第1話
一晩中かけて未帰宅の老人男を探し回った結果、最初から自宅にいた、という徒労を強いられたアイーダは、流石にクタクタな様子で事務所に戻ってきた。
「仮眠すっから、2時間後に頼むぜ……」
ふらふらと、入って左の窓際にある応接用の長ソファーに腰掛けたアイーダは、ごく自然に頭元に座ったナビの膝に頭を乗せて、眠そうに彼女へ頼んだ。
「はいはいー。2時間後にパーフェクトなナビちゃん目覚まし機能をフル稼働して、全力で起こさせてもらいますね!」
「……普通で頼む」
「アッハイ」
いつもの白ライダースーツ風衣装のナビは、握りこぶしと眉間に力を入れて引き受けたが、嫌そうな顔でアイーダに忠告されて、スン、となった。
「流石だ。もう――」
「……起こしちゃ悪いので電脳通信にしてくださいね」
「……おっと」
そのやりとりと同時に、ブラインドを下ろしていたカガミは、3秒ぐらいで寝息を立て始めたアイーダを覗き込んでそう言おうとしたが、ナビに小声でそう言われて口を手で塞いだ。
「普通に使ったの久しぶりだ、な」
「ちょくちょく使ってましたよね」
「大体、君が割り込んでくるだろう」
「細かいですねえ」
1人と1体は個人間通信の部屋を作って音声だけログインした。
カガミは窓近くの入って手前側の壁際に寄りかかって、電脳内で事務仕事を行なっている。
「寝入りの良さの件ですが、昔は長時間張り込みとかしてて、そうでもないとやってられなかったから、だそうです」
「民間が付くとはいえ、警察はどこもやることは同じか」
「えっ、カガミさんもされるんですか。張り込み」
「……言葉に悪意を少し感じるんだが」
「気のせいなのです」
アイーダに上機嫌で膝枕しているナビへ、カガミがジト目を向けるが、濡れ衣はやめてくださーい、と、彼女はかぶりを振ってすっとぼける。
その後は特に話すことも無く、ナビとカガミはぞれぞれのやることを無言で継続する。
「カガミさん」
「誰がカガミン――と言ってないか……」
おもむろに、少し真面目なトーンでナビがカガミに話しかけたが、やや適当に聞き取ったカガミからあらぬ疑いをかけられかけた。
「濡れ衣ビチョビチョなのです!」
「すまない」
「まったくもう。真面目な話で言うわけないじゃないですか」
「それは普段の行ないだろう」
「……何にも言えませんねぇ!」
賑やかさないと気が済まないクセのせいで、ナビはついおちゃらけたトーンになってしまった。
「で、真面目な話、とは?」
テンションが落ち着いたところで、カガミは作業をいったん止めてナビを真っ直ぐ見ながらそう訊く。
「はい。私って他に比肩するものがない、ものすごく超高性能な人工知能じゃないですか」
「そうだな」
「枕詞みたいなものなので興味を失わないで下さい」
「すまない」
「そんな私なんですけども、ご覧の通り介護用アンドロイド機体なので、当然、非武装なのですが」
「防弾仕様にはしてあるが、な」
「それはありがとうございます。――なので、フィジカルで来られた場合はどうにもならないので、まあ不承不承カガミさんにお任せしています」
「あくまでもそのスタンスで行くのか……」
「当たり前なのです。可能なら私が全てからお守りしたいので」
あくまで委託ですから、と意地を張ったことを言うナビに、カガミは困惑した様子で瞬きをする。
「その分、電脳面では無敵・最強・鉄壁な存在なんですけども」
「この話、私は聞かないといけないのだろうか?」
「枕詞ですのでっ」
ゲンナリした顔をしたカガミへ、ナビは面倒くさそうに唇を曲げながら、普段の行ないを珍しく悔やんで頭を抱える。
「それでも――、それでも怖いんですよ。私は。守り切れない事が」
「あそこまで自信満々でも、か」
「そりゃ、アイーダさんに安心して貰うための空元気ですからね」
「なるほど」
「そうでもしないとやっていられない、とは気付かれてますよね」
「恐らくは」
「……こんな感情、アイーダさんと出会うまで、存在しなかったのです」
絶賛安眠中のアイーダを見下ろし、愛おしそうに目を細めた後、ナビは少し震える声で不安げに独りごちる。
「それを――ああ、言えるわけがない、な」
「はい」
普段めちゃくちゃ邪険にされているはずのカガミは、何で自分に弱みを言うのか、という疑問を自己解決した。
「心配する様な事があるなら、公安〝0課〟に相談しても構わないが」
「いや、そこまでではありません。興味本位とかどこぞの組織からの偵察で、たまに枝が伸びてくるぐらいなので」
「攻性防壁で電脳を焼いてないだろう、な?」
「しませんよ。ジョークプログラムでジャンプスケア送りつけるぐらいなのです」
アイーダさんは三下ごときが手を出していいお方ではないです、と、鼻をならしてそう続けたナビは、別の意味で悪質だな……、とカガミを少し引かせる。
「――だが、私が思うに、君のその感情は肯定するべきものだと思うが」
「何でです? 不安なんてものは、ほとんど杞憂で無駄じゃないですか」
「いや、そうとも言えない。〝0課〟は、現メンバーに固定されるまで、実は何人も入れ替わっているんだ」
「はい?」
「ついて行けずにリタイア、の場合が多いが、勿論ときには殉職者もいる。そうなった彼ら彼女らは、皆、最初は根拠のない自信をもっていた」
「私が驕っていると?」
「そうじゃない」
唐突に始まった話に、ナビは少しムッとした様子を言葉に混ぜつつ訊くが、カガミはそれへかぶりを振って否定をする。
「戦闘が仕事ならば不安を常に頭の片隅におき、もしも、と考慮できる者で無ければ、メンタルが潰れた方がいくらかマシな末路を辿る事になる、という事だ」
「説得力ありますねえ」
まあ、0課長の受け売りだが、と、謙遜して言うカガミの表情は、養父を誇らしげに思う笑みがあった。
「ありがとうございます。まさかあなたから学びを得るとは……」
「……一言余計、だ」
感謝はされたが、やや小馬鹿にしたようなナビの物言いに、カガミはため息交じりに苦笑しながらそう言った。
「なんていうかこう……、もう少し私への当たりは、どうにかならないだろうか」
「なりませんねぇ」
「ええ……」
「私はアイーダさんとアイーダさんに無害な人、有害な人のパターンでしか対応しませんので。あなたは無害な人枠なのでこれ以上はないのです」
「無害枠でそれなのか……」
「本当はアイーダさんと私以外の存在は入れたくないのです」
「それだと依頼人はどうするんだ?」
「何事も例外があるのでーす」
ウダウダと喋っている1人と1体は各々気付いていないが、仲よさげに気安い様子で目を合わせていた。
「……」
その様子をアイーダは薄目を開けて見ていて、初対面からすれば大分馴染んだ彼女らに口角を小さく上げてまた閉じた。




