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退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


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第1話「退職金の代わりがダンジョンでした」


窓の外は晴れていた。


四月の陽射しが会議室のブラインド越しに差し込んで、長テーブルの上に縞模様を作っている。


向かいに座る鷹村部長の銀縁眼鏡が、その光を反射してちかちか光った。


「──構造改革に伴う人員整理について、ご説明させていただきます」


鷹村部長の声は、いつも通り丁寧だ。


敬語がきっちり整っていて、一つの棘もない。


だからこそ、冷たい。


二十年だ。


俺はこの会社──探索大手「帝央マグナス」に二十年間いた。


現場管理職として、ダンジョンの泥と粉塵にまみれながら、部下の安全を確認し、鑑定データを整理し、報告書を書き続けた二十年。


その二十年が、パイプ椅子一つ分の距離で終わろうとしている。


「真壁さんのスキルが【鑑定】であることは、もちろん承知しております」


鷹村部長は手元の書類に目を落としたまま言った。


「しかしながら、現在の市場環境では、戦闘貢献度を重視せざるを得ません。会社としての判断ですので」


会社としての判断。


この人は、いつもそう言う。


自分の口から「お前は要らない」とは絶対に言わない。全部「会社」に背負わせる。


二十年も一緒にいれば、そのくらいは分かる。


「……退職金は」


声が掠れた。


自分でも驚くほど、情けない声だった。


「ええ、そちらについてなのですが」


鷹村部長がネクタイを直す仕草をした。


目が泳いでいる。


──ああ、出ないんだな。


「こちらをご覧いただけますか」


差し出された書類は一枚だけだった。


「ダンジョン個人探索権 譲渡証明書」。


所在地は埼玉県北部。名称は「鳩山第七坑」。ランクはD級。


D級。


ダンジョンの格付けで最低ランクだ。


出現する魔物は鼠型の小型種がせいぜい。採掘できる鉱物もほぼ価値がない。だから企業は手を出さないし、個人探索者もわざわざ行かない。


要するに、ゴミだ。


「探索権としての価値はございますので。退職金に代わるものとして、ご査収いただければ」


鷹村部長は、もう俺の目を見ていなかった。


* * *


築三十年の1DKアパート。


最寄り駅から徒歩十五分。家賃は安いが、壁は薄い。


会社を出てから三時間が経っていた。


リビングの真ん中に段ボール箱が二つ。中身は会社のデスクにあった私物だ。二十年分にしては少ない。


冷蔵庫を開ける。缶ビールが二本。


一本取って、プルタブを引いた。


泡がぬるい。


スマホで転職サイトを開く。


「42歳」「保有スキル:鑑定」「戦闘経験:なし」。


検索結果、該当なし。


条件を変えてみる。年齢制限を外す。スキル欄を空白にする。


倉庫作業。警備員。清掃業務。


どれもスキル不問だが、給料はダンジョン関連職の三分の一以下だ。三ヶ月分の貯金でどこまで持つか。


スマホを伏せて、天井を見た。


蛍光灯がジジ、と音を立てている。


テーブルの上に、あの書類がある。


鳩山第七坑。D級。個人探索権。


探索して何かが出る保証はない。D級の産出物なんて、市場に出しても二束三文だ。


だが、ゼロではない。


少なくとも、俺のスキルが使える場所ではある。


「……まあ、やるしかないか」


誰もいない部屋で、声に出して言った。


言わないと、体が動かない気がした。


声に出す相手がいなくなって、もう何年になるか。


* * *


一週間後。


夜の十一時。


埼玉県北部。山道を二十分歩いた先に、それはあった。


錆びたフェンスに囲まれた、小さな洞窟の入口。


看板がある。「鳩山第七坑 D級ダンジョン 探索許可者以外立入禁止」。


看板自体が錆びて、文字が半分読めなくなっている。どれだけ長い間、誰も来ていないのか。


ヘッドライトを点ける。


中古で買ったヘッドカメラの電源を入れる。


スマホをホルダーに固定して、配信アプリ「DunGo Live」を起動した。


アカウント名は「おっさん42」。


昨日の夜中に、缶ビールを飲みながら適当に決めた名前だ。


凝った名前を考える気力がなかった。四十二歳のおっさんが潜る配信。そのままでいい。


画面右上の視聴者数カウンターが光る。


「0」。


まあ、そうだろう。


深夜にD級ダンジョンのソロ配信なんて、誰が見るんだ。


「……えー、始めます。おっさん42です。鳩山第七坑、D級ダンジョンのソロ探索配信です」


カメラに向かって喋るのは初めてで、自分の声が妙に反響して気持ち悪い。


返事はない。視聴者がいないのだから、当たり前だ。


洞窟に入る。


空気がひんやりと変わった。


足元は岩盤で、ヘッドライトの光が壁の水滴を照らす。中継器を壁面に設置しながら進む。この中継器がないとダンジョン内では電波が届かない。安い中継器だから通信は不安定だが、映像は一応流せるはずだ。


第1層。第2層。


特に何もない。


D級の名前は伊達じゃなかった。通路は狭く、空気は埃っぽく、壁面にこびりついた苔が湿気を吸って光っている。


第3層に入ったところで、鼠型の小型魔物が二匹、通路の先にうずくまっているのが見えた。


体長三十センチほど。赤い目がヘッドライトの光を反射する。


戦闘スキルがあれば一瞬で片付く相手だ。


俺にはない。


腰のホルダーからスタンロッドを抜いた。市販品の電撃棒。探索者が護身用に持つ最低限の装備だ。


鼠型が飛びかかってくる。


横に避けて、振り下ろす。


バチッ、と放電音。一匹が壁に叩きつけられて動かなくなった。


もう一匹がこちらの足を狙って低く突進してきた。


蹴り上げる。靴先が腹に当たる感触。怯んだ隙にスタンロッドを押し当てた。


放電。沈黙。


息が上がっている。


たかが鼠型二匹で、息が上がっている。


A級探索者なら鼻歌まじりで千匹さばくだろう。これが、【鑑定】しかない四十二歳の現実だ。


ため息をつきながら、奥に進む。


第3層の突き当たり。


行き止まりの壁際に、ガラクタが山になっていた。


錆びた剣の柄。割れた水晶。汚れた布切れ。曲がった金属片。


どれもこれも、過去にこのダンジョンに入った探索者が、価値なしと判断して捨てていったものだ。


D級ダンジョンの吹き溜まり。


俺は膝をついて、一つずつ手に取った。


【鑑定】。


ダンジョン内で意識を集中すると、視界に文字が浮かぶ。青白い光で描かれた情報ウィンドウ。


他人には見えない。俺だけの視界だ。


錆びた剣の柄。「鉄製剣柄・量産品。製造元不明。品質:劣化。価値なし」。


割れた水晶。「水晶片。微量の魔力残留。用途なし」。


布切れ。「綿布・探索服の断片。特記事項なし」。


全部ゴミだ。分かっていた。


最後の一つ。


油汚れのこびりついた金属片。手のひらより少し大きい。角が欠けていて、元の形が分からない。


重さは──妙にある。


見た目に反して、密度が高い。


【鑑定】。


視界に文字が浮かぶ。


──浮かび続ける。


通常、鑑定結果は二、三行だ。名称と品質と、せいぜい簡単な来歴。


今、視界を埋め尽くしている文字量は、二十年のキャリアで見たことがない。


『“天蓋の断片”

 分類:伝説級装備の構成部品

 正式名称:“星喰いの鎧”胸部装甲片

 製造年代:ダンジョン第一次発生期

 来歴:超深層由来

 品質:損傷甚大

 ただし核紋は生存』


手が震えた。


伝説級。


伝説級だ。


二十年、何千回と【鑑定】を使ってきた。


一度も見たことがなかった。伝説級の表示なんて、教科書の中だけの話だと思っていた。


そして──「超深層由来」。


鳩山第七坑はD級だ。超深層なんてあるはずがない。超深層はS級ダンジョンの、そのさらに奥にあると理論上は言われている未確認領域だ。


なのに、なぜ。


なぜこんなものが、D級のガラクタ山に混じっている。


金属片を持つ手が止まらない。


鑑定結果は嘘をつかない。二十年、それだけは信じてきた。


目の前のこれが本物なら──


「──桐谷あかり:え、待って。今の鑑定結果、画面に映ってます?」


声が出そうになった。


チャット欄だ。配信画面の右端に、文字が流れている。


視聴者数カウンター。「2」。


いつの間に。


「桐谷あかり:超深層由来って表示されてません? それ、本物ですか?」


「ゼロ:……本物だ」


二人。


たった二人の視聴者が、今の状況を見ていた。


「桐谷あかり:それ、論文になりますよ! D級で超深層由来とか聞いたことない!」


「ゼロ:映像を保存しろ」


チャットの文字が、画面の端でせわしなく流れる。


俺はヘッドカメラの角度を直して、手の中の金属片を映した。


油汚れの表面。その下に、微かに光る紋様。


鑑定のウィンドウは俺にしか見えないが、カメラは金属片そのものを捉えている。


「桐谷あかり:紋様見えます! 第一次発生期の特徴と一致してる……これは……」


「ゼロ:配信のアーカイブ設定をオンにしろ。今すぐ」


ゼロという人物のコメントは短い。


だが、妙に的確だ。指示に迷いがない。


俺はスマホの画面をタップして、アーカイブ保存をオンにした。


手が震えたまま、金属片をザックに入れる。


「桐谷あかり:まだ他にもありません? 周りにも鑑定かけてください!」


「……今日はここまでにしとくか」


声が掠れた。


自分でも分かる。興奮と困惑で、頭がうまく回っていない。


こういう時に無理をすると、ダンジョンでは死ぬ。二十年の現場がそれを叩き込んでいる。


「桐谷あかり:え、終わり!?」


「ゼロ:正しい。深入りするな」


配信を切った。


画面が暗くなる。


ダンジョンの中で、自分の呼吸だけが聞こえる。


ザックの中に、伝説級装備の欠片がある。


その重みが、手のひらに残っている。


帰り道、鼠型魔物はもう出なかった。


洞窟の外に出ると、夜空が広かった。


四月の風が、汗をかいた首筋に冷たい。


スマホを確認する。配信のアーカイブは保存されている。


視聴者数の最大値。「2」。


たった二人だ。


だが、その二人は確かに、あの鑑定結果を見ていた。


俺の二十年で初めての「伝説級」を。


山道を歩きながら、ザックの重みを背中に感じる。


まだ手が震えている。


──あれが本物なら。


本物なら、このD級ダンジョンには、公式の記録にない「何か」がある。


あのガラクタ山の金属片は、どこから来た。


「超深層由来」。


その四文字が、頭の中でずっと点滅している。


駐車場に停めた軽自動車に乗り込んで、エンジンをかけた。


ヘッドライトが山道を照らす。


スマホに通知が一件。


DunGo Liveのチャット欄に、配信終了後のコメントが残っていた。


「桐谷あかり:次の配信、絶対見ます」


俺はスマホを助手席に置いて、車を走らせた。


アパートまで四十分。


帰ったら缶ビールが一本残っている。


明日から、あのダンジョンに何度でも潜ることになるだろう。


退職金の代わりに押し付けられた、誰も見向きもしないダンジョン。


その奥に、二十年で見たことがないものが眠っている。


──俺の【鑑定】だけが、それを見つけた。



その夜、俺がまだ高速を走っている間に、配信のアーカイブが一つの掲示板に転載された。


俺はそれを知らない。


朝になるまで。

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