第41話 高校最後の夏休み、六人で何をしよう?
夏休み三日目。
月曜日。
午前八時二十三分。
スマホ。
震える。
「…………」
眠い。
昨日。
由香との初デート。
一昨日。
花火大会。
楽しいことが続いている。
今日は。
久しぶりにゆっくり寝よう。
そう思っていた。
なのに。
「…………」
どうやら。
それは許されないらしい。
スマホを見る。
六人のグループチャット。
『放課後』
通知。
大量。
『陽斗:お前ら起きてるかー!!』
『莉央:うるさい』
『玲司:まだ八時だぞ』
『陽斗:夏休みだぞ!?』
『琴葉:おはようございます』
『由香:おはよー!』
『陽斗:よし!全員起きてるな!』
『玲司:朝から通知を連発するからだろ』
「…………」
朝から騒がしい。
というか。
夏休みなんだから。
寝かせてほしい。
『陽斗:今日の作戦会議、十一時集合な!』
『莉央:昨日は午後って言ってなかった?』
『陽斗:予定変更!』
『莉央:勝手に変えないで!』
「…………」
昨日の夜。
六人で夏休みに遊びに行こうという話になった。
ただ、行き先は未定。
日程も未定。
決まっているのは。
陽斗がやたら張り切っていることだけだった。
『湊:十一時なら行ける』
『琴葉:私も大丈夫だよ』
『由香:私も!』
『莉央:仕方ないなあ』
『玲司:場所は?』
『陽斗:駅前のファミレス!』
『玲司:最初からそう言え』
「…………」
思わず笑う。
まだ集まってもいないのに。
すでに。
いつもの六人だった。
◇
スマホを置こうとした。
そのとき。
通知。
今度は個人チャット。
由香。
『由香:おはよう、湊!』
『湊:おはよう』
『由香:今日も会えるね!』
『湊:そうだな』
『由香:昨日も会ったけど!』
『湊:うん』
『由香:でも嬉しい!』
「…………」
俺も。
嬉しい。
昨日。
初めてのデート。
一昨日。
由香に告白した。
まだ付き合って二日。
それなのに。
もう三日連続で会うことになる。
以前の俺だったら。
誰かと三日続けて会うなんて考えられなかった。
ましてや。
それを楽しみにするなんて。
『湊:俺も嬉しい』
送信。
すぐに既読。
『由香:…………』
『湊:何?』
『由香:朝からそういうこと言うのずるい!』
「…………」
自分から言ったくせに。
そう返そうとして。
やめた。
『湊:また、あとで』
『由香:うん!楽しみにしてる!』
スマホを伏せる。
「…………」
さて。
そろそろ起きるか。
今日は。
どんな一日になるんだろう。
◇
午前十時五十分。
駅前。
待ち合わせ場所。
まだ誰もいない。
集合まであと十分。
少し早かったかもしれない。
そんなことを考えていると。
「湊!」
聞き慣れた声。
振り返る。
由香。
小走りで近づいてくる。
白い半袖のトップス。
薄いデニムのスカート。
小さなショルダーバッグ。
長い髪。
今日は下ろしている。
「おはよう!」
「おはよう、由香」
「…………」
由香。
足を止める。
「どうした?」
「……まだ慣れない」
「名前?」
「うん」
由香。
照れたように笑う。
「でも、嬉しい」
「…………」
正直。
俺もまだ慣れない。
今までずっと黒瀬と呼んでいた相手。
今は。
由香。
たったそれだけなのに。
妙に緊張する。
「みんなは?」
「まだみたい」
「そっか」
由香。
俺の隣に並ぶ。
「ねえ、湊」
「何?」
「今日、何して遊ぶか決めるんだよね?」
「そうらしい」
「私ね、行きたいところいっぱいある!」
「例えば?」
「海!」
「うん」
「プール!」
「うん」
「バーベキュー!」
「……多くない?」
「あと、お泊まり会!」
「…………」
まだ増えるのか。
由香。
楽しそうに笑う。
「だって、最後の夏休みだよ?」
「…………」
最後。
その言葉。
少しだけ胸に引っかかった。
高校三年生。
来年の夏。
俺たちはもう高校生じゃない。
進学先によっては。
住む場所だって変わるかもしれない。
六人でこうして集まれる時間。
いつまでも続くとは限らない。
「……湊?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
首を振る。
「全部行けたらいいなって思って」
「…………」
由香。
嬉しそうに笑う。
「うん!」
「…………」
その笑顔。
見ていると。
本当に全部行きたくなってくる。
まあ。
現実的に可能かどうかは別だけど。
◇
「おーい!」
遠くから声。
陽斗。
走ってくる。
その後ろ。
玲司。
普通に歩いている。
「お前ら早いな!」
「陽斗が遅いんだろ」
「まだ集合時間前だけどな」
玲司。
時計を見る。
「そうだぞ!」
「胸を張ることじゃないだろ」
「…………」
相変わらず。
この二人。
続いて。
莉央。
琴葉。
到着。
「おはよー!」
「おはよう」
「みんな揃ったね」
琴葉。
微笑む。
すると。
陽斗が両手を叩いた。
「よし! それじゃあ!」
「うん」
「高校最後の夏休み!」
「うん」
「第一回! 六人思い出作り会議を開催する!」
「…………」
莉央。
ため息。
「長い!」
「いいだろ、別に!」
「ファミレスの前で叫ばないで」
玲司。
冷静。
「…………」
思わず笑う。
こういうところも。
いつも通りだった。
◇
午前十一時十分。
駅前のファミレス。
六人掛けの席。
案内される。
陽斗。
早速メニューを開く。
「とりあえず何食う?」
「会議は?」
莉央。
「腹が減っては戦はできぬ!」
「何と戦うの?」
「夏休み!」
「…………」
何を言っているんだ。
こいつは。
玲司。
ドリンクバーのページを開く。
「俺は飲み物だけでいい」
「私も」
琴葉。
頷く。
「私、パンケーキ食べたい!」
由香。
メニューを指差す。
「さっき朝ご飯食べたんじゃなかった?」
「食べたよ!」
「…………」
「でもパンケーキは別!」
「そうなのか」
「そうなの!」
「…………」
昨日のフードコートでも思ったけど。
由香。
本当によく食べる。
それなのに。
あんなに細い。
不思議だ。
「朝倉君、何笑ってるの?」
莉央。
にやり。
「別に」
「由香のこと見てたでしょ?」
「…………」
見ていたのは事実だ。
「ほら、やっぱり!」
「莉央!」
由香。
頬を膨らませる。
その横。
陽斗が手を挙げた。
「俺もパンケーキ!」
「お前、さっき腹減ったって言ってただろ」
玲司。
呆れる。
「パンケーキも飯だろ!」
「…………」
結局。
注文が終わるまで。
十五分。
ちなみに。
会議はまだ始まっていない。
◇
「よし、今度こそ始めるぞ!」
陽斗。
テーブルにスマホを置く。
「まずは、みんなが行きたいところを出そう!」
「それならいいね」
琴葉。
頷く。
「じゃあ私から!」
由香。
勢いよく手を挙げる。
「海!」
「いいね!」
莉央。
すぐに賛成。
「俺も行きたい!」
陽斗も乗り気らしい。
「次!」
「プール!」
「海と被ってない?」
玲司。
「全然違うよ!」
「何が?」
「海は海で、プールはプール!」
「説明になってない」
「…………」
由香。
俺を見る。
「湊は?」
「どっちでもいいけど」
「けど?」
「海、行ってみたいかな」
「…………!」
由香。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ海!」
「決定早くない?」
莉央。
笑う。
「まだ他の人の意見聞いてないよ!」
「あ、そっか!」
陽斗。
スマホに入力。
海。
プール。
まだ二つ。
なのに。
すでに盛り上がっている。
「次!」
「バーベキュー!」
莉央。
手を挙げる。
「それ俺もやりたい!」
「夏っぽいよね」
琴葉。
微笑む。
「ただ、場所は考えないとな」
玲司。
「川とか?」
陽斗。
「川はちょっと……」
由香。
苦笑い。
「設備があるところがいいな」
「じゃあ、屋根付きのバーベキュー場とか?」
莉央。
提案。
琴葉。
頷く。
「それなら安心だね」
「…………」
俺も同意だった。
六人で行くなら。
安全で設備の整った場所がいい。
「次!」
陽斗。
「お泊まり会!」
由香。
元気よく答える。
「…………」
一瞬。
全員が黙った。
そして。
莉央。
ゆっくり由香を見る。
「……由香?」
「何?」
「お泊まり会?」
「うん!」
「六人で?」
「うん!」
「…………」
莉央。
俺を見る。
由香を見る。
「へえー?」
「…………」
由香。
何かに気づく。
「ち、違うよ!?」
「何が?」
「そういう意味じゃなくて!」
「私は何も言ってないけど?」
「莉央!」
由香。
真っ赤。
「…………」
……俺まで恥ずかしくなってきた。
「泊まるなら、男女で部屋は分けた方がいいだろうな」
玲司。
冷静。
「そうだね」
琴葉。
頷く。
「宿泊施設を探すのも楽しそう」
「おお!」
陽斗。
身を乗り出す。
「旅行じゃん!」
「そうなるな」
「六人で旅行!」
「…………」
その言葉。
少しだけ心が動いた。
修学旅行。
六人で過ごした三日間。
本当に楽しかった。
でも。
あれは学校行事だった。
今度は違う。
自分たちで行き先を決める。
自分たちで予定を立てる。
六人だけの旅行。
「…………」
想像するだけで楽しそうだ。
「湊?」
由香。
俺を見る。
「行きたい?」
「うん」
「…………」
由香。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ行こう!」
「まだ決まってないけどな」
玲司。
「もう! 玲司君、現実的すぎ!」
「現実的な人間が一人は必要だろ」
「確かに」
俺。
頷く。
「湊まで!」
「…………」
六人。
笑う。
◇
「他には?」
陽斗。
「夏祭り!」
莉央。
手を挙げる。
「花火大会は行ったけど、夏祭りはまだ行けるところあるよね」
「あると思う」
琴葉。
頷く。
「屋台も回りたいな」
「俺も!」
「お前、食べたいだけだろ」
玲司。
「そうだけど?」
「開き直るな」
「…………」
由香。
俺を見る。
「湊」
「何?」
「また浴衣着てもいい?」
「…………」
一昨日。
思い出す。
水色の浴衣。
白い花柄。
いつもとは違う髪型。
花火の明かり。
由香。
本当に綺麗だった。
「……いいと思う」
「本当?」
「似合ってたし」
「…………」
由香。
固まる。
そして。
みるみる顔が赤くなる。
「由香、顔赤いよ?」
莉央。
楽しそうに笑う。
「莉央!」
「何も言ってないよー?」
「…………」
陽斗。
俺の肩を叩く。
「湊」
「何?」
「お前、最近すごいな」
「何が?」
「普通にそういうこと言うじゃん」
「…………」
確かに。
少し前の俺だったら。
絶対に言えなかった。
でも。
由香には。
ちゃんと伝えたいと思う。
可愛いと思ったら。
可愛いと。
嬉しいと思ったら。
嬉しいと。
「…………」
……まあ。
毎回こんなにからかわれるのは勘弁してほしいけど。
◇
午後零時半。
陽斗のスマホ。
候補が並んでいる。
海。
プール。
バーベキュー。
お泊まり旅行。
夏祭り。
「…………」
多い。
「全部行くの?」
琴葉。
「行きたい!」
由香。
即答。
「俺も!」
陽斗。
「日程と予算次第だな」
玲司。
「…………」
予算。
その言葉。
少しだけ考える。
夏休みも。
バイトは週三回。
大学進学のための貯金もある。
遊びに使えるお金。
そんなに多くない。
それでも。
全部断りたいわけじゃない。
むしろ。
行きたい。
六人で。
いろんなところへ。
「朝倉君?」
琴葉。
俺を見る。
「どうしたの?」
「いや、日程どうするのかなって」
「そうだよね」
琴葉。
頷く。
玲司。
スマホを操作する。
「とりあえず、それぞれ空いてる日を出そう」
「おっけー!」
莉央。
頷く。
「あと、無理に全部行く必要もないしな」
「…………」
玲司。
続ける。
「金もかかるし、受験勉強もある。一つずつ決めればいい」
俺。
玲司を見る。
玲司も俺を見る。
そして。
小さく頷いた。
「…………」
多分。
俺が少し気にしていたこと。
気づいている。
「……ありがとう」
「何が?」
「いや、何でもない」
「そうか」
玲司。
それ以上は聞かない。
こういうところ。
ありがたい。
◇
「じゃあ!」
陽斗。
手を叩く。
「最初は海にしようぜ!」
「賛成!」
由香。
「私も!」
莉央。
「いいね」
琴葉。
「場所は?」
玲司。
「…………」
陽斗。
止まる。
「……海!」
「だから、どこの海だよ」
「…………」
陽斗。
俺を見る。
「湊!」
「何?」
「おすすめある?」
「…………」
スマホを取り出す。
地図を開く。
「電車で行けるところがいいんじゃないか」
「確かに!」
莉央。
頷く。
「車出せる人いないしね」
「駅から近い海水浴場がいいな」
琴葉。
玲司。
検索する。
「候補はいくつかあるな」
「おお!」
陽斗。
身を乗り出す。
「じゃあそこ!」
「どこだよ」
「…………」
また笑い声。
本当に。
この六人で話していると。
話が進まない。
でも。
不思議と楽しかった。
◇
午後一時。
ようやく。
最初の予定が決まった。
来週の水曜日。
六人で海。
「決定ー!」
陽斗。
両手を上げる。
「やった!」
由香。
嬉しそう。
「楽しみ!」
莉央。
笑う。
「天気がよければいいね」
琴葉。
「前日に確認しよう」
玲司。
俺も小さく笑った。
六人で海。
初めてだ。
「そういえば」
莉央。
由香を見る。
「由香、水着どうする?」
「え?」
「新しいの買う?」
「…………」
由香。
考える。
「どうしようかな」
「私、買いに行こうと思ってるんだけど」
「本当!?」
「うん」
「じゃあ一緒に行きたい!」
「琴葉も行く?」
「うん、行こうかな」
「じゃあ女子三人で買い物!」
「やった!」
由香。
嬉しそうに笑う。
その横。
陽斗が俺を見る。
「湊」
「何?」
「俺たちも買い物行く?」
「水着?」
「そう!」
「俺、持ってるけど」
「…………」
陽斗。
固まる。
「……俺も持ってた」
「何なんだよ」
玲司。
呆れる。
「…………」
全員で笑った。
◇
午後一時半。
ファミレスを出る。
「いやー! いい会議だった!」
陽斗。
大きく伸びをする。
「ほとんど食べてただけじゃん」
莉央。
笑う。
「ちゃんと海決まっただろ!」
「それは玲司君のおかげでしょ」
「…………」
玲司。
ため息。
「否定はしない」
「ひどい!」
琴葉。
小さく笑う。
「でも、楽しみだね」
「うん!」
由香。
頷く。
そして。
俺の隣に来た。
「湊」
「何?」
「海、楽しみだね」
「うん」
「…………」
由香。
少し照れたように笑う。
「一緒に行けるの、嬉しい」
「……俺も」
そのとき。
「はいはい!」
莉央。
俺たちの間に入ってきた。
「そこ!」
「え?」
由香。
首を傾げる。
「二人の世界に入らない!」
「入ってないよ!」
「本当かなー?」
「莉央!」
「…………」
苦笑い。
付き合っていることが分かってから。
莉央のからかい方。
一段と激しくなった気がする。
……いや。
気のせいじゃないな。
◇
「じゃあ解散する?」
琴葉。
「そうだね」
玲司。
頷く。
「俺、午後からちょっと用事あるし」
「俺も部活の自主練!」
陽斗。
元気よく答える。
「夏休みなのに大変だね」
莉央。
「大会近いからな!」
「頑張ってね」
琴葉。
「おう!」
駅前。
それぞれ帰ることになった。
陽斗と玲司。
莉央と琴葉。
四人を見送る。
残ったのは。
俺と由香。
「…………」
由香。
俺を見る。
「湊」
「何?」
「このあと予定ある?」
時計を見る。
午後一時四十分。
今日はバイトもない。
「ないけど」
「…………」
由香。
少し笑う。
「じゃあ、もうちょっと一緒にいない?」
「…………」
頷く。
「いいよ」
「やった!」
由香。
嬉しそうに笑う。
昨日も一日一緒にいたのに。
今日も。
まだ帰りたくないらしい。
……俺もだけど。
◇
駅前。
少し歩く。
「何処行く?」
「うーん……」
由香。
考える。
「昨日いっぱい遊んだからなあ」
「そうだな」
「…………」
「公園とか?」
「公園?」
「うん!」
「暑くない?」
「…………」
由香。
空を見上げる。
夏の真昼。
日差し。
かなり強い。
「……暑いね」
「だろ」
「じゃあ、涼しいところ!」
「…………」
結局。
近くの商業施設に入ることになった。
◇
午後二時。
雑貨店。
「湊!」
「何?」
「これ可愛くない?」
由香。
小さな猫のキーホルダーを手に取る。
「…………」
「猫、好きだな」
「可愛いじゃん!」
「まあ」
由香。
楽しそうに商品を眺める。
すると。
同じデザイン。
色違い。
見つけたらしい。
青と黒。
二種類。
「ねえ」
「何?」
「これ、お揃いにしない?」
「…………」
キーホルダーを見る。
修学旅行。
猫のストラップ。
買った。
今も鞄につけている。
「また猫?」
「…………」
由香。
少し照れたように笑う。
「だって」
「うん」
「湊とお揃い、増やしたいんだもん」
「…………」
そう言われると。
断れるわけがない。
というか。
俺も嬉しい。
「じゃあ買おうか」
「本当!?」
「うん」
「やった!」
◇
会計を終える。
店の外。
「はい!」
由香。
黒いキーホルダーを差し出す。
「え?」
「湊の!」
「…………」
「さっき私が払ったから!」
「いや、払うよ」
「いいの!」
由香。
笑う。
「一昨日、射的で猫取ってくれたでしょ?」
「うん」
「そのお返し!」
「…………」
一昨日の花火大会。
射的。
小さな猫のぬいぐるみ。
由香。
とても喜んでくれた。
「……じゃあ、ありがとう」
「うん!」
由香。
青いキーホルダーを持ち上げる。
「お揃い!」
「そうだな」
俺も。
黒い方を持ち上げる。
すると。
由香がスマホを取り出した。
「写真撮ろ!」
「うん」
二つ並べる。
写真を撮る。
カシャ。
「…………」
由香。
画面を見る。
「可愛い!」
「うん」
そして。
俺を見る。
「湊」
「何?」
「これ、どこにつける?」
「鞄かな」
「じゃあ私も!」
由香。
嬉しそうに笑う。
「明日から一緒だね」
「そうだな」
修学旅行のストラップに続いて。
二つ目のお揃い。
こういうもの。
これから少しずつ増えていくのかもしれない。
そう考えると。
何だか嬉しかった。
◇
午後三時。
駅前。
今度こそ帰る時間。
「…………」
由香。
少し寂しそう。
「どうした?」
「……何でもない」
「…………」
由香を見る。
「帰りたくない?」
「…………」
由香。
驚いたように顔を上げる。
「……分かる?」
「うん」
「…………」
少し照れたように笑う。
「だって、昨日も今日も、すっごく楽しかったから」
「うん」
「ずっと一緒にいたくなっちゃう」
「…………」
そんなことを言われたら。
俺だって。
帰りたくなくなる。
「……俺も」
「…………」
由香。
目を丸くする。
「本当?」
「うん」
「…………」
嬉しそうに笑う。
「そっか」
◇
駅の改札前。
「じゃあ、またね」
「うん」
少しの沈黙。
由香。
俺を見る。
「湊」
「何?」
「来週の海、楽しみにしてるね!」
「俺も」
「…………」
由香。
笑う。
「じゃあ、それまでに水着選ばなきゃ!」
「そうだな」
「…………」
少し間が空く。
「湊」
「何?」
「楽しみにしててね?」
「…………」
由香を見る。
「……何を?」
「…………」
由香。
少し顔を赤くする。
「水着!」
「…………」
今度は。
俺が目を逸らす番だった。
「……うん」
「…………」
由香。
笑う。
「照れてる!」
「照れてない」
「嘘!」
「…………」
否定できない。
いや。
できるけど。
多分。
顔に出ている。
「じゃあね、湊!」
「うん。またね」
由香。
改札を通る。
振り返る。
手を振る。
俺も振り返す。
そのとき。
スマホ。
鳴る。
『由香:今日も楽しかった!』
『湊:俺も』
『由香:来週、絶対晴れるといいね!』
『湊:そうだな』
『由香:…………』
『湊:何?』
『由香:私、てるてる坊主作ろうかな!』
「…………」
思わず笑う。
『湊:まだ一週間以上あるけど』
『由香:早めにお願いした方がいいでしょ!』
『湊:そうなのか』
『由香:そうなの!』
「…………」
由香らしい。
◇
午後六時。
自宅。
夕食。
「今日は何してたの?」
母さん。
「友達と夏休みの予定決めてた」
「そう」
「うん」
「何処か行くの?」
「来週、海」
「…………」
母さん。
少し驚く。
「海?」
「うん」
「六人で?」
「そう」
「…………」
そして。
嬉しそうに笑う。
「楽しそうね」
「うん」
「…………」
少し間。
「湊」
「何?」
「日焼け止め、ちゃんと持っていきなさいよ」
「分かってる」
「あと水分も」
「うん」
「あと――」
「母さん」
「何?」
「まだ来週だから」
「…………」
母さん。
笑う。
「そうだったわね」
「…………」
心配性。
相変わらずだ。
でも。
昔だったら。
夏休みに海へ行くなんて話。
することすらなかった。
母さんも。
きっと嬉しいんだと思う。
◇
午後九時。
自分の部屋。
ゲームをしていると。
スマホ。
鳴る。
グループチャット。
『放課後』
『陽斗:海楽しみすぎる!!』
『莉央:まだ一週間以上あるよ』
『陽斗:もう準備してる!』
『玲司:何を』
『陽斗:浮き輪!』
『琴葉:早いね』
『由香:私も楽しみ!』
『陽斗:湊!』
『湊:何』
『陽斗:海で勝負しようぜ!』
『湊:何の』
『陽斗:泳ぎ!』
『玲司:お前サッカー部だろ』
『陽斗:運動なら負けない!』
『莉央:玲司君の方が泳げそう』
『陽斗:何で!?』
「…………」
相変わらず。
画面を見ながら笑う。
すると。
個人チャット。
由香。
『由香:湊』
『湊:何?』
『由香:今日買った猫、鞄につけたよ!』
写真。
送られてくる。
由香のバッグ。
青い猫のキーホルダー。
「…………」
俺も鞄を見る。
黒い猫。
さっきつけたばかり。
『湊:俺もつけた』
写真を撮る。
送信。
『由香:お揃い!』
『湊:うん』
『由香:嬉しい!』
「…………」
少しして。
またメッセージ。
『由香:ねえ湊』
『湊:何?』
『由香:高校最後の夏休み』
『湊:うん』
『由香:いっぱい思い出作ろうね』
「…………」
画面を見つめる。
今日。
六人で決めた予定。
海。
バーベキュー。
夏祭り。
旅行。
まだ全部決まったわけじゃない。
実際に行けるかどうかも分からない。
それでも。
楽しみだった。
六人で。
いろんなところに行きたい。
由香とも。
もっと一緒にいたい。
高校最後の夏休み。
後悔しないように過ごしたい。
『湊:もちろん』
送信。
すぐに既読。
『由香:約束!』
『湊:約束』
◇
翌日。
午前十時。
自分の部屋。
参考書を開く。
夏休み。
だからといって。
勉強しなくていいわけじゃない。
何しろ。
今年は受験生。
遊ぶときは遊ぶ。
勉強するときは勉強する。
そう決めていた。
「…………」
一問目。
二問目。
三問目。
順調。
そのとき。
スマホ。
鳴る。
「…………」
画面を見る。
水瀬莉央。
珍しい。
莉央から個人チャットが来ること。
ほとんどない。
『莉央:朝倉君!』
『湊:何?』
『莉央:今、由香と琴葉と買い物してるんだけど』
『湊:うん』
『莉央:ちょっと聞きたいことがあって!』
「…………」
何だろう。
『湊:何?』
少し間。
そして。
『莉央:由香の水着、どんなのが好き?』
「…………」
固まる。
……何で俺に聞くんだ。
『湊:…………』
『莉央:ほら、彼氏の意見も大事かなって!』
「…………」
返信。
困る。
そもそも。
由香がどんな水着を選んでいるのかも分からない。
いや。
分かったところで。
どう答えればいいんだ。
そんなことを考えていると。
別の通知。
由香だった。
『由香:湊!!』
『湊:何?』
『由香:莉央から変なこと聞かれても答えなくていいから!!』
「…………」
どうやら。
隣で騒いでいるらしい。
『湊:分かった』
送信。
すぐに既読。
『由香:…………』
『由香:でも』
『湊:何?』
『由香:ちょっとだけ気になる』
「…………」
画面を見つめる。
『湊:何が?』
『由香:湊がどんなの好きなのか』
「…………」
今度こそ。
どう答えればいいのか分からなくなった。
天井を見上げる。
少し考える。
水着。
由香。
海。
「…………」
駄目だ。
余計に意識してしまう。
結局。
無難な答えを送ることにした。
『湊:由香に似合うのがいいと思う』
送信。
すぐに既読。
『由香:…………』
『由香:それ一番難しい!』
「…………」
思わず笑う。
確かに。
何の参考にもなっていない。
そのとき。
莉央から通知。
『莉央:朝倉君!』
『莉央:由香、今めっちゃ真剣に選んでるよ!』
続けて写真。
水着売り場。
その前。
由香。
二着の水着を持っている。
どちらにしようか。
真剣に悩んでいるらしい。
「…………」
小さく笑う。
来週。
六人で海に行く。
まだ一週間以上も先。
なのに。
もうこんなに楽しそうだ。
そのとき。
また由香からメッセージ。
『由香:湊!』
『湊:何?』
『由香:決めた!』
『湊:早いな』
『由香:ふふ』
『由香:当日まで内緒!』
「…………」
内緒。
らしい。
『湊:分かった』
『由香:楽しみにしててね!』
『湊:うん』
『由香:絶対だよ!』
「…………」
スマホを置く。
参考書に戻る。
でも。
頭の中。
来週の海。
青い空。
波の音。
六人の笑い声。
そして。
由香の笑顔。
「…………」
早く来週にならないかな。
そんなことを考えながら。
四問目。
解き始める。
……ちなみに。
その問題を解き終わるまで。
いつもの倍くらい時間がかかった。
原因は。
言うまでもない。




