第1話
その数時間後。
ネオイーストシティ北部にある、格安飲み屋街・酩酊通りに事務所を構えるアイーダ探偵事務所。
「――それにしても、警察ってヤツは貧困層が被害者の事件になると、本当になんでまともな証拠を持って来ないのかしら!」
珍しくそこへ訪れた、依頼人である政府法務局の若手女性検事・ヤマダは、出入口から入って左にある応接スペースで、長ソファーに座って探偵・アイーダへ愚痴をぶちまけていた。
雨が上がりの営業開始と共にやってきた彼女の来所から1時間が経過していて、白いワイシャツにベージュチェックのスラックスを穿くアイーダは、その聞き役に徹していた。
ヤマダは一応、アイーダの3つ下ではあるが、体格も小さく童顔であるため頻繁に学生と間違われている。
「何を今更。今に始まった事でもねえだろ」
「でも今回ばかりは本当に腹が立ったのよ。何せ、凶器が見つからなかったから、現場近くに偶然落ちていた物を適当に回収しました、よ?」
「……。現場検証じゃなくてただのゴミ拾いじゃねーか」
「それ! 公平な裁きとか以前の問題なワケ」
いつものだろ、とかぶりを振っていたアイーダだったが、眉間にシワを目一杯寄せたヤマダのぼやきに閉口して困惑気味に顔をしかめる。
「そりゃ捜査権行使するっきゃねえな」
「なんだけど、私と用心棒の助手1人じゃ、分裂でもしないと探しに行けないのよ。なにせ20件同時進行してて……」
「おいおい、多重債務者の方がまだ暇だぜ?」
よく見ると大分ゲッソリしているヤマダは、うー、とうめきながら座面に倒れ込み、よく手入れされたロングの黒髪がバサリと広がった。
彼女の助手は、現在、表通りの路肩駐車場で待機している若い男だが、丸っこい小型車の運転席が手狭になるほどかなりがっしりとした体つきで、よく検事と間違われる。
「で、アタシに委託しにきたと」
「半分公安局がバックにいる様なものだし、証拠能力も担保されてるしね」
「じゃ、金額は有り金の5分の1でいいか?」
「問題ないわ。はい」
「確かに」
ヤマダは電脳で5万クレジットを渡し、額を確認するとアイーダは頷いて、半身を起こした彼女と握手をする。
「――いい加減ギブアップされたらどうなのですー?」
そんな業務中のアイーダを後目に、名目上は介護アンドロイドだが、自他共に認めるハイパーな人工知能のナビと、
「――それはこちらの台詞、だ」
全高180センチを超える巨躯で全身義肢の政府公安局特殊部隊・通称〝0課〟員のカガミは、アイーダの事務デスクの上でバランスゲームをやっていた。
ナビは全体的に白い見た目と同じ、デフォルドの白ライダースーツ型のものを。カガミはつや消しの黒い素体に、いつものMA-1は脱いで蛍光イエローのティーシャツ姿だった。
それは先端が尖った土台の上に、UFOを模した円盤が乗っていて、小指の先サイズのタコ型宇宙人ミニフィギュアを乗せ、崩した方が負けとなるシンプルなものだ。
「来た時から気になってたけど、彼女らは何やってるの……?」
「なんか、アタシの晩飯用意係をかけて対決だってさ」
「昼ご飯もまだなのに?」
「それをかけてたら終わらねえってんでな」
「まあ、その様ね」
アイーダは飼い犬がじゃれてるみたいな顔で様子を見ていたが、振り返って見ているヤマダは、非常にくだらない事に真剣勝負をしている1人と1体に目を丸くする。
「ぬわーっ、まーたまたまたドローですーっ」
「嫌なら降参してくれると助かる」
「誰がしますかってんでーす!」
「そう来なくては……!」
彼女らはチクチクと煽り合いながらも、互いに直接相手への妨害はしないフェアプレーで、本日5回目のアツいドロー決着を迎えていた。
「はいはい。仕事するから片付けるぞ」
「にょわーっ」
「ぬう……」
まだまだ闘志十分、といった双方の間に移動したアイーダは、柏手を1つ打つと、適当に盤をそれが入っていたプラケースにかき込んでお開きにさせた。
「なーにするんですかぁ!」
「次こそは決着がつくはずなんだ……!」
蓋を閉めてデスクの後ろにある、壁一面の本棚にケースをしまったアイーダへ、ナビとカガミは不満そうにぶつくさ言うが、
「別に2人で協力して作ればいいだろが。ヤマダせんせー、資料こっちに送ってくれ」
アイーダは呆れた様子でそれを一蹴して、デスクの端に置いてあった吸えもしないタバコのパイプを手に取ってチェアに座る。
「はい。1回閉じたらファイル消えるから気をつけてね」
「サンキュー」
電脳から自動削除機能付きファイルを事務所のサイバー端末にヤマダが送ると、アイーダはそれを開きながら小さく手を挙げて応える。
「じゃあ、30分後に起こしてもらっていい?」
デスク上に浮かぶホログラム画面に、個人名が黒塗りされた捜査資料確認したと同時に、ヤマダはパッタリと再び倒れ込んだ。
「時間大丈夫か?」
「予定は1時間半で組んであるからご心配なく……」
「道理で悠長に喋ってたのか」
心配したアイーダの質問に、背もたれの上の位置に丸のジェスチャーの手を挙げ、それが引っ込むと同時にヤマダは寝息を立て始めた。
「起こしちゃ悪いし、通信で話すぞ」
「了解なのです」
「ああ」
「ちなみに名前とか仮名に書き換えられてますが、元のやつご覧になります?」
「いらん」
「はーい」
「……裁判所の決定には、上も強権は発動できない。そういうのはやめてほしい」
「冗談に決まってるじゃないですか。本当細かいですねぇ」
「お前なら出来るから言われてんだよ」
「まあ、実際出来ますからね。オンラインに出来ればナビちゃんに不可能はありません」
「……」
「もー、しませんって!」
出来る、と聞いたカガミから疑いの眼差しを無言で向けられ、ナビは頭上でバツマークを現実と電脳通信の円形会議室内のアバター両方で掲げた。




