第3話
「チッ。通報者は逃げたか」
出動のチップを貰おうと考えていたアライは、辺りを見回したが人っ子1人いない事に舌打ちをした。
「やあ、おはよう。君、こんな朝早くにどうしたのかな? お名前は?」
「……わからない」
子供の前ですので、とイラついているアライへ、腰を低くしてなだめたコトウは、怖がらせない様に視線を合わせ、警察手帳を見せつつにこやかかつ明るい口調で訊ねる。
「お姉ちゃん……」
「はぐれちゃった?」
「うん……」
「それは大変だ。どこまで一緒だったかわかる?」
「分からない……」
「ありゃ。お姉ちゃんはどんな感じの人なのかな」
「分からない……」
「おうちは分からない?」
「分からない……」
少女はコトウに向けた、感情が抜け落ちた様な表情を一切変えず、声だけは不安そうに何度もかぶりを振る。
「コイツ雨ざらしにでもなってたか? なんか服がすげえ臭いぞ」
弱ったな、とコトウが苦笑いしていると、アライが電脳通信でそう言いやや薄汚れた緑色の貫頭衣から漂う、なんとも言えない悪臭を嗅ぎ取って苦い顔をする。
「服、少し濡れてるみたいだけど平気かな?」
「分からない……」
少女が雨中の街を移動したせいでずぶ濡れになっていた服は、朝からずっと天気が良いため6割方乾いていた。
「うーん、流石に臭いままもなあ……」
「……私を見るなよ。着替え買ってこいと?」
「先輩。先輩は、まともな服すら着られない女の子を、放置できるのでありますか?」
「……あーはいはい。分かった分かったっ!」
コトウが金出せよ、と言って、コトウが笑顔の圧をかけてきて、少女の服装が汚らしい様子を見たアライはたじろぎ、渋々といった様子でその辺にある古着の露店へ向かった。
その辺のブルーシートをカーテンにし、ブロック塀の角で少女を適当な子供向けトレーナーとカーゴパンツに着替えさせ、コトウは少女を連れてその姉を探しにスラム街を歩き出す。
ちなみに下着の古着はある方がまあおかしいので、それは普通の商店で新品を購入した。
少女を負ぶって仕方なく付いてくるアライを引き連れ、住人に話を訊いて回るが、住人に対して他の警官の行いがすこぶる悪いので会話が進展しなかった。
結果、昼飯時になってもろくに情報は集められなかった。
「うーん、ままならないな……」
とりあえず警官がよく立ち寄る、元殺人課刑事が経営するドーナツ店のテーブル席で、自分とアライと少女の腹を膨らませつつ、コトウは深々と嘆きのため息を漏らす。
テーブルの上にあるトレーには、6つほどドーナツが並んでいて、1人1つずつ手に持ってかじりついていた。
横長の店内は、入って左手前にドーナツが並んだショーケースがあり、その奥が厨房となっている。
スラム街近郊の他の場所に比べるとまだマシではあるが、右側にある大きな窓から、くたびれたメインストリートの街並みが見える。
厨房との壁の際に10席あるカウンター席に5人、窓際に4つある4人掛けボックス席4つに2~3人ずつ、奥に6つある2人掛け席は満席だった。
「お姉ちゃん、これ、好き……」
今まで特に感情を見せなかった少女だったが、余計に穴が空きそうなほど凝視して、ぶつ切りな口調でそう言った。
「やっとこさ出てきたのが好みの話じゃねえ……」
「まあ半歩とは言え進歩でありますよ」
合成とはいえ蜂蜜をたっぷり使ったそれを、新鮮な感覚に少し目を大きく開いてもふもふと食べる様子に、コトウとアライは顔を見合わせて苦笑する。
「でもどうするよ。いくら職務つったって、ずっとこのガキンチョの姉ちゃん探すワケにもいかないだろう?」
「それは分かっているのでありますが……」
どうしたものか、と、コトウがふと店の外を見ると、
「お昼ドーナツとか如何です? 一応、安全性が高い合成食品を使う店なのです」
「うーん、あんまり甘いヤツじゃねえなら」
「甘さ控えめが売りだそうです」
「じゃあいっか」
「ここ元刑事の店なんだが……。入って良いのだろうか……」
「いや、別に敵ってワケじゃねえんだから気にするこたねえんじゃね」
反対側で絶賛捜し物中のアイーダ探偵事務所の2人と1体が、腹の虫が盛大に鳴いたアイーダのために色々提案しつつ歩いているところが目に入った。
「サカイダさんに代行してもらうのも手か……」
「あのコスプレてるヤツにか? 流石に一般人だぞ。信用していいのか?」
「それは自分も保証するのであります。ほら、〝失せ物探しのアイーダ〟って聞いたことありませんか?」
「あー、アレがその探偵か」
疑いの目を向けていたアライは、紛失物を見つけられない警察への市民から、彼女ならすぐに見つけてくれたのに、と散々イヤミを言われた事を思い出して納得した。
ちょっと見てて下さい、と言って、コトウは店から飛び出していった。
「すいません。そこの方、少々よろしいでしょうか」
「うわっ、警察なのですっ」
「彼女は歩いているだけだが……?」
「そうです! お引き取りくださーい!」
「信用できないなら公安局の〝0課〟に問い合わせるといい」
コトウは職質っぽくならない様に明るく言いながら、アイーダ一行に追い付いたが、完全に警戒の眼差しを向けてくるナビとカガミから威嚇された。
「お前らそうカリカリすんなって。あのドーナツ屋で世話してる子が迷子で、探すのに難儀してどうにもならねえから委託させてくれ、って辺りだろ?」
コトウたちが気がつかないうちに、しっかり観察していたアイーダから用件を先に言われ、もしかしてエスパーか何かですか、とコトウはギョッとしながら思わず訊いた。
「そんじゃ後は任せろ。銭受け取ると色々問題だろうから無しでいいぞ」
「ええ、サブクエスト増やすのです? そもそも本来は警察が最後まで責任持たないといけないのではー?」
「ここいらの連中が協力的なわけねえし、連れ回されるあの子が無駄に疲れるだけだろ」
無償労働と聞いてナビが難色を示し、コトウたちを見やりながらイヤミを言う彼女へ、アイーダは追加でサービスされたドーナツを食べる少女を顎で指して言う。
「ここだけの話、実際その通りでして……」
「なるほど。普段の行ないが、か」
「まあ、何回アイーダさんも身体検査と称してのセクハラされたことか、ですしねぇ」
「ケツやらを触られたりとかな。いっぺん物陰に連れ込まれて囲まれたときは参ったぜ。パトカードロのお陰で何もされなかったけどな」
いつもの調子で嫌悪感を露わにするアイーダは、少し怯えた様子で自分を抱きしめていた。
「ええッ」
申し訳なさそうに苦笑いをしていたコトウだったが、完全にアウトな案件だと聞いて表情が凍り付いた。
「なに……? いつそんな事が?」
「かなり前だ。最近は一切ねえ」
「カガミさんは強そうなので虫除けになるんですよ。その手の輩は相手見て行動しますし」
復讐の鬼と化してキンセン社を襲撃した際の剣幕を覗かせるカガミへ、彼女の正面に回ったアイーダとナビは両手のひらを突き出して落ち着くように言う。
「……いくら腐っても完全に違法行為なので、上に報告しておきます」
「頼む」
「証拠映像は抑えてますのでどうぞ。コピーなので消しても無駄ですよ」
「ご協力感謝いたします。何度かお話を伺う事になるかもしれませんが、どうかご容赦ください」
「おう。全員があんたみたいなら良いんだけどな」
「恐れ入ります」
自分の事ではないにも関わらず、神妙な面持ちで丁寧に頭をさげるコトウに、アイーダは信頼が見て取れる微笑みを浮かべて小さく手を挙げた。
ちなみに後日、コトウが報告を上げた日の夕方に、当該の警察官数十名全員が身柄を拘束され、その後の裁判でヤマダ検事によって、全員が懲役刑を科せられる判決を受けた。




