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退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


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第6話「国が動く日」


神楽坂透真が鳩山第七坑に来てから、三日が経った。


朝、ポストに封筒が入っていた。


「政府ダンジョン管理局」の差出人名。


嫌な予感がした。


封を切る。


『鳩山第七坑探索権保有者 真壁遼 殿

超深層を含む区域について、安全確認が完了するまで個人探索を一時停止していただく可能性がございます。詳細は追って通知いたします。ダンジョン管理局 探索管理課』


可能性がございます。


行政の言い回しだ。「可能性」と書いてあるが、方向は決まっている。


探索権の凍結。


俺がリストラされた時と同じだ。「会社としての判断ですので」。言い方が変わっただけで、やっていることは同じだ。


誰かが上で決めて、現場の人間に結果だけが降ってくる。


封筒をテーブルに置いた。


拳を握っているのに気づいて、意識して指を開いた。


* * *


午前十一時。桐谷からオンライン通話が入った。


「管理局から書面が来たって、本当ですか」


「来た。凍結の可能性がある」


画面の向こうで桐谷が眉を寄せた。眼鏡の奥の目が、怒りとも困惑ともつかない色をしている。


「管理局のやり方は、学術的にも問題があります。超深層のデータは真壁さんの【鑑定】でしか取得できない。凍結したら、研究も全部止まる」


「大学の方はどうなんだ」


桐谷が少し間を置いた。


「指導教官には相談しています。でも……学界も政府の動きには逆らいにくい空気があって。あたし個人でどうにかできる範囲は限られてます」


正直な答えだった。


俺は窓の外を見た。四月の曇り空。


「俺一人の問題じゃなくなってるんだな」


「……そうですね」


桐谷の声が、いつもの早口ではなく、静かだった。


* * *


その夜。


配信はしなかった。


凍結の書面を受けた以上、今の段階で強行すれば俺の方が不利になる。


静かな夜だ。


テレビも点けず、缶ビールだけ開けて、テーブルに座っている。


配信がない夜は、いつぶりだろう。


この二週間、毎晩のようにダンジョンに潜っていた。チャット欄にコメントが流れて、桐谷の助言が入って、ゼロが短い指示を打つ。


それが、なくなると──静かだ。


俺は最初から一人だったはずだ。リストラされて、一人でダンジョンに潜り始めた。


──いや、もっと前から一人だった。ダンジョンより先に、連絡できなくなった相手がいる。何年も、一度も。


それなのに、二週間でこの静けさが堪えるようになった。


スマホが光った。


DunGo LiveのDM。


送信者は「ゼロ」。


『直接話がしたい。明日、指定の場所に来てほしい』


GPS座標が添付されている。


都内のどこからしい。


指が止まった。


ゼロ。


初日から見ている視聴者。端的なコメント。的確な助言。桐谷が「ただの視聴者じゃない」と言った人物。


直接会いたいと言っている。


罠の可能性は、ある。


だが──ゼロはこれまで一度も、俺を誤った方向に導かなかった。


「映像を保存しろ」。「正しい判断だ」。「深入りするな」。「中継器の座標を固定しろ」。


全部、俺の安全を守る助言だった。


二十年、現場で人を見てきた。


文字だけのやり取りでも、相手が信頼に値するかどうかは──完全ではないにしろ──分かる。


『分かった』


返信を打った。


* * *


翌日。午後二時。


都内のビジネスホテル。古いが清潔な建物の五階。


指定された部屋番号のドアをノックした。


ドアが開く。


スーツ姿の若い男が立っていた。


細身。短髪。表情は落ち着いている。年は三十前後だろうか。


「真壁さんですね。どうぞ」


通されたのは、ツインルームのデスク前。椅子が二脚向かい合っている。


男が名乗った。


「宗方零士です。ダンジョン管理局の分析官をしています。──僕が、ゼロです」


やはり、そうか。


驚きはあった。だが、衝撃というほどではない。桐谷の推測が頭にあったからだ。


「管理局の人間が、なぜ個人配信者の配信を最初から見ていたんだ」


率直に聞いた。


宗方は椅子に座り、手を膝の上で組んだ。


「業務ではありません。D級ダンジョンの定点モニタリングは僕の担当範囲でしたが、個別の配信を見るのは職務外です。あなたが配信を始めた夜、たまたまモニタリングシステムの通知で気づいた。それだけです」


たまたま。


「偶然だった、と」


「偶然です。でも、鑑定結果を見た瞬間に、偶然では済まないと分かりました」


宗方の目は真っ直ぐだった。


嘘をついている目ではない──と思う。二十年の経験が、そう言っている。


「管理局の内部のことを話します」


宗方は淡々と続けた。


「局内には二つの意見があります。一つは、超深層を国家管理区域に指定して、真壁さんの探索権を事実上剥奪する案。安全を理由に、全てを管理局の統制下に置く」


「もう一つは」


「真壁さんを管理局付きの専属探索者として雇い、国の管理下で探索を継続させる案。こちらは形式上、真壁さんの関与が残りますが、行動の自由は大幅に制限されます」


どちらにしろ、俺の手を離れる。


会社をクビになって、ダンジョンを渡されて、自分の手で切り開いた場所が──また、他人に取り上げられる。


「あんたはどっちなんだ」


宗方が少し黙った。


この数秒の間が、嘘をついていない証拠に思えた。本当のことを言おうとする人間は、考える時間がいる。


「僕は──正直に言えば、あなたの配信を見て、探索というものの本来の形を見た気がしています」


宗方の声が、わずかに温度を帯びた。


「国が管理すれば、安全は担保できるかもしれない。でもあの超深層は、あなたの【鑑定】に応えて開いた。あなたの意思で潜るべきだと、僕は思っています」


視線が合った。


三十一歳の管理局分析官と、四十二歳の元サラリーマン。


立場は違う。だが、この男は──自分の組織の方針に、個人として疑問を持っている。


「俺に何ができる。国相手にどうしろってんだ」


「一つだけ方法があります」


宗方が身を乗り出した。


「凍結命令が正式に発令される前に、配信で超深層の探索を続けてください」


「……配信を」


「はい。世論が真壁さんの探索を支持している限り、管理局も強権は発動しにくい。正式な凍結命令には局長の決裁が必要ですが、世論の反発が予測される状況では、決裁が下りない。配信こそが、あなたの最大の盾です」


配信が、盾。


生活費のために始めた配信が。


「世論を味方にしろ、ということか」


「結果としてそうなります。あなたがやるべきことは変わりません。ダンジョンに潜って、鑑定して、それを配信する。今まで通りです」


宗方はそこで口を閉じた。


言うべきことは言い終えた、という沈黙だった。


俺は立ち上がった。


「一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「あんたがこれを俺に教えたことは、管理局的にはアウトだろう」


宗方が一瞬だけ目を伏せた。


「……おそらく」


「それでも言うのか」


「僕は分析官です。データを見て、最適な判断を導くのが仕事です。今の最適な判断は、あなたが自由に探索を続けることだと、僕のデータが示しています」


理屈は通っている。


だが、理屈だけで組織に逆らう人間はいない。


何か──もっと個人的な理由がある気がした。


だが、今は聞かない。


「ありがとう」


それだけ言って、部屋を出た。


ホテルのロビーを抜け、外に出る。


四月の午後。ビル街の上に、青空が広がっていた。


「まあ、やるしかないか」


三度目の、この言葉。


初めて口にした時は、追い詰められた人間の呻きだった。


二度目は、かすかな覚悟が混じった。


今は──違う。


俺は帰りの電車に乗りながら、スマホを開いた。


DunGo Liveの予定配信機能。


明日の夜八時。タイトルは──


「超深層探索、再開します」


入力して、確定を押した。

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