第16話 俺にも、できること
体育祭が終わった。
翌週。
「文化祭の出し物決めまーす!」
「…………」
早い。
学校行事というものは。
一つ終わったら。
次から次に。
少しくらい休ませてくれてもいいんじゃないだろうか。
「はい! 案ある人!」
放課後。
黒板の前。
文化祭実行委員の女子がクラスを見渡す。
「喫茶店!」
「定番!」
「お化け屋敷!」
「準備大変じゃね?」
「縁日!」
「昨年隣のクラスやってた!」
次々。
声が飛ぶ。
「湊」
「何」
隣。
陽斗。
「何やりたい?」
「帰宅」
「文化祭の出し物聞いてんの!」
「特にない」
「玲司は?」
「楽なやつ」
「お前ら文化祭なめてる?」
「陽斗は?」
「メイド喫茶」
「却下」
俺と玲司。
同時。
「何で!?」
「男子どうするの」
玲司。
「男子もメイド」
「もっと却下」
「面白いじゃん!」
「陽斗一人でやって」
「それは嫌だ!」
「何でだよ」
「一人は恥ずい!」
「複数ならいいんだ」
「…………」
「否定しないんだ」
少し離れた席。
「莉央、何やりたい?」
黒瀬。
「カフェ!」
「普通の?」
「うん。衣装とかちょっと可愛くして」
「いいね」
小宮山。
「私も喫茶店いいと思う」
「じゃあ提案しよ!」
水瀬が手を上げる。
「はい!」
「水瀬さん」
「喫茶店!」
黒板。
『喫茶店』
と書かれる。
「他は?」
「お化け屋敷!」
『お化け屋敷』
「謎解き!」
『謎解き』
「展示!」
『展示』
候補。
四つ。
「じゃあ多数決する?」
実行委員。
「その前に!」
陽斗が手を上げる。
嫌な予感。
「橘君?」
「メイド喫茶!」
「陽斗」
「何だ玲司!」
「やめろ」
「何で!?」
クラス。
笑い。
「一応書く?」
実行委員。
『メイド喫茶』
「よし!」
「よくない」
俺。
「湊!?」
「絶対男子も着せられる」
「そこがいいんだろ!」
「一人で着ろ」
また。
笑い。
「…………」
ふと。
気づく。
俺。
今。
普通に。
クラスの前で喋った。
大したことじゃない。
陽斗に突っ込んだだけ。
でも。
以前なら。
絶対にしなかった。
「じゃあ多数決!」
結果。
一位。
喫茶店。
二位。
お化け屋敷。
圧倒的に。
喫茶店。
「じゃあ二年B組は喫茶店に決定!」
拍手。
「メイドは!?」
陽斗。
「却下!」
クラス全員。
「何でだよ!」
「…………」
ちょっと面白い。
◇
翌日。
昼休み。
「名前どうする?」
水瀬。
「普通に二年B組カフェ」
俺。
「却下」
「早い」
「センスなさすぎ」
「分かればいいだろ」
「文化祭だよ?」
「文化祭だから何」
「オシャレにしないと!」
昼。
いつの間にか。
六人で食べることが。
普通になっていた。
毎日ではない。
陽斗はサッカー部の友達と食べることもある。
玲司も部活の用事がある。
黒瀬たちも女子だけで食べる日がある。
でも。
気づけば。
週に何度か。
こうして六人が集まる。
「じゃあ莉央考えてよ」
黒瀬。
「んー……」
水瀬が考える。
「Cafe B!」
「ダサ」
玲司。
「藤堂君!?」
「湊と大差ない」
「俺巻き込むなよ」
「琴葉は?」
黒瀬。
「え?」
小宮山。
「名前?」
「うん」
「……放課後喫茶?」
「いいじゃん!」
水瀬。
「文化祭昼だけど」
俺。
「朝倉君」
「何」
「そういうことじゃないと思う」
「…………」
小宮山にまで言われた。
「じゃあ由香は?」
「私?」
「うん」
「えー……」
黒瀬が考える。
「ゲームカフェ」
「…………」
俺を見る。
「…………」
「何?」
黒瀬。
「絶対今適当に言っただろ」
「バレた?」
「分かる」
「何で?」
「黒瀬だから」
「…………」
「…………」
しまった。
自然に。
出た。
「へえ」
水瀬。
「何」
「朝倉君」
「何」
「今の何?」
「何が」
「『黒瀬だから分かる』」
「…………」
黒瀬が。
目を逸らす。
「別に」
「それ!」
「何」
「最近二人とも『別に』で逃げるよね」
「気のせい」
「由香」
「気のせい!」
「…………」
声。
大きい。
「ふーん」
水瀬が。
笑っている。
「…………」
体育祭から。
ずっとこれだ。
◇
放課後。
文化祭の役割決め。
「調理!」
「接客!」
「内装!」
「看板!」
「会計!」
黒板。
仕事が並ぶ。
「希望ある人ー?」
「接客やりたい!」
「私も!」
「調理!」
次々決まる。
俺は。
できれば。
裏方。
内装。
それがいい。
「湊」
陽斗。
「接客やろうぜ」
「嫌」
「即答やめろ!」
「無理」
「何で?」
「向いてない」
「バ――」
「…………」
陽斗。
止まる。
「何?」
「いや」
危ない。
陽斗は。
俺がカフェで働いていることを知らない。
当然。
クラスの誰も。
知らない。
黒瀬以外。
「じゃあ俺接客!」
「陽斗は向いてる」
玲司。
「だろ?」
「うるさいから」
「褒めてる?」
「半分」
「半分かよ!」
「藤堂君は?」
実行委員。
「俺、会計で」
「了解」
「朝倉君は?」
「内装――」
「接客」
「…………」
声。
黒瀬。
「え?」
クラス。
俺。
黒瀬を見る。
「…………」
「黒瀬?」
「朝倉君、接客向いてると思う」
「何で?」
「…………」
黒瀬。
止まる。
当然だ。
理由を言えない。
俺が。
カフェで働いているから。
それを知っているから。
「えっと」
「由香?」
水瀬。
「何で?」
「いや……」
黒瀬。
俺を見る。
助けて。
目。
「…………」
俺は。
ため息。
「やってもいい」
「え?」
黒瀬。
「接客」
「マジ!?」
陽斗。
「湊!」
「何」
「一緒!」
「うるさい」
「朝倉君接客できるの?」
水瀬。
「多分」
「意外」
「俺も」
自分で言う。
「自分で言うんだ」
小宮山が笑う。
「じゃあ朝倉君、接客ね!」
実行委員。
「うん」
「黒瀬さんは?」
「私も接客!」
「水瀬さん?」
「私も!」
「小宮山さんは?」
「私は内装にしようかな」
「了解!」
決まっていく。
「…………」
接客。
まあ。
できる。
問題は。
普段のバイトと。
同じ動きをしないこと。
学校に。
バレるわけにはいかない。
◇
数日後。
放課後。
文化祭準備。
「段ボール足りない!」
「画用紙どこ!?」
「テープ!」
「誰かハサミ持ってない?」
教室。
混乱。
「…………」
文化祭って。
こんな大変だったか。
昨年。
何してたっけ。
確か。
割り当てられた仕事だけやって。
帰った。
「朝倉君」
小宮山。
「これ貼ってもらっていい?」
「どこ?」
「窓側」
「分かった」
椅子。
乗る。
装飾。
貼る。
「もうちょっと右」
「これくらい?」
「うん」
「朝倉ー!」
別の男子。
「何?」
「そっち終わったら机運ぶの手伝って!」
「分かった」
「ありがと!」
「…………」
最近。
クラスの人間に。
名前を呼ばれることが増えた。
陽斗。
玲司。
黒瀬たちだけじゃない。
体育祭が。
きっかけだったのかもしれない。
「朝倉君!」
「今度は何」
黒瀬。
「これ」
紙コップ。
大量。
「どこ置く?」
「後ろじゃない?」
「でも邪魔にならない?」
「ロッカー上」
「届かない」
「貸して」
受け取る。
上。
置く。
「ありがとう」
「うん」
「…………」
「何」
「いや」
黒瀬が。
少し笑う。
「学校で普通に話せるようになったなって」
「…………」
「そうだな」
「最初は秘密にしようって言ってたのに」
「もう無理だろ」
「莉央にめっちゃ疑われてるし」
「黒瀬が分かりやすいから」
「朝倉君もでしょ!」
「俺は普通」
「どこが!」
「朝倉君、黒瀬さん!」
「!」
二人。
同時に。
振り返る。
「これどこ置く?」
クラスメイト。
「あ」
黒瀬。
「そっち!」
「了解!」
「…………」
俺たち。
目が合う。
「危な」
黒瀬。
「何もしてないけど」
「そうだけど」
「…………」
黒瀬が笑う。
俺も。
少しだけ笑った。
◇
別の日。
文化祭まで。
あと一週間。
「接客練習するよー!」
「…………」
実行委員の一言。
嫌な予感。
「接客担当、前!」
陽斗。
水瀬。
黒瀬。
俺。
他数人。
「文化祭とはいえ、一応お客さん来るからね」
「はーい」
「挨拶とか注文の取り方とか練習しよ」
「適当でよくない?」
男子。
「ダメ!」
「厳しい」
「じゃあ二人組!」
「…………」
面倒。
「湊!」
陽斗。
「組もうぜ!」
「いいよ」
「朝倉君」
黒瀬。
「…………」
俺と陽斗。
黒瀬と水瀬。
「何?」
「別に」
「?」
何だ。
少し。
変な顔。
「じゃあお客さん役と店員役!」
実行委員。
練習開始。
「いらっしゃいませー!」
陽斗。
「うるさい」
「元気が大事!」
「居酒屋じゃないんだから」
「湊もやれ!」
「分かった」
俺。
店員。
陽斗。
客。
「いらっしゃいませ」
「…………」
「何」
「いや」
「注文は?」
「ちょっと待って」
「早く決めて」
「店員圧強くない!?」
「後ろ詰まってるので」
「練習だよ!?」
「ご注文お決まりですか?」
「…………」
いつもの。
バイト。
体が。
勝手に動く。
「ご注文お伺いします」
「えっと……コーヒー」
「アイスとホット、どちらにしますか?」
「アイス」
「かしこまりました。他にご注文はございますか?」
「…………」
陽斗。
黙る。
「何?」
「湊」
「うん」
「何か」
「何」
「急に店員っぽくない?」
「…………」
まずい。
「そう?」
「うん」
「気のせい」
「いやいや」
水瀬も。
こっちを見る。
「朝倉君、上手」
「そう?」
「声も普段より出てる」
「…………」
「何で?」
「…………」
どうする。
「動画」
玲司。
後ろから。
「え?」
「接客動画とか見たんじゃない?」
「…………」
玲司を見る。
何も知らない。
ただ。
助け舟。
「そう」
俺。
「昨日見た」
「真面目!」
陽斗。
「文化祭のために!?」
「…………」
「朝倉君意外とやる気あるんだ」
水瀬。
「別に」
「また別に!」
笑われる。
助かった。
「…………」
ふと。
黒瀬。
目が合う。
小さく。
笑っている。
絶対。
分かってる。
◇
「朝倉君」
放課後。
帰り。
黒瀬。
「何」
「さっき」
「うん」
「完全にバイト出てたよ」
「やっぱり?」
「うん」
「まずいな」
「『かしこまりました』の言い方慣れすぎ」
「…………」
「ちょっと面白かった」
「笑うな」
「だって」
「学校にバレたら困る」
「分かってる」
黒瀬が。
少し真面目になる。
「絶対言わないよ」
「……うん」
「約束したし」
「ありがとう」
「…………」
「何」
「また素直」
「悪い?」
「ううん」
黒瀬が笑う。
「嬉しい」
「…………」
最近。
こいつ。
たまに。
返事に困ることを言う。
◇
文化祭。
三日前。
教室は。
もう。
完全に別の場所になっていた。
窓。
装飾。
黒板。
メニュー表。
入口。
「結構それっぽくなったね」
小宮山。
「うん」
「最初どうなるかと思った」
「俺も」
「朝倉君」
「何」
「楽しい?」
「…………」
また。
それ。
「最近よく聞かれる」
「誰に?」
「黒瀬」
「ふふ」
「何」
「やっぱり仲いいね」
「…………」
「体育祭のときも思ったけど」
小宮山が。
装飾を見ながら言う。
「黒瀬さん、朝倉君のことよく見てる」
「…………」
「そう?」
「うん」
「気のせいじゃない?」
「そうかな」
「そう」
「じゃあ」
小宮山。
「朝倉君は?」
「何が」
「黒瀬さんのこと」
「…………」
手。
止まる。
「よく見てる?」
「…………」
どうだろう。
教室に入ってきたら。
分かる。
誰と話しているか。
たまに見る。
笑っていると。
何となく。
目に入る。
「……普通」
「そっか」
小宮山が。
笑う。
「何」
「何でもない」
「最近みんなそれ言う」
「便利だから」
「…………」
絶対。
何かある。
◇
文化祭。
前日。
「完成ー!」
拍手。
二年B組。
喫茶店。
看板。
メニュー。
装飾。
机。
全部。
完成。
「写真撮ろ!」
水瀬。
「また?」
俺。
「体育祭の写真よかったじゃん!」
「そう?」
「朝倉君も保存してたでしょ」
「何で知ってる」
「グループで既読ついてた」
「既読だけじゃ分からないだろ」
「勘」
「怖」
「ほら六人!」
また。
集まる。
陽斗。
玲司。
水瀬。
小宮山。
黒瀬。
俺。
「…………」
体育祭の朝。
初めて。
六人で撮った。
あのときは。
少し。
居心地が悪かった。
今は。
もう。
どこに立つか。
迷わない。
陽斗。
玲司。
俺。
黒瀬。
小宮山。
水瀬。
「撮るよー!」
クラスメイト。
「朝倉君」
黒瀬。
小声。
「何」
「今日は言わなくても笑ってね」
「…………」
「昨日の一位思い出す?」
「必要ない」
「え?」
「多分」
「…………」
「はい、チーズ!」
カシャ。
写真。
「見せて!」
集まる。
「…………」
俺。
普通に。
笑っていた。
「湊!」
陽斗。
「めっちゃ笑ってる!」
「うるさい」
「体育祭より笑ってる!」
「成長!」
水瀬。
「何の」
「写真!」
「そこ?」
みんな。
笑う。
「…………」
俺も。
また。
笑った。
◇
その夜。
『明日だね』
Yuu。
『うん』
『楽しみ?』
「…………」
また。
『ちょっと』
『ちょっとなんだ笑』
『黒瀬は』
『めっちゃ楽しみ!』
『知ってる』
『なんで』
『顔見たら分かる』
『…………』
「?」
返信。
遅い。
『何』
『いや』
『朝倉君』
『うん』
『そういうこと普通に言うようになったね』
『何が』
『顔見たら分かる、とか』
「…………」
『友達なら普通じゃない?』
送る。
既読。
少し。
間。
『そうだね』
そして。
『友達だもんね』
「…………」
何だろう。
その返事。
いつもなら。
何も思わないはずなのに。
なぜか。
少しだけ。
引っかかった。
『明日頑張ろ』
『うん!』
『朝倉君の接客楽しみにしてる』
『見るな』
『見ます』
『やめろ』
『絶対見る』
「…………」
笑う。
『寝坊するなよ』
『しない!』
『おやすみ』
『おやすみ!』
スマホを置く。
明日。
文化祭。
昨年は。
ほとんど記憶にない。
何をしたか。
誰といたか。
写真すら。
残っていない。
でも。
今年は。
始まる前から。
もう。
少しだけ。
楽しみだった。
◇
翌朝。
文化祭当日。
「いらっしゃいませー!」
校内。
まだ。
一般客の入場前。
各クラス。
最終準備。
「湊!」
陽斗。
「どう?」
「…………」
見る。
陽斗。
白シャツ。
黒いエプロン。
「普通」
「もっとあるだろ!」
「店員」
「そうだけど!」
「朝倉君」
後ろ。
「…………」
振り返る。
黒瀬。
「どう?」
「…………」
白いブラウス。
クラスで揃えた。
濃い色のエプロン。
髪は。
普段と少し違って。
後ろで軽くまとめている。
「…………」
「朝倉君?」
「何」
「どう?」
「何が」
「服!」
「ああ」
「何で今分からなかったの?」
「…………」
水瀬。
隣。
ニヤニヤ。
「朝倉君」
「何」
「由香見て固まってた?」
「固まってない」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあどう?」
「…………」
黒瀬も。
待っている。
「似合ってる」
「…………」
黒瀬が。
一瞬。
黙る。
「……ありがと」
「…………」
「由香」
水瀬。
「何」
「顔赤くない?」
「赤くない!」
「朝倉君」
「何」
「罪な男だね」
「意味分からない」
「分からなくていいよ」
「…………」
また。
意味の分からないことを。
「よーし!」
陽斗。
「文化祭!」
教室の時計。
午前九時。
「楽しむぞ!」
「おー!」
みんな。
声を上げる。
俺は。
その中で。
少しだけ。
笑った。
そして。
校内放送。
『ただいまより――』
ざわついていた校内が。
一瞬。
静かになる。
『文化祭を開始します』
歓声。
「始まった!」
黒瀬が笑う。
「朝倉君!」
「何」
「頑張ろうね!」
「……うん」
昨年まで。
俺は。
学校行事が。
嫌いだった。
でも。
今年は。
違う。
体育祭で。
初めて。
楽しいと思った。
そして。
文化祭では。
まだ俺自身も知らなかった。
この二日間が。
高校生活の中で。
ずっと忘れられない思い出の一つになることを。




