お忍び
「あっ、エルガー様ぁ!」
王城の秘密の通路を通って行こうとした時である。
どうしてこうも、自分は彼と会ってしまうのだろう。エルガーは、額に手をやった。これからまた、あの惚れ薬を扱っている店に行くつもりだったのに。
「まーた抜け出すつもりだったんすか? 懲りないですねぇ」
腰に手を当てて笑うルーカスだが、そっくりそのまま返してやりたいエルガーである。また訓練を抜けてきたのか、この見習いは。
「お前こそ、訓練は良いのか」
すると、ルーカスは、エルガーの目前で、人差し指を一本、突き立てた。エルガーは首を捻った。何をしているんだ、この見習いは。
「一抜けしてきたっす! だからこれは、サボりじゃないっすよ」
鼻息荒く説明される。よくわからないが、本日の訓練の課題をいち早くクリアしたので、エルガーのところに来たらしい。
「エルガー様に、早くあの情報を伝えたくて」
「あの情報?」
エルガーが訝しむように言うと、ルーカスはうんうんと頷いた。エルガーの傍に寄り、周りに誰もいないかを見まわした後、「これは秘密なんすけどね」、と注釈した上で教えてくれる。
「実は、“建国祭”に、アルシア様がお忍びで来る予定らしいっすよ?」
「……アルシアが?」
エルガーは眉を顰めた。いちばん“建国祭”に嫌悪感を持っていそうな彼女が、祭りに来るなんて、考えられない。エルガーの反応を想定していただろうルーカスが、苦笑いする。
「いや、俺も本当にそうなのかなって思いましたよ。でも、現に騎士団に護衛の人員を割くよう要請が来てまして……」
「それは、誰から聞いた?」
「盗み聞きっす!」
「……」
頭の痛い思いだった。こいつは、サボりの上に更に罪を重ねているのか。いや、今はサボっていないのだったか。
「ジューベル様に、きつく言い含められてるんでしょ。危ないことはするなって。大切にされてるんですねぇ」
「いや、それは……」
エルガーの中に、今朝の夢が思い起こされる。兄は、エルガーに裏切ってほしくないだけだ。だから、危ないことはするなと言って、エルガーの行動を縛っている。
道具屋通いは、そんな兄への反発と言っても良いかもしれない。もっとも、それがバレたら、エルガーもまた、あの雪の日の人々になるだろう。
「それは?」
きょとんとしたルーカスを、曖昧な笑いで誤魔化す。
「それは、まあ嬉しい事だが」
「ですよねぇ。だけどその分動けないから辛いところ。だけどですね、エルガー様」
得意げな顔で、ルーカスは言い放つ。
「“建国祭”でなら、ジューベル様の目を気にする事なく、アルシア様と接触できるっすよ!」




