第6話
ややあって。
「これで鬼に金棒ってやつだな。誰が今あんたの相方か知らねえけど、推薦人なら神童姉妹復活となれば快く譲ってくれるだろうよ」
「なのです」
「組んでいる相手はその通りでしょうけど、それで勝てるようになるかというとですね……」
「あん?」
全員が食べ終わり、口の中を烏龍茶風味飲料でスッキリさせたアイーダは、ゆっくりと一つ頷いて、ナビへ確信めいた物言いで言うが、カノコは浮かない表情でため息を漏らす。
「1位にトリプルスコアぐらい差でも付けられてんのか?」
「ですね。カノコさんは18%強で3位。1位のムスカベ・ヒトミ氏は49%弱ぐらいです」
っていうかバイトリーダーとかに参加資格あるのやり過ぎでは? と、公式サイトに載っていた情報を読み上げたナビは不思議そうな顔をしていた。
「えっ、本当に何で知ってるんですか? 超能力……?」
「勘。ダブルならワンチャン行けるかも、ぐらいにはなるだろ」
「なるほど」
「ふふふ、このくらいでアイーダさんの優れポイントに驚いて貰っては困ります」
「勘だっつってんだろ。過大評価すんなってば」
妹と同じ事を言って驚くカノコへ、いかにも推理して導き出したっぽく言うナビに、アイーダは顔をしかめて言う。
「もー、アイーダさんってば謙虚なんですからぁー」
「はいはい。で、当然相手がここまで人気する理由の研究はしてんだろ?」
「してはいるんですけど……」
外に出さないでくださいね、と念を押してから、カノコはムサカベの業務中の様子を盗み見て研究した資料を2人と1体へ電脳通信で送る。
ミコは当然見られないので、カノコが昔使っていたメガネ型デバイスを彼女のサイバー端末に繋いで映像を共有させる。
「流石姉さんだ。私にはよくわかんないけどすごい」
「これから料理の道に戻るってんなら、分かる様にはしとけ」
「あっ、うん……」
あはは、と後頭部をポリポリかいたミコだったが、アイーダに正論でぶん殴られ背筋を伸ばした。
推定加熱温度や時間、調味料の種類と投入量、提供までの時間による評価の変化まで、事細かに文書ファイルへまとめられていた。
「おや、肝心の味付けに関する部分が無いようだが……?」
だが、一通り目を通したカガミは、肝心の味付け部分だけが抜け落ちている事に気がついて言う。
「分からないんですよ。見る限り、特に店で使っているものと変わりなくて……」
「味見したりは?」
「反則なので」
「誰かに食べて貰って感想を、とかはどうです?」
「それも反則なので。あと、アンケートの細かい内容は教えて貰えないんです」
「かーっ、細けえな」
「曲がったことが嫌いなんだよね。おじいちゃん」
流石自他共に厳しい爺さまだ、とその過剰なまでに平等公平を重視する姿に、アイーダは舌を巻く。
「ま、勝負は終わってみないと分からねえもんだ。力併せて頑張りゃどうとでもなるだろうよ」
そんじゃ、ぼちぼちおいとまさせて貰うぜ、と言って立ち上がったアイーダは、お茶と炒飯の礼を言ってナビとカガミを連れてジンノ宅から立ち去る。
「――で、アンケートの内容確認してくれてるよな」
「はいー。今しがた完了しました」
来た道を引き返しつつ、ナビとカガミとの電脳通信の部屋を作ったアイーダに訊かれると同時に、サーバーからコピーしてきた前日までのデータを出した。
「……。まあいい。何か気になることでも?」
注意しようとナビをジト目で見たが、こういう場合、何かしら事件の場合が多い事を考え、カガミは話を進める事を優先した。
「たかがバイトリーダーに表が集まり過ぎだろ、っていう邪推だよ」
「ですねえ。この方、2号店の低価格帯メニューの調理担当なので、用意された物を流れ作業で作っているだけですし、在野の知識人とかでもないただのアルバイトなのです」
片手間で調べていたムスカベの住民記録やら、SNSの投稿やらメッセージアプリやらをいくつかナビが追加で確認すると、
「うーん? なんか学生時代にいじめの加害者だったっぽいですね。エリートコースだったみたいですが、被害者がその会社にその証拠を送って解雇されてますね」
嫉妬深く利己的かつ他罰的でプライドが高い、という割と最悪な人格が透けて見えた。
「あれか、外面が良くて妙に人をコントロールするのが上手いタイプか」
「はい。その詐欺師じみた手練手管で、人格が終わってる無職からバイトにはグレードアップしたようですねー」
いかにも自分が規範的な正しい人間である、というオーラが溢れるムスカベの写真を見て、ゲー、と、アイーダは不味い物を吐き出す顔をした
表のアカウントではキラキラ充実っぽい生活を装っているが、裏のアカウントやメッセージアプリでは、上司に対する罵倒に近い愚痴を平然と書き込んでいた。
それだけでなく、自分がリーダーのグループを駆使し、嫌いな女従業員へ嫌がらせをして追い出すなど、学生時代の罪に対する反省の色は一切なさげだった。
「まあこの手のクズは更生なんかしねえよ。経験上、どう説得しても死ぬまでこんなんさ」
中にはそうでない人も、とカガミはとっさに言おうとしたが、
「……」
遠くを見るアイーダの目には、滅びの定めに飲み込まれる世界を見る様な、諦めきったものを感じて何も言えなかった。
「話がずれちまったな。で、肝心のアンケートはっと……」
ナビすらおちゃらけない深刻な空気になっているのを察し、アイーダはやや強引に話を進めた。
「――なんかこれ、ヤク中の思考回路みたいなのばっかじゃね?」
ナビが一覧表にまとめた、アンケートをざっくりと眺めていたアイーダは、あからさまではなかったが、その自由記載欄に違法薬物を欲しがる人間の言動らしさを感じた。
「誇張とかもありえますが、とはいえ数百単位で、となると確かに多いですね」
「いくらなんでもそんなに誇張するヤツがいるわけねえしな」
「なのです」
「〝1度食べたら忘れられず、2度でもうそれに目がなくなり、3度でそれしか考えられなくなるほど美味しい〟……? どこかで……」
怪訝そうにカガミが一覧表中のある一行を確認すると、彼女は現実世界で顎に手を当てて首を傾げながら、彼女は前を行く1人と1体に付いていく。
そのまま、建物の間から通りに出る路地を曲がったところで、
「――!」
アイーダ達は通りから入ってきた、大柄で強面の中年女と鉢合わせになった。
「ぐえっ」
「あっ」
「……なんだ公安局機動部隊《“0”課》か」
「……厚生局麻薬取締部がなぜここに?」
ナビはアイーダの前に出て彼女を後ろに下げ、背中にある特殊警棒を抜こうと構えたカガミが入れ替わるように前へ出たところで、彼女と女はお互いの正体に気がついた。
パワードスーツで筋力補正している女の正体は、政府厚生局麻薬取締部の捜査官で、麻薬を密輸している、凶悪テロリストの検挙の際にカガミとは何度か顔を合わせている。
「あー、とりあえず殺し屋とかの類いではねえっぽいな?」
「ああ」
一転、普段の朴訥とした雰囲気に戻ったカガミと、女も懐から警棒を出そうとしていたが、カガミと同時に引っ込めた様子を見て、ひっくり返っているアイーダはカガミへ訊く。
「すいません、抱きしめれば良かったですね……」
「まあカガミがいる以上、ひっくり返ってる方が安全だし気にすんな」
考え事をしていたせいで、質量差で弾き飛ばされてしまったナビに助け起こされつつ、頭打ってねえしな、と言ってアイーダは上着を脱いで砂を払う。
「あんたも共同捜査に?」
「いや、別件だ」
「そうか、そもそも部署が違うんだったな」
「ああ」
「なんのだ?」
「気になりますねぇ」
「は?」
音声のみの電脳通信でやりとりしていたカガミと女の秘匿回線に、いつも通り探偵コンビが割り込んで来て、女は壁に背中を預けながら腕を組んで自身を見てくる、現実のアイーダ達を怪訝そうに見やる。
「彼女らが〝協力者S-1〟だ。機密は問題ない」
「ああ、例の〝機械――〟」
「可愛くないのでその名前はやめてください!」
「うわ」
納得がいった様子でナビの開発コードを言いかけた女を指さし、ナビは自身のふわふわした高い声の音圧を無駄に大きくして言う。
「他には〝S-1-A〟しか呼称は無いんだが……」
「アタシがBかよ」
「ヤダー! 私にはもっと可愛いやつを! アイーダさんがメインになる様なのを要求しますーッ!」
「はいはい静かにな」
「こればっかりは――」
呼称が気に入らないのでキレ散らかすナビだが、アイーダに後ろから抱き寄せられ、頭を数回撫でられると静かになった。




