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公爵さまには、耳としっぽが生えています

お読みいただきありがとうございます。


※本作はポートフォリオ用サンプルとして掲載しております。

第3話までの公開となり、現時点で続きの更新予定はございません。

その点をご理解いただいたうえで、お楽しみいただけますと幸いです。

血濡れの魔獣公と呼ばれた存在が、

今、目の前にいる。


私の心臓は、

張り裂けそうなほど暴れているのに、

顔からは血の気が引き、手足が震えている。


……どうしよう。


挨拶したいのに、

身体が、動かない。


「あ、え、わた……っ」


喉が詰まり、

言葉が出ない。


私、殺されちゃう。


固く目を閉じ、

全身に力を込める。


瞼の隙間から、

涙が滲み出た。


「おや、こちらのお嬢さまは?」


執事長が口を開いた時。

公爵さまが先に動いた。


私の身体が、

ふわりと舞い上がった。


一瞬で景色が変わり、

飛び込んできたのは、


眉間に皺を寄せ、

鋭い目つきの男性。


咄嗟に目を閉じたけど、

確かに見えた。


なに、あれ。


耳が、

もふもふの耳があった!


「旦那さま……

断りもなく、抱き上げてはいけませんよ」


執事長の呆れた声で、

何が起きたか、ようやく分かった。


私、お姫さま抱っこされてる!


自覚した瞬間。

公爵さまの体温が、

布越しでも伝わってきた。


私の顔は、

一気に赤くなる。


ばさっ。


何かが、

私の全身にかけられた。


手で触れると、

厚みがあって、肌触りもいい。


あったかい。


かじかんだ手足が、

少しずつ、ほどけていく。


なんだか、

懐かしい香りがする。


張りつめていたものが、

ふっと緩んだ。


「旦那さま。

こちらのお嬢さまが──」


執事長の声が、

遠くに聞こえる。


でも、

何を話しているのか、

もう聞こえない。


寝ちゃいけないのに。


どうして、なの。

凄く、ねむ……い。


私の意識は、

そこで途切れた。


「──ですから、いつも!」


誰かの声に、

重い瞼が少しだけ開いた。


最初に飛び込んできたのは、

天井に飾られた、綺麗な装飾品。


「せめて、

私が説明してから、行動をするようにと、

いつも言ってるではありませんか!」


……執事長の声?


ぼんやりと頭のまま、

顔を横に向ける。


そこに居たのは、

仁王立ちの執事長と、

床に正座している公爵さま。


「今回の結婚だってそうですよ。

突然、明日迎えに行くと言いだして、

ろくにおもてなしの準備もできていないのですよ」


公爵さまが……正座。


信じられない光景に、

思わず凝視してしまう。


執事長は、

子どもを窘めるように、苦言を呈している。


肝心の公爵さまは、

鋭い目つきのまま、執事長から目を逸らさずにいた。


……嘘でしょ。


目の前の光景に驚愕した。


執事長が注意しているからでも、

公爵さまが、正座しているからでもない。


やっぱり、

耳としっぽが生えている!?


三角のもふもふ耳は、

ぺたんと、しなだれており、

長いしっぽは、執事長に伸びていた。


先っぽの部分を、

執事長の靴に擦りつけ、

甘えたそうにしている。


公爵さまって、

犬だったの……?


最初は呆然としていたが、

そこではっと、我に返る。


「……見えない」


公爵さまには、

いつもの“心の形”が見えない。


執事長に目を向けると、

彼の胸元に……いた。


指人形のように小さい執事長。

それがクッションの上に膝をついて、

優雅な表情で、紅茶をすすっているのだ。


……そっか、

消えたと喜んだのに。


この力は、

今も変わらないのね。


物心ついた時から、

私の世界は人と違っていた。


大人はみんな、

笑みを浮かべながら、

心では違う顔をしていた。


相手の心が、

形となって見えていた。


けれど、

幼かった私には、

その意味を理解することはできなかった。


五歳の時、

魔物を助けた私を見た大人たちは、

心と同じ顔を浮かべていた。


「この子、泣いていたから」


みんなが怖くて、

魔物を強く抱きしめる。


「何言ってるの、

早く捨てなさい!」


母が初めて見せる、

鬼のような形相。


「だって、

ずっと怖いって言ってるよ」


「……なに、言ってるの」


冷たく吐き捨てられた言葉に、

私は気づかなかった。


「ほら、見てよ!

お胸のところで、小さな魔獣が泣いてるよ」


その時になってようやく気づいた。

母の汚らわしいものを見る目。


みんなの胸に見える、

小さな姿は、私にしか見えていない。


そして、

それが“本音”なのだということに。


あれ以来、

"心"を見るのが怖くて、

下を向いて生きてきた。


そう言えば、

あの時の魔獣、

どうなったんだろう。


ベッドの上でぼんやりしていて、

すぐそばに二人が立っていることにも、

気づかなかった。


「あの、お嬢さま?」


「きゃっ!」


悲鳴と一緒に、

身体が飛び跳ねる。


執事長は、

穏やかな笑みで語りかけてくる。


心の中は、

両手でハンカチを持ち、

滝のような汗を拭っていた。


「あ、あの。

困らせてごめんなさい」


「いえ、違うのです。

お迎えにあがるのが遅くなり、

申し訳ございません」


執事長の顔が、

心と同じ表情になった。


「なにせ、

昨日、結婚が受理された書類を渡されまして……」


執事長の遠い目が、

心と同調している。


「えっと、それは……

なんだか、すみません」


ちらりと、

公爵さまに視線を向ける。


腕を組み、

怖い顔で私を見下ろしている。


なのに、

ぴんと立った三角の耳。


背後から伸びたしっぽは、

はち切れんばかりに振られている。


……???


よく分からない状況。

つい公爵さまを凝視していると、

彼の顔は、徐々に赤くなっていく。


「あの、大丈夫ですか」


私が声をかけた瞬間。

公爵さまの頭から、ぼんっと音を立て煙が上がった。


「ごほん。

いつものことですので、ご心配はいりませんよ」


安心させる口調だったが、

どこか呆れも混じっていた。


「改めまして。

執事長のセドリックです。

これから誠心誠意お仕えさせていただきます」


胸に手を当て、

お辞儀をするセドリック。


私も急いで、頭を下げる。


「ご丁寧にありがとうございます。

私は、クレストン伯爵家の長女。

エルミア・クレストンです」


ぶしゃ。


「きゃあ!」


「旦那さま!」


なぜか公爵さまが、

盛大に鼻血を噴き出して、

腕組みのまま、倒れてしまった。


表情だけは、

変わらないままだった。

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