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退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


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第2話「視聴者2人、掲示板が炎上」


昨夜の配信から、八時間が経っていた。


目覚ましより先にスマホが俺を起こした。


枕元で、通知音が鳴り止まない。


画面をつけた瞬間、指が止まった。


通知件数、三百越え。


DunGo Liveのコメント通知。SNSのメンション。知らないアカウントからのダイレクトメッセージ。


何が起きた。


布団の上で半身を起こして、通知を一つ開く。


SNSのポストだった。


『D級ダンジョンで伝説級アイテムの鑑定結果が出た配信、これマジ?』


再生回数が二万を超えている。


俺の配信のアーカイブが切り抜かれて、転載されていた。


金属片を手に取った瞬間から、真壁の手が震え出し、金属片の紋様をカメラに映すまでの約二十秒間。ヘッドカメラ越しの映像。


次の通知を開く。


探索者専門掲示板「DunBoard」のスレッドURLが貼られていた。


スレッドタイトルは──


『【検証】D級鳩山第七坑で伝説級鑑定結果、捏造か本物か【おっさん42】』


書き込みが四百件を超えている。


「鑑定スキルの誤表示だろ。D級で伝説級とかありえない」


「鑑定結果の改竄はスキルの仕様上不可能。知らんのか」


「超深層由来ってなんだよ。D級に超深層は存在しないだろ」


「鑑定結果が本物なら、あのダンジョンの構造自体がおかしい」


「おっさんの手が震えてたのリアルすぎて草」


懐疑派と肯定派で、スレッドが真っ二つに割れている。


俺は画面を伏せて、台所に立った。


カップ麺に湯を注ぐ。


三分待つ間、頭の中で整理する。


あの鑑定結果は本物だ。俺の二十年が、それを保証する。


だが、世間がどう受け取るかは別の話だ。


カップ麺を啜りながら、スマホをもう一度見た。


通知の数がさらに増えている。


見なかったことにして、麺を食った。


* * *


午前十時。


スマホが鳴った。


非通知着信。


出るか迷った。三秒。


出た。


「──真壁くん。お久しぶりですね」


鷹村部長の声だった。


久しぶりも何も、一週間前に俺をクビにした当人だ。


「少し、ご相談なのですが」


丁寧な口調は変わらない。けれど、声の底に妙な硬さがある。


「あのダンジョンの探索権なのですが、再査定が必要になりまして。返還していただけないかと」


再査定。


昨日まで誰も見向きもしなかったD級ダンジョンの、再査定。


タイミングが良すぎる。


掲示板の炎上を見たんだろう。社内の誰かが報告したのかもしれない。


「退職金の代わりに正式に譲渡されたものですよね」


俺は椅子に座ったまま、静かに言った。


「譲渡契約書もあります」


電話口の向こうで、一瞬の沈黙。


「……そうですか。では、また改めて」


電話が切れた。


最後の「また改めて」の響きが、耳に残る。


あれは諦めた人間の声じゃない。


俺はスマホを置いて、テーブルの上を見た。


あの金属片が、ジップロックに入れて置いてある。


「……まあ、やるしかないか」


同じ言葉だ。


だが一週間前、アパートの天井に向かって吐き出した時とは、腹の据わり方が違う。


あの時は、追い詰められた人間の「やるしかない」だった。


今は──もう少しだけ、前を向いている気がする。


* * *


夕方。


俺はテーブルの上の金属片を、鑑定用ルーペで覗いていた。


地上ではスキルは使えない。だからこれは、ただの物理的な観察だ。


油汚れを丁寧に拭き取ると、表面に紋様が浮かんだ。


曲線と直線が複雑に絡み合った、微細なパターン。


二十年、ダンジョンの現場にいた。その間に無数の鉱物や装備の表面を見てきた。


この紋様は、知っている。


ダンジョンの深部──それも、通常の階層構造では生成されない特殊環境でしか刻まれないタイプだ。


教本に載っていた写真とは、解像度が違う。実物は初めて見る。


鳩山第七坑はD級。公式マップには三層までしかない。


なのに、この紋様が存在する。


ということは──


このダンジョンには、公式記録にない、もっと深い構造がある。


ルーペを置いた。


窓の外が暗くなり始めている。


今夜、もう一度潜る。


* * *


午後九時。鳩山第七坑。


洞窟の入口に立って、配信アプリを起動した。


前回設置した中継器はまだ動いている。バッテリー残量を確認。問題ない。


「おっさん42です。鳩山第七坑、二回目の配信です」


カメラに向かって言った。


前回よりは、少しだけ声が安定している。気がする。


視聴者数カウンター。「12」。


十二人。


昨夜はゼロから始まって二人だった。切り抜きの拡散で、少し増えたらしい。


「32」。


「58」。


「147」。


数字が、じわじわ上がっていく。


洞窟に入って第1層を進む頃には、「340」になっていた。


チャット欄が動いている。


「来たぞ」


「おっさんまた潜るの?」


「伝説級のやつ見せて」


「鑑定ってダンジョン内じゃないと使えないんだよな」


「ここD級だろ? 大丈夫なの?」


チャットの流れが速い。前回の二人とは桁が違う。


返事をするべきなんだろうが、歩きながらチャットを読むのは危ない。


俺は黙って進んだ。


「おっさんチャット無視で草」


「ガチの現場の人間はこうだよ。安全第一」


「黙々と進むのがリアルでいい」


黙ってるだけで評価されるのは、よく分からない。


第3層。前回のガラクタ山がある行き止まりに到着した。


今日の目的は、ガラクタじゃない。


壁だ。


この行き止まりの壁面に、何かあるはずだ。


あの金属片が「超深層由来」なら、超深層に繋がる道が、どこかにある。


壁面に手を当てた。


【鑑定】。


視界に文字が浮かぶ。


「石灰岩壁・自然物。特記事項なし」。


一歩ずらして、もう一度。


「石灰岩壁・自然物。特記事項なし」。


三度目。四度目。五度目。


全部同じだ。


チャット欄が不安げに揺れている。


「何してんの?」


「壁を鑑定してる?」


「D級の壁なんて石しか出ないだろ」


六度目。七度目。


「石灰岩壁・自然物──」


八度目。


行き止まりの壁の右端。ガラクタ山に半分隠れていた部分に、手を当てた。


【鑑定】。


文字が浮かぶ。


違う。


今までと、まったく違う。


『構造隔壁

 分類:人工物

 種別:超深層隔壁

 状態:封印劣化率94%

 開放条件:接触鑑定による署名認証』


息が止まった。


人工物。


超深層隔壁。


封印が、九十四パーセント劣化している。


そして「開放条件」が──


接触鑑定による署名認証。


【鑑定】で触れることが、鍵だ。


俺の手は、すでに壁に触れている。


鑑定は起動している。


すると──これは。


壁が、動いた。


音はなかった。


石の壁が、水面に石を落とした時の波紋のように、静かにずれた。


ガラクタが崩れて床に散らばる。


壁の奥に──下り階段が、あった。


チャット欄が止まった。


一秒。二秒。


爆発した。


「えっ」


「うそだろ」


「隠し通路!?」


「おっさんんんんんん!」


「D級に隠し部屋とかあるのかよ!!」


「これ世界初じゃない?」


コメントが画面を埋め尽くして、読めない。


視聴者数が跳ね上がる。


「340」→「1,200」→「3,500」→「8,000」。


俺は階段の入口に立って、下を覗いた。


暗い。ヘッドライトの光が届かないほど、深い。


壁面に、見たことのない苔が張り付いていた。淡い青緑色に、自力で発光している。


一歩、踏み出した。


スマホの配信画面に表示されているダンジョン階層情報が、切り替わる。


「D級・第3層」の表示が消えた。


代わりに表示されたのは──


「──測定不能──」


空気が変わった。


温度が、二度は下がった。肌が粟立つ。


匂いも違う。鉱物と水と、何か知らない有機的な匂いが混じっている。


これは、D級ダンジョンの空気じゃない。


俺は階段の入口に立ったまま、奥に向かって【鑑定】を発動した。


『超深層・第1階

 推定危険度:ランク制度適用外

 生態系:未記録』


ランク制度適用外。


生態系、未記録。


D級ダンジョンの地下に、ランクで測れない空間が存在する。


視聴者数カウンター。


「11,000」。


「15,000」。


「20,000」。


二万人が、今の画面を見ている。


チャット欄はもう読めない。文字の滝だ。


俺は深呼吸をした。


心臓が跳ねている。手が震えそうになるのを、握り締めて止めた。


行きたい。


この先に、何があるのか見たい。


だが──今の装備では足りない。中継器の予備もない。食料も水も最低限だ。この先に何がいるか分からない状態で、深入りしていい場所じゃない。


二十年の現場が、止めろと言っている。


「……今日はここまでだ。準備が足りない」


声に出した。


チャット欄が悲鳴を上げる。


「えぇぇぇ!」


「ここで終わり!?」


「おっさん頼む、もうちょい!」


「いや、正しいだろ。ソロで装備不足で未知の空間に入るとか自殺行為」


「プロの判断だよこれは」


最後に、見覚えのあるアカウント名がコメントを打った。


「ゼロ:正しい判断だ」


短い。いつも通りだ。


だが、この一言で、チャット欄の空気が少しだけ落ち着いた。


俺はカメラに向かって軽く頭を下げた。


「次は準備を整えてから来ます。見てくれた人、ありがとう」


配信を切った。


視聴者数の最終値。「20,347」。


二万人。


昨日の視聴者は二人だった。


一日で、一万倍。


階段の入口は、まだ開いたままだった。


淡い青緑の光が、下から漏れている。


俺はその光を背にして、帰路についた。


洞窟を出ると、夜風が冷たかった。


山道を歩きながら、息を吐く。


スマホの画面に、通知が積み重なっていく。DM。コメント。メンション。


その中に、一件。


チャット欄の配信後コメント。


「ゼロ:映像は保存した。次の配信に備えろ」


相変わらず短い。


だが、この「ゼロ」という人物が何者なのか、俺にはまだ分からない。


分からないが、嘘は言っていない──と、二十年の勘が告げている。


軽自動車のエンジンをかけた。


ヘッドライトが暗い山道を照らす。


明日から、本格的に準備を始める。


超深層。


ランク制度適用外。生態系未記録。


あの階段の下に、何がある。


俺の【鑑定】だけが読み取れる場所が、あの先に広がっている。


──帰宅後、缶ビールを開けてスマホを見た。


DunBoardの新しいスレッドが立っていた。


タイトルは──


『【速報】D級鳩山第七坑に超深層への入口確認。おっさん42配信アーカイブ検証スレ【ガチ】』


書き込みは、すでに千件を超えていた。

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