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公爵さまの「綺麗」は怖すぎます

お読みいただきありがとうございます。


※本作はポートフォリオ用サンプルとして掲載しております。

こちらの第3話でサンプル掲載分は終了となります。

現時点で続きの更新予定はございませんので、ご了承のうえお読みいただけますと幸いです。

倒れた公爵さまは、

自分の鼻血で、全身を赤く染めあげていた。


血濡れの魔獣公って、

こういうことだったの?


「はぁ、坊ちゃん。

そんなに奥手では、

初夜をどうするおつもりですか」


呆れているセドリック。

心では両手で顔を覆い、頭を振っている。


公爵さまは返事をせず、

無言で立ち上がった。


「……初夜、とは?」


聞きなれない単語に、

布団を握り、恐る恐る質問する。


二人は石のように固まり、

ギギギ、と音を立て顔を見合わせた。


セドリックは心で、

大きな本を抱え、あたふたしている。


公爵さまのしっぽは、

高く上がったまま、

先だけが忙しなく震えていた。


「初夜とは、夫婦二人で……

その、コウノトリが……

いえ、雌しべと雄しべをですね……」


そこまで言って、

セドリックは口ごもり、

公爵さまに視線を移す。


腕を組み、

凶悪な顔をしたまま、

公爵さまは首がもげそうなほど左右に振っていた。


「ひとまず。

準備を済ませてから、

お食事にいたしましょう」


セドリックが、

サイドテーブルに置いてあるハンドベルを掴む。


チリン、チリン。


二、三回揺らすと、

涼しげな音が部屋に響いた。


こん、こん。


『失礼いたします』


ゆっくりと扉が開く。


現れたのは、

メイド服を着た、一人の女性。


小柄な身長。


白髪の混じった髪。


外見は初老の女性だが、

ぴんと伸びた背すじに、

年齢を感じさせない優雅な動き。


惚れぼれする姿に、

見とれていたが、ふと胸元に視線を落とす。


──!?


心の姿は、

小さなおばあさんのように腰を丸め、

杖をつきながら、にこにこと笑っていた。


「奥さま、初めまして。

私はメイド長を任されております。

マーサと申します」


「お、奥さま?」


物腰柔らかな口調。

緩みかけた心に、"奥さま"の言葉が引っかかった。


「あら?

聞いていませんか。

ご結婚なさったのですから、

今日から、公爵夫人としてお仕えさせていただきます」


おほほっと、

口元に手を添え微笑むマーサ。


心では、

小刻みに震えながら、

私に一粒の飴を差し出してくれた。


「……マーサ。

お嬢さまも事情が分かっていらっしゃらないんだ。

せめて、式を挙げてからでも──」


「まぁ!

何をおっしゃるのですか。

配慮が必要とはいえ、それはそれ!

これはこれですよ!」


信じられないと言いたげに、

マーサはセドリックに詰め寄る。


セドリックは、

心の中の小さな自分と一緒に慌てていた。


マーサの心は、

『男子禁制』の看板を出していた。


「さっ、お二人とも出ていってください。

私が腕によりをかけて、磨きあげますので……さぁ!」


マーサは満面の笑みだった。

けれど、その迫力に逆らえる者はいなかった。


圧倒された二人は、

そのまま外へと追い出された。


ばたん。


マーサと二人きりの室内。

緊張で、喉が詰まる。


「奥さま。

覚悟はよろしいですか?」


振り返ったマーサの手には、

何かの化粧道具が握られていた。


一方、その頃。

食堂では、アルディスが、

落ち着きなく歩き回っていた。


その後ろで、セドリックが深いため息をつく。


「坊ちゃん、落ち着いてください。

マーサなら心配ないと分かっているでしょう」


「……」


アルディスは返事をしない。

ただ、食堂の扉をじっと見つめている。


「そんな顔で待ち構えていたら、

奥さまが怯えてしまいますよ」


セドリックの言葉に、

アルディスの肩がわずかに揺れた。


こん、こん。


ノック音に、

息を飲む二人。


扉が開いた先にいたのは、

マーサと、別人のように着飾ったエルミア。


顔を覆っていた長い前髪は、

左右にやわらかく流されていた。


それでも、

すべてをさらけ出すようにはせず、

頬にかかる細い髪が、

彼女の表情をそっと隠している。


腰まで伸びていた髪は、

いくつもの編み込みに整えられ、

首の後ろで、丸い花飾りのようにまとめられていた。


淡い色のドレスに身を包んだエルミアは、

両手でスカートを握りしめ、

所在なさげに立っている。


「お待たせいたしました。

いかがでしょう、奥さまは」


得意げなマーサの声だけが、

食堂に響いた。


食堂へ足を踏み入れた瞬間、

私は思わず息を呑んだ。


公爵さまが、

息をすることも忘れたように固まっていたからだ。


「ごほん。

旦那さま、奥さまになにか仰ってください」


公爵さまの隣に立ち、

セドリックが横目で注意する。


しかし、反応はない。


マーサが近づき、

公爵さまの顔を覗き込む。


「あらやだ、死んでるわ」


ちーん。


口元に手を当て、

驚いたリアクションをするマーサ。


公爵さまの口から、

半透明の魂が、ふわりとのぞいている。


「えっ、えっ、公爵さま!?」


突然の死亡宣言に慌てる私。


マーサの心は、

椅子に座って、優雅に紅茶を飲んでいた。


「心配いりませんよ、奥さま」


マーサは、

公爵さまの耳元に顔を寄せ、

なにかを囁いた。


すると、

彼の目に力がこもり、

一瞬で私を捉えた。


「ひぃっ!」


私の目に涙が滲む。

言葉を発したくても、口が動かない。


公爵さまは、

少しだけ口を開いたが、

漏れ出すのは、小さな呻き声。


「き、き、き……」


唇が、

何かを言おうと震えている。


「きききぃぃぃ……」


鬼の形相に、

口から出る奇声。


あまりの怖さに、

私は意識を飛ばしそうになる。


「旦那さま。

それでは奥さまに伝わりません」


セドリックが、深いため息をつく。


「おそらく、綺麗だと仰りたいのです」


公爵さまは、

表情を変えずに、全力で頷いた。


よく見ると、

はち切れんばかりにしっぽを振っている。


……怖い。


怖い、はずなのに。


胸の奥が、

ほんの少しだけ、くすぐったかった。

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