香:湊、勉強大丈夫?』


「…………」


 勉強。


 そうだった。


 今年。


 受験生。


 遊んでばかりもいられない。


『湊:午前中にやるから大丈夫』


『由香:じゃあ私も午前中勉強する!』


『湊:うん』


『由香:一緒に頑張ろうね!』


「…………」


 彼女がいる夏休み。


 思っていたより。


 忙しい。


 でも。


 悪くない。



     ◇



 翌日。


 水曜日。


 午前九時。


 自分の部屋。


 机。


 参考書。


 ノート。


 シャープペン。


「…………」


 数学。


 問題集。


 順調。


 ……だった。


 十分前までは。


 スマホ。


 震える。


『由香:湊!』


『湊:何?』


『由香:数学分かんない!』


「…………」


 由香。


 英語。


 得意。


 数学。


 苦手。



『湊:どこ?』


『由香:この問題!』


 写真。


 送られてくる。


 数列。


 漸化式。


「…………」


 なるほど。


 少し難しい。


『湊:まずこの式を変形して』


 説明。


 送る。


 少しして。


『由香:…………』


『由香:分かんない!』


「…………」


 予想通り。


『湊:じゃあ途中式書く』


 ノート。


 計算。


 写真。


 送信。


『由香:あ!』


『由香:分かったかも!』


「…………」


 かも。


 少し不安。


 五分後。


『由香:できた!!』


『湊:よかった』


『由香:湊のおかげ!』


『湊:自分で解いたんだから由香のちからだよ』


『由香:…………』


『由香:そういうところ好き』


「…………」


 シャープペン。


 止まる。


 好き。


 急に。


 そういうことを言う。


「…………」


 ずるいのは。


 どっちだよ。


『湊:ありがとう』


 送信。


 少し考える。


 もう一通。


『湊:俺も好き』


「…………」


 送ったあと。


 少し恥ずかしくなる。


 既読。


『由香:…………』


『由香:勉強に集中できなくなった!』


「…………」


 俺もだ。



     ◇



 午後一時二十分。


 駅前。


 昨日と同じ場所。


 待ち合わせ。


「湊ー!」


 由香。


 手を振る。


 今日は。


 淡い黄色のワンピース。


 白いスニーカー。


 髪。


 後ろで一つに結んでいる。


「お待たせ!」


「いや、今来たところ」


「本当?」


「うん」


「よかった!」


 由香。


 笑う。


「…………」


 可愛い。


 思う。


 でも。


 口に出すのは。


 まだ少し恥ずかしい。


「湊?」


「何?」


「どうしたの?」


「いや」


「…………」


 由香。


 俺の顔を覗き込む。


「何か考えてた?」


「……今日の服も」


「え?」


「似合ってるなって」


「…………」


 由香。


 固まる。


 そして。


 顔が赤くなる。


「……ありがと」


「うん」


「…………」


 少しの沈黙。


 由香。


 俺の袖をつまむ。


「……湊も」


「ん?」


「今日も、かっこいいよ」


「…………」


 今度は。


 俺が黙る番だった。


 由香。


 楽しそうに笑う。


「ふふ。お返し!」


「…………」


 やっぱり。


 ずるいのは。


 由香の方だと思う。



     ◇



「それで、今日はどこ行く?」


 俺。


 聞く。


 由香。


 少し考える。


「うーん……」


「何か行きたいところある?」


「ある!」


「どこ?」


「図書館!」


「…………」


 意外。


「図書館?」


「うん!」


「勉強?」


「それもあるけど」


「けど?」


 由香。


 少し照れたように笑う。


「湊と一緒にいたいから」


「…………」


 なるほど。


 そういう理由。


「……俺も」


「…………」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


「じゃあ決まり!」


     ◇



 午後一時四十分。


 市立図書館。


 冷房。


 静かな館内。


 夏休み。


 学生。


 多い。


 自習スペース。


 空いている席を探す。


「あ、あそこ!」


 由香。


 小さな声。


 窓際。


 二人掛け。


 空いている。


 並んで座る。


「…………」


 由香。


 鞄から問題集を取り出す。


 俺も。


 数学の参考書。


 開く。


 すると。


 由香。


 小さく笑った。


「何?」


「ううん」


「…………」


「こうして一緒に勉強するの、何だか久しぶりだなって」


「そうだな」


 試験前。


 放課後。


 図書室。


 六人で勉強した。


 由香と二人で勉強したこともある。


 でも。


 今は。


 少し違う。


 隣にいるのは。


 友達。


 じゃなくて。


 彼女。


「…………」


 不思議だ。


 同じように隣に座っているだけなのに。


 こんなにも。


 意識してしまう。


     ◇



 午後二時十分。


「…………」


 集中。


 していた。


 はず。


 でも。


 隣。


 由香。


 問題集を見つめている。


 眉間。


 少ししわ。


 シャープペン。


 止まっている。


「…………」


 分からないらしい。


 俺。


 ノートの端に書く。


『大丈夫?』


 由香。


 気づく。


 小さく頷く。


 そして。


 自分のノート。


『ちょっと難しい』


「…………」


 俺。


 問題を見る。


 さっきの続き。


 数列。


 少し考える。


 ノート。


 途中式。


 書く。


 由香。


 覗き込む。


「…………」


 距離。


 近い。


 肩。


 触れそう。


 柔らかい髪。


 ふわりと揺れる。


「…………」


 ……集中。


 集中。


 由香。


 俺の書いた式を見る。


 そして。


 小さく頷いた。


 ノート。


『分かった!』


 俺も書く。


『よかった』


 すると。


 由香。


 少し考えてから。


 もう一行。


『ありがとう、先生』


「…………」


 先生。


 そういえば。


 以前も。


 こんなふうに教えていた。


 でも。


 今は。


 由香が続けて書いた言葉に。


 目が止まった。


『大好きな先生です』


「…………」


 俺。


 由香を見る。


 由香。


 目を逸らす。


 耳。


 赤い。


「…………」


 ……反則だろ。


     ◇



 午後三時半。


 図書館を出る。


「はあー!」


 由香。


 大きく伸びをする。


「頑張ったー!」


「お疲れ」


「湊も!」


「うん」


 空。


 青い。


 日差し。


 まだ強い。


「ねえ」


 由香。


 俺を見る。


「ちょっと休憩しない?」


「いいよ」


「アイス食べたい!」


「…………」


 なるほど。


 勉強のあとは。


 甘いもの。


 らしい。


     ◇



 午後三時四十五分。


 駅前。


 アイスクリーム店。


 由香。


 メニューを眺める。


「うーん……」


「決まらない?」


「決まらない!」


「…………」


 真剣。


 さっきの数学より。


 真剣かもしれない。


「湊は?」


「バニラかな」


「早い!」


「そう?」


「うん!」


 由香。


 メニューを見る。


「私は……」


 少し考える。


「ストロベリー!」


「うん」


「でもチョコも気になる……」


「…………」


 迷っている。


 かなり。


「じゃあチョコも買う?」


「え?」


「二つ買って、分ければいいし」


「…………」


 由香。


 目を丸くする。


「いいの?」


「うん」


「…………」


 嬉しそうに笑う。


「じゃあそうする!」


     ◇



 店の外。


 ベンチ。


 並んで座る。


 バニラ。


 ストロベリー。


 チョコ。


 三種類。


「いただきます!」


 由香。


 ストロベリーを一口。


「んー!」


「美味しい?」


「美味しい!」


 満面の笑顔。


 俺もバニラを食べる。


 冷たい。


 甘い。


 夏。


 最高。


「湊」


「何?」


「チョコも食べてみて!」


「うん」


 チョコのカップ。


 受け取ろうとする。


 すると。


 由香。


 スプーンですくう。


「はい」


「…………」


 差し出される。


 スプーン。


 チョコアイス。


 そして。


 由香。


 にこにこ。


「…………」


 これは。


 もしかして。


「……由香?」


「何?」


「それ……」


「…………」


 由香。


 自分の手元を見る。


 そして。


 ようやく。


 気づいたらしい。


「あっ」


「…………」


 顔。


 赤くなる。


「ち、違うの!」


「…………」


「その、何も考えずに……!」


「うん」


「…………」


 由香。


 スプーンを引っ込めようとする。


 でも。


 俺。


 少しだけ。


 勇気を出した。


「……食べてもいい?」


「…………」


 由香。


 固まる。


「え?」


「そのまま」


「…………」


 沈黙。


 数秒。


 そして。


 由香。


 ゆっくり頷く。


「……うん」


「…………」


 差し出されたスプーン。


 チョコアイス。


 一口。


「…………」


 甘い。


 それ以上に。


 恥ずかしい。


「……美味しい?」


 由香。


 小さな声。


「うん」


「そっか」


「…………」


 由香。


 俯く。


 耳。


 真っ赤。


 俺も。


 多分。


 同じ顔をしている。


 すると。


 由香。


 小さく笑った。


「……何だか」


「うん」


「本当に恋人同士みたい」


「…………」


 思わず笑う。


「恋人同士だろ」


「…………」


 由香。


 目を丸くする。


 そして。


 笑う。


「……そうだった」


「うん」


「ふふ」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


「まだ慣れないね」


「そうだな」


 でも。


 少しずつ。


 慣れていけばいい。


 そう思った。



     ◇



 午後四時二十分。


 駅まで歩く。


 由香。


 俺の隣。


 少し近い。


「ねえ、湊」


「何?」


「今日も楽しかったね」


「うん」


「勉強しただけなのに」


「アイスも食べただろ」


「あ、そうだった!」


「…………」


 由香。


 笑う。


「でもね」


「うん」


「私、こういう日も好き」


「…………」


 由香。


 続ける。


「どこか遠くに行ったり、特別なことしたりするのも楽しいけど」


「うん」


「ただ一緒に勉強したり、アイス食べたり」


「…………」


「そういうのも、すごく嬉しい」


「…………」


 俺も。


 同じだった。


 今まで。


 夏休み。


 バイト。


 勉強。


 ゲーム。


 それだけ。


 誰かと出かける予定なんて。


 ほとんどなかった。


 でも。


 今は。


 明日が楽しみになる。


 来週が楽しみになる。


 夏休みが。


 終わってほしくないと思う。


「……俺も好きだよ」


「…………」


 由香。


 俺を見る。


「こういう日」


「…………」


 由香。


 少し照れたように笑う。


「……うん!」


     ◇



 駅前。


 改札。


 人。


 多い。


「じゃあ、またね」


「うん」


 由香。


 手を振る。


 俺も。


 手を振る。


 でも。


 由香。


 なかなか動かない。


「…………」


 俺も。


 動けない。


「……湊」


「何?」


「次、いつ会えるかな?」


「…………」


 次。


 明日。


 バイト。


 明後日。


 勉強。


 週末。


 まだ予定は決まっていない。


「土曜日なら空いてると思う」


「本当!?」


「うん」


「…………」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


「じゃあ土曜日!」


「うん」


「約束ね!」


「約束」


 由香。


 改札へ向かう。


 でも。


 数歩。


 立ち止まる。


 振り返る。


「湊!」


「何?」


「…………」


 少しだけ。


 恥ずかしそうに。


 笑う。


「今日も大好き!」


「…………」


 周り。


 人いる。


 かなり恥ずかしい。


 でも。


 由香。


 待っている。


 俺の返事。


「……俺も!」


「…………!」


 由香。


 満面の笑顔。


 手を振る。


 今度こそ。


 改札を通っていった。


「…………」


 俺。


 その場に立つ。


 少し。


 顔が熱い。


 夏の暑さ。


 だけじゃない。


 ……絶対。



     ◇



 午後九時半。


 自分の部屋。


 パソコン。


 起動。


 ヘッドセット。


 装着。


 ゲーム。


 ログイン。


 いつものFPS。


 ロビー。


 フレンド一覧。


 Yuu。


 オンライン。


「…………」


 メッセージ。


『Yuu:Nagi!』


『Nagi:いるよ』


『Yuu:今日もお疲れさま!』


『Nagi:そっちも』


『Yuu:今日は楽しかったね!』


『Nagi:うん』


『Yuu:アイス美味しかった!』


「…………」


 思わず笑う。


 ゲームの中。


 俺たちは。


 NagiとYuu。


 でも。


 現実では。


 湊と由香。


 そして。


 恋人同士。


『Nagi:また食べに行こう』


『Yuu:うん!』


 少しして。


『Yuu:ねえNagi』


『Nagi:何?』


『Yuu:最近、私たちゲームする時間減ったよね』


「…………」


 確かに。


 以前は。


 ほとんど毎晩。


 一緒に遊んでいた。


 でも。


 最近は。


 学校。


 勉強。


 デート。


 会う機会が増えた分。


 ゲームの時間。


 少し減っている。


『Nagi:そうだな』


『Yuu:でもね』


『Nagi:うん』


『Yuu:私、今の方がずっと楽しい!』


「…………」


 画面を見つめる。


『Yuu:ゲームでも会えるし』


『Yuu:学校でも会えるし』


『Yuu:夏休みも会えるし』


『Yuu:それに……』


 少し間。


『Yuu:彼氏だし!』


「…………」


 笑う。


 思わず。


 声が出る。


『Nagi:そうだな』


『Yuu:もう!』


『Yuu:そこはもっと喜んでよ!』


『Nagi:喜んでるよ』


『Yuu:本当?』


『Nagi:うん』


 少し考える。


 キーボード。


 打つ。


『Nagi:俺も今が一番楽しい』


 送信。


 数秒。


『Yuu:…………』


『Yuu:ずるい』


「…………」


 また。


 ずるい。


 今日。


 何回目だろう。


『Nagi:ゲーム始める?』


『Yuu:うん!』


『Yuu:今日は負けないからね!』


『Nagi:いつも味方だろ』


『Yuu:あ、そうだった!』


「…………」


 笑う。


 ゲーム開始。


 マッチング。


 画面。


 切り替わる。


 ヘッドセットの向こう。


 由香の声。


『よーし! 行くよ、Nagi!』


「了解、Yuu」


 昔。


 俺には。


 友達がいなかった。


 学校では。


 誰とも話さず。


 休み時間。


 寝たふり。


 昼休み。


 一人で弁当。


 そんな毎日。


 でも。


 今は。


 六人で遊ぶ約束がある。


 来週。


 海に行く。


 土曜日。


 由香と会う。


 そして。


 今夜も。


 一緒にゲームをする。


「…………」


 彼女がいる夏休み。


 思っていたより。


 ずっと忙しい。


 だけど。


 思っていたより。


 ずっと楽しい。


 ……いや。


 違うな。


 きっと。


 想像なんて。


 できなかった。


 こんな夏休みが来るなんて。



     ◇



 試合終了。


 勝利。


『Yuu:やったー!!』


「ナイス」


『Yuu:Nagiもナイス!』


「うん」


 ロビーに戻る。


 そのとき。


 スマホ。


 震える。


 グループチャット。


『放課後』


『玲司:海水浴場の候補を絞った。明日みんなで確認してくれ』


『陽斗:おおお!!』


『莉央:仕事早い!』


『琴葉:ありがとう、玲司君』


『由香:楽しみー!!』


『陽斗:あと七日!!』


『玲司:数えるのはいいから候補を見ろ』


「…………」


 笑う。


 由香も。


 向こうで笑っている。


『Yuu:湊』


「何?」


『Yuu:海、楽しみだね』


「うん」


『Yuu:いっぱい遊ぼうね!』


「もちろん」


 そして。


 少しの沈黙。


『Yuu:……あと』


「うん?」


『Yuu:私の水着、ちゃんと見てね?』


「…………」


 思わず。


 咳き込む。


『Yuu:あはは!』


「……由香」


『Yuu:何?』


「そういうこと、急に言うなよ」


『Yuu:だって!』


「…………」


『Yuu:湊に可愛いって思ってほしいんだもん』


「…………」


 返事。


 できない。


 ヘッドセットの向こう。


 由香。


 笑っている。


『Yuu:ねえ、湊』


「……何?」


『Yuu:楽しみにしててね』


「…………」


 来週の水曜日。


 六人で海。


 まだ。


 七日ある。


 ……長い。


 長すぎる。


 でも。


 その七日間だって。


 きっと。


 あっという間なんだろう。


 俺たちの。


 高校最後の夏休み。


 まだ。


 始まったばかりだ。


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