第7話
「……。……あ? 今なんつった?」
「全員ちゃんと生きてるし、人間として扱われてるから杞憂だって事さ」
「いや、それは分かってっけど……。おいナビ、どういうこった」
「ご存じの通り、ナビちゃんはデータにない結果は出せないのです」
アイーダは表情をほころばせ気味にナビを見やると、彼女はその表情を見てめちゃくちゃにこやかになりつつ、首をすくめてそう返した。
「どこで何してるのか、ってのは訊いてもいいのか?」
「課長さんが最高機密情報にしてくれるなら」
「頼んで良いだろうか? 聞いてくれなければ今後親と思わないが……」
「そうホイホイ伝家の宝刀で斬りつけに行くんじゃねえの」
「アナタ重いんですよ。物理的じゃない方で」
カガミはアイーダからの視線を受け、モニターの方を見て真顔で養父へ脅しをかけ1人と1体に呆れられる。
「……それは当たり前だ。たとえ5割程度の能力でも、頭上に空があれば殺しに来る、と恐れられるスカイブルーの分身を政府は相手にしたくないはずだ」
水を飲んでいて盛大にむせた課長は、一切反対せずに許可を出し、その処理の手間を算段して少し頭が痛そうにして言う。
「やると言ったからにはやる御仁だから安心してくれ」
「分かった。――ダイトウ総合農園の従業員だよ」
「――いや、ダイトウの爺さんとこかよっ!」
「ええー、世間狭すぎません?」
「あれ、お知り合いだったんだ」
1つ頷いたスカイブルーが一呼吸置いて言った場所は、非常に聞き覚えのある場所で、前のめりになっていたアイーダは力が抜けて額をテーブルにぶつけた。
その後、シオンの処遇については、政府との話し合いというより課長が半ば脅しをかけ、一カ所で管理した方が安心ということで、姉たちと同じ扱いになることが決まった。
ダイトウ総合農園についても、何も言わない方が安全性を確保できる事から、公安局によって監視はするがそれ以上は不干渉という事になった。
そして、スカイブルーが秘密裏に協力し、オールドウェストランド他、普段はいがみ合う国々が面子をかけて合同捜査し、そこら中に分散していたクローンを製作した財団の残党は、1人残らず塀の向こうへと送られた。
*
いつものようにナビが抜き出した情報をもって、ネオイーストシティ市街地から車で西へ数時間行ったところにある農園に、アイーダ、ナビ、カガミの3人は訪れていた。
「と、いうわけだ。安心してのんびり農家やってりゃいいぞ」
「それは良かった」
そのトイレの個室越しにアイーダはスカイブルー本人へ、〝妹〟が1人増えるぐらいで、それ以外は今までと何も変わらない事を告げた。
「ありがとう探偵さん」
「アタシは別になんもしてねえけどな」
「そんなことはないさ、あなたがあの子をよくいる孤児の1人だと思って何もしなかったら、シオンは財団の残党に捕まって人質にされてただろうから」
「そうなのです! いくら警察でも2人で殺し屋数人から守れるワケがありません!」
「あれ、もう1人いるの?」
「はいっ、いつでもどこでも例え地獄の底でも愛しのご主人様とお供する、ウルトラプリティで性能もパーフェクトなハイパーAI、ナビちゃんです」
「普通2人で個室に入るのなんか嫌じゃないかい?」
「いや、別に?」
「距離感は普段と変わりませんし」
バグっているアイーダとナビの距離感に戸惑いつつも、まあそういうのもあるか、とスカイブルーは深く考えない事にした。
「それにしてもあんた、ダイトウの爺さんにどうやって納得させたんだ? 400人弱とかいきなり来てなんとも思わないほど耄碌してねえぞあの人」
「ああそれ? 全部包み隠さず話してるよ」
そもそも、知り合うところから何も隠してなかったし、と言って懐かしそうにクスリと笑う。
「最後の仕事にって、この近所に住んでいた、ある巨大ヤクザの親分を仕留めに来たんだ」
「トウトオオトリ組のオオトリ・ガンクツさんだな。5年前っていうとちょうど逝ったぐらいか」
「ちょうどもちょうどさ。ご臨終した瞬間だったよ」
と、言って、スカイブルーはそのときの話を語り始める。
オオトリが暮らす小さな平屋の家に、ライダースーツタイプの黒い戦闘服で、夜間音もなく暗い忍び込んだスカイブルーは、
「一足遅かったな。見ての通りオオトリ親分を乗っけた、地獄直行便は行っちまったぜ」
米醸造酒の一升瓶を持った作業着の老年男・ダイトウ・イワオに、照明をつけられながら出迎えられた。
布団の上でまるで眠っているかの様に横たわっていて、その手前に酒が注がれたガラスコップが前後に2つ置いてあった。
片方は少し減っていて、イワオが飲んだことがうかがえる。
「おめぇさん、殺し屋の〝スカイブルー〟だろ? 最後の仕事だってのについてねぇな」
「な、なんでそれを……」
「なぁに風の噂でな。おめぇさんが今まで屠った人数を考えると、ボチボチ嫌気が差してくる頃だろうと思っただけの事よ。最近の若ぇモンは頭が回るしな」
カカカ、と笑っているイワオは、ほろ酔いの老人にも関わらず、スカイブルーには一切殺せるイメージが湧かず、血の気がすうっと引いた。
立ち話もなんだし座んな、と部屋の隅に積んである座布団を指さしてイワオは誘う。
「まあ過去のこたぁ今どうでもいい。おめぇさん、引退してなんかやりてぇ事とか、どういう生き方をしてぇとかあっか?」
「何か、とは?」
「おれァ農業よ。愛しのかかあと別居しなきゃならねぇのが辛ぇが、おれの育んだ命がよそ様のそれに変わるってのは格別だぜ? 人殺しよりよっぽど達成感もあるしな」
「そう、か……。分からないな……」
「まだなんもねぇんだったら、ひとまず見つかるまで農作業手伝ってくれよ。ボチボチでっけぇ規模でやろうと思ってんだがな」
生憎、ここいらはおれも含めてジジババまみれで人手が足りねぇんだ、と自虐混じりに言って、残りを煽って空になったガラスコップに酒を注ぐ。
「嬢ちゃんも飲むなら台所からコップ持ってきな?」
「お酒はちょっと苦手で……」
「おっと、こりゃ失敬」
ぺちっ、と綺麗にはげ上がった後頭部を叩き、イワオは朗らかにスカイブルーに謝る。
「そんじゃ、おれ自慢の茶でも飲んでけェ。毎日飲んでるかかあはこの通り珠の肌サァ」
酒瓶を置いて、スマートフォン型のサイバー端末を顔から離して操作し、妻のホマレが飼い猫にネコ吸いを敢行して前足で突っ張られている写真を見せた。
どう見ても年相応に見えるため、困っているスカイブルーを後目に、イワオは玄関横にある小さなキッチンへとお湯を沸かしに行った。
「ちょいとこだわりの話になってくるが、茶はいきなり熱湯を注いじゃぁいけねぇ。こうやって湯飲みに入れて、少し冷ましたので煎れるのが一番良い味なんだぜ?」
試験的に作ってみていた干し芋をお茶請けに、インスタントのお茶とは一線を博す、鮮やかな緑色のそれをスカイブルーが一口啜ると、
「青空……」
大気汚染で年がら年中灰色混じりの空しか知らない彼女は、かつてどこでも見られた、初夏の新緑と快晴が脳裏に浮かんだ。
「ほう、おめぇさんにも視えたかっ!」
それを言ったのはおめぇで2人目だぜ、と半ば放心状態で余韻に浸るスカイブルーを見て、イワオは満足そうに頷いた。
「おれが見つけたのは、そういうまっとうな幸せを感じさせる事への喜びよ。例えクソ野郎の仇討ちだろうと、人殺しにはそれが無くていけねぇ」
「見つかる、だろうか……」
「さぁてねぇ。ま、バケツ稲の一束でも良いから、その手で育てて刈ってみりゃ、なんか分かるかもしれねぇぜ?」
その名にふさわしくない、暗く沈んだ表情で悩むスカイブルーへ、ま、そこでくたばってる親分の受け売りだけどな、とイワオは鬼のように厳つい顔にニヤリと笑みを浮かべた。
「――という事で、その家を間借りして、今は楽しく農家やってるのさ」
「いや、事故物件じゃないですか」
「きっちり看取られてんだからセーフだろ」
「ぐえー」
懐かしげに語り終えたところで、情感も何もない事を指摘したナビは、アイーダに呆れ顔で軽くチョップを入れられた。
「それで妹達の事は、ほぼ同じ顔がモリモリ増えていくのにはあんぐりしてたかな。まあ、一般人よりはパワーも体力もあるから助かるから良いか、とは言ってたね」
食費は大変かもだけれど、とちょっとだけ申し訳なさそうに、カラカラとスカイブルーは笑う。
「やっぱあの爺さますげえ胆力だな……」
「鉄砲玉からのし上がっただけの事はありますねぇ……」
アイーダとナビは、鬼の面の様に厳つくはあるが、身振り手振りや台詞回しの様に茶目っ気があるイワオの高笑いする姿を思い浮かべていた。




