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303 腫瘍

私は元より病弱であった。私の身体は生まれつき、自由の鳥を縛る、ただ重い鉛に抑えられ、ベッドの上で身動きが取れないでいた。この縛りを解こうとすれば、ベッドに繋がれた鉄の鎖は私を罰し、肺の通り道を邪魔してこの身を呪うのである。それでも鎖から剥がれようとすれば、今度は脳みそを呪い、呪われた脳を私の血潮が拒絶するので、耳元から体躯の悲鳴がざわめき、視界は砂嵐となって強制的にベッドへ戻そうとする。酒であった。酩酊であった。道端の酔いつぶれが、風で激しく揺すられる木々のように身体を動かすその仕草。私の脳は一時的に酒で溺れたように麻痺し、木々の如く私の意識を置き去りにする。正しく酔いつぶれに等しい。さて、こうなってくると私は初めから神に見限られていたというのか。私の魂は前世、神話を著しく侮辱する様な罪を重ねに重ねた、汚らわしく陰惨な魂なのだろうか。私が呼吸するごとに鳴く、首を絞められた夜鷹の醜い末路の様な音は、過去に死んだ魂の呻き声、或いは今世こそ愛されようとする私への叱責だろうか。私は問う。魂の在処は。心臓が心であるならば、脳は記憶。五感が伝言であるならば、手足は自由。それなら、それら全てを繋ぐ血潮こそ魂なのではないだろうか。私が神に嫌われるほど汚れているのは、流れる血液が腐っている為である。私は自らの血を憎んだ。平然と全身を行き来する恨めしい血流を。血が私を呪うなら、私も血を呪い返すのみ。

 しかし、愛しい人は否定した。私は人の子であると。私の体内は清らかな血に繋がれた等しく清らかな血であると。私が寝たきりであるのは神に与えられた試練であり、これらが終わる暁には祝福が待っているのだと。なんと優しく愚かなことか。愛しい人は寝たきりではないのに、何故私にだけ試練があるのか。それを証明出来ないのならやはり私の血は呪われている。そう返すと又愛しい人は答えた。天から与えられる試練は必ずしも同じではない。それは魂に合わせて変わるもの。容姿に苦しむものもいれば、家庭環境に苦しむものもいる。みなそれぞれ、己の試練に立ち向かっている。それが人間であると。

 私はそんな愛しい人の純粋無垢な思考が好きであった。好いていながら、純潔ゆえ神の甘い言い訳に乗せられた哀れな人にも映っていた。例えば、家庭環境が試練だというなら家庭環境の崩壊そのものの原因は殆どが人間側にあるというのに、理不尽を強いている人間がいながら、それらを神の試練と結論付けるのは矛盾している。しかも、理不尽を行う人間もまた試練を受けているというのだ。それが菌であれ、自然であれ、どちらにせよ自分達の首を自分達同士で絞めあっている状況である。果たしてそれは試練だろうか。醜い縄張り争い、もしくは殺し合いを神が望んでいると?そうならば、悪魔も神も大して変わらず、悪魔と神は神話上で仲良くなれたはずなのだ。いくら愛しい人の励ましであろうと、私は信じられない。

 恐らく私は腫瘍である。血の清らかな人の癌細胞になろうとした私は、悪性腫瘍として清らかな血に現れ、拒絶した肉体によって弾き出された一種である。血の繋がりがあるように誤解されるのは、私がその時吐き出された間に、ほんの微か入り混じった清い鮮血の一部が腫瘍に紛れていたからで、それすら今は毒々しく変わり果て体内を巡回している。であれば、私が確かに綺麗な血を蝕んだのだとすれば、喰われた血はたちまち母親を汚し、弟を産んだ頃には私の様な汚れを受け入れられず命を落としてしまったとして、これにて辻褄が合う。

 生涯ベッドに固定されていた私は、それでも姉弟まとめて眠ることで安心出来ていた。私たちは磁石なのだと。強力な磁場に吸い寄せられた私たちは、皆してここから動けなくなってしまったのだと空想した。抵抗すれば磁場は私たちを食べてしまう。だから父親が助けに来るまで少し眠っていよう。朝になれば助けてくれるはず。しかし、永久的に磁場から解き放たれたのは二人だけであった。

 窓は言わば画面。草葉を湿らす朝露も爽やかに踊る微風も私には遠い景色であり、快晴に照りつける太陽の温もりさえ演出だった。休日になれば、泥や朝露に肌が汚れるのも厭わず草原を駆け回る親子の姿があった。親子はただ走り回っているだけで大笑いし、勝負の勝ち負けが決まっただけで高く笑うので、何がそんなに面白いやらと絵本をめくれば、その子も万歳をして笑っていた。そこに居る子までも太陽の温もりが届くので親子と同じように映った。私は絵本を閉じ、再び親子を見る。弟が父親の片腕にしがみつく。一瞬よろめいて、父親は誇らしげに弟を持ち上げる。すると姉までもが片腕に便乗し、父親は両腕に二人をぶら下げながら草原を歩く。歓声の様な声が私の耳に届く。あれだけ元気な声なのに何故だか遠く、くぐもって聞こえてくるので、やはり絵本を見ていようと頁をめくった。人は走っただけで笑えるらしい。その場で一回転しただけで笑えるらしい。絵本を何冊読んだところで、はて、私は大声出して笑えるだろうか。そこにあるのはどこまでも誰かの物語であり、私はその余韻を楽しんでいるだけ。窓にある映画を鑑賞している時と大差ない。どこまでも私はいない。

 羨ましい気持ちはなかった。私も同じように笑おうとしたとて、喉から出てくる呪縛が私の声をせき止め、夜鷹の様な音がしきりに咽ぶだけ。走り回ったとて、脳や視界を覆うノイズに殺されるか、微弱な電撃を食らったように手足が痺れ、心臓の異常な鼓動にやはり殺されてしまうか。私は外で遊ぶことが許されていない宿命上、どうしても見せびらかされる映像に嫌気が増し、毎日最終的には薄い布が映像を遮断してしまうのだった。レールをなぞる高く細い音が笑い声より近く鳴り、それでも入ってこようとする温もりを一々邪魔してくれる。この布が私と世界との深々とした溝を埋めてくれ、幾らばかりか心を安らげてくれることを祈った。しかし声はまだ煩わしく、もう一枚境界線が欲しいと、私は布団を大きく被って耳を塞いだ。丁度具合悪くなってきたから良いだろう。このまま眠ってしまおう。夢は私の鎖を断ち切ってくれるので、夢こそ逃げ道である心地がした。

 ただ煩わしい。ただ馬鹿馬鹿しい。神は救うだの赦すだの言い訳を並べるが、やはり物事を善悪で判断し、悪が懺悔しようと一滴の慈悲さえ向かない。私は死ぬまで呪われるのだ。無間地獄だ。父親は神を尊いと言い張るが、私は思わない。同じように人を殺すなら、同じように虚言を吐くなら、又同じように呪うなら、血肉を捧げれば、利害の一致が認められれば、その願いを叶えてくれる悪魔の方が良い。

 私は絵本の遊び紙を破いて、真っ白な表面にクレヨンを引いた。紙がクレヨンに引っかかって折れようとクレヨンの通ったところが破けようと、黒々したクレヨンはその身を潰しながら逆さ十字を形成する。もっと太く、もっと濃く、やがて真ん中が特有のしろいまだらまで消し、塗れば行き場のない残滓がそこらに塊を生むまで書き殴った。この儀式は正に儀式であった。浮気相手を力一杯刺し殺す復讐劇の様な烈しさがあり、実際に何かの命を奪っているものと錯覚する程の強烈な感情が握り拳にほとばしる。時偶クレヨンを紙に叩きつけると、ベッド横の棚から出る木の音が肉を刺す音に聞こえ、手がいつの間にか黒ずんでいる様は惨たらしい血飛沫を浴びた心地になった。しかしやがて玄関口から親子が帰ってくる音が耳に入ったので、我に返った私はやれ紙を元の絵本に挟み、破けた形にぴったり合わせた。ベッドわきの本棚に例の絵本を入れればもう、他の絵本に混じって見分けがつかなくなっていた。もうじき父親の足音が部屋の前まで差しかかろうとしている。私は先程のように布団を被り、眠っていた振りをする。

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