第7話
「すまない。なんの合同捜査だ?」
「……上と相談させてもらっても?」
「構わない」
ああー、と恍惚の表情で言いながら撫で回されるナビへ、少し眉間にしわを寄せつつ目線を向けたカガミの質問に、自由な2人の様子にややあっけにとられつつも女は上司に確認を取る。
返答が返ってくるまでの間に、周辺住民に怪しまれるので、という理由で、ジンノ飯店の向かいにある、レンガ造り風の外壁にツル植物がへばりついている、3階建てテナントビル1階のカフェに全員が移動した。
窓際の奥にある3人1体が座った席は、外からは植物の葉で見えにくいが、昼も大分過ぎたにも関わらず、割とひっきりなしに客が出入りする、ジンノ飯店出入り口の様子が中からうかがえる。
ドラマの撮影という名目で、一時的に政府が借り上げた店内には、何人も交代要員の公安局と厚生局の職員がいて、客のふりをしているため機密は確保されている。
ちなみに、ボックス席は3人掛けなので、窓際からナビ、アイーダ、カガミの順に不平無く着席していた。
するとカガミの方に、彼女の上司である政府公安局特殊部隊・通称〝0課〟長から、アイーダ達がまた事件に巻き込まれたのか、と確認の電脳通信が来た。
それに対してアイーダは、ジンノ飯店のアンケートの件について自分の口から説明する。
「それで偶然とは驚くほかないな……」
両眉を上げている課長が感心する理由は、
「待たせたな。許可がとれた」
「ふむ。……何? 〝アリジゴク・スパイス〟?」
「って、ヤクの原材料じゃねーかそれ」
「怪しいお薬を激ヤバにグレードアップさせるアレですか」
「あの文句。どこかで聞いたと思ったら……」
ジンノ飯店における、違法薬物の使用疑惑についての合同捜査だからだった。
アリジゴク・スパイスはそれ単体ではただのスパイスで、食べ過ぎを誘発する程度の効果しかないが、麻薬と混合されると話は変わってくる。
特定の麻薬と混ぜると、その違法成分が体内で生産されるホルモンに近く、また、効き始める時間と継続時間を短くするため、検査に引っかかりにくくさせる性質を持っている。
常習性も跳ね上がるため、その危険性からネオイーストシティ国内では、所持と使用が違法となっている。
「で、ノース・ベルト領辺りからテロリストが密輸してっから、公安局もセットでって訳か」
「そのようだな」
「じゃあ真っ先にお呼びがかかりそうな案件じゃないですか」
「我々は特に危険および、緊急度が高い案件の担当なんだ」
「北のテロリストの兵隊でも出てこない限り、お呼びはかからないだろうさ」
「まあ、早い話が局同士の縄張り争いって事か」
「本当その辺り進歩がないですねぇ」
「はは……」
「面子ってのは理屈じゃないものでね……」
と、探偵コンビに痛いところを突かれ、反論の余地がない双方の局員は苦々しそうに首をすくめた。
「で、誰が持ち込んで誰が使ってるかは当たりが付いてて、ぼちぼち内偵ってところか? なんなら現行犯で行けたら行くつもりで、厚生局麻薬取締部機動隊も用意してると」
その次の瞬間、アイーダが全てを言い当てたせいで、場にいる全厚生局員の表情が凍り付いた。
「あっ、本当ですね。2階の空き店舗内に戦闘用義肢やら外骨格やらの方が20はいます」
「ほーん。気合い入ってんな」
「なぜ分かったんだ?」
「向かいの店に向いてるカメラが何台も見えたのと、外階段のステップに積もってる砂埃に、何十人も通った足跡が残ってたからな。で、カガミが把握してないって事は厚生局だろ?」
「なるほど」
「――部長。本当ですか?」
全く聞かされていなかった捜査官の女は、スッ、と目を細くして上司へ強めの口調で訊く。
上司はかなり渋々と作戦偽装を認め、公安局側の現場責任者も即座に確認をとり、その連絡は無く局として把握していないことが判明した。
「おい! 慎重を期するんじゃ無かったのか!」
「話が違うじゃないか厚生局!」
「うるさい! これ以上お前らに手柄を横取りされてたまるか!」
「被害者面してんじゃねえぞ公安局!」
「横取りぃ? 最終的にこっちの機動部隊頼りのくせにぃ?」
「お前らが予算持っていくせいでこちとら弾代が足らねえんだよ!」
「俺たち現場に言われても知らんなぁ!」
「首相閣下にでも直談判してこいよ三下共が」
「何だとッ! 今のは問題発言だぞ!」
それが知れ渡ると、大の大人が揃いも揃って、縄張り争いをする野生動物のように喚き始めた。
「あー、もうメチャクチャなのですー……」
その喧噪に耳を塞ぎながら顔をしかめるナビは、同じ様子のアイーダ達との電脳通信で呆れ声を出す。
「……余計な事言ったな。スマン」
アイーダとしては、単に感心したつもりだったが、爆薬の信管を思い切り叩いた形になり、それぞれに所属する立場で肩身が狭そうなカガミと女へ頭を下げる。
「あなたが気にする事ではない、ぞ」
「むしろ、色々と見苦しい物を見せてこっちが頭下げたいぐらいだ」
2人ともかなり大きめなため息を吐きつつ、カガミは力なくうなだれて額を押さえ、女はテーブルスレスレまで頭を下げつつ言う。
「ここで殴り合っても何の益にもならない」
「はいはいはい、これ以上は捜査に支障が出るからやめなさい」
いよいよヒートアップして手が出そうになったので、やれやれ、と立ち上がったカガミと女はそれぞれ身内をなだめに行った。
だが、厚生局の血気盛んな若い男が、制止を無視して公安局の三下呼ばわりした若い男と殴り合いしそうになった。
「でもこの調子だと内偵とか言ってる場合じゃなくなっちゃいましたね」
「だな。どんな無理筋を通そうとするか分かったもんじゃねえし」
その2人が、カガミと女に押さえ付けられる様子を見つつ、呆れ顔でかぶりを振って言うナビと、1つ大きく頷いたアイーダは、顔を見合わせてもう1つため息を吐いた。
数分後。互いの上司から全員に厳重注意の警告を受け、かなりピリついてはいるものの、ひとまず殴り合い5秒前状態は収まった。
しかし、喫茶店の騒ぎを聞きつけて自警団が確認しに来た事もあり、指揮系統が混乱する危険性を考え、この日するはずだった内偵調査は取りやめになってしまった。
ちなみに、現場の荒れ模様を引き継いだ様に、上層部同士もネチネチと揉め始め、巻き添えを食らった0課長が胃を痛くする羽目になっていた。
「つって、保留したところで何も変わらねえだろ」
「問題はそこだな……」
「ああ……」
「あそこまでこじれたら、厚生局として公安局の意見に反対である、をしそうですねえ」
最大の敵が身内とか愚の極みなのです、と、怪しまれないように順次撤収している、双方の局員に聞こえる様に声を張ってナビはディスる。
「この際、アタシとナビが行ったら良いんじゃね?」
「それだとこちらの連中が納得しないだろう」
「――いんや。それは心配要らねえ。だろ?」
ありがたい申し出だが、と続けようとした女は、かぶりを振ってカガミへ訊くアイーダの言葉にパチパチと瞬きをする。
「ああ。彼女は特級の厄ネ――国家戦略級の兵器になり得る存在故に、0課が担当しているだけだ。最終的な権限は政府にある」
「まあ、いかにもな屁理屈だけどな」
「――今、私の事を厄ネタって言いかけましたね?」
「あくまでアタシらは政府の協力者だからな。お上っていうゲバ棒でしばけば、大概の役人は大人しくなる」
「なるほど。そう来たか……」
「厄ネタとか可愛くないですーっ! 事実なので反論しにくいのがもっとヤダーッ!」
足をバタつかせてプンスカ抗議するナビを全員無視して、とりあえず両局員の下っ端は丸め込めるアイーダの案に乗ることでまとまった。
「――という事で、頼む」
「気軽に言ってくれる……」
なので、それを実行するために、カガミは0課長へ頭を下げつつ、毎度の如く結構な無茶振りをした。
握った弱みを早速使うってのは性に合わないんだがな、などと0課長は渋い顔で言いつつも引き受けて、いつも通り口八丁手八丁で丸め込んで許可が出た。
アイーダによる内偵作戦の決行日は、ちょうどランダムに選ばれたお客200名によって決められる、後継者選びの決選投票が行なわれる日となった。




