第14話 秘密は、たぶん隠せない
体育祭。
昨年の俺にとって。
それはただの学校行事だった。
クラスで決められた種目に出て。
終わったら一人で時間を潰して。
全部終われば帰る。
楽しいとか。
楽しみとか。
そんな感情はなかった。
だから。
「湊! 練習行くぞ!」
「…………」
昼休み。
当然のように俺の机までやってきた陽斗を見て。
「何の」
「障害物リレー!」
「昼休みに?」
「当たり前だろ!」
「本番まだ二週間後だけど」
「二週間しかないんだぞ!」
「全国大会?」
「体育祭!」
「知ってる」
「じゃあ来い!」
腕を掴まれる。
「引っ張るな」
「玲司もいるぞ!」
教室の後ろを見る。
玲司がいる。
「…………」
目が合った。
「俺は巻き込まれた」
「裏切るなよ玲司!」
「事実」
「帰っていい?」
「ダメ!」
面倒くさい。
そう思う。
でも。
以前みたいに。
本気で嫌なわけじゃなかった。
「……分かったよ」
「よし!」
立ち上がる。
そのとき。
「朝倉君」
後ろから声。
振り返る。
黒瀬。
「何?」
「これ」
一枚の紙を差し出された。
「体育祭の係表。朝倉君の分、まだ渡してなかったから」
「ああ」
受け取る。
「ありがとう」
「うん」
それだけ。
ただ。
紙を渡されただけ。
「…………」
「…………」
黒瀬と目が合う。
一秒。
二秒。
黒瀬の口元が。
ほんの少しだけ笑う。
俺も。
つられて少しだけ笑った。
「…………」
そして。
黒瀬は水瀬たちのところへ戻る。
「…………」
「湊」
「何」
陽斗。
「今の何?」
「係表」
「いや、それは見たら分かる」
「じゃあ何」
「お前、黒瀬とあんな感じだった?」
「どんな感じ」
「なんか……」
陽斗が考える。
「普通に仲いい感じ」
「…………」
「前までほとんど喋ってなかったよな?」
「最近ちょっと話す」
「へえ」
「勉強教えたから」
「ああ」
「それだけ」
「ふーん」
陽斗は。
それ以上追及しなかった。
でも。
隣。
玲司。
「…………」
「何」
「何も」
「絶対何かあるだろ」
「別に」
こいつの「別に」は。
最近。
信用できない。
◇
グラウンド。
「障害物リレーって何するんだ?」
俺が聞く。
「当日まで一部秘密らしい」
「練習できないじゃん」
「走る練習!」
「リレーと変わらないだろ」
「細かいこと気にすんな!」
陽斗が走り出す。
「競争な!」
「聞いてない」
「負けた奴ジュース!」
「勝手に――」
「よーい!」
「おい」
「スタート!」
「…………」
陽斗が飛び出す。
「ずるくない?」
玲司。
「ずるい」
「追う?」
「ジュース奢るの嫌」
「同感」
走る。
玲司も。
速い。
バスケ部。
当然か。
「ちょっ、待て!」
先に出た陽斗。
玲司が追いつく。
俺も。
「湊意外と速っ!」
「帰宅部なめんな」
「帰宅部関係ある!?」
「毎日早く帰ってるから」
「なるほど!」
「納得するな」
ゴール。
一位。
玲司。
二位。
俺。
三位。
陽斗。
「何で!?」
「先に走ったのに」
玲司が言う。
「おかしいだろ!」
「体力配分」
「湊まで!」
「ジュースよろしく」
「くっそー!」
「何やってるの?」
声。
「ん?」
振り返る。
水瀬。
小宮山。
そして。
黒瀬。
「由香たちも練習?」
陽斗が聞く。
「うん。私と由香が二人三脚」
「へえ」
「琴葉は玉入れ」
「平和」
玲司。
「でしょ?」
小宮山が笑う。
「二人三脚って練習いる?」
俺が言う。
「いるよ!」
黒瀬。
「めっちゃ難しいんだから」
「足合わせるだけじゃないの」
「じゃあ朝倉君やってみる?」
「何で俺」
「簡単なんでしょ?」
「…………」
挑発。
Yuuと同じ。
「いいけど」
「え?」
黒瀬が。
逆に驚く。
「やる?」
「…………」
「いや」
「何」
「朝倉君、本当にやるって言うと思わなかった」
「じゃあ言うなよ」
「あはは!」
「おーい」
水瀬。
「何?」
黒瀬が振り向く。
「…………」
水瀬が。
俺と黒瀬を交互に見る。
「何」
「いや」
「何よ」
「由香と朝倉君って」
「うん」
「いつの間にそんな普通に喋るようになったの?」
「…………」
来た。
「え?」
黒瀬。
「だって」
水瀬が言う。
「一学期ほとんど喋ってなかったよね?」
「そ、それは……」
「夏休み前くらいから?」
「数学」
俺が言う。
「え?」
「テスト前に黒瀬に数学教えたから」
「ああ!」
陽斗。
「図書室の!」
「そう」
「なるほど」
水瀬も頷く。
「それでか」
「…………」
黒瀬と。
目が合う。
危ない。
「でも」
水瀬。
「何?」
「由香、朝倉君相手だと結構遠慮ないね」
「え?」
「『やってみる?』とか」
「…………」
「そう?」
「うん」
水瀬が笑う。
「なんか昔から知ってるみたい」
「…………」
心臓。
跳ねた。
鋭い。
こいつ。
怖い。
「莉央」
「何?」
「考えすぎ」
黒瀬が笑う。
「そうかな?」
「そうだよ」
「ふーん」
納得していない。
「湊」
陽斗が小声。
「何」
「お前、顔固い」
「…………」
「何で?」
「暑い」
「今その言い訳無理あるぞ」
「うるさい」
◇
その日の夜。
『危なかった』
ゲームを始める前。
Yuuからメッセージ。
『水瀬?』
『そう!』
『鋭いな』
『莉央こういうのだけめちゃくちゃ鋭いの』
『こういうの?』
『人間関係とか』
『へえ』
『だから気をつけないと』
『何を』
『私たちのこと!』
「…………」
私たち。
その言い方。
少しだけ。
変な感じ。
『別にバレてもよくない?』
送ってから。
自分でも少し驚いた。
『え?』
『ゲーム友達ってだけだろ』
『まあそうだけど』
『悪いことしてるわけじゃない』
『そうなんだけど……』
『何』
少し。
間。
『恥ずかしい』
「…………」
『何が』
『だって』
『毎日一緒にゲームして』
『休みの日に二人で遊びに行って』
『ほぼ毎日チャットしてるんだよ?』
『うん』
『莉央に知られたら絶対いじられる』
『何で』
『…………』
『Yuu?』
『朝倉君は分からなくていいです』
「…………」
何だそれ。
『意味分からない』
『分からなくていい!』
『じゃあ秘密で』
『うん!』
そして。
『二人だけの秘密ね』
「…………」
また。
胸が。
少しだけ変な感じになった。
◇
体育祭まで。
クラスは日に日に騒がしくなった。
放課後。
練習。
応援旗。
クラスTシャツ。
装飾。
俺は。
今までなら。
最低限だけ参加して帰っていた。
でも。
「湊、そこ持って」
「ここ?」
「もうちょい上」
玲司。
「こう?」
「そう」
「朝倉君!」
小宮山。
「テープ取ってもらっていい?」
「うん」
「ありがとう」
「湊ー!」
陽斗。
「何」
「こっち手伝って!」
「今やってる」
「終わったら!」
「分かった」
気づけば。
放課後の教室に残っている。
しかも。
嫌々ではない。
「…………」
不思議だ。
俺。
こういうの。
嫌いだと思ってた。
「朝倉君」
「ん?」
黒瀬。
「これ、どう?」
一枚の紙。
クラスの応援ボード。
「どうって」
「文字の位置」
「ちょっと右じゃない?」
「やっぱり?」
「うん」
「莉央ー! 朝倉君も右だって!」
「えー?」
水瀬が来る。
「私はこれでいいと思うけど」
「ずれてる」
俺。
「ほら!」
「朝倉君、由香の味方するじゃん」
「…………」
「え」
黒瀬。
「いや」
水瀬がニヤッとする。
「何でもない」
「位置の話だろ」
「はいはい」
「何だよ」
「別にー?」
「…………」
まただ。
絶対。
疑われている。
◇
「朝倉君」
作業が終わったあと。
小宮山が隣に来た。
「何?」
「少し変わったね」
「…………」
「何が」
「前より楽しそう」
「そう?」
「うん」
小宮山は。
窓の外を見る。
「一学期の最初って、いつも一人だったでしょ?」
「まあ」
「話しかけたら迷惑かなって思ってた」
「別に迷惑じゃない」
「今なら分かる」
「…………」
「朝倉君、喋らないだけで」
小宮山が笑う。
「怖い人じゃないから」
「怖いと思われてた?」
「ちょっと」
「…………」
地味に傷つく。
「ごめん」
「別に」
「でも」
小宮山が。
少し離れたところを見る。
そこには。
黒瀬。
水瀬と話している。
「黒瀬さんと話すとき」
「…………」
「何」
「一番自然だね」
「…………」
心臓。
止まりそうになった。
「そう?」
「うん」
「気のせい」
「そうかな」
「そう」
「…………」
小宮山は。
少しだけ笑った。
「ならいいけど」
「何が」
「秘密なら聞かない」
「…………」
え。
「小宮山」
「何?」
「何か気づいてる?」
「何に?」
「…………」
笑っている。
この人。
意外と。
怖い。
「朝倉君」
「何」
「大丈夫」
「何が」
「誰にも言わないから」
「だから何を」
「ふふ」
小宮山は。
そのまま水瀬たちのところへ行ってしまった。
「…………」
何なんだ。
◇
体育祭。
前日。
最後のホームルーム。
「明日は八時集合! 遅刻すんなよ!」
担任。
「はーい!」
教室。
いつも以上に騒がしい。
「湊!」
陽斗。
「明日勝つぞ!」
「何に」
「全部!」
「雑」
「障害物リレー一位!」
「玲司に言え」
「三人でだろ!」
「分かったよ」
「おっ」
「何」
「素直」
「帰る」
「待てって!」
鞄を持つ。
「朝倉君」
黒瀬。
「…………」
反射的に。
振り返る。
「明日」
「うん」
「頑張ろうね」
「……うん」
「障害物リレー」
「黒瀬も二人三脚」
「絶対勝つ」
「水瀬と喧嘩するなよ」
「しない!」
「歩幅合わなそう」
「ちゃんと練習したから!」
「そう」
「朝倉君」
「何」
「…………」
黒瀬が。
少しだけ声を落とす。
「明日、楽しみ?」
「…………」
昨年なら。
聞かれるまでもない。
楽しみじゃない。
早く終わってほしい。
そう思っていた。
でも。
今年は。
「……まあ」
「まあ?」
「ちょっと」
「…………」
黒瀬が笑う。
「そっか」
「黒瀬は?」
「楽しみ」
即答。
「私、学校行事好きだから」
「知ってる」
「え?」
「……そんな感じする」
危ない。
Yuuとのチャットで聞いた気がする。
「ふーん」
「何」
「朝倉君」
「うん」
「私のこと結構分かってきたね」
「…………」
その言い方。
「ゲームで毎日話してるからだろ」
言いそうになった。
でも。
教室。
周りに人。
飲み込む。
「……まあな」
「ふふ」
黒瀬は。
楽しそうに笑った。
◇
その夜。
『明日早いから今日は1試合だけ!』
『やらない方がいいだろ』
『一試合!』
『寝坊するぞ』
『しない!』
『昨日も朝眠いって言ってた』
『それはそれ!』
「…………」
結局。
一試合。
マッチング。
俺とYuu。
いつもの二人。
終盤。
残り三部隊。
『右』
『分かってる』
『行く?』
『まだ』
『了解』
待つ。
敵同士が戦う。
『今』
俺が前へ。
Yuuも。
同時。
一人。
二人。
最後。
撃破。
WINNER
『やったー!』
『一試合で終われるな』
『気持ちいい!』
『じゃあ寝ろ』
『はーい』
ゲーム終了。
そして。
メッセージ。
『朝倉君』
「…………」
ゲームの外で。
Yuuから。
リアルの名前。
『何』
『明日』
『うん』
『学校でもいっぱい話せたらいいね』
「…………」
指が止まる。
『秘密じゃなかった?』
『秘密だけど』
『どっちだよ』
『普通に話すくらいならいいじゃん』
「…………」
俺は。
少し考える。
一学期。
黒瀬とは。
ほとんど話さなかった。
夏休み。
何度も会った。
毎日話した。
そして。
二学期。
また。
知らない人みたいにする。
確かに。
変だ。
『そうだな』
送る。
すぐ。
『え』
『何』
『朝倉君が素直』
『寝る』
『待って笑』
『明日な』
少し間。
『うん』
そして。
『また明日!』
「…………」
『また明日』
◇
翌朝。
体育祭。
校門をくぐる。
いつもと違う学校。
グラウンドには。
テント。
旗。
ライン。
生徒たちの声。
「湊!」
陽斗。
「遅い!」
「集合十五分前」
「体育祭は三十分前が常識!」
「知らない」
「玲司は?」
「もういる!」
「早」
「湊」
玲司。
「おはよ」
「おはよう」
「陽斗朝からうるさい」
「知ってる」
「二人ともひどくない!?」
笑う。
そのとき。
「おはよー!」
女子の声。
黒瀬たち。
水瀬。
小宮山。
そして。
黒瀬。
「…………」
目が合う。
昨日の。
『学校でもいっぱい話せたらいいね』
思い出す。
いつもなら。
小さく会釈するだけ。
でも。
今日は。
「……おはよう、黒瀬」
俺から。
言った。
「…………!」
黒瀬が。
目を丸くする。
そして。
「おはよう、朝倉君!」
笑う。
「…………」
ただ。
それだけ。
ただの挨拶。
なのに。
少し。
嬉しかった。
「…………」
ただし。
問題が一つ。
「由香」
水瀬。
「何?」
「…………」
俺を見る。
黒瀬を見る。
もう一度。
俺を見る。
「何、莉央」
「いや」
ニヤッ。
「朝からいいもの見たなと思って」
「何それ!」
「別にー?」
「ちょっと!」
「湊」
後ろ。
陽斗。
「何」
「俺も今、同じこと思った」
「黙れ」
「何で!?」
玲司は。
何も言わない。
ただ。
笑っている。
小宮山も。
何も言わない。
ただ。
少しだけ笑っている。
「…………」
まずい。
俺たちは。
学校では。
今まで通り。
そう決めた。
秘密にするつもりだった。
でも。
たぶん。
俺たちは。
一つ。
大きな勘違いをしていた。
一度。
友達になってしまった相手と。
もう一度。
他人に戻るなんて。
そんな器用なこと。
俺にも。
黒瀬にも。
できるはずがなかった。
そして。
俺たちの秘密は――。
思っていたよりずっと早く。
周りに気づかれ始めていた。




