ノジローとの出会い
とにかくソロ冒険者となったファースは、手切れ金をギルドに預けた。
「で、どうすんだいこれから」
「地元に帰るか、もう少ししがみついてみるか」
「任せるよ。ったく気苦労って奴は人をいい男にすんのかね。あんたまだ三十だろ」
「オッサンと呼ばれた事も珍しくない、傷も増えたよ」
二十七にして冒険者となったファースは、それから三年間「不死鳥の頭」としての生活しか知らなかった。
元より「保険屋」と言う冒険者向きのスキルでなかった事を理由に、冒険者にもならず地元で日銭を稼いで暮らしていたしがない独身男だった。
そして傷も増えたと言っているが、その大半があのクツノイとか言う格闘家の女の八つ当たりやアタムロの魔法の流れ弾でしかない。その歳月がファースをますます枯れさせ、いつの間にか実年齢より高い見た目にしてしまっている。
「でもいいのか、三人を引き留めなくて。不死鳥の頭がいなくなったらこのギルドは」
「考えたよ。でも冒険者たち本人が出て行くってんだから止める理由はねえ。それに止めようとしたら金をさらに積めって言うんだろなきっと、いや、それを気にあんたが預けてくれた金を奪おうとするだろうな」
「……ですね」
そして不死鳥の頭と言う存在が経験値どころか金さえも惜しがっている事を、ファースもドッターもよく知っていた。
不死鳥の頭に限らず優秀な冒険者パーティーが移籍するのは活躍場所を他に求めるからと言うのが大半だが、その活躍場所で得るのは金か経験値かに決まっている。名声もない訳ではないが、それを得る資格が不死鳥の頭にない事はドッターもよく知っている。
「とりあえず飯でも食うか」
「ありがとうございます…」
「って何だよ、金出しすぎだろ。これはあんたの金だから」
「本来下級冒険者のために残すべきものを根こそぎ持って行くだなんて、俺はそれが悲しいんですよ。どうかこれから来る新人たちのために」
「……それが甘ったるく見えちまうのかね。一番心配してる奴を切り捨ててどうなるのやらって話だよ本当……」
オークたちから根こそぎ奪い取った分の棍棒や剣の売り値をそっくり渡してありついたディナーのメニューはいつもと同じだが、噛み締めるファースの姿は美しかった。少なくともドッターにはそう見えていた。
しかし現実的に言えば片方がギルドマスターととは言え中年男が二人して囲みながら飯を口に運ぶ姿はどこかうら寂しく、そういうのが好きな人間でなければ近寄る事もなかった。もちろんファースにとってはそれが心地よく、何とも静かな時間だった。
「あの…」
そこに入り込んで来る。か細くはあるが芯の通った声。
少し高いかもしれないが、浮ついてはいない。
「どうした」
「ボク、冒険者になりたいんです」
冒険者志願だと言う、一人の少年。
飾り気のまったくない髪の毛の色と近似した茶色の皮のシャツに、やはり茶色の半ズボン。ブーツだけは比較的綺麗だが、得物らしきそれは腰に明らかに小さな剣、と言うかナイフしかない。
しかも見た目からして短身痩躯で、取り柄と言えば機動力ぐらい。
それが公平に言ってその少年の評価だった。
「名前は」
「ノジローって言います」
「で仕事は」
「一応剣士って事になってます」
「ソロでやるのか」
「できれば」
「そいつは無理だな」
ドッターとの面接にもしっかりと答えるノジローだったが、三つ目の質問で両手のひらを上に向けた。
「何故で」
「お前さんはまだ新米もいいとこだ、それに腕自慢にも思えない。そんなのが一人で立ち向かっても死ぬのがオチだ。これは意地悪とかじゃなく同業者としての心配で言ってるんだ、誰かに付いて行って戦い方を教わった方がいい」
「でも…」
「でもも何もあるか、ここには優秀なパーティーがいる。ってかお前さんレベルいくつだ」
「2です」
「じゃあなおさらだな」
ドッターの言葉は全くの正論だった。
レベル2など、ザコモンスター一匹を撃破しただけでなれる数字だ。冒険者どころか力仕事を行う一般人ならば平気で負けるような存在でしかない。ファースはまだそれ相応に体を鍛えているからまだしも、ノジローでは正直無理だった。ノジローは目を潤ませるのをこらえながら首を横に振る、拒絶と言うより味方を探すような眼であり、なんともいじらしいそれだったがそれだけで動く冒険者などここにはいなかった。
「じゃあ俺が何とかしていいですか」
いや、一人いた。
「いいんですか!」
「あんたいいのか?あんただってそんなに人の事言えないだろ」
「でもこのまま放ってはおけなくて」
「あんたらしいね、でもあんただって強い訳じゃないだろ」
「自分なりに何とかして見せますから…あ、食べるか」
「そんな…あ、」
声の主——ファース——が残っていたパンを差し出すと同時に、ノジローの腹の音が鳴る。
食事代まで削って買ったかもしれない装備を抱えながらパンにかぶりつく姿はいちいち保護欲をあおるそれであり、ドッターさえも心配そうな顔になった。
「俺はファースだ、頼りにならないオッサンだけどよろしくな」
「はい…!」
パンを食べ終わったノジローは深く頭を下げ、ファースの手を握る。
小さいが力強いその手は、ファースの心を温めるには十分だった。




