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退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


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第5話「A級が来ても意味がない」


第2階への階段を発見した夜から、五日が経った。


この五日間で、超深層・第2階の入口付近までの探索を三回行った。


桐谷との連携で、第1階のマッピングはほぼ完了。通路の構造、魔物の出没ポイント、安全なルート。全て鑑定データと桐谷の分析で整理されている。


配信の登録者は二十万人を超えた。


生活のリズムが変わった。昼間は桐谷とオンラインで鑑定データを整理し、夜は鳩山第七坑で配信探索。繰り返しているうちに、五日が過ぎた。


その五日目の昼。


DunBoardを開いたら、トップスレッドに動画のリンクが貼られていた。


タイトルを見て、手が止まった。


『【神楽坂透真】超深層、俺が攻略する【A級ソロ宣言】』


神楽坂透真。


A級探索者。配信登録者二百八十万人。スキルは【閃断】──高速斬撃の戦闘スキル。


探索者業界で知らない人間はいない。テレビにも出ている。若くて、強くて、派手。


俺とは全てが正反対の男だ。


動画を再生した。


画面の中で、長身のイケメンが腕を組んで笑っている。


「話題の超深層、俺が自分の目で確かめてやるよ。D級のおっさんが配信してるだけじゃ、いつまで経っても全容は分からないだろ。攻略には戦闘力が必要だ。数字が全てだろ」


再生回数は三百万回。


コメント欄では「おっさんの鑑定配信 vs 神楽坂の実力配信」という対立構図で盛り上がっていた。


俺は動画を閉じた。


べつに、腹は立たない。


A級探索者が超深層に興味を持つのは自然なことだ。あの場所が持つ価値を考えれば、来るなという方が無理がある。


ただ、一つだけ引っかかることがある。


神楽坂透真は、帝央マグナスのスポンサード探索者だ。


その情報は公開されている。神楽坂の配信画面には帝央マグナスのロゴが常に表示されている。


帝央マグナス。鷹村の会社。俺をリストラした会社。


偶然で片付けるには、タイミングが良すぎる。


* * *


翌日の午後。


鳩山第七坑の駐車場に車を停めた時、見慣れない車が一台止まっていた。


黒いSUV。ナンバープレートは都内。


洞窟の入口に、人影が立っていた。


長身。整った顔立ち。動画で見た通りの男だ。


「あんたが、おっさん42?」


神楽坂透真が、俺を見て笑った。


「真壁です」


「神楽坂透真。知ってるだろ?」


知っている。だが、それを言う義理はない。


「A級探索者の方ですよね」


「そ。で、今から超深層に入らせてもらおうと思ってさ」


軽い口調だ。


法的には、通常階層──D級部分は公共エリアだ。探索権の有無に関係なく、誰でも入れる。


だが超深層は、俺の個人探索権の範囲に含まれる。


「超深層は俺の探索権の範囲です」


「分かってる分かってる。通常階層を通るだけ。超深層の入口を見せてもらうだけだよ」


見せてもらうだけ。


この手の言い回しは、会社で二十年聞いてきた。「ちょっと確認するだけ」「参考までに」。全部、嘘の前置きだ。


俺は何も言わず、先に洞窟に入った。


神楽坂が後をついてくる。


足音が軽い。A級の身体能力は伊達じゃないらしく、岩場を歩く音がほとんどしない。


第3層。


隔壁の前に立つ。


神楽坂が、壁に手を触れた。


何も起きない。


もう一度触れる。叩く。押す。


何も起きない。


「……開かねえ」


神楽坂の表情が初めて変わった。眉が寄っている。


「この壁の向こうが超深層だろ? なんで開かない」


「【鑑定】による署名認証が開放条件です。鑑定スキルがなければ反応しません」


俺は淡々と言った。


神楽坂が、腰に吊った武器に手をかけた。長剣。A級の装備だ。


「じゃあ、斬るか」


【閃断】。


光が走った。


文字通り、目で追えない速度の斬撃。


刃が隔壁に叩きつけられ──跳ね返された。


傷一つない。


「……マジかよ」


神楽坂が、信じられないという顔で隔壁を見つめている。


A級の全力の斬撃が通らない壁を、俺は手を触れるだけで開ける。


その事実が、この場にいる全員──俺と神楽坂と、神楽坂の配信カメラの向こうにいる数十万人の視聴者に、突きつけられた。


「なんだこれ……鑑定とかいうハズレスキルじゃないと開かないのかよ」


神楽坂の声には、苛立ちと、わずかな動揺が混じっていた。


それを聞いて、俺の中で何かが冷めた。


ハズレスキル。


二十年間、何百回と聞いた言葉だ。


今さら傷つくほど柔い皮膚はしていない。


「神楽坂さん」


「……何」


「組まないか、って言うつもりでしょう」


神楽坂の目が、一瞬広がった。


「俺が戦って、あんたが鑑定する。そう持ちかけようとしていたんじゃないですか」


「……まあ、効率的だろ」


「そうかもしれません」


俺は神楽坂の目を見た。


「でも、あんたは俺の鑑定が欲しいんじゃない」


間を置いた。


「超深層のデータと名声が欲しいんだ。二十年会社にいれば、そのくらいは分かる」


沈黙。


洞窟の中で、水滴が落ちる音だけが響いた。


神楽坂の配信カメラは回っている。今の会話は、彼の視聴者にも聞こえているはずだ。


神楽坂は何も言わなかった。


否定も肯定もしない。


その反応が、図星だと語っている。


「──ただ」


俺は続けた。


「超深層に興味があるのは本当なんだろう。だったら、一つ条件がある」


神楽坂が顔を上げた。


「俺の指示に従うこと。鑑定結果が出るまで手を出すな。それが守れるなら、同行を許可する」


神楽坂は数秒黙って、それから薄く笑った。


「言うじゃん、おっさん」


「条件を飲むかどうか聞いている」


「……分かった。あんたの指示に従う」


* * *


隔壁に手を触れる。【鑑定】、署名認証。


壁が音もなくずれ、下り階段が現れた。


神楽坂が息を呑む気配がした。


超深層・第1階。


発光苔に照らされた通路を進む。


神楽坂は無言で俺の後ろを歩いている。さっきまでの軽口が消えた。空気の違いを、体で感じ取っているのだろう。


十分ほど歩いた時。


通路の先に、甲殻の影が見えた。


アビサルシェル。体長二メートル。


神楽坂の手が剣の柄にかかった。


「待て」


俺は低い声で制した。


【鑑定】を発動する。前回と同じ結果。音波感知型、視覚なし、静止物には反応しない。


「鑑定結果を言う。音で感知するタイプだ。視覚はない。動かなければ気づかれない」


「……斬った方が早くないか」


「斬撃音で仲間が来る。前回、それで増援が出かけた」


嘘ではない。前回一体だったアビサルシェルが、今は通路の奥にもう二体いるのが見える。音を立てれば、三体が同時に動く。


「あんたの【閃断】でも、弱点を知らずに殻を叩いたら弾かれる。さっきの隔壁と同じだ」


神楽坂の手が、剣の柄から離れた。


「……弱点は」


「腹部第三関節の殻が薄い。だが今は戦う局面じゃない。黙って迂回する」


俺が先頭に立ち、壁際を音を殺して進んだ。


神楽坂が後に続く。A級の身体能力のおかげか、足音は俺より静かだった。


三体のアビサルシェルの横を、息を止めて通過する。


通過した後、神楽坂が壁に背をつけて大きく息を吐いた。


「……こんなの初めてだ」


小声で、しかし確かにそう言った。


A級探索者が。戦闘力の頂点にいる男が。


「戦えない」場所を、初めて経験している。


俺は何も言わなかった。


その後三十分ほど探索を続けたが、神楽坂は一度も剣を抜かなかった。


鑑定結果が出るまで待ち、俺の指示通りに動いた。


約束は守る男らしい。


* * *


帰還。


洞窟の外。夜空の下。


「おっさん」


神楽坂が、車に向かう俺の背中に声をかけた。


振り返ると、さっきまで超深層で見せていた緊張の面影はなく、いつもの自信に満ちた顔に戻っている。


だが、目の奥には──何か、考え込むような色があった。


「今日のこと、俺の配信で正直に話す」


「好きにすればいい」


「あんたの鑑定がなかったら、俺は何もできなかった。それも含めて話す」


俺は少し驚いた。


てっきり、自分に都合のいい編集をするものだと思っていた。


「数字が全て、ってのはさ」


神楽坂が夜空を見上げた。


「嘘をついたら数字が死ぬんだよ。視聴者はバカじゃない。だから正直に言う。超深層はA級でも単独じゃ無理だ。あのおっさんの【鑑定】がないと、何が起きてるかすら分からない」


そう言って、SUVに乗り込んだ。


エンジン音が遠ざかっていく。


俺は軽自動車に乗って、帰路についた。


帰宅後、スマホを開く。


神楽坂の配信がすでに上がっていた。


サムネイルには大きな文字。


『超深層で俺は無力だった──鑑定おっさんの本当の実力』


再生回数はすでに百万回を超えていた。


コメント欄を少しだけ読んだ。


「神楽坂が『無理』って言うの初めて見た」


「おっさんの鑑定、ガチで唯一無二なのか」


「帝央マグナスのスポンサーロゴが皮肉すぎる」


スマホを閉じた。


あの男は、嘘はつかないらしい。


だが、鷹村がこの結果をどう受け取るかは、別の問題だ。


帝央マグナスが送り込んだエースが、「おっさんの方が必要だ」と公言した。


会社の面子は丸潰れだ。


鷹村の次の手が、これで終わるとは思えない。


窓の外を見た。


夜が深い。


明日も、潜る。

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