表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第7話「値札のない価値」


宗方と会ったあの夜から、四日が経った。


宗方の助言を受けて、配信探索を再開している。


凍結命令はまだ出ていない。管理局は世論を見て慎重になっているらしい。配信の視聴者数は安定して五万から八万。「おっさん42を止めるな」というハッシュタグがSNSのトレンドに入った日もあった。


だが、別の方向から弾が飛んできた。


朝、ポストに分厚い封筒が入っていた。


差出人は、弁護士事務所の名前。


中身は訴状だった。


『原告:株式会社帝央マグナス

被告:真壁遼

請求の趣旨:鳩山第七坑における超深層探索権の帰属確認

原告の主張:鳩山第七坑の個人探索権譲渡は、超深層を含まない旨が契約上の前提であり、超深層の探索権は原告に帰属する』


訴訟。


裁判だ。


書類の束を持つ手が、小さく震えた。


怒りではない。


いや、怒りもある。


だが、それ以上に──疲労だ。


リストラされて、ダンジョンを押し付けられて、自力で超深層を見つけて、国に目をつけられて、今度は元の会社に訴えられる。


次から次へと、俺から奪おうとする手が伸びてくる。


訴状をテーブルに置いて、顔を洗った。


水が冷たい。


鏡に映る四十二歳の顔は、二週間前より確実にやつれている。


* * *


午前十時。桐谷にオンラインで連絡した。


「訴訟……」


桐谷の声が沈んだ。


「あたし、法律は専門外ですけど、知り合いにダンジョン法制を研究している弁護士がいます。紹介しましょうか」


「助かる。頼む」


桐谷が紹介してくれた弁護士と電話で話した。ダンジョン関連訴訟の専門家だという。


状況を説明すると、弁護士は言った。


「契約書の文言を確認させてください。『全区域にわたる探索権』と記載があるなら、こちらに勝ち目はあります。ただし──」


「費用か」


「正直に申し上げて、この規模の訴訟は安くありません」


見積もりを聞いて、黙った。


配信の収益と貯金を全て合わせても、足りない。


弁護士は「分割でも対応します」と言ってくれた。ありがたいが、重い。


SNSでは訴訟の件がすでに拡散されていた。


『帝央マグナスがリストラした社員を訴訟 超深層の権利を奪い返す構え』


このタイトルの記事に、批判のコメントが殺到している。


「リストラしてゴミダンジョン押し付けて、価値が出たら返せって?」


「帝央マグナスやべえな。企業イメージ終わるぞ」


「おっさんが自腹で装備買って命がけで見つけたのに」


世間の空気は、俺の味方だ。


だが、法廷は世論では動かない。


* * *


裁判所。


第一回口頭弁論の日は、曇り空だった。


スーツを着るのは久しぶりだ。リストラの日以来。


法廷に入ると、向かいの席に鷹村がいた。


銀縁眼鏡。きっちりしたスーツ。こちらを見て、軽く会釈する。


あの慇懃無礼な丁寧さは、法廷でも変わらない。


帝央マグナス側の弁護士が主張を述べた。


内容は訴状の通り。「退職時の譲渡契約書には”D級ダンジョン鳩山第七坑の探索権”とのみ記載されており、当時確認されていなかった超深層は譲渡範囲に含まれない」。


続いて鷹村が証言に立った。


「退職時にお渡しした探索権は、あくまでD級ダンジョンとしての範囲に限定されたものです。超深層という未知の領域が存在するとは、当時の段階では会社も把握しておりませんでした。会社としての判断ですので」


同じ言葉だ。


何年経っても、あの人は変わらない。


俺の弁護士が反論した。


契約書の原本を提示する。


「契約書には『鳩山第七坑の全区域にわたる探索権』と明記されています。全区域という文言は、当時認知されていた区域に限定されるものではありません」


帝央マグナス側が再反論。「全区域とは、譲渡時点で登記されていた区域を指す」。


法律の解釈の戦いになっている。


俺には、そちらは分からない。弁護士に任せるしかない。


だが、一つだけ、俺にしかできないことがある。


証言台に立った。


弁護士に促され、事実を述べた。


「俺は帝央マグナスに二十年間勤めました。現場管理職として、ダンジョンの探索データを鑑定し、報告書を作り続けました」


法廷は静かだ。


「退職時、退職金は出ませんでした。代わりに渡されたのが、鳩山第七坑の個人探索権です。鷹村部長は──いえ、当時の鷹村部長はこう言いました。『誰も要らないダンジョンだが、探索権としての価値はある。退職金代わりだ』と」


鷹村の方を見た。


目が合った。


鷹村は表情を変えなかった。


「その後、俺は自費で装備を揃え、自分のリスクでダンジョンに潜り、自分のスキルで超深層を発見しました」


テーブルの上に、ノートパソコンを開いた。弁護士がモニターに映す。


配信のアーカイブ映像。鑑定結果の詳細ログ。超深層の地図。全て、俺が自分の金と体と【鑑定】で集めたデータだ。


「このデータは全て、俺が自費で装備を揃え、自分のリスクで潜って、自分のスキルで取得したものです。帝央マグナスは一円も出していません」


法廷が、しんと静まった。


* * *


法廷を出た。


廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。


「真壁くん」


鷹村だった。


「まだ和解の余地はありますよ。探索権を返していただければ、相応の──」


「鷹村さん」


俺は振り返った。


「あんたは二十年前、俺のスキルが【鑑定】だと分かった時、こう言った」


鷹村の眉が、微かに動いた。


「『使えないスキルだな』」


間を置いた。


「覚えてないだろうけど、俺は覚えてる」


鷹村は何も言わなかった。


俺は背を向けて歩いた。


振り返らなかった。


* * *


その夜。


鳩山第七坑。配信を開始した。


裁判のことには触れない。


俺の仕事は、潜って、鑑定して、記録することだ。法廷の話は弁護士に任せる。


超深層・第2階の探索を進める。


チャット欄はいつもより静かだった。


視聴者の多くは裁判のことを知っているのだろう。けれど、俺が語らないことを、彼らは尊重してくれている。


時折、短いコメントが流れる。


「がんばれ」


「おっさん応援してる」


「ずっと見てるからな」


派手な言葉じゃない。


だが、画面の向こうに人がいる。


俺の鑑定を見て、応援してくれる人がいる。


それは──二十年間、会社で一度も得られなかったものだ。


配信を終えて、帰宅。


スマホにDMが一件。


宗方からだった。


『裁判の件、管理局も注視しています。正式な凍結命令は、裁判の結果が出るまで保留になりました。配信を続けてください』


配信を続ける。


それだけが、今の俺にできることだ。


テーブルの上に、訴状の封筒がある。


その隣に、ジップロックに入った金属片がある。


二十年前、「使えないスキルだ」と言われた。


今、そのスキルの価値を裁判所が決めようとしている。


だが本当の価値は──法廷ではなく、あのダンジョンの奥にある。


俺はそれを、自分の目で確かめに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ