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離婚を前提に結婚してください!  作者: 春野清花


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第九話:小さな亀裂

 手袋がなくなった茶会から。


 一週間ほどが過ぎた。



 ◇◇◇



「マリアネラ」


「はい」


 リュミエール公爵邸。


 いつもの応接室で。


 ベアトリスが、一冊の帳簿をマリアネラへ差し出した。


「こちらも見てもらえる?」


「分かりました」


 受け取り。


 頁を開く。


 結婚まで。


 まだ一年近くある。


 それでも。


 リュミエール公爵家へ足を運ぶ回数は、婚約前とは比べものにならないほど増えていた。


 領地について。


 使用人について。


 社交について。


 公爵夫人として関わることになる事業について。


 覚えることは多い。


 だが。


 苦痛ではなかった。


「こちらの数字は、前年度のものですか?」


「ええ。今年度は次の頁よ」


「……なるほど」


 マリアネラは頁をめくる。


「こちらの支出が増えているのは?」


「去年から新しい診療所への援助を始めたの」


「ああ。それで」


「気になるところがある?」


「いいえ。ただ、こちらの領地からの収入も増えていますから、今のところ負担にはなっていないのですね」


「そうね」


 ベアトリスが笑う。


「本当に覚えるのが早いわ」


「ヴァレンティン家でも、似たようなものは見ていましたから」


「規模が違っても、基本は同じだものね」


「はい」


 そこへ。


 扉が開いた。


「失礼します」


 フェルナンドだった。


「あら、早かったのね」


「予定より早く終わりましたので」


 フェルナンドはマリアネラを見る。


「こんにちは、マリアネラ嬢」


「こんにちは、フェルナンド様」


 いつもの挨拶。


 いつもの表情。


 そのままフェルナンドは、二人の向かいへ腰を下ろした。


「ちょうど休憩にしようと思っていたところなの」


「そうですか」


 ベアトリスが使用人へ合図をする。


 程なく。


 茶と菓子が運ばれてきた。


「…………」


 マリアネラは。


 皿の上を見る。


 小さな焼き菓子。


 果実を使った菓子。


 そして。


 以前。


 ここで一度食べたものがある。


 何気なく手を伸ばそうとして。


 その前に。


 皿が動いた。


「どうぞ」


「……え?」


 フェルナンドが。


 その菓子の皿をマリアネラの方へ寄せていた。


「これ」


「お好きでしょう?」


「…………」


 マリアネラは。


 菓子を見る。


 フェルナンドを見る。


「どうして知っているの?」


「以前、よく召し上がっていましたので」


「……見ていたの?」


「目の前にいれば、見えるでしょう」


「そういう意味じゃなくて」


「では、どういう意味です?」


「…………」


 説明しようとして。


 やめた。


「もういいわ」


「そうですか」


「ええ」


 マリアネラは。


 菓子を一つ取った。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 フェルナンドは。


 何事もなかったかのように茶へ手を伸ばす。


「…………」


 マリアネラも。


 何となく。


 彼の手元を見る。


 フェルナンドは。


 いつも同じ種類の茶を飲んでいる。


 香りの強すぎない。


 すっきりとしたもの。


 砂糖は入れない。


 菓子も。


 甘すぎるものには、あまり手をつけない。


「…………」


 気づけば。


 自分も知っている。


 いつ覚えたのか。


 分からない。


 必要だから。


 だろうか。


 婚約者なのだから。


 相手の好みくらい。


 知っていても。


 おかしくはない。


「…………」


 向かいから。


 視線を感じた。


 ベアトリスだった。


「何でしょう?」


「いいえ?」


 微笑んでいる。


「…………」


 何故か。


 嫌な予感がした。


「そうだわ」


 ベアトリスが立ち上がる。


「少し確認しておきたいことがあったの」


「母上」


「何?」


「また、今できた用事ですか?」


「失礼ね。今日は本当にあったのよ」


「今日は」


「…………」


「…………」


「フェルナンド」


「はい」


「マリアネラをお願いね」


「分かりました」


 ベアトリスは。


 そのまま部屋を出ていった。


「…………」


 マリアネラは。


 閉じた扉を見る。


「やっぱり、わざとじゃない?」


「何がです?」


「……何でもないわ」


「そうですか」


「ええ」


 フェルナンドは。


 気にした様子もなく。


 茶を飲んだ。



 ◇◇◇



 それから。


 しばらく。


 二人で話をした。


 話題は。


 今後出席する予定の夜会。


 王家主催の行事。


 結婚後の公務。


 色気も何もない。


 実に。


 二人らしい内容だった。


「そういえば」


 フェルナンドが言う。


「何?」


「最近、お疲れのようですが」


「…………」


 また。


 それか。


「今日は普通でしょう?」


「今日は、そうですね」


「ならいいじゃない」


「先日も、その前も眠いと仰っていましたので」


「…………」


「よく眠れていないのですか?」


「そういうわけではないわ」


「では?」


「…………」


 マリアネラは。


 菓子を一つ取る。


「少し、社交が続いているだけよ」


「そうですか」


「ええ」


 嘘ではない。


 社交が続いているのは事実だ。


「無理をする必要はありませんよ」


「してないわ」


「そうですか」


「そうよ」


「なら、いいのですが」


「…………」


 フェルナンドは。


 それ以上聞かなかった。


 だが。


 以前なら。


 そもそも。


 こんなことを聞いただろうか。


「…………」


「何です?」


「何でもない」


「そうですか」


「ええ」


 マリアネラは。


 また一つ。


 菓子を取った。



 ◇◇◇



「マリー」


 帰り際。


 リュミエール公爵邸の玄関で。


 エルネストが声をかけてきた。


「何?」


「最近、何かあったか?」


「…………」


 危ない。


 こちらも。


 気づき始めている。


「何もないわよ」


「本当か?」


「本当よ」


「…………」


 エルネストが。


 じっと妹を見る。


「何よ」


「いや」


「言いたいことがあるなら言って」


「少し疲れてるように見えたからな」


「フェルナンド様にも同じことを言われたわ」


「フェルナンド様が?」


「ええ」


「…………」


 何故か。


 エルネストの眉が寄った。


「何?」


「いや……」


「だから何よ」


「フェルナンド様が気づくくらいなら、本当に何かあるんじゃないかと思ってな」


「どういう意味よ」


「そのままの意味だ」


「失礼ね」


「お前にじゃない」


「それはそれで失礼でしょう」


 少し離れた場所で。


 フェルナンドが。


 こちらを見た。


「聞こえていますよ、エルネスト」


「…………申し訳ありません」


「謝るくらいなら、もう少し聞こえないように言ってください」


「そこですか!?」


「他にありますか?」


「…………」


 マリアネラは。


 小さく息を吐いた。


 いつも通りだ。


 少なくとも。


 今は。


 これでいい。



 ◇◇◇



 その数日後。


 マリアネラは、王都にある侯爵家の庭園を訪れていた。


 開かれているのは。


 慈善事業のための園遊会。


 貴族の夫人や令嬢たちが中心となり。


 刺繍や菓子。


 装飾品などを持ち寄り。


 その売上を孤児院や診療所へ寄付する。


 男性の姿もあるが。


 女性の方が多い。


 フェルナンドは。


 別の公務があるため来ていなかった。


 エルネストも。


 今日は同行していない。


「マリアネラ」


 呼ばれ。


 振り返る。


「ルディ」


 銀色の瞳が。


 少しだけ細くなった。


「今日は早かったのね」


「ええ。思ったより道が空いていたの」


「私も今来たところよ」


 イルムヒルデと。


 こうして話すようになってから。


 まだ。


 それほど時間は経っていない。


 けれど。


 いつの間にか。


 互いに愛称で呼ぶようになっていた。


 友人。


 そう呼っても。


 もう。


 おかしくはないだろう。


「見て回る?」


「ええ」


 二人で。


 並んで歩く。


「これ、綺麗ね」


「刺繍?」


「ええ。アルヴェーヌ領では、こういう模様はあまり見ないわ」


「地域で違うの?」


「結構違うわよ」


「面白いわね」


 そんな。


 何でもない話をしながら。


 いくつかの店を見て回る。


 以前なら。


 社交の場へ出れば。


 誰と何を話すか。


 少なからず気を遣った。


 だが。


 イルムヒルデといる時は。


 それが少ない。


「マリアネラ様」


 声がした。


「…………」


 マリアネラは。


 少しだけ。


 目を細めた。


「ごきげんよう、アレハンドラ様」


「ごきげんよう」


 アレハンドラ。


 ビクトリア。


 そして。


 ルシア。


 いつもの三人だった。


「イルムヒルデ様もご一緒でしたのね」


「ええ」


 イルムヒルデが答える。


「何か?」


「いいえ。随分、仲良くなられたのだと思いまして」


「そうね」


「…………」


 イルムヒルデは。


 それだけだった。


 アレハンドラの笑みが。


 わずかに固くなる。


「マリアネラ様は、本当にお付き合いがお上手ですのね」


「そうかしら」


「ええ。リュミエール公爵家とご縁ができてから、随分と」


「…………」


 また。


 それか。


「婚約する前から、アルヴェーヌ家とは面識がありますけれど」


「まあ。そうでしたの」


「ええ」


 アレハンドラは笑う。


「それは失礼いたしましたわ」


「いいえ」


 マリアネラも。


 それ以上は言わなかった。


 最近。


 分かってきた。


 何を言っても。


 アレハンドラは。


 別の理由を探す。


 マリアネラが気に入らない。


 おそらく。


 結論は。


 最初から決まっている。


「…………」


 ルシアが。


 マリアネラを見る。


 以前なら。


 ここで。


 何か言っていた。


 男爵令嬢が。


 公爵家へ嫁ぐ。


 身分が違う。


 環境が違う。


 そんな言葉を。


 アレハンドラに合わせて。


 だが。


 今日は。


 何も言わなかった。


「行きましょう」


 イルムヒルデが言う。


「ええ」


 二人は。


 その場を離れた。



 ◇◇◇



「最近、あの二人」


 アレハンドラが呟く。


「随分仲がよろしいですわね」


「そうね」


 ビクトリアが答える。


「アルヴェーヌ辺境伯令嬢まで」


「…………」


 ルシアは。


 黙っていた。


「ルシア?」


「え?」


「聞いているの?」


「ええ」


「なら、何か仰ったら?」


「……何を?」


「何って」


 アレハンドラが。


 少し眉を寄せる。


「あなたも、以前は言っていたでしょう?」


「…………」


「男爵令嬢が公爵家へ嫁ぐなんて、大変でしょうねって」


「……ええ」


 言った。


 確かに。


 言った。


 自分も。


 同じように。


「最近、随分静かね」


「別に」


「そう?」


「ええ」


 ルシアは。


 視線を逸らした。


 ルシアの家は。


 子爵家だ。


 侯爵令嬢のアレハンドラや。


 伯爵令嬢のビクトリアほど。


 高い爵位ではない。


 フェルナンドを。


 素敵だと思ったことはある。


 あれほど美しい人なのだから。


 目で追ったことも。


 何度もある。


 けれど。


 自分がリュミエール公爵家へ嫁げるなど。


 本気で考えたことはなかった。


 ただ。


 フェルナンドが婚約した。


 その相手が。


 自分より爵位の低い男爵令嬢だった。


 周囲が。


 面白くないと言った。


 だから。


 自分も。


 そうなのだと思った。


 それだけだった。


 はずなのに。


「…………」


 最近は。


 分からなくなっていた。



 ◇◇◇



 しばらくして。


 マリアネラとイルムヒルデは。


 飲み物が並ぶ一角へ立ち寄った。


「何にする?」


「これにしようかしら」


「では、私も」


 使用人から。


 果実水の入ったグラスを受け取る。


「マリアネラ様」


「…………」


 また。


 声がした。


「何でしょう?」


 振り返る。


 アレハンドラが。


 こちらへ歩いてくる。


 手には。


 赤い果実水の入ったグラス。


「先ほどは失礼いたしましたわ」


「何が?」


「アルヴェーヌ家とのお付き合いについて」


「別に気にしていないわ」


「そうですの?」


「ええ」


「それならよかった」


 笑う。


 アレハンドラが。


 一歩。


 近づいた。


「…………」


 マリアネラは。


 その動きを見ていた。


 アレハンドラの手が。


 わずかに傾く。


「あっ」


 声。


 次の瞬間。


 冷たい感触が。


 マリアネラの手にかかった。


「…………」


 赤い果実水。


 幸い。


 ドレスには。


 ほとんどかかっていない。


 手と。


 袖口が。


 少し濡れた程度。


「まあ!」


 アレハンドラが。


 口元へ手を当てる。


「申し訳ありません。手が滑ってしまいましたわ」


「…………」


 マリアネラは。


 自分の手を見る。


 赤い雫。


 次に。


 アレハンドラを見る。


 目が。


 合った。


「…………」


 見ていた。


 アレハンドラは。


 自分を。


 見ていた。


 グラスを傾ける。


 その前から。


「……そう」


「本当にごめんなさいね」


「手が滑ったにしては」


「え?」


「随分、こちらをよくご覧になっていたのね」


「…………」


 アレハンドラの笑顔が。


 止まった。


「何を仰っているの?」


「そのままの意味よ」


「私がわざとしたとでも?」


「そうは言っていないわ」


「でしたら」


「でも」


 マリアネラは。


 濡れた手を。


 使用人が差し出した布で拭いた。


「私がお気に召さないのでしたら、そう仰ればよろしいでしょう?」


「…………」


「陰で物を隠したり、飲み物をこぼしたりするより、よほど分かりやすいわ」


「物を隠す?」


 アレハンドラの目が。


 わずかに揺れる。


「何のお話かしら」


「そう」


「ええ。私には何のことだか」


「なら、それで構わないわ」


「…………」


「今後も、偶然が重ならないことを願っているわ」


 静かに。


 言った。


 声を荒らげる必要はない。


 怒鳴る必要も。


 ない。


 ただ。


 もう。


 知らないふりをするつもりもなかった。


「随分な仰りようですこと」


 アレハンドラの声が。


 少し低くなる。


「私を疑っていらっしゃるの?」


「疑われるようなことをしなければいいでしょう?」


「…………」


「それとも」


 マリアネラは。


 真っ直ぐ。


 アレハンドラを見る。


「私が何か、お気に障ることをいたしました?」


「…………」


「あるのなら、聞くわ」


 アレハンドラは。


 答えない。


「私がフェルナンド様と婚約したこと?」


「……随分、自意識がお強いのね」


「違うなら、それでもいいわ」


「…………」


「では、何?」


 答えは。


 返ってこない。


 アレハンドラの指が。


 グラスを強く握る。


「私は」


 ようやく。


 声が出た。


「ただ、あなたがリュミエール公爵家に相応しいのか、疑問に思っているだけですわ」


「…………」


「フェルナンド様は、次期リュミエール公爵。王家にも連なる家柄ですのよ」


「知っているわ」


「でしたら」


「私が男爵令嬢だから?」


「…………」


「それなら」


 マリアネラは。


 少し首を傾げた。


「フェルナンド様に言えばいいでしょう?」


「……何ですって?」


「私を選んだのは、フェルナンド様よ」


「…………」


「私が勝手に婚約者になったわけではないわ」


「それは……」


「それとも」


 マリアネラは。


 アレハンドラを見る。


「フェルナンド様は、ご自分の婚約者も正しく選べない方だと仰りたいの?」


「そんなことは言っておりません!」


「なら、私に言われても困るわ」


「…………」


 沈黙。


 イルムヒルデが。


 隣で。


 静かに二人を見ていた。


「アレハンドラ様」


 そして。


 口を開く。


「何でしょう」


「あなたがマリアネラをどう思うかは、あなたの自由よ」


「…………」


「けれど」


 銀色の瞳が。


 アレハンドラを見据える。


「そんなことをして、フェルナンドの心があなたに向くとでも?」


「…………!」


「少なくとも私は」


 イルムヒルデは。


 淡々と言う。


「婚約者の手袋を隠したり、飲み物をかけたりする女性を好む男性を知らないわ」


「私がしたという証拠でもありますの?」


「ないわ」


「でしたら!」


「だから?」


「…………」


「証拠がなければ、何をしてもいいという話をしているの?」


「……っ」


「ルディ」


 マリアネラが呼ぶ。


「何?」


「もういいわ」


「そう?」


「ええ」


「なら、いいけれど」


 イルムヒルデは。


 あっさり引いた。


 アレハンドラは。


 唇を噛む。


「……失礼いたしますわ」


 踵を返す。


「アレハンドラ様」


 ビクトリアが。


 慌てて追う。


「…………」


 ルシアだけが。


 一瞬。


 その場に残った。


 マリアネラを見る。


 濡れた袖口。


 もう。


 ほとんど乾き始めている。


「…………」


「ルシア?」


 離れた場所から。


 ビクトリアが呼ぶ。


「……今、行くわ」


 ルシアは。


 小さく答えた。


 そして。


 三人の後を追った。



 ◇◇◇



「……大丈夫?」


 イルムヒルデが聞く。


「これくらいなら」


「ドレスにはかからなかった?」


「ええ。袖だけ」


「そう」


「…………」


 マリアネラは。


 濡れた袖口を見る。


「さすがに、少し腹が立ったわ」


「ようやく?」


「何よ」


「いいえ」


 イルムヒルデが。


 ほんの少し。


 笑った。


「あなた、随分我慢するのね」


「我慢していたつもりはないわ」


「そう?」


「面倒だっただけよ」


「それを我慢と言うのではなくて?」


「…………」


 マリアネラは。


 考えた。


「違うと思うわ」


「そう」


「何よ、その顔」


「別に」


「ルディ」


「何?」


「あなた、意外と性格が悪いわね」


「今頃気づいたの?」


「…………」


 マリアネラは。


 思わず。


 笑った。


 イルムヒルデも。


 少しだけ笑う。


「でも」


 イルムヒルデが言った。


「次も同じことがあったら、私は黙っていないわよ」


「今日も十分言っていたでしょう」


「あれは感想よ」


「…………」


「事実でもあるわ」


「はいはい」


 マリアネラは。


 もう一度。


 袖を見る。


 フェルナンドには。


 言わない。


 エルネストにも。


 まだ。


 言うほどのことではない。


 自分で。


 対処できる。


 少なくとも。


 今は。



 ◇◇◇



「アレハンドラ様」


 園遊会の会場から。


 少し離れた場所。


 ルシアが。


 前を歩くアレハンドラを呼び止めた。


「何?」


 振り返る。


 まだ。


 機嫌は悪い。


「……少し、お話が」


「今?」


「ええ」


 ビクトリアが。


 二人を見る。


「何のお話?」


「…………」


 ルシアは。


 少し迷った。


 けれど。


 言わなければ。


 また。


 同じことが起きる。


 手袋。


 肩。


 今日の。


 飲み物。


「……もう、おやめになりません?」


「何を?」


「マリアネラ様のことです」


「…………」


 アレハンドラの表情が。


 消えた。


「今日のことも」


「手が滑っただけよ」


「でも」


「でも?」


「…………」


 ルシアは。


 手を握った。


「もう、ああいうことは」


「何を今さら」


「…………」


「あなた」


 アレハンドラが。


 静かに言う。


「自分だけ関係ないような顔をなさるの?」


「そんなつもりは」


「男爵令嬢に公爵夫人が務まるのかと笑っていたのは誰?」


「…………」


「フェルナンド様に相応しくないと仰ったのは?」


「それは……」


「私だけではなかったでしょう?」


 ルシアは。


 何も言えない。


 事実だった。


 自分も。


 笑った。


 嫌味を言った。


 マリアネラが困ればいいと。


 思ったこともある。


「急に良い人にでもなったつもり?」


「違うわ」


「では、何?」


「…………」


 答えられない。


 ただ。


 今は。


 違うと思った。


 それだけだった。


「ルシア」


 アレハンドラが。


 笑う。


 冷たい。


 笑みだった。


「あなたも同じでしょう?」


「…………」


 ルシアは。


 何も。


 返せなかった。

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