第6話
「何があったんだ?」
「いえ、特には。寝て起きたらこうです」
自分の顎の辺りを触りながら、両眉を上げる課長の質問に対して、何が何だか、といった様子で小さく首を傾げながらツルキは答える。
「分かりやすくいうと、インストールするために再起動した、という感じ」
「んなコンピューターじゃねえんだから……」
「まあ、あながち間違ってるとも言えないのです。ほら、人間も睡眠によって記憶の整理とかを行ないますし」
「あ、そっか」
「まあ、インストールされているのはこの子の思考回路、というわけではないけれど」
「じゃ、今喋ってんのは、別のどこかにいるお姉ちゃん(“スカイブルー”)さんってことか」
「――! 驚いた。たどれない様にしたつもりなんだけれど」
本人が伝説の殺し屋〝スカイブルー〟と認めた事で、0課員達の警戒値が即座に最大へと跳ね上がった。
「まさかこんな可愛らしい〝トロイの木馬〟を送り込むなんて、流石は伝説の殺し屋ね」
銃を構えるツルギ達は対電子戦システムを起動し、カガミは特殊警棒を抜いてアイーダとスカイブルーの間に物理的に入り、ナビがアイーダの電脳とネットワークの間に攻性防壁を張った。
「まてまて。姉上殿は別にドンパチしにきたわけじゃねえだろ」
スカイブルーが困った様子で周りを見渡し、アイーダの方を見ると、その意図をくみ取ったアイーダが頭上で大きく手を振って止めるように声を張ると、スカイブルーはフッと笑みを浮かべて頷いた。
「何人か物理的に動かしてるのを挟んで通信してんだろ? そんなラグまみれじゃ公安局はともかく、ナビと接触するとか居場所を教えてる様なもんじゃねえか。な?」
「はいー。実際、アイーダさんに許可が頂ければ、彼女が対応する頃には電脳はこんがり焼けるのです」
手を下ろしてナビを見やると、彼女は自信満々に胸を張って宣言した。
「仮に0課を潰すなら、今頃私が直接そちらにお邪魔している頃だ。第一、シオンを殺しの操り人形にするなんて、〝プロジェクト・スカイブルー〟そのものだろう?」
悪い冗談はよしてくれ、と言わんばかりに、スカイブルーはかなり不愉快そうに眉をひそめる。
「確かにその通りだが、生憎、あなたは犯罪者だ。法の執行機関が犯罪者の言動を真に受けるわけにはいかない、という事はご理解頂きたい」
正論を言われて局員は沈黙し、アイーダとナビが様子を覗っている中、モニターが司令室の映像に切り替わり、そこに映る課長は静かにそう切り出す。
「ああ。だから論より証拠を見せよう。今、地下鉄循環線東区間で異臭騒ぎが起こっているが、外工業地帯北駅の配管点検用トンネルにある秘密研究所から漏れた物質が原因だ」
「わかった。対応に当たっている部署に伝えておこう」
「一応言っておくけれど、輸送時の温度管理が適当だった上に、研究員が放置したせいで破裂した缶詰の魚の塩漬けの臭いで、かなりくさいだけで有毒ではないよ」
「……なんだって?」
共有されてくる資料を見るに、強烈な吐き気を催す未知のガス、という見解だったため、課長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、やや裏返り気味の声で訊き返した。
「うっかり研究員の女の子とワンナイトしたせいで、遺伝子情報を盗まれた責任があるから、秘密研究所をなんとか突き止めて、公安局に検挙してもらうために内定調査をし――」
「――ふざけんなテメエ! お前のせいで計画が始まってんじゃねえかよ! このクソ色ボケ女が!」
「ぐうの音も出ない……」
完全に自分がプロジェクトの原因を作ってしまったことをぶっちゃけ、アイーダにおもくそブチ切れられ、スカイブルーは罪悪感に頭を抱えてうずくまって呻く。
「暴力は、暴力はいけない……ッ!」
「そうですよ! あと勢いでどっか痛めますよ!」
「なんでアタシが当たり負けする前提なんだよ!」
彼女に掴みかかろうとするアイーダが、カガミに後ろから羽交い締めにされ、ナビに前から足にしがみつかれ抑えられる中、
「伝説の殺し屋なら罠ごとしゃぶって骨抜きにしなさいよ。私はいつも――あっ」
「――シチシは後で隊長室に来るように」
「ハイ……」
その勢いでツルギがインシデントを起こしている事を漏らしてしまい、課長から絶対零度の声色で呼び出しがかかってしまった。
「マヌケは見つかった様なのです」
悪い笑みを浮かべるナビから容赦ない追撃を喰らって、ツルギも頭を抱えてうずくまる事になった。
ややあって。
アイーダはなんとか落ち着いて真ん中の方にずれ、ツルギは同僚から冷たい視線を刺されながら、居心地悪そうにその反対側の位置に座った。
「話を戻すと、非常用の備蓄品の中に、クラッキングして缶詰を仕込むのは上手く行ったんだけど、あんなに安全管理が適当になってるのは予想外でね」
「隔壁で閉じ込められてる所を助け出すつもりだったけど、うっかり移動しちまったと」
「そう。最低限の知識は良いけど私が姉だと学習させたのが不味かったね。スラムまで移動してたのは追えたんだ。
そこから、オオキナモリ財団の残党が殺し屋雇って探してるのも確認したから大分焦ったよ」
もうスラム街まで直接迎えに来たんだけど、電脳がネットワークに接続されてないせいで見つからなくてね、とスカイブルーはうなじの辺りを触りながら言う。
「もしかしてあんた、スラムの北にあるアンダーパスで誰かしばいたか?」
「ああ。いきなり金目の物寄越せ、って言って血の付いたナイフ向けてくるもんだから、現役時代の癖で反撃しちゃってね。死んでないよね?」
「それは問題ねえけど、ナイフどこやった? 仕事で今それ探してんだよ」
「ごめん、適当に蹴っ飛ばして用水路に落としたと思う」
「ってことは、あのドブん中か。そりゃ警察は捜さねえよな……」
いっぺんに全てのことが片付いたので、アイーダは思わず噴きだしてしまった。
「――そうか。ご苦労」
その直後、課長の耳にスカイブルーが言った通り、前回検挙した研究所とほぼ同じ設備が揃ったそれが発見されたという報告が届いた。
ついでに、発酵しすぎて固形物がない缶詰が破裂し、あちこちで悪臭をまき散らしているのも発見されていた。
「じゃあ、もう私が表に顔を出す必要も無くなった様だから、そろそろシオンに身体を返すよ」
「その前に1つ聞かせてくれ。その子の姉さんたちの墓はどこにあるんだ?」
それを聞いたスカイブルーは、1つ息を吐いて退散しようとしたが、アイーダは顔の高さで左手の人差し指を立てて彼女へ訊く。
「え、お墓?」
沈痛な面持ちで訊いたアイーダへ、スカイブルーは馬鹿にする訳ではなく、その単語が出てきた事を不思議に思っている様子で訊き返す。
「おう。いやまあ、風葬とかしたんなら仕方ねえけど」
「クローンって言ったって、まあオリジナルに全然届かないのは当然だけど、そんな大昔みたいに短命じゃないさ。倫理観はどうかしてるけど技術は確かでね」
「なんで寿命の話してんだよ。その子の姉さんたちはどこで眠ってんだ、って訊いてんだけど」
いまいち話がかみ合っていないので、首を傾げたアイーダだったが、
「ん? あ、もしかして探偵さんはもうその子しか生きていないと思ってる? やだなあ、全員生きてるよ」
ポン、と拳の小指側と手のひらを打ち合わせ、スカイブルーは姉と表現したことに心底嬉しそうにそう答えた。




