表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第3話「おっさん、世界初の超深層に潜る」


前回の配信から、三日が経った。


この三日間でやったことは、二つ。


一つは、装備の調達。


貯金を切り崩して、高耐久の探索用ブーツを買った。靴底の厚さが通常品の二倍ある。あとは予備バッテリー二本、圧縮携帯食料、水のパック五つ、救急キット、そして追加の簡易中継器を二台。


全部で十二万円。


三ヶ月分の生活費から、一ヶ月分が消えた。


もう一つは、配信の収益確認。


DunGo Liveの収益レポートを開いたら、投げ銭──いわゆるスパチャの総額が一万八千円になっていた。


正直、驚いた。


あの配信で、見知らぬ人間が金を投げてくれたのだ。


画面の向こうに、人がいる。


そのことが、妙に背中を押した。


誰かに見ていてもらえることが、これほど自分を動かすとは思わなかった。──ずいぶん長い間、そういうものがなかった気がする。


* * *


四月の夜。午後八時。


鳩山第七坑の洞窟入口に立っている。


今回は事前に配信の予定を告知していた。DunGo Liveの「予定配信」機能を、桐谷あかりという視聴者がチャットで教えてくれたのだ。


配信を開始する。


「おっさん42です。鳩山第七坑、三回目の配信。今夜は超深層に入ります」


視聴者数カウンター。


開始時点で、一万二千人。


チャット欄がすでに賑わっている。


「来たー!」


「おっさん待ってた」


「超深層ガチで潜るのか」


「装備大丈夫?」


見たところ、応援の声が多い。


ありがたいが、返している余裕はない。黙って洞窟に入った。


通常階層を抜け、第3層の行き止まりへ。


隔壁は前回開けたまま残っていた。下り階段の入口から、青緑色の光がぼんやりと漏れている。


壁面に手を触れて、【鑑定】。


表示は変わらない。「超深層隔壁・開放済み」。


一歩、踏み出す。


階段を降りる。


超深層・第1階。


前回は入口に立っただけだった。今日は、奥に進む。


空気が冷たい。


壁面を覆う発光苔が、通路全体を薄い青緑に染めている。ヘッドライトを消しても歩けそうなほど明るいが、消さない。視界の確保は安全の基本だ。


通路の幅が、通常階層とは段違いに広い。


両手を広げても壁に届かない。天井は高く、ライトの光が上端まで届いていない。


D級ダンジョンの窮屈な通路とは、まるで別の場所だ。


足音が反響する。自分の呼吸が聞こえる。


五十メートルほど進んだところで──止まった。


通路の先。


壁の影から、何かが見えた。


甲殻だ。


暗い茶色の、硬そうな殻。それが、ゆっくり動いている。


体長は二メートル近い。


カニとサソリを足して二で割ったような体型。六本の脚と、前方に突き出した二本の鎌状の腕。


D級の鼠型とは、比較にならない。


息を殺して、【鑑定】を発動した。


深淵甲蟲アビサルシェル

 危険度:ランク制度適用外

 弱点:腹部第三関節の殻が薄い

 特性:音波感知型、視覚なし

 行動パターン:静止物には反応しない』


ランク制度適用外。


予想はしていたが、実際に目の前にいると胃が縮む。


だが──情報は得た。


音波感知型。視覚なし。静止物には反応しない。


つまり、音を立てなければ気づかれない。


俺は口の中で情報を反芻しながら、チャット欄にちらりと目をやった。


コメントが止まっている。


一万人以上の視聴者が、息を呑んでいるのが分かる。


「……鑑定結果を読み上げる」


小声で言った。


声は出す。ただし可能な限り小さく。中継器を通じた配信音声が鑑定結果を伝える。


「深淵甲蟲、アビサルシェル。危険度はランク制度適用外。音波感知型で、視覚はない。静止物には反応しない」


読み上げた後、壁際にゆっくり体を寄せた。


ザックの中身が音を立てないよう、体を慎重に傾ける。


匍匐前進。


腹を地面につけて、壁に沿って進む。四十二歳の体に、この姿勢はきつい。膝が軋む。肘が痛い。


だが、アビサルシェルは動かない。


俺が音を立てない限り、こちらを認識しない。


壁と甲殻の間は、約一メートル。


一メートルの隙間を、息を止めて通り抜ける。


十秒。二十秒。


通過した。


その瞬間、チャット欄が爆発した。


「すげえ」


「おっさん肝据わりすぎ」


「匍匐で二メートルの化け物の横を抜けるとか正気か」


「鑑定なかったら詰んでたぞこれ」


「戦闘スキルゼロでこれは逆にヤバい」


俺は壁に背をつけて、息を整えた。


心臓がうるさい。手のひらが汗で滑っている。


だが、生きている。情報があれば、生きていける。


* * *


さらに進むと、通路が三つに分かれた。


左。中央。右。


どの道も奥は暗い。


俺は三つの通路の入口に立って、順番に【鑑定】をかけた。


壁面だけではない。空気そのものを対象にする。


【鑑定】は物質に限らず、空気や液体にも発動できる。ただし得られる情報は成分程度のことが多い。


左の通路。


「空気成分:微量の鉱物粉塵を含む。奥に鉱脈が存在する可能性」


中央の通路。


「空気成分:有機物の腐敗ガスを含有。生体群集域の可能性」


右の通路。


「空気成分:分析不能。未知の成分を検出」


三つの結果を、声に出して読み上げた。


チャット欄が議論を始める。


「左は鉱脈か。金になりそう」


「中央はモンスターの巣っぽいな」


「右の『分析不能』ってなんだよ」


「未知の成分ってことは、データベースにない=前例がないってこと」


俺は右を選んだ。


理由は単純だ。


分析不能。データベースにない。


つまり、誰もまだ記録していない場所だ。


二十年、鑑定をやってきた。


俺の仕事は、情報を読み取って記録することだ。


まだ誰も記録していないものがあるなら、そこに行く理由は十分だ。


「桐谷あかり:その判断、研究者として最高です」


チャット欄の端に、見覚えのあるアカウント名が流れた。


俺は少しだけ口の端を上げて、右の通路に足を踏み入れた。


* * *


右の通路は、百メートルほどで突然開けた。


巨大な空洞。


天井が、高い。見上げても上端が見えない。


ヘッドライトの光が届かない高さから、鍾乳石のように垂れ下がる結晶体が無数にぶら下がっている。


結晶体が発光している。


白と青と、わずかに紫。


それが空洞全体を星空のように照らしていた。


地面には、見たことのない植物が自生していた。


茎は半透明で、葉は発光結晶と同じ色をしている。高さは膝丈ほど。群生して、地面を覆い尽くしている。


俺は膝をついて、植物の一株に【鑑定】を発動した。


『名称:未記録

 分類:未記録

 特性:高濃度魔力を光合成に代替して生育

 薬効:未検証だが細胞活性の示唆あり』


未記録。


名前すらない。


分類すらされていない。


こんな鑑定結果は、二十年で初めてだ。


次の株。


「名称:未記録。分類:未記録。特性:──」


次。


「名称:未記録──」


次も。その次も。


全部、未記録だった。


ここにあるもの全てが、人類の記録の外にある。


俺は立ち上がって、空洞を見渡した。


カメラは回っている。配信は続いている。


視界に映る全てが、未知だ。


「……鑑定結果を読み上げる。全部、未記録だ。名前もない。分類もない。既存のダンジョン学のどこにも、ここにあるものは載っていない」


淡々と読み上げた。


声が震えないように気をつけた。


興奮は、ある。二十年分の鑑定経験が、ここにきて初めて「前例のない」という言葉を連発している。


だが、ここで浮き足立ったら終わりだ。


情報を正確に読み取って、正確に伝える。それが俺の仕事だ。


チャット欄にURLが貼られた。


ニュースサイト「ダンジョンウォッチャー」の速報記事だ。


『D級ダンジョンに国内初の超深層確認か──個人探索者がリアルタイム配信中』


チャットが一段と速くなる。


視聴者数カウンター。


「27,000」。


「35,000」。


「47,000」。


四万七千人。


昨日まで誰も見向きもしなかったD級ダンジョンの奥を、四万七千人が見ている。


俺は空洞の中を一時間かけて歩き、目についたものに片端から【鑑定】をかけ続けた。


結晶体、苔、植物、地面の鉱物、空気中の粒子。


全て読み上げて、記録した。


二時間が経過した頃、予備バッテリーの残量が半分を切った。


携帯食料も水も減っている。


「装備の限界だ。今日はここまで」


宣言して、帰路についた。


チャット欄は名残惜しそうだったが、前回の「正しい判断」の空気を覚えている視聴者が多いのか、今回は引き止める声が少なかった。


超深層を抜け、通常階層を戻り、洞窟の外に出た。


夜風を吸い込む。肺が広がる。


全身が汗と土埃にまみれている。足の裏にマメができている気がする。


だが、ザックの中のスマホには、二時間分の鑑定データが残っている。


それだけで十分だ。


車に乗り込んで、エンジンをかけた。


スマホの通知を見る気力は、今はない。


明日確認すればいい。


──翌朝。


スマホを開いて、目を疑った。


DunBoardのトップに、新しいスレッドが立っていた。


『【朗報】帝央マグナス株価、前日比8%下落 超深層配信の影響か』


帝央マグナス。


俺を二十年雇って、退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けた会社。


その株価が、落ちている。


俺は画面を閉じて、コーヒーを淹れた。


湯気を眺めながら、考える。


超深層は本物だ。


そして、あの場所を読み解けるのは、今のところ俺の【鑑定】だけだ。


そのことの意味を、俺はまだ測りかねている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ