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『クラスでほとんど誰とも話さない俺の、人生で初めてできた友達は――クラスで一番人気の女子だった。』  作者: 湊


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第10話 会ってみない?



 黒瀬由香が、Yuuかもしれない。


 一度そう思ってしまうと。


 今まで気にしていなかったことまで、気になるようになった。


「由香、今日の数学どうだった?」


「聞かないで」


「ダメだった?」


「聞かないで!」


「二回言った」


 期末テスト初日。


 数学の試験を終えた黒瀬が、机に突っ伏している。


「でも昨日勉強してたじゃん」


 水瀬が言う。


「勉強したからできるとは限らないの!」


「名言みたいに言わないでよ」


「琴葉ぁ……」


「よしよし」


 小宮山に頭を撫でられている。


「…………」


 俺は少し離れた自分の席から、その様子を見ていた。


 数学が苦手。


 昨日までYuuも散々、


『無理』


『数列嫌い』


『数学作った人誰』


 と言っていた。


 そして。


 昨夜。


『明日数学』


 とも言っていた。


 俺たちも今日が数学。


「…………」


 同じ。


 まただ。


「湊」


「っ」


 顔を上げる。


 玲司。


「最近よく黒瀬見てるな」


「…………見てない」


「見てる」


「見てない」


「今も見てた」


「たまたま」


「ふーん」


「何」


「別に」


 こいつ。


 絶対何か思ってる。


「湊ー!」


 今度は陽斗。


「数学終わった!」


「いろんな意味で?」


「不吉なこと言うな!」


「何点くらい?」


「聞くな」


「じゃあ話しかけるな」


「冷たくない!?」


 騒がしい。


 少し前まで。


 テストの合間の休み時間なんて、俺は机に突っ伏しているだけだった。


 今は。


 玲司が来て。


 陽斗が来て。


 たまに小宮山も来る。


 水瀬まで話しかけてくることがある。


 そして。


「朝倉君」


「……ん?」


 黒瀬。


「数学」


「うん」


「多分できた」


「さっき絶望してなかった?」


「思ったより!」


「じゃあよかったじゃん」


「朝倉君に教えてもらったところ出た」


「ああ」


 黒瀬が少し笑う。


「ありがと」


「……別に」


 それだけ。


 黒瀬は水瀬たちのところへ戻る。


「…………」


 やっぱり。


 普通だ。


 学校で話す黒瀬は。


 普通のクラスメイト。


 なのに。


 スマホを見る。


 そこには。


 昨夜のYuuとのやり取り。


『明日数学』


『頑張れ』


『100点取ったら褒めて』


『無理だろ』


『取る前から諦めさせないで!』


「…………」


 本当に。


 同じ人なのか?


     ◇


 その日。


 Yuuからメッセージが来たのは、午後七時過ぎだった。


『終わった』


 俺はすぐに意味を理解した。


『数学?』


『人生』


『重い』


『数学』


『どうだった』


 少し間。


『多分できた!』


「…………」


 今日。


 黒瀬も同じことを言った。


『多分』


『その多分信用できる?』


『できる!』


『何点』


『まだ返ってきてない!』


『じゃあ分からないだろ』


『夢を見させて』


 俺は画面を見つめる。


「…………」


 聞こうと思えば。


 聞ける。


『Yuuって今日数学のテストだった?』


 いや。


 もう分かっている。


『学校、進学校?』


 これも。


 まだ絞れない。


 もっと直接。


『Yuuって――』


 黒瀬由香?


「…………」


 そこまで頭に浮かんで。


 指が止まった。


 もし。


 そうだったら。


 どうなる?


 Yuuが。


 毎日同じ教室にいる黒瀬だったら。


 明日から。


 今まで通りチャットできるのか?


『数学滅びろ』


 なんて言ってくる黒瀬を見て。


 学校で普通に接することができるのか?


 逆に。


 違ったら。


 俺はクラスの女子とゲームのフレンドを勝手に結びつけているだけだ。


「…………」


 怖い。


 初めて。


 そう思った。


 正体を知ることが。


 じゃない。


 正体を知ったことで。


 今の関係が変わることが。


『Nagi?』


 Yuuから届く。


『何』


『急に返信なくなった』


『考え事』


『勉強?』


『まあ』


 嘘。


 考えていたのは。


 Yuuのことだ。


『明日もテスト?』


『うん』


『じゃあ勉強しよ』


『Yuuもな』


『はーい』


 それ以上。


 聞けなかった。


     ◇


 テスト期間は。


 あっという間に過ぎていった。


 一日目。


 二日目。


 三日目。


 そして最終日。


「終わったああああ!」


 終了のチャイムと同時に。


 陽斗が机に突っ伏した。


「うるさ」


「湊! 自由だぞ!」


「まだ学校あるけど」


「気持ちの問題!」


 教室中が浮ついている。


 もうすぐ夏休み。


 部活の話。


 遊びの予定。


 夏期講習。


 旅行。


 あちこちで予定を立てる声が聞こえる。


「玲司!」


「何」


「今日ゲームな!」


「部活」


「え!?」


「終わってからなら」


「何時?」


「九時くらい」


「よし! 湊もな!」


「俺?」


「初心者指導!」


「玲司に頼めよ」


「二人いた方がいい!」


「知らないよ」


「湊ぉ!」


 こいつ。


 本当に距離感が近くなったな。


「朝倉君」


 声。


 振り返る。


 黒瀬。


 手には数学の答案。


「何?」


「見て」


「…………」


 八十四点。


「高いじゃん」


「でしょ!」


 嬉しそう。


「前何点?」


「聞かないで」


「じゃあいい」


「そこは聞いてよ!」


「どっちだよ」


 思わず笑う。


 黒瀬も笑った。


「朝倉君のおかげ」


「黒瀬が勉強したからだろ」


「でも教えてもらわなかったら絶対無理だった」


「じゃあ半分俺」


「調子乗った」


「…………」


「嘘嘘!」


 黒瀬が笑う。


「ありがとね」


「うん」


 その瞬間。


 ブブッ。


 俺のポケット。


 スマホが震えた。


「…………」


 反射的に取り出す。


 ゲーム関連の通知。


 Yuu――。


 ではない。


 運営からのお知らせ。


「…………」


 何を期待したんだ。


「朝倉君?」


「何でもない」


「そっか」


 黒瀬は。


 なぜか少しだけ安心したように見えた。


     ◇


 昼休み。


 答案が次々と返ってくる。


「由香、数学何点だった?」


 水瀬。


「八十四!」


「高っ!」


「頑張ったから!」


「朝倉君に教えてもらってたもんね」


「まあね」


「ふーん」


「何?」


「別にー?」


「莉央、その顔やめて」


「何も言ってないじゃん」


「言わなくても分かる!」


「朝倉君のこと好きなのかなーって」


「は!?」


 黒瀬の声が響く。


「莉央!」


「冗談だって!」


「声大きい!」


「由香の方が大きいよ」


「…………」


 全部聞こえている。


 俺は弁当を食べる。


 聞こえていないふり。


「湊」


「何」


 玲司。


「顔赤い」


「暑い」


「冷房ついてる」


「…………」


「分かりやすいな」


「うるさい」


 弁当を食べる。


 唐揚げ。


 味がよく分からない。


     ◇


 その夜。


 久しぶりに。


 ゲームを起動した。


 テスト期間中はほとんどやっていない。


 フレンド欄。


 玲司。


 オンライン。


 陽斗。


 オンライン。


 そして。


 Yuu。


 オンライン。


「…………」


 Yuuを見つけた瞬間。


 少しだけ嬉しくなった。


 すぐに招待が来る。


『テスト終了記念!』


『おつかれ』


『今日はいっぱいやる!』


『明日学校』


『知らない』


『寝ろ』


『嫌です』


 いつものやり取り。


 それだけで。


 妙に安心する。


『数学返ってきた』


 Yuu。


 俺の指が止まる。


『何点』


『当てて』


「…………」


 今日見た答案。


 八十四。


 もし。


 八十四なら。


 俺は。


 どうする?


『80くらい』


『惜しい!』


 心臓が鳴る。


『84!』


「…………」


 画面を見つめた。


 八十四。


 黒瀬由香。


 八十四点。


 Yuu。


 八十四点。


「…………」


 偶然。


 そんな言葉が。


 もう。


 苦しくなってきた。


『Nagi?』


 返信しない俺に。


 Yuuから。


『褒めて』


「…………」


『よく頑張った』


『やった!』


 黒瀬も。


 今日。


 同じように嬉しそうだった。


『Nagiのおかげ』


「…………」


 指が止まる。


 黒瀬も。


 同じことを言った。


「…………」


 もう。


 ほぼ。


 そうなんじゃないか。


 Yuuは。


 黒瀬由香。


 俺のクラスメイト。


 クラスで一番人気の女子。


 毎日。


 同じ教室にいる。


『どうしたの?』


「…………」


 聞く。


 今なら。


『Yuuって』


 打つ。


 指が止まる。


『何?』


 続ける。


『本名――』


 そこまで。


 打って。


 消した。


「…………」


 やっぱり。


 聞けない。


『何でもない』


『気になる!』


『忘れた』


『絶対嘘』


『ゲームするぞ』


『誤魔化した!』


 俺は強引にマッチングを開始した。


     ◇


 久しぶりのゲーム。


 なのに。


 ブランクなんて感じなかった。


 俺が右へ。


 Yuuが左。


 俺が前へ出れば。


 Yuuがカバー。


 Yuuが囲まれれば。


 俺が敵の注意を引く。


 言葉はない。


 VCもない。


 それでも。


 分かる。


 最後の一人。


 俺が削る。


 Yuuが仕留める。


 試合終了。


 WINNER


「…………」


『やったあああ!』


『久しぶり』


『やっぱ私たち最強』


『一試合だけだろ』


『でも勝った!』


『そうだな』


 楽しい。


 やっぱり。


 楽しい。


 黒瀬かもしれない。


 違うかもしれない。


 今は。


 どっちでもいい。


 少なくとも。


 ゲームをしている間は。


 Yuuは。


 Yuuだ。


     ◇


 それから数日。


 期末テストが終わり。


 授業は午前中心になり。


 夏休みが近づいてきた。


 学校でも。


 俺の日常は少し変わったままだった。


「湊、昼飯行こうぜ」


「どこ」


「購買」


「弁当ある」


「じゃあ俺買ってくるから待ってろ」


「なんで」


「一緒に食うから」


「勝手にすれば」


「最近それ多くない?」


「何が」


「『勝手にすれば』って言いながら拒否しないやつ」


「…………」


 陽斗がニヤニヤする。


「うるさい」


「照れんなって!」


「照れてない」


「湊」


 玲司。


「陽斗置いて向こう行こう」


「おい!」


「賛成」


「待て!」


 教室の中。


 俺は普通に話している。


 笑っている。


 それを。


 少し離れたところから黒瀬が見ていた。


 目が合う。


「…………」


「…………」


 黒瀬が。


 小さく笑った。


 俺も。


 ほんの少しだけ。


 会釈する。


「…………」


 以前なら。


 考えられなかった。


     ◇


 そして。


 終業式。


「夏休みだあああ!」


 陽斗の声が響く。


「毎回うるさい」


「玲司、夏休みだぞ!?」


「知ってる」


「湊!」


「知ってる」


「テンション低っ!」


 でも。


 俺も少しだけ。


 楽しみだった。


 夏休み。


 去年までは。


 バイト。


 ゲーム。


 たまに母さんと出かける。


 それだけ。


 今年は。


 少し違うかもしれない。


「湊、夏休みゲームな」


 玲司。


「うん」


「俺も!」


 陽斗。


「まず操作覚えろ」


「教えて!」


「嫌」


「湊ぉ!」


 笑う。


 そのとき。


「朝倉君」


「ん?」


 黒瀬。


「何?」


「…………」


 なぜか。


 少し言いづらそうにしている。


「いや」


 黒瀬が笑う。


「夏休み、またゲームの話聞かせて」


「…………」


 ゲーム。


 その言葉に。


 心臓が少し跳ねた。


「黒瀬もするんだろ?」


「うん」


「じゃあ黒瀬の話も」


「…………」


 黒瀬が目を丸くする。


 そして。


「うん」


 少しだけ嬉しそうに笑った。


「また二学期ね」


「うん」


「じゃあ」


「また」


 黒瀬が水瀬たちのところへ戻っていく。


「…………」


 また二学期。


 次に学校で会うのは。


 しばらく先。


 なのに。


 なぜか。


 そんなに離れる気がしなかった。


     ◇


 その日の夜。


 午後十一時過ぎ。


 Yuuとゲームを終えた。


『今日は終わる?』


『明日バイト』


『そっか』


『朝から?』


『朝から』


『じゃあ寝なよ』


『うん』


 ゲームを閉じる。


 ベッドへ。


 スマホを見る。


『おやすみ』


 送ろうとして。


 Yuuから先に届いた。


『Nagi』


『何』


 少し間。


『夏休みって暇?』


「…………」


『バイトあるけど』


『毎日?』


『週3くらい』


『じゃあ休みある?』


『ある』


 既読。


 返事が来ない。


「?」


 一分。


 二分。


 長い。


『Yuu?』


『いる』


『何』


『いや』


 また止まる。


 珍しい。


 いつもなら。


 思ったことをすぐ送ってくる。


『何だよ』


『ちょっと待って』


「…………」


 何を。


 待つんだ。


 そして。


 数十秒後。


『Nagi』


『うん』


『前からちょっと思ってたんだけど』


 心臓が。


 少し速くなる。


『何』


『私たちさ』


『結構長いこと一緒にゲームしてるじゃん』


『そうだな』


『毎日話すし』


『まあ』


『学校の話とかもするし』


『うん』


 何が言いたい?


『でも』


『お互い顔も知らないじゃん』


「…………」


 心臓が。


 大きく鳴った。


 まさか。


『それでさ』


 文字が止まる。


 俺は。


 画面から目を離せない。


 そして。


『嫌だったら全然断っていいんだけど』


 次。


『夏休み』


『一回』


 数秒。


 最後のメッセージ。


『リアルで会ってみない?』


「…………」


 時間が。


 止まったような気がした。


 会う。


 Yuuと。


 ゲームの中で。


 俺に初めてできた友達。


 毎日話して。


 くだらないことで笑って。


 俺の秘密を知っていて。


 俺が。


 顔も。


 本名も知らない人。


 そして。


 もしかすると。


「…………黒瀬」


 俺は。


 スマホを握ったまま。


 動けなかった。


 もし。


 Yuuが。


 本当に黒瀬由香だったら。


 待ち合わせ場所に。


 あいつが来る。


 そんな光景を想像した瞬間。


 心臓が。


 今までにないくらい速く鳴った。


 画面には。


 まだ。


『リアルで会ってみない?』


 その一文が残っている。


 俺は。


 返信欄を開いた。


 文字を打つ。


 消す。


 また打つ。


 消す。


 そして――。


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