405 大好き
病室で火事が起きた。私の居室であったが私が留守にしている間の出来事だった。それより前、まず父親はまだ右は痛むかと訊いてきたので私は「もう痛まない」と答えたのである。けれども父親はしきりに傷の開きを心配したので、私は洗面所へ鏡を見に向かった。しかし鏡はこの時粉々に割られており、私は残された破片からなんとか自分の顔を覗くことに時間を要した。これが想定より時間がかかり、傷口を確認するなり私は急いで父親の元へ帰った。案の定痛くなって地面で呻いている、などと心配される訳にもいかなかったから。この時、私は私の病室が焦げ臭くなっている事態に気が付き、この扉の隙間から黒煙が溢れているのにも気が付いた。私は慌てて父親を探して、一番に院長室の扉を開けたのだが父親は見当たらなかった。このままでは父親の大切な城が忌々しい炎で包まれかねないと心配し、父親が私達姉弟を探す時にそうしていたように、父親を叫びながら探し始めた。父親は炎に気づいていないかもしれない。私の身を案じた父親が私を迎えに行ったのと私が戻ったので見事に入れ違い、父親は今も私を探しているかもしれなかった。けれど戻ってきた道を引き返しても父親は見当たらず、致し方なく父親は諦め、ナースステーション横に設置された非常ベルの下を開けた。そこには私が両手で抱え持てるサイズの消火器が鎮座してあり、手に取った時の重量感がありながら私は階段を駆け上がったのだ。まだ火は廊下まで移っていなく、けれども先程は細く霧のような出方をしていた黒煙は、濃いめに部屋から出てくるようになっていた。傍にあった雑巾を下敷きにして扉を開けば、轟々と燃え盛る炎の群れ、汗ばむ熱気が私を襲おうとした。消火器の使い方は父親から絵本を通じて習っており、絵本の登場人物がやっていた手順通り、私は消火器から細長いホースを取って、見様見真似に中身を噴射した。ホースの先端からは白い液体のようなものが飛び出し、無我夢中の中で火を襲った。その時間やその間の心情、過程など私の覚えている範囲はないが、但し懸命だったように思う。単に腹立たしい炎を二度も復讐しようとした私は、炎が父親と私の城を奪ってしまおうとする強欲さを殺してしまおうとして行った行為であった。私は消火器の中身が無くなるまで、又炎が止み、中を見るまで。私は炎に文句を連ねていたはず。けれども訂正させて欲しい。私にとっての炎という後ろ向きにあった価値観は、この時を持って全く真逆へ挽回されたことを。炎は私が見てきた中での最も印象深く、脳裏を焦がす焼印になったことを。私はどれほど先になろうと、火を見れば瞬く間に思い出すほど鮮烈な、二度と去ることはない無限の印象を焼き付けられることになったのだ。部屋の中には人型の炭があった。
遺る微かな熱気は春風と似通い、香りすら春のものを連想させた。床などに付着する粉は快晴に舞う雪。窓から差すのは陽光だった。しかしそういう感覚にたどり着くまで、私の頭はいくらかの停滞と蛇行をして、その間の代わりとなる感情はただひたすら空虚で、私の身体、全身がなんの内容物もない壺であった。本来、壺は直ぐ内側から溜まる仕組みであったはずが、この瞬間ばかりは何かが無理やり外側から注がなければそのまま空虚で終わりそうだったところ、何かを思おうとした私の何処かが壺を満たしたとされる。私は満たされるごとにじわじわと現実の光景をその瞳から脳内に伝授でき、ようやっとして春の陽気などの感覚を得られたのである。それもまた非常に呑気な現れ方だったものの、最終的に私の感情は烈しく猛烈な熱気に包まれたのであった。程なくして、この人型の正体を知ることになる。まさかホームレスが死に場所を探しにやってきた迷惑な事故ではなかろう。そんな考察など私の思考によぎるはずもなかった。この死体は正真正銘父親でなければならないのだから。でないならば、私の興奮は思い違いによる煩わしい感情に他ならず、死体もなんの価値すら見出だせない不要な塵である。さて、父親は死んだのだ。焼死したのだ。いくら今まで私の妨害をしてきた炎だって、父親を狙って自然に発火したとは言い難く、これは父親の自決に他ならなかった。父親は自らの意志。自らの決断。自らの思想その果てに火への接触を夢見たのである。私は父親が悪魔を崇拝した終着点に自身を生贄として捧げることによって、父親が悪魔と共になろうとしたとは考えない。父親は悪魔を好いて信仰したのではなく、私のためを思って、私の思いに従って信仰へ至ったのだから、そんな理由で私を置いていくはずがない。第一、首を吊るでも構わなかったはずだ。それなのに父親はわざわざ焼死を選んだのだから、焼死には拘るべき特別な理由が込められていたものかもしれない。けれどそれは私の中で単純明快に紐解けられる謎であり、その揚々たる確信は私の感動を殊更に喜ばせる動機に置き換えられた。私は愉しかった。これほど愉しい気持ちが他に存在できるか不明なほど、私は愉しく思えた。
想起するのは、幾らか前までは生きていた父親が、私の火傷を執拗に心配したことである。それも私が私から鏡に行って確認せねば気が済まないほど強く案じていた父親が、私が帰ってくる頃には火に触れる結末を選んだことにある。つまり父親は私の火傷に関して、肉眼では言い表せない一定の罪悪感として抱え持っていたのではないか。私の火傷は、痛みは、父親の失態として戒めになっていたのでは。そこで父親は償いを決意したのだろう。父親は焼死を以て私の火傷の痛み、細胞が醜く崩壊する苦痛をその身で知ろうとした。その身で私の苦痛を知ろうとした。父親は私と痛みを共有しようとしたあまり、間違って死んでしまったのだ。父親は最期まで私を想い、私の父親への想い・その象徴までも心の鉛になるほど、呪縛になるほど、きつく痛く見てくれていたということ!それはあまりにも自己犠牲的で、私の見て欲しいという欲求を最大まで満たしてくれる所業。この一連は炎を通じ、炎で通じた私と父親との確かな繋がりであった。これはどんな芸術でも敵わず、どんな美談にも未だ劣ったことのない究極の美学にあった。私はそれに立ち会い、父親だった体躯、そして私の火傷がまざまざと体験させたのだ。絢爛などという言葉では足らない、炎は壮絶な煌めき。炎とは決して破壊を生むだけの暴君ではなかった。改めよう。焔は父親の夢であり、私の夢である。
ならば、私はまたひとつ告白しなければならない。私は父親を探すことも消火器を持ってくることも一切せず、本当はあの扉の前で呆然と炎が収まる時を待っていたのだ。火が広がらないことは兼ねてから気づいており、その中で父親が火と居ようとしていたのも知っていた。私は火が止んで実際部屋に入るまでいまいち父親の意図が不明であり、けれども見届けなければという気持ちに何故か駆られ、私はその場で父親を見殺しにしていたのである。しかし万が一、父親の死因が姉弟への後追いだった場合、私と父親との絆は洗面所へ行った別れ際で終えられてしまうと危惧し、あのような嘘をついたに帰結する。けれど、全くもって杞憂だったのだ。父親が炎の中に見ていた光景は最期の一瞬まで私であった。父親は結局死んでしまったので、そこからはもう考える思考も持たない銅像なのだが、銅像は寧ろ余韻であった。最期まで私を見ていた確固たる証拠だった。
それから程なくして、私は私の心臓を悪魔に譲った。私の願いを聞いてくれたのは、叶えてくれたのは他でもない悪魔なのだから、礼儀を尽くしたかった。私は御礼に心臓をあげたのだ。深々と胸部の中央に刺さったメスは、私の生命線を緩やかに静止させていったのだが、私の身体はいつまでも父親の居る病室の中で満ち足りていた。私は幸福であった。
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█月█日█曜日(快晴)
お父さん 大好き




