↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/25

402 神様なんていないよ

懺悔しよう。私は姉弟の異変を悪魔がしてのけた偉業のように綴ったが、実際あのように陥らせたのは私であると。私は脳みその異常、簡単には思い込みの作用を使って姉弟の錯乱を狙ったのだ。夢の内容は事実であるが、私はその事実から着想を得て姉弟を狂わせようと思い立つに至る。私はあるトリックを利用し姉弟が幻覚・幻聴に見舞われたと錯覚させ、やがては本物の幻覚・幻聴が姉弟の身に目覚めさせるよう仕掛けた。すると姉弟は脳の思い込みにより、私が何をせずとも勝手な妄想を繰り広げるようになった。私の作戦は成功する。懺悔しよう。悪魔への復讐はそのままの意味がなく、悪魔も復讐も入らぬ、つまり姉弟への嫉妬だった。私は部屋一杯号哭を書いたのに、幻に過ぎない恐怖を訴えることの方が遥かに父親の関心を向かせていることを羨んだ。だから私は一連の犯人こそ自分であると姉弟に見せつけ、敢えて姉弟からの非難を好んだ。生々しい存在欲求であり、最も貪欲な主導権である。では何故悪魔の仕業にしたか。私は悪魔がもっと積極的で悪辣な存在であることを冀望したが、悪魔は反対に私の右側と夢に現れただけで満足してしまう。だから私は自分の意思を以て鬼畜をやり遂げようとした。けれども私の根底にあるのは嫉妬と欲望と悪意だった。そういった人間の人間味ある醜い心情だけでは、物事とは実に凡庸で、なんの斬新さもない退屈な動機にしかなれない。だから普通を美化した。私は悪魔を手にした有頂天のまま普通を隠したかった。私は私が特別でありたく、普通は美談になった。

 そういう乱心を孕んでいる自覚は知れたこと。けれども真相を知れない父親は私の乱心を狂気に含めないらしい。父親の興味はやはり姉弟だけにあった。けれどもひとつ嬉しいことは、父親は私ごと自らの精神病棟へ住まわせるらしかった。必要最低限の荷物を纏める時でさえも、私の自室に立ち入った父親が号哭に気づいた気配なんて微塵もなかったが、それすら今は大丈夫であるほど、うきうきしていた。姉や弟は病棟へ着いても絶えず「病気じゃない!」「コイツのせい!」と騒いでいたが。

 父親が私まで病棟へ連れていくことにしたのは、姉弟が入院して父親も仕事となれば、病弱な私が家にひとり取り残される事態になるからとのこと。三姉弟揃って同じところに居てくれるのであれば、父親も安心するらしかった。二人は相変わらず喚いており、私とは別の隣の独房で扉をけたたましくぶつ音が暫くは聞こえた。止んだ頃が二人の疲れた合図だった。私は前の家と変わらず一人ぼっちの部屋にいた。無機質の白い空間に窓のみ。前より殺風景であるのに、何故か前と変わらない殺風景に見えた。けれども父親は私に自由帳とクレヨンをくれた。父親は思うままに描いて良いと言ってくれ、最後には、みんなのことは神様が救ってくれると付け足した。父親はまだ神様を信じているらしかった。悪化しているのに。目の前の娘は夢に出てきた悪魔に感化され姉弟へ危害を加えているというのに。悪魔が関わる事態を神様は見向きもしない。見捨てている。誰かを救う気など端からない神様を求めて何になるのだろう。だから、私が信じる悪魔を父親に信じて貰いたかった。悪魔の方が正直だと。私は姉弟に仕掛けたトリックとは別の手品を使って父親をこちらへ招こうと、新たに決意した。

 さて。ここからは本当に悪魔の仕業である。私は悪魔に祈り、「聞こえているんでしょ」と問い質した。それが幸をなした為に悪魔は応えた。父親は毎日姉弟が喚く度、神よ神よと祈ってから独房へ入るらしかったので、私は悪魔へこの瞬間を狙えと指示出した。姉弟は末路、拘束具の装着が余儀ない程まで荒れたので、父親の祈りはとうとう効き目のないことを確定させた。しかし尚も父親は神よ神よなどと祈るので、私は父親に教えてあげたのだ。

「神様なんていないよ」

 父親は私の言葉を侘しい子供の辟易に見えたらしい。私には大丈夫、神様はいる。きっと助けてくれるはず。と常に言い張った。その時私の肩を撫でた大きな手は疲れていた。そうまで思い詰めて神を盲信するだなんて、それこそ馬鹿馬鹿しいではないか。私は自由帳にもう一枚逆さ十字を描く。姉弟を狂わせるだけでは父親を招くに足りないのだそう。

 その日以来、私は自ら狂うことにした。私は外に聞こえるまで「痛い!痛いよーー!」と目の異常を訴え、ベッドの中を暴れてみせる。かかとは絶え間なくベッドを打ちつけ、底面の支える金属が鐘のように鳴り響く。ナースは揃って私の部屋へ押し入るが、父親が来るまで暴れるのを辞めないでいた。ナースは悩んだ末拘束具を私に付けたが、悲鳴は諦めを覚えず父親を待ち続けた。そして、父親は呼ばれた。父親は言う。私の傷は完治したと。もう痛むことはないと。神よ神よと唱えている瞬間のように、私の手には大きな両手が包まれていた。私は泣きじゃくり、息を荒らげ、父親の将来のため演技した。あくる日もあくる日も、私は継続的であった。父親が来たなら私は叫ばないので、ナースは私が叫べば父親を要請することが増えた結果、私と父親との時間は劇的に増えることになれた。これがどれだけ喜ばしいことか。お父さんといたいという願いは、もしかするとここに着地するものではなかったか。悪魔は私の願いを聞き、私が姉弟ごと病棟へ送られる相応の口実を工作しようと、私を夢から導いてくれた一説はなかったか。悪魔はわざと消極的な振る舞いを見せたのだ。なんと利他的だろう。人は善人に当たった際その人を神様に喩えがちだが、私はそれが間違いだと気づく。本当に喩えるべきは悪魔だった!やはり、求めている者のところを降り立つのも願いを聞くのも寄り添ってくれるのも、あらゆる救済は悪魔の管轄だろう。神は迷信だった。私は直ぐにでもこの感情を吐き出したく、どうしたって曝け出す方向を衝動させたいらしかった。私はナース達が去った後の二人だけの病室で、又も父親を説得する。

「ほらね。神様なんていないんだ」


 父親の憔悴は段々秘めるものではなくなった。余裕のある優しさを含んだ笑みでさえ、最近では疲れがあった。その結果から仕事に支障が出てしまったか、父親は暫くの休養を貰ったらしい。けれど父親の献身的なこと。彼は休養のあらゆる全てを私の時間に当ててくれた。父親曰く、私の健康が戻る方こそを何より望むとは。私は嬉しかった。あと少し。あと少しで私を父親は認めてくれるかもしれなかった。私は今まで以上に痛みを訴え、父親が手を握ろうと効き目のない風で騒ぎ出す。そして、口における禁忌はこの時を以て消滅したといえる。私は父親の前で訴えた。

「お願い!悪魔を呼んで!早く」

 暴れ続ける。拒んだ末に父親が部屋を出ようと、ここまで来れたのならいっそ暴れ続けてしまおうとすら思う。けれど父親は逃げ出さず、永い短い葛藤の末に話す。

「悪魔」と。

 私の止む演技は最早演技ではなく、本当に荒れた心が止んだようであった。嵐がすぎる様に、猛威を奮っていた雨雲から日が差し込む様に、私の動きは止まったらしかった。父親の声からそれがしかと聞こえたことに、私の心の号哭は掻き消されたらしかった。私のこの特別な感情はこの世にあるあらゆる辞書だけでは物足りず、表す言葉もなく、遂に声は失われた。嬉しいという感情はまた違う。いいの?いいの?と繰り返したくなるような、そういった感情である。しかし私は笑えた。私は父親に気づいて貰いたかった。悪魔に祈れば私の心は晴れ、心身の病弱すら打破する恵みになると。この一連によって完全に証明となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。