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『クラスでほとんど誰とも話さない俺の、人生で初めてできた友達は――クラスで一番人気の女子だった。』  作者: 湊


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41/45

第41話 高校最後の夏休み、六人で何をしよう?



 夏休み三日目。


 月曜日。


 午前八時二十三分。


 スマホ。


 震える。


「…………」


 眠い。


 昨日。


 由香との初デート。


 一昨日。


 花火大会。


 楽しいことが続いている。


 今日は。


 久しぶりにゆっくり寝よう。


 そう思っていた。


 なのに。


「…………」


 どうやら。


 それは許されないらしい。


 スマホを見る。


 六人のグループチャット。


『放課後』


 通知。


 大量。


『陽斗:お前ら起きてるかー!!』


『莉央:うるさい』


『玲司:まだ八時だぞ』


『陽斗:夏休みだぞ!?』


『琴葉:おはようございます』


『由香:おはよー!』


『陽斗:よし!全員起きてるな!』


『玲司:朝から通知を連発するからだろ』


「…………」


 朝から騒がしい。


 というか。


 夏休みなんだから。


 寝かせてほしい。


『陽斗:今日の作戦会議、十一時集合な!』


『莉央:昨日は午後って言ってなかった?』


『陽斗:予定変更!』


『莉央:勝手に変えないで!』


「…………」


 昨日の夜。


 六人で夏休みに遊びに行こうという話になった。


 ただ、行き先は未定。


 日程も未定。


 決まっているのは。


 陽斗がやたら張り切っていることだけだった。


『湊:十一時なら行ける』


『琴葉:私も大丈夫だよ』


『由香:私も!』


『莉央:仕方ないなあ』


『玲司:場所は?』


『陽斗:駅前のファミレス!』


『玲司:最初からそう言え』


「…………」


 思わず笑う。


 まだ集まってもいないのに。


 すでに。


 いつもの六人だった。



     ◇



 スマホを置こうとした。


 そのとき。


 通知。


 今度は個人チャット。


 由香。


『由香:おはよう、湊!』


『湊:おはよう』


『由香:今日も会えるね!』


『湊:そうだな』


『由香:昨日も会ったけど!』


『湊:うん』


『由香:でも嬉しい!』


「…………」


 俺も。


 嬉しい。


 昨日。


 初めてのデート。


 一昨日。


 由香に告白した。


 まだ付き合って二日。


 それなのに。


 もう三日連続で会うことになる。


 以前の俺だったら。


 誰かと三日続けて会うなんて考えられなかった。


 ましてや。


 それを楽しみにするなんて。


『湊:俺も嬉しい』


 送信。


 すぐに既読。


『由香:…………』


『湊:何?』


『由香:朝からそういうこと言うのずるい!』


「…………」


 自分から言ったくせに。


 そう返そうとして。


 やめた。


『湊:また、あとで』


『由香:うん!楽しみにしてる!』


 スマホを伏せる。


「…………」


 さて。


 そろそろ起きるか。


 今日は。


 どんな一日になるんだろう。



     ◇



 午前十時五十分。


 駅前。


 待ち合わせ場所。


 まだ誰もいない。


 集合まであと十分。


 少し早かったかもしれない。


 そんなことを考えていると。


「湊!」


 聞き慣れた声。


 振り返る。


 由香。


 小走りで近づいてくる。


 白い半袖のトップス。


 薄いデニムのスカート。


 小さなショルダーバッグ。


 長い髪。


 今日は下ろしている。


「おはよう!」


「おはよう、由香」


「…………」


 由香。


 足を止める。


「どうした?」


「……まだ慣れない」


「名前?」


「うん」


 由香。


 照れたように笑う。


「でも、嬉しい」


「…………」


 正直。


 俺もまだ慣れない。


 今までずっと黒瀬と呼んでいた相手。


 今は。


 由香。


 たったそれだけなのに。


 妙に緊張する。


「みんなは?」


「まだみたい」


「そっか」


 由香。


 俺の隣に並ぶ。


「ねえ、湊」


「何?」


「今日、何して遊ぶか決めるんだよね?」


「そうらしい」


「私ね、行きたいところいっぱいある!」


「例えば?」


「海!」


「うん」


「プール!」


「うん」


「バーベキュー!」


「……多くない?」


「あと、お泊まり会!」


「…………」


 まだ増えるのか。


 由香。


 楽しそうに笑う。


「だって、最後の夏休みだよ?」


「…………」


 最後。


 その言葉。


 少しだけ胸に引っかかった。


 高校三年生。


 来年の夏。


 俺たちはもう高校生じゃない。


 進学先によっては。


 住む場所だって変わるかもしれない。


 六人でこうして集まれる時間。


 いつまでも続くとは限らない。


「……湊?」


「ん?」


「どうしたの?」


「いや」


 首を振る。


「全部行けたらいいなって思って」


「…………」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


「うん!」


「…………」


 その笑顔。


 見ていると。


 本当に全部行きたくなってくる。


 まあ。


 現実的に可能かどうかは別だけど。



     ◇



「おーい!」


 遠くから声。


 陽斗。


 走ってくる。


 その後ろ。


 玲司。


 普通に歩いている。


「お前ら早いな!」


「陽斗が遅いんだろ」


「まだ集合時間前だけどな」


 玲司。


 時計を見る。


「そうだぞ!」


「胸を張ることじゃないだろ」


「…………」


 相変わらず。


 この二人。


 続いて。


 莉央。


 琴葉。


 到着。


「おはよー!」


「おはよう」


「みんな揃ったね」


 琴葉。


 微笑む。


 すると。


 陽斗が両手を叩いた。


「よし! それじゃあ!」


「うん」


「高校最後の夏休み!」


「うん」


「第一回! 六人思い出作り会議を開催する!」


「…………」


 莉央。


 ため息。


「長い!」


「いいだろ、別に!」


「ファミレスの前で叫ばないで」


 玲司。


 冷静。


「…………」


 思わず笑う。


 こういうところも。


 いつも通りだった。



     ◇



 午前十一時十分。


 駅前のファミレス。


 六人掛けの席。


 案内される。


 陽斗。


 早速メニューを開く。


「とりあえず何食う?」


「会議は?」


 莉央。


「腹が減っては戦はできぬ!」


「何と戦うの?」


「夏休み!」


「…………」


 何を言っているんだ。


 こいつは。


 玲司。


 ドリンクバーのページを開く。


「俺は飲み物だけでいい」


「私も」


 琴葉。


 頷く。


「私、パンケーキ食べたい!」


 由香。


 メニューを指差す。


「さっき朝ご飯食べたんじゃなかった?」


「食べたよ!」


「…………」


「でもパンケーキは別!」


「そうなのか」


「そうなの!」


「…………」


 昨日のフードコートでも思ったけど。


 由香。


 本当によく食べる。


 それなのに。


 あんなに細い。


 不思議だ。


「朝倉君、何笑ってるの?」


 莉央。


 にやり。


「別に」


「由香のこと見てたでしょ?」


「…………」


 見ていたのは事実だ。


「ほら、やっぱり!」


「莉央!」


 由香。


 頬を膨らませる。


 その横。


 陽斗が手を挙げた。


「俺もパンケーキ!」


「お前、さっき腹減ったって言ってただろ」


 玲司。


 呆れる。


「パンケーキも飯だろ!」


「…………」


 結局。


 注文が終わるまで。


 十五分。


 ちなみに。


 会議はまだ始まっていない。



     ◇



「よし、今度こそ始めるぞ!」


 陽斗。


 テーブルにスマホを置く。


「まずは、みんなが行きたいところを出そう!」


「それならいいね」


 琴葉。


 頷く。


「じゃあ私から!」


 由香。


 勢いよく手を挙げる。


「海!」


「いいね!」


 莉央。


 すぐに賛成。


「俺も行きたい!」


 陽斗も乗り気らしい。


「次!」


「プール!」


「海と被ってない?」


 玲司。


「全然違うよ!」


「何が?」


「海は海で、プールはプール!」


「説明になってない」


「…………」


 由香。


 俺を見る。


「湊は?」


「どっちでもいいけど」


「けど?」


「海、行ってみたいかな」


「…………!」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


「じゃあ海!」


「決定早くない?」


 莉央。


 笑う。


「まだ他の人の意見聞いてないよ!」


「あ、そっか!」


 陽斗。


 スマホに入力。


 海。


 プール。


 まだ二つ。


 なのに。


 すでに盛り上がっている。


「次!」


「バーベキュー!」


 莉央。


 手を挙げる。


「それ俺もやりたい!」


「夏っぽいよね」


 琴葉。


 微笑む。


「ただ、場所は考えないとな」


 玲司。


「川とか?」


 陽斗。


「川はちょっと……」


 由香。


 苦笑い。


「設備があるところがいいな」


「じゃあ、屋根付きのバーベキュー場とか?」


 莉央。


 提案。


 琴葉。


 頷く。


「それなら安心だね」


「…………」


 俺も同意だった。


 六人で行くなら。


 安全で設備の整った場所がいい。


「次!」


 陽斗。


「お泊まり会!」


 由香。


 元気よく答える。


「…………」


 一瞬。


 全員が黙った。


 そして。


 莉央。


 ゆっくり由香を見る。


「……由香?」


「何?」


「お泊まり会?」


「うん!」


「六人で?」


「うん!」


「…………」


 莉央。


 俺を見る。


 由香を見る。


「へえー?」


「…………」


 由香。


 何かに気づく。


「ち、違うよ!?」


「何が?」


「そういう意味じゃなくて!」


「私は何も言ってないけど?」


「莉央!」


 由香。


 真っ赤。


「…………」


 ……俺まで恥ずかしくなってきた。


「泊まるなら、男女で部屋は分けた方がいいだろうな」


 玲司。


 冷静。


「そうだね」


 琴葉。


 頷く。


「宿泊施設を探すのも楽しそう」


「おお!」


 陽斗。


 身を乗り出す。


「旅行じゃん!」


「そうなるな」


「六人で旅行!」


「…………」


 その言葉。


 少しだけ心が動いた。


 修学旅行。


 六人で過ごした三日間。


 本当に楽しかった。


 でも。


 あれは学校行事だった。


 今度は違う。


 自分たちで行き先を決める。


 自分たちで予定を立てる。


 六人だけの旅行。


「…………」


 想像するだけで楽しそうだ。


「湊?」


 由香。


 俺を見る。


「行きたい?」


「うん」


「…………」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


「じゃあ行こう!」


「まだ決まってないけどな」


 玲司。


「もう! 玲司君、現実的すぎ!」


「現実的な人間が一人は必要だろ」


「確かに」


 俺。


 頷く。


「湊まで!」


「…………」


 六人。


 笑う。



     ◇



「他には?」


 陽斗。


「夏祭り!」


 莉央。


 手を挙げる。


「花火大会は行ったけど、夏祭りはまだ行けるところあるよね」


「あると思う」


 琴葉。


 頷く。


「屋台も回りたいな」


「俺も!」


「お前、食べたいだけだろ」


 玲司。


「そうだけど?」


「開き直るな」


「…………」


 由香。


 俺を見る。


「湊」


「何?」


「また浴衣着てもいい?」


「…………」


 一昨日。


 思い出す。


 水色の浴衣。


 白い花柄。


 いつもとは違う髪型。


 花火の明かり。


 由香。


 本当に綺麗だった。


「……いいと思う」


「本当?」


「似合ってたし」


「…………」


 由香。


 固まる。


 そして。


 みるみる顔が赤くなる。


「由香、顔赤いよ?」


 莉央。


 楽しそうに笑う。


「莉央!」


「何も言ってないよー?」


「…………」


 陽斗。


 俺の肩を叩く。


「湊」


「何?」


「お前、最近すごいな」


「何が?」


「普通にそういうこと言うじゃん」


「…………」


 確かに。


 少し前の俺だったら。


 絶対に言えなかった。


 でも。


 由香には。


 ちゃんと伝えたいと思う。


 可愛いと思ったら。


 可愛いと。


 嬉しいと思ったら。


 嬉しいと。


「…………」


 ……まあ。


 毎回こんなにからかわれるのは勘弁してほしいけど。



     ◇



 午後零時半。


 陽斗のスマホ。


 候補が並んでいる。


 海。


 プール。


 バーベキュー。


 お泊まり旅行。


 夏祭り。


「…………」


 多い。


「全部行くの?」


 琴葉。


「行きたい!」


 由香。


 即答。


「俺も!」


 陽斗。


「日程と予算次第だな」


 玲司。


「…………」


 予算。


 その言葉。


 少しだけ考える。


 夏休みも。


 バイトは週三回。


 大学進学のための貯金もある。


 遊びに使えるお金。


 そんなに多くない。


 それでも。


 全部断りたいわけじゃない。


 むしろ。


 行きたい。


 六人で。


 いろんなところへ。


「朝倉君?」


 琴葉。


 俺を見る。


「どうしたの?」


「いや、日程どうするのかなって」


「そうだよね」


 琴葉。


 頷く。


 玲司。


 スマホを操作する。


「とりあえず、それぞれ空いてる日を出そう」


「おっけー!」


 莉央。


 頷く。


「あと、無理に全部行く必要もないしな」


「…………」


 玲司。


 続ける。


「金もかかるし、受験勉強もある。一つずつ決めればいい」


 俺。


 玲司を見る。


 玲司も俺を見る。


 そして。


 小さく頷いた。


「…………」


 多分。


 俺が少し気にしていたこと。


 気づいている。


「……ありがとう」


「何が?」


「いや、何でもない」


「そうか」


 玲司。


 それ以上は聞かない。


 こういうところ。


 ありがたい。



     ◇



「じゃあ!」


 陽斗。


 手を叩く。


「最初は海にしようぜ!」


「賛成!」


 由香。


「私も!」


 莉央。


「いいね」


 琴葉。


「場所は?」


 玲司。


「…………」


 陽斗。


 止まる。


「……海!」


「だから、どこの海だよ」


「…………」


 陽斗。


 俺を見る。


「湊!」


「何?」


「おすすめある?」


「…………」


 スマホを取り出す。


 地図を開く。


「電車で行けるところがいいんじゃないか」


「確かに!」


 莉央。


 頷く。


「車出せる人いないしね」


「駅から近い海水浴場がいいな」


 琴葉。


 玲司。


 検索する。


「候補はいくつかあるな」


「おお!」


 陽斗。


 身を乗り出す。


「じゃあそこ!」


「どこだよ」


「…………」


 また笑い声。


 本当に。


 この六人で話していると。


 話が進まない。


 でも。


 不思議と楽しかった。



     ◇



 午後一時。


 ようやく。


 最初の予定が決まった。


 来週の水曜日。


 六人で海。


「決定ー!」


 陽斗。


 両手を上げる。


「やった!」


 由香。


 嬉しそう。


「楽しみ!」


 莉央。


 笑う。


「天気がよければいいね」


 琴葉。


「前日に確認しよう」


 玲司。


 俺も小さく笑った。


 六人で海。


 初めてだ。


「そういえば」


 莉央。


 由香を見る。


「由香、水着どうする?」


「え?」


「新しいの買う?」


「…………」


 由香。


 考える。


「どうしようかな」


「私、買いに行こうと思ってるんだけど」


「本当!?」


「うん」


「じゃあ一緒に行きたい!」


「琴葉も行く?」


「うん、行こうかな」


「じゃあ女子三人で買い物!」


「やった!」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


 その横。


 陽斗が俺を見る。


「湊」


「何?」


「俺たちも買い物行く?」


「水着?」


「そう!」


「俺、持ってるけど」


「…………」


 陽斗。


 固まる。


「……俺も持ってた」


「何なんだよ」


 玲司。


 呆れる。


「…………」


 全員で笑った。



     ◇



 午後一時半。


 ファミレスを出る。


「いやー! いい会議だった!」


 陽斗。


 大きく伸びをする。


「ほとんど食べてただけじゃん」


 莉央。


 笑う。


「ちゃんと海決まっただろ!」


「それは玲司君のおかげでしょ」


「…………」


 玲司。


 ため息。


「否定はしない」


「ひどい!」


 琴葉。


 小さく笑う。


「でも、楽しみだね」


「うん!」


 由香。


 頷く。


 そして。


 俺の隣に来た。


「湊」


「何?」


「海、楽しみだね」


「うん」


「…………」


 由香。


 少し照れたように笑う。


「一緒に行けるの、嬉しい」


「……俺も」


 そのとき。


「はいはい!」


 莉央。


 俺たちの間に入ってきた。


「そこ!」


「え?」


 由香。


 首を傾げる。


「二人の世界に入らない!」


「入ってないよ!」


「本当かなー?」


「莉央!」


「…………」


 苦笑い。


 付き合っていることが分かってから。


 莉央のからかい方。


 一段と激しくなった気がする。


 ……いや。


 気のせいじゃないな。



     ◇



「じゃあ解散する?」


 琴葉。


「そうだね」


 玲司。


 頷く。


「俺、午後からちょっと用事あるし」


「俺も部活の自主練!」


 陽斗。


 元気よく答える。


「夏休みなのに大変だね」


 莉央。


「大会近いからな!」


「頑張ってね」


 琴葉。


「おう!」


 駅前。


 それぞれ帰ることになった。


 陽斗と玲司。


 莉央と琴葉。


 四人を見送る。


 残ったのは。


 俺と由香。


「…………」


 由香。


 俺を見る。


「湊」


「何?」


「このあと予定ある?」


 時計を見る。


 午後一時四十分。


 今日はバイトもない。


「ないけど」


「…………」


 由香。


 少し笑う。


「じゃあ、もうちょっと一緒にいない?」


「…………」


 頷く。


「いいよ」


「やった!」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


 昨日も一日一緒にいたのに。


 今日も。


 まだ帰りたくないらしい。


 ……俺もだけど。



     ◇



 駅前。


 少し歩く。


「何処行く?」


「うーん……」


 由香。


 考える。


「昨日いっぱい遊んだからなあ」


「そうだな」


「…………」


「公園とか?」


「公園?」


「うん!」


「暑くない?」


「…………」


 由香。


 空を見上げる。


 夏の真昼。


 日差し。


 かなり強い。


「……暑いね」


「だろ」


「じゃあ、涼しいところ!」


「…………」


 結局。


 近くの商業施設に入ることになった。



     ◇



 午後二時。


 雑貨店。


「湊!」


「何?」


「これ可愛くない?」


 由香。


 小さな猫のキーホルダーを手に取る。


「…………」


「猫、好きだな」


「可愛いじゃん!」


「まあ」


 由香。


 楽しそうに商品を眺める。


 すると。


 同じデザイン。


 色違い。


 見つけたらしい。


 青と黒。


 二種類。


「ねえ」


「何?」


「これ、お揃いにしない?」


「…………」


 キーホルダーを見る。


 修学旅行。


 猫のストラップ。


 買った。


 今も鞄につけている。


「また猫?」


「…………」


 由香。


 少し照れたように笑う。


「だって」


「うん」


「湊とお揃い、増やしたいんだもん」


「…………」


 そう言われると。


 断れるわけがない。


 というか。


 俺も嬉しい。


「じゃあ買おうか」


「本当!?」


「うん」


「やった!」



     ◇



 会計を終える。


 店の外。


「はい!」


 由香。


 黒いキーホルダーを差し出す。


「え?」


「湊の!」


「…………」


「さっき私が払ったから!」


「いや、払うよ」


「いいの!」


 由香。


 笑う。


「一昨日、射的で猫取ってくれたでしょ?」


「うん」


「そのお返し!」


「…………」


 一昨日の花火大会。


 射的。


 小さな猫のぬいぐるみ。


 由香。


 とても喜んでくれた。


「……じゃあ、ありがとう」


「うん!」


 由香。


 青いキーホルダーを持ち上げる。


「お揃い!」


「そうだな」


 俺も。


 黒い方を持ち上げる。


 すると。


 由香がスマホを取り出した。


「写真撮ろ!」


「うん」


 二つ並べる。


 写真を撮る。


 カシャ。


「…………」


 由香。


 画面を見る。


「可愛い!」


「うん」


 そして。


 俺を見る。


「湊」


「何?」


「これ、どこにつける?」


「鞄かな」


「じゃあ私も!」


 由香。


 嬉しそうに笑う。


「明日から一緒だね」


「そうだな」


 修学旅行のストラップに続いて。


 二つ目のお揃い。


 こういうもの。


 これから少しずつ増えていくのかもしれない。


 そう考えると。


 何だか嬉しかった。



     ◇



 午後三時。


 駅前。


 今度こそ帰る時間。


「…………」


 由香。


 少し寂しそう。


「どうした?」


「……何でもない」


「…………」


 由香を見る。


「帰りたくない?」


「…………」


 由香。


 驚いたように顔を上げる。


「……分かる?」


「うん」


「…………」


 少し照れたように笑う。


「だって、昨日も今日も、すっごく楽しかったから」


「うん」


「ずっと一緒にいたくなっちゃう」


「…………」


 そんなことを言われたら。


 俺だって。


 帰りたくなくなる。


「……俺も」


「…………」


 由香。


 目を丸くする。


「本当?」


「うん」


「…………」


 嬉しそうに笑う。


「そっか」



     ◇



 駅の改札前。


「じゃあ、またね」


「うん」


 少しの沈黙。


 由香。


 俺を見る。


「湊」


「何?」


「来週の海、楽しみにしてるね!」


「俺も」


「…………」


 由香。


 笑う。


「じゃあ、それまでに水着選ばなきゃ!」


「そうだな」


「…………」


 少し間が空く。


「湊」


「何?」


「楽しみにしててね?」


「…………」


 由香を見る。


「……何を?」


「…………」


 由香。


 少し顔を赤くする。


「水着!」


「…………」


 今度は。


 俺が目を逸らす番だった。


「……うん」


「…………」


 由香。


 笑う。


「照れてる!」


「照れてない」


「嘘!」


「…………」


 否定できない。


 いや。


 できるけど。


 多分。


 顔に出ている。


「じゃあね、湊!」


「うん。またね」


 由香。


 改札を通る。


 振り返る。


 手を振る。


 俺も振り返す。


 そのとき。


 スマホ。


 鳴る。


『由香:今日も楽しかった!』


『湊:俺も』


『由香:来週、絶対晴れるといいね!』


『湊:そうだな』


『由香:…………』


『湊:何?』


『由香:私、てるてる坊主作ろうかな!』


「…………」


 思わず笑う。


『湊:まだ一週間以上あるけど』


『由香:早めにお願いした方がいいでしょ!』


『湊:そうなのか』


『由香:そうなの!』


「…………」


 由香らしい。



     ◇



 午後六時。


 自宅。


 夕食。


「今日は何してたの?」


 母さん。


「友達と夏休みの予定決めてた」


「そう」


「うん」


「何処か行くの?」


「来週、海」


「…………」


 母さん。


 少し驚く。


「海?」


「うん」


「六人で?」


「そう」


「…………」


 そして。


 嬉しそうに笑う。


「楽しそうね」


「うん」


「…………」


 少し間。


「湊」


「何?」


「日焼け止め、ちゃんと持っていきなさいよ」


「分かってる」


「あと水分も」


「うん」


「あと――」


「母さん」


「何?」


「まだ来週だから」


「…………」


 母さん。


 笑う。


「そうだったわね」


「…………」


 心配性。


 相変わらずだ。


 でも。


 昔だったら。


 夏休みに海へ行くなんて話。


 することすらなかった。


 母さんも。


 きっと嬉しいんだと思う。



     ◇



 午後九時。


 自分の部屋。


 ゲームをしていると。


 スマホ。


 鳴る。


 グループチャット。


『放課後』


『陽斗:海楽しみすぎる!!』


『莉央:まだ一週間以上あるよ』


『陽斗:もう準備してる!』


『玲司:何を』


『陽斗:浮き輪!』


『琴葉:早いね』


『由香:私も楽しみ!』


『陽斗:湊!』


『湊:何』


『陽斗:海で勝負しようぜ!』


『湊:何の』


『陽斗:泳ぎ!』


『玲司:お前サッカー部だろ』


『陽斗:運動なら負けない!』


『莉央:玲司君の方が泳げそう』


『陽斗:何で!?』


「…………」


 相変わらず。


 画面を見ながら笑う。


 すると。


 個人チャット。


 由香。


『由香:湊』


『湊:何?』


『由香:今日買った猫、鞄につけたよ!』


 写真。


 送られてくる。


 由香のバッグ。


 青い猫のキーホルダー。


「…………」


 俺も鞄を見る。


 黒い猫。


 さっきつけたばかり。


『湊:俺もつけた』


 写真を撮る。


 送信。


『由香:お揃い!』


『湊:うん』


『由香:嬉しい!』


「…………」


 少しして。


 またメッセージ。


『由香:ねえ湊』


『湊:何?』


『由香:高校最後の夏休み』


『湊:うん』


『由香:いっぱい思い出作ろうね』


「…………」


 画面を見つめる。


 今日。


 六人で決めた予定。


 海。


 バーベキュー。


 夏祭り。


 旅行。


 まだ全部決まったわけじゃない。


 実際に行けるかどうかも分からない。


 それでも。


 楽しみだった。


 六人で。


 いろんなところに行きたい。


 由香とも。


 もっと一緒にいたい。


 高校最後の夏休み。


 後悔しないように過ごしたい。


『湊:もちろん』


 送信。


 すぐに既読。


『由香:約束!』


『湊:約束』



     ◇



 翌日。


 午前十時。


 自分の部屋。


 参考書を開く。


 夏休み。


 だからといって。


 勉強しなくていいわけじゃない。


 何しろ。


 今年は受験生。


 遊ぶときは遊ぶ。


 勉強するときは勉強する。


 そう決めていた。


「…………」


 一問目。


 二問目。


 三問目。


 順調。


 そのとき。


 スマホ。


 鳴る。


「…………」


 画面を見る。


 水瀬莉央。


 珍しい。


 莉央から個人チャットが来ること。


 ほとんどない。


『莉央:朝倉君!』


『湊:何?』


『莉央:今、由香と琴葉と買い物してるんだけど』


『湊:うん』


『莉央:ちょっと聞きたいことがあって!』


「…………」


 何だろう。


『湊:何?』


 少し間。


 そして。


『莉央:由香の水着、どんなのが好き?』


「…………」


 固まる。


 ……何で俺に聞くんだ。


『湊:…………』


『莉央:ほら、彼氏の意見も大事かなって!』


「…………」


 返信。


 困る。


 そもそも。


 由香がどんな水着を選んでいるのかも分からない。


 いや。


 分かったところで。


 どう答えればいいんだ。


 そんなことを考えていると。


 別の通知。


 由香だった。


『由香:湊!!』


『湊:何?』


『由香:莉央から変なこと聞かれても答えなくていいから!!』


「…………」


 どうやら。


 隣で騒いでいるらしい。


『湊:分かった』


 送信。


 すぐに既読。


『由香:…………』


『由香:でも』


『湊:何?』


『由香:ちょっとだけ気になる』


「…………」


 画面を見つめる。


『湊:何が?』


『由香:湊がどんなの好きなのか』


「…………」


 今度こそ。


 どう答えればいいのか分からなくなった。


 天井を見上げる。


 少し考える。


 水着。


 由香。


 海。


「…………」


 駄目だ。


 余計に意識してしまう。


 結局。


 無難な答えを送ることにした。


『湊:由香に似合うのがいいと思う』


 送信。


 すぐに既読。


『由香:…………』


『由香:それ一番難しい!』


「…………」


 思わず笑う。


 確かに。


 何の参考にもなっていない。


 そのとき。


 莉央から通知。


『莉央:朝倉君!』


『莉央:由香、今めっちゃ真剣に選んでるよ!』


 続けて写真。


 水着売り場。


 その前。


 由香。


 二着の水着を持っている。


 どちらにしようか。


 真剣に悩んでいるらしい。


「…………」


 小さく笑う。


 来週。


 六人で海に行く。


 まだ一週間以上も先。


 なのに。


 もうこんなに楽しそうだ。


 そのとき。


 また由香からメッセージ。


『由香:湊!』


『湊:何?』


『由香:決めた!』


『湊:早いな』


『由香:ふふ』


『由香:当日まで内緒!』


「…………」


 内緒。


 らしい。


『湊:分かった』


『由香:楽しみにしててね!』


『湊:うん』


『由香:絶対だよ!』


「…………」


 スマホを置く。


 参考書に戻る。


 でも。


 頭の中。


 来週の海。


 青い空。


 波の音。


 六人の笑い声。


 そして。


 由香の笑顔。


「…………」


 早く来週にならないかな。


 そんなことを考えながら。


 四問目。


 解き始める。


 ……ちなみに。


 その問題を解き終わるまで。


 いつもの倍くらい時間がかかった。


 原因は。


 言うまでもない。





 

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