第5話
〝0課〟の談話室にある、大画面モニター前に設置された半円形のソファーに座り、飲み物で一息ついたところで、
「さてと」
と、カガミは電脳通信で司令室にいる課長と繋いだまま話を始める。
モニターの横にカガミは立っていて、ソファーの左端にアイーダとナビが並んで座っている。
結構バタバタした事もあって、体力が切れた少女は移動の車内で熟睡してしまい、カガミの同僚である女のシチシ・ツルギが見守り役について仮眠室で眠っていた。
「公安局がマークしている中で、最も腕が立つと評されている殺し屋で、通称〝スカイブルー〟という女性がいる」
カガミはそう言いながら電脳で操作して、少女がそのまま大人の顔になったかのような、空色の髪をした若い女の顔と全身の写真を出す。その右側に活動時期と推定年齢のデータが表示されている。
「へえ、結構な暗殺事件に絡んでますねぇ」
「ノースの旧独立愚連隊長暗殺とかすげえな」
「……最高機密情報なんだが」
息をする様にクラッキングして、スカイブルーが関わった事件のファイルをアイーダに見せるナビへ、カガミは頭が痛そうにかぶりを振る。
「まあいい。〝プロジェクト・スカイブルー〟は、5年前に引退した彼女のクローンを作成し、意思のない殺人マシーンにする事を目的とした計画だ」
もうこの際なので、という課長の判断により、青く光る大量の培養ポッドが整然と並ぶ、クローンの研究所内の現場写真がモニターに表示される。
摘発された研究所は、建設局に届け出た設計図にそこより上しか描かれていない、バリキガン製薬社の地下空間に存在していた。
だが、会社側は一切関わっておらず、その親会社だったカルトのフロント企業オオキナモリ財団が勝手にやっていたせいで、株価が急落したためむしろ被害者だった。
「じゃあ、404ってことは……」
「そうなりますねえ」
「お察しの通りだ。が、20号の段階で捜査のメスがはいったはず……」
「その20人はどうなったんだ?」
「……。行方不明、だ」
「ま、まあ孤児院とかに置き去りにするよなっ」
「局で最も優れたハッカーが探したが、何も出てこなかった」
「アイーダさん。人の心を信じたいのは分かりますが、ここってどういう街でしたっけ?」
「なもん分かんねえだろ、ナビ――」
「現状、確認出来ているのは404分の1です。恐らく他の403人はもう生きてはいない、と考えるのが妥当だと思います」
目は笑っていない引きつった笑みと、震える声でアイーダは訊ねるが、ナビから返ってくるのは自分の思考回路からはじき出されるものと同じだった。
「……」
「まあ、もしかしたら良心の呵責に耐えかねてとかで、誰かが逃がしている可能性もなくはないのですが」
実際に観測してみるまでは分かりませんので、とナビはガックリとうなだれるアイーダへ、その丸まった肩に手を置いて気休めを言った。
いつもなら張り合ってくるカガミも、何も言わずに沈痛な面持ちで視線を落としていた。
「……じゃあせめて、あの子が打ち止めになる様に、完全に止めちまわねえとな」
だが、アイーダはすぐに顔を上げ、普段よりも少し険しい表情で自分に言い聞かせる様に言った。
「というわけで、彼女――は分かりづらいので、まず仮の名前でもつけませんか?」
「だな。実験の成果物なんかじゃねえ、立派な1人の人間だからな。あの子は」
アイーダの力の籠もった言葉に、電脳通信で話を聞いていたツルギを含めて全員が頷いた。
「はいっ! アイーダさんに一任します!」
「私もだ」
「いや、信任投票してどうすんだよ」
「そう言うと思ったわ……」
真っ先にナビとカガミが手を挙げたが、候補ではなくただの丸投げで、予測していたアイーダとツルギから苦笑が漏れた。
仕事の休憩に来た、カガミの同僚のヤサカニ・ギボシとクサナギ・タケルも加わって、ああでもないこうでもない、と意見を出し合っていく。
「キラキラリ……!」
「ギボシ兄のセンスのなさは知ってる。黙っていてほしい」
「変身の呪文じゃねえんだぞエセ忍者」
「ペットにもつけませんよそんなダッサいの」
「よくそんなひどい名前思いつくわね」
「ひ、ひどい……」
フルフェイスヘルメットの様な顔のモニター部分に電球マークを出しつつ、会心、といった感じで言ったギボシは、大ひんしゅくをかって泣き顔の絵文字を表示した。
「じゃあ、ハナコでどうです?」
「センスが1世紀前だ、な」
「お前も大概じゃねーか」
「それあなたの飼い犬のポメラニアンですよね?」
「ふざけてると仕事増やすわよ」
「ええ……」
それぞれがボロクソに言われた、何の役にも立たない野郎2人は、シュン、と談話室の隅っこでへこんでいた。
「――シオン……」
「賛成なのですっ」
「私もっ」
自分が言うと養娘のカガミに弱い課長が賛成し、ほぼ決まるので黙っていたアイーダが、ボソッと漏らした言葉にナビとカガミは競うように挙手して賛同した。
「いや、半分ぐらい数字からの連想だからダメだろ」
「もう半分って花言葉ですか? 追想って意味らしいですけど」
「まあな」
「花の名前だから良いんじゃないかしら?」
「でも〝姉〟たちを覚えててくれ、っていうのも押しつけがましいしな……」
「そうだろうか」
「願うことぐらいは勝手で良いと思うのですが」
「んなもん重たすぎるだろ流石に」
戦力外2人も含めて賛成だが、言った本人がかなり否定的なため、話が進まなくなったところで、
「じゃ、本人に判断してもらったら良いわ。話は聞かせてたから」
空気が吹き出す様な音がしてモニターの右にあるドアが開き、ツルギの生声が聞こえると同時に、彼女に連れられた少女が入ってきた。
「いや、聞かれたって困るだろ。自分の事すら分かんねえのに」
「良いと思う」
「ほらわか――えっ?」
「そもそも私は数字しか付けられていないんだ。だから、名前ならそれで十分だよ」
先ほどまでの様に、コミュニケーションにすら難儀する状態ではなくなり、はっきりと意思を持って少女――シオンが言うので全員が驚きの表情を見せる。




