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退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


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4/10

第4話「チャット欄の名軍師」


前回の配信から、一日が経った。


午前十時。アパートのテーブルに座って、スマホを開く。


DunGo Liveのアカウント「おっさん42」の登録者数が、八万人を超えていた。


三日前は数百人だった。


配信アーカイブの累計再生数は二百万回。数字が現実感を持たない。


DM欄を開いた。


テレビ局の取材依頼。探索企業からの提携オファー。有名配信者からのコラボ申し込み。


「【急募】おっさん42様の独占インタビュー」


「弊社ダンジョン調査チームとの共同探索のご提案」


「コラボ配信しませんか! 登録者50万のチャンネルです!」


怪しいビジネス勧誘も混じっている。「あなたのスキルを収益化しませんか?」というDMが五件。


全部、閉じた。


対応する余裕がない。俺は配信者になりたいわけじゃない。生活費のためにダンジョンに潜って、カメラを回しているだけだ。


DMを閉じようとした時、一通の長文が目に留まった。


送信者は「桐谷あかり」。


あの視聴者だ。初回配信で最初にコメントをくれた二人のうちの一人。


『はじめまして。T大学大学院でダンジョン地質学を研究している桐谷あかりです。あなたの配信で得られた超深層のデータは、学術的に極めて重要です。チャットではなく、事前に情報を共有していただくことは可能でしょうか。あたしの研究が、あなたの探索を安全にする助けになると思います。一方的なお願いですみません。でも、あの超深層のデータを正しく記録できるのは、今のところあなたしかいません』


大学院生。ダンジョン地質学。


チャットのコメントを思い返す。専門用語を畳みかける書き方。「論文になりますよ」。


納得できる。あのコメントの精度は、素人のものではなかった。


俺は迷った。


見知らぬ相手にデータを渡して大丈夫か。


だが、彼女のチャットコメントは一貫して的確で、悪意の気配がなかった。


それに──俺は学者じゃない。鑑定結果を読み上げることはできるが、その学術的な意味を分析する力はない。


キーボードを打った。


『俺は学者じゃないから、専門的なことは分からない。でも安全に繋がるなら頼みたい。データは共有する』


送信して、コーヒーを飲んだ。


三分後に返信が来た。速い。


『ありがとうございます! 今日の午後、オンライン通話は可能ですか? データの形式について相談したいです。あと、あたしの研究が本当にあなたの役に立てるか、直接説明させてください!』


感嘆符が多い。


「……元気な人だな」


独り言を言って、午後二時の通話を了承した。


* * *


午後二時。


オンライン通話アプリを起動する。


画面に映ったのは、眼鏡をかけた若い女性だった。ポニーテール。背景に本棚がぎっしり詰まっている。


「桐谷あかりです! お時間いただいてありがとうございます!」


声が早い。画面越しでもテンションの高さが伝わる。


「真壁です。よろしく」


「早速なんですけど、あのですね」


彼女は画面共有で資料を映し始めた。ダンジョン断面図、地質データの表、論文のグラフ。


「鳩山第七坑の超深層は、あたしの仮説では──」


矢継ぎ早に説明が始まった。


要約するとこうだ。


ダンジョンは十五年前に初めて出現した。「第一次発生期」と呼ばれるその時期、いくつかのダンジョンには現在知られている階層の下に、さらに深い構造があった。それが「原初の階層」と彼女は呼んでいる。


しかし第一次発生期の直後に、何らかの理由でこれらの深部構造は封印された。封印は強固で、十五年間誰もアクセスできなかった。


ところが、封印は時間とともに劣化する。


「第3層の隔壁、封印劣化率94%って表示されてましたよね」


桐谷が画面を指差す。俺の配信アーカイブの該当シーンだ。


「劣化が進んで、外部からの刺激で開放可能な状態になっていた。そしてその『外部からの刺激』が──」


「【鑑定】による署名認証」


俺が先に言った。


「そうです!」


桐谷が身を乗り出した。眼鏡がずれている。


「つまり、【鑑定】は封印の管理スキルだった可能性がある。戦闘用じゃなくて、ダンジョンの構造そのものを読み取り、操作するためのスキルだったんじゃないかと、あたしは考えています」


沈黙した。


俺のスキルが──管理スキル。


二十年間「戦闘で無価値」と言われ続けたこのスキルが。


「……まだ仮説ですよね」


「仮説です。でも、あなたの鑑定結果がこの仮説を裏付けるデータになっています。それ、論文になりますよ」


三回目だ。この人は「論文になりますよ」が口癖なのか。


俺はまだ信じきれなかった。


二十年かけて植え付けられた「ハズレスキル」の烙印は、大学院生の仮説一つで消えるほど薄くはない。


だが──拒絶する理由もなかった。


「分かった。一緒にやろう」


そう言うと、桐谷は画面の向こうで、眼鏡を押し上げながら笑った。


* * *


午後八時。鳩山第七坑。


三度目の超深層探索。


配信を開始すると、視聴者数は開幕から六万人を超えた。


チャット欄に、桐谷あかりのアカウント名が常駐している。


今日から彼女は「ナビゲーター」だ。


俺が鑑定で情報を読み取り、桐谷がその場でチャットに学術的な解説と進行方向の助言を書き込む。


「桐谷あかり:その壁面の紋様、第一次発生期のダンジョンに共通するパターンです。奥に向かうほど紋様の密度が上がるはず。右の通路が構造中枢に近い可能性が高い」


俺は黙って右を選ぶ。


チャット欄が沸く。


「名軍師きた」


「桐谷さんの解説分かりやすい」


「おっさんと軍師のコンビ最強」


超深層・第1階の未踏エリアを進む。


桐谷のナビゲーションは正確だった。俺の鑑定結果と彼女の学術知識が噛み合うと、進むべき道が驚くほど明確になる。


一人で手探りしていた前回とは、効率がまるで違う。


一時間の探索で、超深層・第2階への階段を発見した。


俺は階段の入口で【鑑定】を発動した。


『超深層・第2階

 推定危険度:第1階の約3倍

 構造特性:空間が不安定、重力異常域あり』


危険度が三倍。


重力異常。


「……第2階か。今日はここまでにしておく」


今回も無理はしない。装備と情報が整ってから踏み込む。


桐谷がチャットに書き込む。


「桐谷あかり:正しい判断です。第2階の重力異常域は、中継器の位置調整が必要になるはず。次回までにデータを分析しておきます」


撤退を開始した時、チャット欄にもう一つ、短いコメントが流れた。


「ゼロ:重力異常域では中継器の位置が変わる。配信が切れる前に座標を固定しろ」


ゼロ。


初回から見ているもう一人の視聴者。


コメント頻度は低い。だが、打つ時は必ず核心を突いてくる。


今の指摘もそうだ。重力異常で中継器がずれたら、配信が途切れる。それは安全にも直結する。


桐谷からDMが入った。


『桐谷あかり:あの「ゼロ」って人、ただの視聴者じゃないですね。中継器の座標固定とか、配信機材の仕様に詳しすぎる。それに助言のパターンが、政府系の技術マニュアルっぽいんです。あたしの指導教官が管理局のレポートを見せてくれたことがあるんですけど、あの文体に似てる気がします』


勘のいい人だ。


俺も薄々感じていた。ゼロのコメントは、探索者のそれではない。視聴者のそれでもない。もっと──組織的な匂いがする。


だが、確証はない。


『正体は分からない。でも助かっているのは確かだ』


返信して、スマホをしまった。


配信を切る。


帰路。洞窟を出て、夜風に当たる。


今日の探索は、昨日までとは違った。


一人じゃなかった。


チャット欄越しだが、桐谷の声が──いや、文字が、確かに俺の判断を支えていた。


ゼロの助言も。


二十年、会社の中では「使えない」と言われ続けた。


今、見知らぬ人間が、俺の【鑑定】を頼っている。


それが嬉しいのか、まだよく分からない。


自宅に戻って、桐谷に今日の鑑定データをメールで送った。


缶ビールを開ける。


プルタブを引いた瞬間、スマホにニュース通知が光った。


『ダンジョン管理局、超深層を含むダンジョンの再格付け検討を開始──鳩山第七坑を含む複数坑が対象に』


管理局が動いた。


国が、あのダンジョンを見ている。


缶ビールを一口飲んで、天井を見た。


「……忙しくなるな」


静かな部屋に、自分の声だけが落ちた。

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